【30】

「・・・・・は?」

 桐ノ院は目の前にいる青年から出てきた言葉が信じられなくて、思わず聞き返していた。

「つ、つまり、あのね。・・・・・エネルギーを君からこれに渡すには、これとセックスする以外にないってことなんだ」

 青年はますます赤くなって、言った。

「ふざけないで貰おう!」

 桐ノ院は激高して怒鳴りつけた。胸倉を掴むと思っていた以上に細いからだをしているのが分かった。ほっそりとした華奢な体格は悠季とよく似ているもので、思わずひるんで手を放していた。

「そんなたわ言を聞くために君と話していたわけではない!僕はどうやって悠季を助けることが出来るか真剣なんです。これ以上ふざけたことを言うつもりなら、さっさとこの部屋から出て行きたまえ」

「・・・・・君ならそう言うだろうと思っていたんだ」

 青年は肩を落としてつぶやいた。

「でも、この話は真剣なんだ。最後まで聞いてくれないかな」

「僕が悠季に何をしろと言ったのか、君は分かっているのか?君は悠季に好きでもない相手とセックスしろと強要と言っているんですよ。それに、僕がそんなとんでもないことを無理強いできるような人間に見えるのか。そんなことをすればまさしく強姦でしかない。聞けませんね!」

「だから、話を聞いてから僕を殴るなり放り出すなりしてくれよ!でも、この話はとても重要なんだ!だから聞いて欲しいんだ!!」

 青年は必死な面持ちでそう詰め寄った

「第一、今の悠季は瀕死の病人なんです。そんな人間にとんでもない行為をするなど考えられないんですがね」

 桐ノ院はそう言うと、彼のからだを突き放してそっぽを向いた。

「それでもね。これを救うにはどうしてもそうしなければならないんだ」

 青年は静かにそう言った。桐ノ院が無意識のうちに顔を戻したのは、彼の言葉の中に含まれている必死な響きだったのかもしれない。

「助かったとしても、これと君との間柄は元のような友人どうしには戻れない、かもしれないとは思う・・・・・けど、これを救う方法は一つしかないんだ」

「だからといって・・・・・」

 桐ノ院は困惑した。こんな無謀であり得ないような方法で悠季が救えるとは思えない。

 青年は何かを決意したように、悠季の上に右手をかざした。すると、バチッと言う音とともに青い稲妻が悠季と青年の間に走っていった。

「うっ・・・・・!」

 青年は痛そうに右手を抱いてあとずさりした。急いで手を後ろに隠したが、指先が火傷したらしく黒ずんだような色をしているのがちらりと見えた。青ざめて肩で息をしている様子は、その火傷がかなりひどく痛むらしい。

 桐ノ院はさっと顔色を変えてすばやく悠季の方をうかがった。しかし悠季の表情は何も変わらず、何かをされたようには見えない。

 謎の青年だけが傷ついていたのだ。

「君はいったい何をしたんですか!?」

「こ、これで、なんとか少しだけエネルギーを渡すことが出来た。だけどこれは一時しのぎにすぎない。おそらく3日ともたないだろう、と思う」

 桐ノ院が悠季に視線を戻すと驚いたことに今までの瀕死だったはずの容態が嘘のようで、呼吸は静かで安定しており顔色がよくなっていかにも気持ちよさそうな顔になっている。ごくごく健やかな様子で眠っていたのだ。

「熱も下がっている。回復したのですか!?」

 桐ノ院は喜びの声を上げた。

「さっき言っただろう?僕が今与えたエネルギーのおかげであって、一時的なことに過ぎないんだ。明日には目覚めて元気を取り戻して健康に戻ったように見えるはずだ。でも、翌日には次第に手足に麻痺や痺れが出てくる。そして、間もなくまた熱が出てきて、3日目には更に悪化してやがて昏睡状態になってしまう。
・・・・・でも、そうなったらもうこれを救う手立ては何もなくなる。手遅れになって、僕にも救う方法はなくなるんだ。だから、それまでに君が心を決めて行動しなければいけない」

 青年の強い言葉に、思わず引き込まれそうな迫力を感じて息を呑んだ。

「3日の間に、今度こそ本格的にエネルギーを渡さなければならない。無理やりでもね。僕の話を聞かせれば、これがひどく嫌がるんじゃないかと思うけど、渡すことが出来なければ他に助かる方法はないんだ。そして、渡すべきエネルギーを持ったままなら、君もそのせいで同時期に死ぬことになってしまう」

「しかし・・・・・!」

「でも、これを救うことは僕には出来ない。どうしても君に頼まなくてはならないんだ」

 青年はそう言うと、そのまま口をつぐんだ。内心のあせりはほとんど見せなかったから、このことが彼にとってどれほど重要なことなのか、このときの桐ノ院には窺い知ることはできなかった。

