二人は連れ立って、はじめに桐ノ院圭が現れた場所へと向かった。

「このあたりだったよね?」

「ええ」

 足を止めたのは城跡の改修中らしい荒れた場所。大きな石が幾つも転がっていて、運び出されるのを待っているというところだろう。

「でも、何もないようだけど?」

「しかし何かあるに違いないのですが・・・・・」

 二人がかりで半日あちこちを探したが、何も見つからなかった。

「もしかしたら、探す場所を間違えているのかもしれないですね」

「探す場所が?ここにあるわけじゃないってこと?」

「この世界にある輝晶の力がもう残り少ないと推測しまして僕が現れたこの周辺を探したわけですが、もしかしたら予想以上に力が残っているのかもしれません。そうなるともっと捜索の範囲を広げないといけないでしょう。どれくらい残っているのかは分かりませんが、まずこの周辺の詳しい事情をさぐってから捜した方が早道になるかもしれません」

「そう言えば、確かこの城の資料館があるみたいだよ。さっき通ったとき案内板に書いてあった」

「では、そこから捜してみましょう」

 道を少し戻り城の資料館へと行くと、圭はこの城を建てたという前の城主一族の経歴を調べることを提案し、悠季は資料が残っていないか係員に尋ねてみた。

「こっちの本なら詳しいことが書いてあるみたいですから、参考にされるといいと思いますけどぉ?これは売店にも売ってますから」

 桐ノ院の姿に目を見張って見せた、ぽっちゃりとした体型のまだ高校を出たばかりといった年頃の店員が一冊の本を差し出してくれた。

「―――――」

 彼が無表情で受け取り礼を述べると、言葉が通じないながら意味は分かったのだろう。どういたしましてと小さな声で言ってぽっと顔を赤らめた。

「言葉が通じなくたってかっこいい男性ってやっぱりもてるんだなぁ」

 悠季が感心してつぶやいた。

「別に女性にもてなくたっていいです」

 すねたような言葉が返ってきた。

「そりゃ、もうすぐ自分の居場所に帰れば君を好きな人がたくさん待っているのかもしれないけどね。でももう少し愛想よくしてあげてもいいと思うよ」

「それより前の一族について、この中に何か役に立ちそうなことは書いてありますか?」

 悠季のうらやましそうな言葉をあっさりとさえぎり、面白くなさそうな無表情で冊子を渡した。

「・・・・・かなりの影響を持っていた一族みたいだね」

 冊子に書かれていたのは、かなりの勢力を持っていた一族があっさりと滅ぼされた顛末だった。

そして、以前支配していたという一族の足跡は、江戸時代から明治維新までに何代か替わった新しい城主たちによって徹底的に弾圧されて破壊されてしまったように思われた。しかし藩の記録には残っていないが、意外にも城下の町家の日誌や人々の口伝えという形でかなりの逸話が残されており、それを纏め上げた冊子が、資料館で売られていたのだった。

 一族の歴史や経歴は謎が多かったが、人々から慕われ敬われるような良政を行っていたことは行間からもにじみ出ているようだった。

 薄い冊子と言っても情報量は多く、必要な情報を捜し出したいと思っても簡単に読める量ではないため、本を持ち帰ってゆっくり調べることになった。

「とりあえずどこかで落ち着いて調べた方がいいようですね」

「うん、その方がいいみたいだね。ちょうど昼食時だし、休憩してまた調べようか」

 二人は資料館を出ると、さっきの場所へと戻ることにした。ここは人があまり来なくて目立たない上に石が転がっていて風がさえぎられてなかなかに居心地がいい場所を提供してくれていたのだ。

 途中購入してきたコーヒーやサンドイッチをぱくつきながら悠季が資料を読んで、途中で少しずつ分かったことを桐ノ院に教えていった。

「以前この地を支配していたのは、成瀬一族というらしいね。どこからやって来てこの地に住み着いたのか分かっていないそうだけど、ここに住み着くとすぐにこの地を広く支配し、周囲から仕掛けられた戦いに敗れることはなかったそうだ。
 その理由のひとつに彼らが祀っていたある神社の守護があったと信じられていたらしいと書いてある。その神社のご神体は大きな水晶で、ご神体に願い事を祈願する・・・・・ことで、特に当主の身に加護が得られたと信じられていたらしい。

 戦国時代末期についに従属を求められることになってしまって、籠城をしながら包囲を破って援軍が来るのを待っていたけれど、一族を束ね率いていた優秀な当主が急死してしまったために、その隙を狙った裏切り者が出てご神体である水晶を持ち逃げして逃亡し攻撃側の大名の元へと下ってしまった。加護が得られなくなった成瀬家の者たちは一気に総崩れになり、一族はこの地から一掃されてしまったのだと言われている・・・・・。

