悠季が指差した看板には、


【質・リサイクル・ショップ】


と書かれており、その下には、

『宝飾品、骨董品も買い取ります。お気軽にお声をおかけください』

と書かれていた。

「ここは?」

「品物を抵当にしてお金を借りるところなんです。品物も買い取ってくれるはずだから。でも・・・・・本当にあれを売ってかまわないんですか?」

「僕に丁寧な言葉を使わなくてもいいですよ、守村さん。
 それしか方法はないでしょう?あれなら元の場所に帰れれば幾らでもあります。まずこの状況をなんとかするのが先決ですから」

「そうか。・・・・・申し訳ないですね」

 悠季がすまなそうに謝ると、彼は微笑んで悠季の背をやさしく押した。

 悠季が店に入ると、桐ノ院と名乗った男も一緒についてきた。この店は買い取った品の展示販売もしているらしく、店に置いてあるブランド製のバッグや家電製品には本来の定価とこの店の販売価格が並んでいて、安く手に入れられることをアピールしていた。

さらに奥へと目をやると、そこにはいかにも質屋らしく買い取り用のカウンターがあるのが見えた。

幸いなことに今夜は悠季たち以外には客はいなかったようで、店員が悠季のそばに愛想よく近づいてきた。

「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

「あの、これを買い取って欲しいのですが」

「はい?どれでしょうか。こちらへどうぞ」

 店員は柔和な笑顔ながら鋭い眼差しで悠季たちが自分たちの持ち物を持ってきたのか、それとも盗品を持ってきたのか見定めているようだった。どうやら正当な客とみたのか、買取のためのテーブルへと案内し椅子を勧めると、手馴れた様子で悠季から品物を受け取り、ルーペを取り出し品物が本物のアンティークかどうかを調べながら、品物について質問してきた。

「実は、彼の持ち物なのですが、彼が国に帰るのに必要なお金が欲しいそうなんです」

「ああ、なるほど・・・・・」

 店員は顔を上げると悠季の後ろでもの珍しそうに店の中に飾られている商品を眺めている長身の古風な服装の男を見やった。彼の落ち着き払った態度をみて上客だと思ったらしい。

 品物をあれこれと眺め回していたが、まもなく鎖の先の石に目をつけて詳しく調べ始めた。

「どうやら、この石は極上のルビーのようですね。アンティークらしい不思議なカットがされているようです。それにこちらにはダイヤが埋め込まれているようなんですが、これもまたブリリアンカットではなくて、昔の古風なカットですね。これは立派なアンティークのようです。しかし、買い取ってくれる客がいるかどうか・・・・・」

「これを買い取っていただくことが出来ないということでしょうか?」

「いえいえ。私どもとしてはこういう品物を扱わせていただくのはありがたいですが・・・・・本当に買取でよろしいでしょうか?」

 あわてた様子で店員は目の前でばたばたと手を振った。そして、悠季が手元に取り戻そうとするのを阻止するかのように、急いで手元に引き戻してあれこれといじっている。

「彼は買取でかまわないと言っていますが」

「そうですか。それではこれくらいの値段で引き取らせていただきますが、いかがでしょうか?」

 電卓に示された数字には0が4つ並べられていた。ルビーやダイヤを使っていると言っていたわりには、その金額は意外に安い。

「ちょっと待ってください」

 悠季は少し離れた場所にいる男を呼び寄せた。

「こういう金額だっていうんだけど、それでいいですか?意外と少ない金額だから、いい宿には泊まれないと思うけど」

「つまりあの品は君の考えていた値段よりも安かったというわけですか?」 

 彼は少し眉をひそめて悠季に尋ねた。そのやりとりを店員が聞いて悠季に問いかけてきた。

「・・・・・お客さん、こっちの売主さんは外国の方だったんですか?」

「ええまあ」

 やはりここでも悠季がしゃべる言葉はそのまま彼の国の言葉に変換されていたらしい。

「ここでは紅玉ルビーは安い石なのですか?」

「いや、そんなことはないと思うけど、僕はそんなに宝石には詳しくないから分からないんです。宝石にも高いのや安いのがあるってことはきいたことはあるけど、この石が高価な宝石なのかどうかも区別がつかないから」

「そうですか・・・・・」

 彼はポーカーフェイスのまま店員の顔を見つめていた。

「・・・・・あの・・・・・何か・・・・・御用で・・・・・?」

 だが、彼は黙ったまま答えようとはしない。

「こういう品物は、なかなか買い手がつかないものでして、こちらとしても保管料などを差し引くとこれくらいの値段に下がってしまうのですが・・・・・」

 彼の強い視線にさらされて落ち着かなくなった店員は、ぶつぶつといい訳じみたこといいながら視線を逸らし、助けを求めるつもりなのか悠季にちらりと視線を向けてきた。けれど、悠季としては何が彼の気に食わないのか分からなくて、二人を見比べておろおろとしているしかなかった。

「えーと、ちょっと待ってくださいよ。どうもこれは私の手では・・・・・」

 あわただしく席を立つと、奥からもっと年配の店員を呼んできた。

「いらっしゃいませ。アンティークの品をお持ちになられたとか」

「はぁ」

「それではみせていただきましょうか。宝石や骨董品は私の方が詳しいのです」

 店長だと名乗った男性は愛想よく二人に挨拶すると、丁寧にしおりの先についているルビーを調べ始めた。

「これでいかがでしょうか?これなら納得してもらえると思いますが」

 店主の出した数字には0が5つ並べられていた。先ほど店員が出してきた数字の10倍の価格だった。








 二人は店主から品物と引き換えに、当座の資金としてかなりの金額を受け取ることになった。これでしばらく動くことが出来るだろう。その後どうするかはまた考えなくてはならない問題だったが。

「桐ノ院さん、あれはずいぶん価値のある品物だったんですね!」

「ええ、まあ」

「きっと僕が相手じゃなめられて、最初の安い価格で手放していただろうなぁ。桐ノ院さんはこういうことになれているみたいだけど?」

「彼らは商売人ですからね。駆け引きなど手慣れたもので、素人では簡単に足元を見られてしまうものです。その上どうやら君は駆け引きなど出来ない人柄に見えましたので」

 悠季はちょっと赤くなった。

「それにしても、店員が買い叩こうとしているなんて、よく分かりましたね」

「ああいう手合いは態度を見ているだけでもわかるものです。あの金額まで上げて買い取っても、大もうけ出来るような買主の見込みがあったのでしょう。こちらの気が変わらないうちに買い取ろうとしている態度が見え見えでしたから。しかし、店主の方がうわてです。正当な価格で引き取った方が後々の問題がないと判断したのでしょう」

「なるほどね・・・・・。でも、あれだけ大きな石が本物の高価なルビーだったなんて驚いたなぁ」

 悠季にはただの赤くて透き通った石だとしか見えなくて、それほどの価値があるとは分からなかったが、専門家はすぐに見分けたのだろう。

 それにしても、高価な品物を気軽に持ち歩き、そしてそんな品物を簡単に手放せるようなこの男とは・・・・・?

「さて、軍資金は手に入りました。まず今夜の宿を見つけに行きましょうか!」

 彼は親しげに悠季の肩を押さえると、商店街の道を歩き出した。


【4】