僕の国は【竜彊りゅうきょう】と呼ばれています。こちらの世界と向こうとでは違う力で世界が動いているようですね。

 ああ、こちらではそれを科学の力と呼ぶわけですか。・・・・・デンキやゲンシリョク?

よく分かりませんが、それがこの世界で発達した力なのですね。驚きに満ちていますね。僕にはとても不思議な世界に思えます。

 僕の住んでいる世界で使われているのは、呪力と呼ばれるものです。これは僕たちには当たり前に使われている力でして、・・・・・ああ、知らない人に説明するのはかえって難しいですね。

 その力の源は【輝晶きしょう】と呼ばれる石で、そこから我々は力を引き出して使っています。輝晶は月牙泉げつがせんと呼ばれている泉ではぐくまれ生み出されるものです。

 各地方の核となる場所に神殿があり、その奥殿の一番力を発揮する場所に輝晶は設置されています。

そこで輝晶は輝き、振動し、力を放出する。神官たちが輝晶を守り、より効率よく力を放出するようにと管理しているのです。

 呪師という優れた能力を持つものがいます。彼らは血筋であることが多く、時折あらわれてくる能力者ですが、自分の能力だけで輝晶の力を我が物として変換し、使うことが出来るのです。

 しかし呪師の力を持たない我々一般の人間たちにも輝晶の力を変換できる【へき】と呼ばれる物質というものがあり、それを使って輝晶の力を変換させて各地で使われています。こちらでデンキを使うように、人々のあらゆる生活を支えているのが輝晶の力なのです。

 明かりや、さっき君に見せてもらったデンシャやバスに似た交通機関にも使われていますよ。輝晶なくしては僕たちの生活は成り立たない。

 輝晶はおよそ100年ほどで呪力を放出しきると自然崩解し、次代の輝晶が月牙泉に発生し新たな輝晶が生み出されます。

 今回、僕が大神殿から命じられたのは、柴胡ししょうという地に置かれている天青てんせいと呼ばれている輝晶がまもなく崩解するので、その代わりとなる次代の天青を月牙泉から引き取りにいき、先代が力を失う前に新たに設置する役目でした。

これは名誉ある役職で、僕の若さでそれも設置される輝晶の守護に最初から選ばれたのはとても栄誉なことだったのです。

 僕は月牙泉に出向き、新しい輝晶を受け取って柴胡に持ち帰る予定でした。

・・・・・しかしそれが出来なくなってしまったのです。

 僕は一晩月牙泉の神殿に泊まって輝晶を受け取り、翌日目的地に出発することになっていたのですが、朝になってみると大切に保管してあるはずの場所から、輝晶が消えうせていたのです。

これまで神殿の中で紛失したことなどなく、前代未聞の出来事でした。神官たちだけではなく大神官をも巻き込んだ大騒動になって輝晶を捜し回ることになったのです。

 けれど、結局どこからも輝晶は見つからず、盗んだ者たちによって神殿から運び去られたのだろうという結論になりました。

 ・・・・・しかし、彼らは紛失した輝晶をどうするつもりなのか。このまま隠し通し、二度と表に出すつもりがないのか。

 盗み出した者が破壊したのではないか、ですか?

 いえ、それはあり得ないのです。輝晶を壊せばそれだけで爆発的なエネルギーを一度に開放することになります。どこかで密かにそれを行ったとしても誰にも知られることなく行うことは出来ない。ですから、今もどこかに隠してあるはずなのです。

 しかし、このままでは現在すでに天青は崩解寸前になっているのですから、代替わりが出てこなければ柴胡の地は滅びるでしょう。輝晶がなければ人々の生活はなりたたない。天候や農作物の生育にも輝晶はかかわっているのですから。

 神殿の奥という場所は限られた人間の出入りしか許されてはおらず、警備も厳重です。それなのにいったい誰が盗み出したのか。

 実は僕には犯人の推測はついているのですが、明確な証拠を残すようなヘマをする相手ではなく、残念ながら僕から申し立てをすることは出来なかったのです。僕はうかつにも大神殿の中にも政治抗争が入り込んでくることを予測していなかったのですよ。