ねえ、『水晶』だよ!」

「なるほど、『水晶』ですか」

「もし勝者に渡されたっていう水晶が君の言っている輝晶で、成瀬の一族が君の世界から来た人たちだとしたら、その輝晶の力が発動して君がここに連れて来られたのもありえるよね。その水晶は、えーと、成瀬家滅亡のあとあちこちを転々としていたけど、最後には新たにこの地に封じられた大名に下げ渡されたって言うよ。きっと今もどこかに置いてあるんだよ!」

「成瀬一族の後にすぐ来たという大名が持っていたのではないのですね?」

「そうじゃないみたいだね。この地は何回か藩主が代わっているみたいだ。最後にここを支配していたのは小早川家というらしいんだけど・・・・・。でも、この資料によると、小早川家はほとんどの財産を明治の時に失っているんだって。あ、待って!残ったいくつかの資料や宝物をさっき行った資料館に寄贈したらしいよ。

・・・・・もしかしたら、そこに置いてあるのかな?」

「行ってみましょう!」





 資料館には先ほどの店員がいて、二人が戻ったのを見てびっくりした顔をしていたが、桐ノ院はあっさりと無視して資料室の中へと入っていった。

 部屋の中にはこの土地の歴史や風俗に関することが並べられており、奥の一角にはここを支配していたという小早川家の品物が並べられていた。

 金蒔絵の食器や道具。将軍の姫が輿入れしていたときのものという化粧道具や雛人形。鎧兜、武具、鞍などなど・・・・・。
 その隅に、小さな錦の座布団の上に置かれた宝玉が置かれていた。その前に置かれた説明書きには、

【以前この地を支配していた成瀬家がご神体として祀っていた宝物だったと言われている】

 と書かれていた。

「あ、あったよ!」

 悠季が目ざとく見つけたが、そばには寄らなかった。もしこれが本物の輝晶ならば璧を触ったときと同じように近くに行くに従って輝き始めると聞いていたからで、もし光ったりしたら部屋の中にいる他の人に怪しまれるだろう。

「ここにいてください。僕が確かめてきましょう」

 桐ノ院は悠季を部屋の外に待たせて、一人で宝玉を確かめに行った。やがて戻ってきた圭の顔は眉をぎゅっとしかめていて不首尾だということがよく分かった。

「どうしたの?問題があったわけ?」

「いえ。ですが、輝晶ではありませんでした。・・・・・あれは璧ですね」

「璧・・・・・。ということは、やはりここに来たという一族は君とかかわりのある人たちだったんだね!」

「ええ。ですが、そうなるとますます分からなくなります。璧があるということは、輝晶もどこかにあるのだと考えられます。しかし、ここには輝晶が見当たらないのです。残念ですが見失っているようですね」

「でもここに輝晶がなかったとしても、君の世界に戻れる第一歩には間違いないよ!あとは輝晶を探せばいいだけだよ。きっとこの近くにあるはずだよ。ちゃんと見つけてあげなくちゃ」

「・・・・・ええ、そうですね」

 だが、どこを探せばいいものか。

「小早川家の末裔って人を探してみればいいんじゃないのかい?ここにある資料が小早川家に伝わる全部だってわけじゃないだろうし。きっとまだ手元においてあるかもしれないよ」

「ああ、なるほど」

「それじゃあ小早川さんって人を探してみればいいね」

 悠季はさっそく受付へと戻って、聞くことにした。

 再び戻ってきたハンサムな男性にうっとりして、こちらに注意を向けようともしない店員に、悠季はむっとなった。
 どうして僕は圭がもてるのを腹立たしく思うんだろう?と。
だが、それ以上考えるのはやめて、自分に言い聞かせた。桐ノ院に嫉妬している場合じゃない。早く彼を元の世界へと戻す方が先決だから。

「すみません。先ほどいただいた本に書かれていた、小早川家の方に会うにはどこにいけばいいんでしょうか?」

「え?あの・・・・・」

 店員が戸惑ったように悠季の背後を見つめていた。

「・・・・・失礼。今、小早川家と聞こえたような気がしたんだが」

「・・・・・はい?」

 悠季が振り向くと、そこには高級そうな背広を着こなしてにこやかに微笑む男性が立っていた。

「君は小早川家に興味があるのかな?」

「あ、あの?あなたは・・・・・?」

「僕の名は小早川匡。現在の小早川家の当主だよ」
【9】