「よく分かるようにデントウを消しましょう。月明かりでも十分ですから」
彼は壁際のスイッチを切ると悠季の前に座り、先ほど着替えたジャケットのポケットの中から小さな箱を取り出して広げると、さらに中から袱紗に包まれているものを丁寧に開いて【璧】を見せた。
それは彼の前に掌で握れるくらいの大きさのほんのりと薄紅色の丸い玉で、ローズクウォーツに似ていたがもっと透明感があって違う石だということが分かる。
「へえ?きれいなものだね。本当に触ってもいいの」
悠季は身を乗り出し彼の手の上の宝玉に見とれていた。
「ええ、どうぞ。手を出して」
彼は素直に手を出してきたが、その顔はちょっと困った表情を浮かべていた。
「でも、桐ノ院。期待してもらってもきっと反応しないと思うよ。僕は君の世界とかかわりなんてないはずだから」
「圭と呼んでもらって結構ですよ」
「だから、それは無理だって」
悠季がぶつぶつとこぼした。
・・・・・ああ、彼の手は色白で男としてはほっそりとして指が長いのだ。
そう思いながら、桐ノ院は話し続ける悠季の手を両手で包み込むようにすると、自分は璧に触らないようにしながら袱紗ごと乗せて直接触れさせた。
が、そのまま動かず、手を離そうとはしなかった。
「あ、あの・・・・・?」
悠季が戸惑った声を出すまで。
手を開けば、今回の事の真実が分かるだろう。そう思うと、ためらわずにいられなかった。
「・・・・・失礼しました」
つぶやきながら、はらりと袱紗を取り除いた。
すると、璧はふんわりと明るい輝きを二人の目の前に現わした。彼の目にその光は以前に呪師が見せてくれた時と同じように思えた。
悠季は目を見張り、玉の輝きに目を奪われていた。
やはり・・・・・!
彼は心の中で叫んでいた。やはり守村悠季という人間は、僕の世界とかかわりがあったのだ!と。
光はこの部屋の天井にあるデントウというものよりもずっと圭の目に親しい光だった。白い中にわずかに金色の混じったような光。月の光にも似て、十分な光量があるにもかかわらず眩しくないのだ。
「・・・・・これって、もしかして僕がやっているのかい?」
呆然と呟いていた。
「僕の手ではこうは輝きません。僕には呪師の力はありませんから。一応璧の力を引き出すことは出来ますが、呪師の発揮する力にはかなわないのですよ。彼ら呪師は自分たちだけでも輝晶の力を引き出せるが、璧があれば更に力を増幅することが出来、璧だけでも力を発揮すると聞いています。
やはり君は僕の世界にかかわりがあったのですね」
「でも、僕は何もしていない!!」
悠季の叫び声にはおびえが混じっていた。初めて触れる未世界の力に対する恐れが。
「僕は君を呼び寄せたりなんてしていないよ!」
悠季は異世界から人間を呼び寄せたなどということは信じられないのだろう。
「それは分かっています。君が意識的にそんなことしたとは考えられませんから」
こちら側の世界にいながら、あちら側の【桐ノ院圭】という存在を知っている者がいるとは考えられない。まして呼び寄せようなどと不可能のはずだった。
「・・・・・偶然が重なったのかもしれません。推測ですが君があの場所で無意識のうちに力を発揮してしまった時と、僕を陥れようとする者たちが牢獄から放り出そうとした時とが重なっていたのかもしれないのですが・・・・・」
悠季はすがるような目で桐ノ院を見ていた。だが桐ノ院自身がその推論に納得できていない以上、説明は歯切れが悪くこじつけに近いものだったが、悠季を慰めるだけのわずかな力は持っていたようだった。