 僕のいた宮廷は権力闘争が激しく、いつも足の引っ張り合いをしています。おそらく今回の事件も発端は僕の失脚を狙ったものなのでしょう。

 それが誰か?いえ、それはここでは関係のないことでしょうから伏せておきましょう。

 それで、輝晶を受け取りに来ていた僕が天青を紛失した責任を取ることになり、投獄されました。このままでは僕は地位を剥奪され追放か、あるいは死罪だろうと覚悟を決めていました。

 僕は僕の代わりに領地を管理してくれている伊沢に牢獄の中で手紙を書いて連絡をとり、なんとかしてこの汚名を晴らそうとしていました。盗まれた輝晶を探し出してもらうつもりだったのです。

 ・・・・・しかし、出来ませんでした。手紙を書いている最中に邪魔が入ったのです。

 ええ、出来なかったのです。牢獄の中でどこからか泣き声が聞こえてきたのですよ。それも気になって仕方ないように泣き声で、僕は無視出来なくなってしまった。

 しかし、牢獄の中には僕以外に誰もいなかった。他の房はすべて空だったのです。

 僕はその泣き声がどこから聞こえてくるのか調べるために机から離れ、牢の窓から外を覗き込んでみましたが誰もそれらしい人影はなく、不思議に思っていました。

そのときでした。突然僕の周囲の空間がゆがみ、不意に足元にある自分の影が真っ暗な穴になっていくのを目の当たりにし、そのまま暗闇の中に落ちていったかと思うとすぐに意識を失ってしまったのです。それはまるで呪術師の使う移動術のように思えましたが、確信はありません。

そして、次に気がついたときには、泣いている君の前に呆然と立っていたのです。

 これは僕を更に窮地に追い込むために、誰かが逃亡させたと思い込んでいました。もしあのまま黙って罪に服したとしたら、たとえ僕が殺されようと家名は存続する。しかし僕を邪魔に思う誰かは僕に逃亡犯の汚名を更に上乗せし、家名まで没収しようとしている。僕の領地を政敵たちで奪い合い喰い合って、何一つ残さず永遠に抹殺するつもりなのではないか。

 そう考えたのです。しかしそうではなかった。もし僕の考えたとおりなら、すぐに見つかり逮捕されるような場所に僕を放り出すはず。わざわざ異世界に送り込むはずがないことに気がつきました。これは違う力が働いて、僕をこの世界に引き込んだに違いないと推測したのです。

 ですが、問題は残ります。

 なぜ何も知らない君のところに僕は送られて来たのか。君自身さえ輝晶のことなど見たことも聞いたこともないというのに。

 それに、もう一つ。

 君と僕とは意識しなくても言葉が通じ合えるのはなぜか。

 君は今まで僕の言葉を聞いた事がないという。それなのに、まるで母国語のように操ることが出来る。いや、不思議なことにまるで言葉の障壁などないかのようで、言葉を使い分けている意識すらない。

ここから先はあくまでも推論ですが、この地に昔 君の両親かあるいはもっと前の人間、先祖の誰かが僕と同じ世界の呪師で、何かの理由からこちらの世界にやって来たのではないか。そして、異世界へと移動することが可能なほどの呪力を持った人間だったのならば、その血筋である君もかなりの呪力を持っているのではないか・・・・・?

 何かのきっかけで君の中にその力が発動したのかもしれない・・・・・と 考えたのです。


 この推論が正しければ、僕が持っている璧に反応するはずです。もしそうならば僕の考えた方法で、元の世界へと戻ることが出来る。

 ですから僕の頼みというのは、君にこれを触れてみてもらいたいということなのです。僕の推論を確かめるためにも、試してみてもらえませんか?












 桐ノ院の言葉に悠季は息を呑み、小さくうなずいた。

―――― 桐ノ院圭はこの世界に来るまでの状況を語り出した。――――

【6】