「どうして君は悠季を助けたいと思っているのか教えてもらえませんか?君と悠季とはいったいどんな関係なんですか?」

「それは・・・・・・・・・・!」

 青年は言い出しかけて、言葉を飲み込んだ。

「今は言えないんだ。言ってもきっと信じてもらえないと思うし。でも、きっと僕が何なのか分かる時がくると思うから、今まで君が不思議に思っていたに違いない、これのことも全て分かるようになるはずだよ。これのことを見守っていてくれれば、必ず答えは得られるんだ」

 彼は桐ノ院が悠季の今まで一緒に行動していた中で、何か重大な真実が隠されているのではないかと疑問に思っていたことを、そんな言葉で肯定した。

 彼の顔はとても悲しそうで、言えない事情の中には謎の青年と悠季との本質にも関わることをうかがわせた。

 けれど青年が心の中では、ぜひ真実を話せるようになって欲しいのだと願っているらしいと、言葉よりも不安に思っていることも透き見えた。彼は悠季と同様に心の動きが全て顔に出てくるらしく、それが逆に桐ノ院の決意を固めさせた。

「・・・・・やりましょう!」

 桐ノ院はついに応えた。

「・・・・・ありがとう!」

 ぱっと青年の顔に笑みがこぼれた。

「具体的には、君からどうやってそのエネルギーを受け取ればいいのですか?・・・・・あー、君をここで抱けばいいのでしょうかね?君がさっき提案してきたように。僕と悠季とが強引なセックスしなければならないというのなら、その逆に受け取るときにもセックスをしなければいけないのではありませんか?」

 冷ややかな無表情で言われて手を伸ばしてきた。彼がやらなくてはならないことならば、さっさと済ませてしまおう。そんな考えが浮かんでいるらしいことは、桐ノ院の顔を見れば分かる。

それは感情と理性とを切り離して考える、いかにも桐ノ院の一族らしいものの考え方だったが、桐ノ院自身は気がついてはいなかった。それに気がついたら、いかに嫌がっていても自分も桐ノ院の一族だったのだと傷ついたかもしれなかったが、今はそんなことに気が回る余裕さえなかった。

「ち、違うんだ!今ここで君に抱かれたりしたら―――が変わってしまう・・・・・そうじゃない、そういうことをするんじゃないんだ」

桐ノ院の言葉を聞いて、青年はさっと赤くなりたじろぎ、あわてて手を振った。

 青年は顔色をあらため、真剣な口調で言った。

「僕と・・・・・キスして欲しい。それだけでいいんだ」

 桐ノ院に近づきながらそう言った。突然現れた彼は、人なのかそれとも魔なのか。言っていることは真実なのか、それとも桐ノ院を破滅させる罠なのか。

 もしかしたら彼の言うことは全て嘘であって、彼と口づけすることで毒を飼われるかもしれなかった。

「・・・・・いいでしょう」

 桐ノ院は、内心をうかがわせない無表情のまま、青年を抱き寄せた。ただし、悠季のベッドに背を向けて、例え悠季が目を覚ましても何をやっているのか見えないようにして。

抱き寄せた彼のからだは頼りなげで、自分から言い出したはずなのにおびえたように小刻みに震えていた。桐ノ院はその可憐さに悠季と混同してしまいそうな自分を感じていた。


 彼は悠季ではないのだ!


 そう自分に言い聞かせながら彼の唇に自分のそれを押し付けた。

 彼の唇はひんやりと冷たかったが、何も起こらなかった。

 彼がキスしようとしたのは、エネルギーを渡すためなどではなかったのか?そう疑問に思った。

だが、キスが深くなっていき、彼が唇を開くと、一瞬のうちに事情が変った。

得体の知れない熱いものが彼の中からあふれ出して、桐ノ院の中に入ってくるのが感じられた。その圧力と熱量はすさまじいもので、桐ノ院のからだは本能的に受け入れる事を拒んで硬直した。

 反射的に青年を押しのけようとしたが、彼は桐ノ院を離さず、磁石が吸い付くように彼のからだを離すことが出来ない。それどころか逆に彼はさらに唇を押し付けてきた!


 はらわたが焼けてしまう!危険だ!このままでは死んでしまう!!


 桐ノ院の頭の中で危険を知らせる警告が鳴り響くのを感じ、必死で彼を突き飛ばそうとしたとたん、ふっと唇が離れた。

「忘れないで。このエネルギーを渡すことが出来なければ、ここにいる――も君も死ぬんだ。だから必ず渡して!それもなるべく早く!」

急いでささやかれた言葉。

そして次の瞬間、腕の中から青年の重みとぬくもりが消え失せ・・・・・。










彼の姿は部屋の中から忽然と消えていた。