「君の資質よりもこの場所が問題だったのかもしれませんよ。君に偉大な呪師の才能があり、無意識に力を発揮したのだとしても、璧がなければ人一人を空間を越えて連れてくることが出来たとは思えません。輝晶と璧とが揃っていなければ偉大な呪師でも出来るわけがない。それほど空間を越えるには膨大なエネルギーが必要なのですから。
・・・・・ですが、これはあくまで推論です。
とにかく、このあたりの事情については明日また城跡に行って改めて調べてみたほうがよさそうですね。今ここであれこれ考えられることを並べ立てていても無意味でしょう」
「そうか。・・・・・そうだね。だったらきっと帰る方法は見つかると思う。きっと帰れるよ、桐ノ院」
悠季が愁眉をひらいて、桐ノ院を慰めてくれた
この世界にやってきた事情を話したおかげでどうやらいたく悠季の同情を買ったらしい。積極的に協力をする気になってくれたようだった。
初対面の対応のまずさから二人は最悪な出会いをし、桐ノ院が初めて悠季に会った時つい恐慌を起こしてしまって八つ当たりをしてしまい、その上嫌がる彼に無理強いして行動してきた。
言葉もこの世界の事情も分からない桐ノ院にとって、彼の協力なしでこの世界から元の世界に戻る方法を探ることなど、出来なかったから。
そのせいで、悠季はいかにも渋々という態度で付き合ってくれていた。しかし桐ノ院がいたく反省し、なんとか関係を修復しようと努めた努力は認めてくれたらしい。
桐ノ院は竜彊に戻れるかどうかポーカーフェイスを装っていても、不安と焦燥で内心はいっぱいになっていたが、精一杯の強がりが悠季を近づけてくれることになったのなら、ひょうたんから駒。ラッキーな方向に転げたと思うことにした。
どうやら今夜は友好関係を作り上げることが出来たらしい。
だが。
・・・・・これは、まずい。
彼は自分の心の動きを警戒した。
守村悠季という人間に惹かれていっても、彼と親しくなるわけにはいかない。まして彼を恋人にしたいなどと思うことは。
二人の世界が違う以上、すぐにも離れ離れにならなくてはならないのだから。
だが、そう戒めてみても、彼があまりにも桐ノ院の好みタイプだったから、今も彼に向けてくれる親しげな笑顔はひどく魅力的で・・・・・。
「それじゃ、明日への英気を養うことにしようか」
彼はさっと立ち上がって部屋の隅へいくと、てきぱきと二人分の浴衣を用意すると着ていた服を脱ぎだした。
「は?」
圭は服を脱いであらわれてくる悠季の肌にうろたえて目を泳がせていた。もちろんポーカーフェイスの中でだったが。
悠季が言う英気を養うとは・・・・・?もしかして、僕を慰めようと肌を合わせてくれるつもりなのか?
思いがけない成り行きに、桐ノ院はちらりと奥の寝室に敷き延べられている布団へと目をやった。このままあそこへとなだれ込むことになるのだろうか?
今までのことから潔癖そうな彼は、男性を恋愛の対象としてみることはないのではないかと思いこんでいたのだが、どうやら勘違いだったのだろうかと、ひそかに彼がこちらに振り向いて誘ってくることを期待して・・・・・待った。
けれど、服を脱いで素肌に無造作に浴衣にはおってからこちらに振り返って彼の口から出た言葉は、まったく違うものだった。
「ここに着いたのが遅かったから夕食のほうが先になっちゃったけど、せっかくここの温泉は疲労回復にいいって有名なんだから入ってみないかい?温泉で疲れをとってから早く休んで、明日に備えたほうがいいと思うよ」
そう言いながら、浴衣を手渡してくれた。
「君の国でも風呂ってあるよね?入り方はこちらと同じかな。使い方が違うかもしれないけどね。僕と一緒に入らないか?日本のやり方を教えてあげるよ。
そうだ。君の背中を流してあげようか。日本ではこれが親しくなった者同士の付き合い方なんだ」
悠季はそう言うと、無邪気に笑ってみせた。
【7】