「君を初めて見たときから、君のことが好きになってしまったんだ。こうやって抱きしめてみたかったんだよ!ねえ、君と僕とはきっと仲良くやれると思うよ。だから、この僕に素直に抱かれてくれないか?」
小早川は嫌な含み笑いをしながら擦り寄って来た。
「な、何を言ってる・・・・・んだ!僕にはそんな気なんてないですよ!?」
あまりの出来事に驚きすぎて声も出ない。
ようやくもつれる舌を動かして悠季は抗議した。だが、小早川にとっては、悠季のそんなたどたどしい言葉さえ魅力に感じているらしい。
「ああ、君が連れてきた彼には黙っているよ。その方があっちの協力も得られるし、更に早く財宝が見つかるだろうからね。でも、最後には僕に全部教えるんだよ。今日から君と僕とは共犯になるんだからね」
「共犯って・・・・・?僕があなたにそんなことを教えるわけないでしょう!」
「そうかな?僕のこのテクニックにかかればどんな男だっていっぺんで参るんだ。うぶな君もきっと僕に惚れ込むに違いないんだよ。君とは相性がいいと思うんだよ。それでね、いずれ財宝は二人で山分けすればいいんだよ。二人で長く楽しもうじゃないか?」
小早川の手が悠季のからだをあちこちと弄ってくるのを必死で押し返した。
彼のどこをどうすればそんな自信が出てくるのか?という疑問は置いておいて、とにかく今はこの場から逃げ出すことが先決だ。
「いいかげんにしろっ!僕はホモじゃない!男を相手にする気なんてないんだ!」
腹立ち紛れに怒鳴りつけた。
「ほう?するとまだ彼は君にツバをつけてなかったわけなんだね。それはそれは・・・・・」
妙に嬉しそうな声だった。
「だから、彼は僕にそんな気持ちを抱くわけないじゃないか。僕だってね!だからあんたもお断りだ!さっさと離してくれ!」
「しかし彼はあわよくばそうなろうとしているはずだよ。彼と僕とは同類だ。分かるんだよ、彼の気持ちがね・・・・・」
そういうと小早川はそばにあったカーテンから紐を引き抜くと、あっという間に悠季の両手首を結わえ付けた。その手際のよさは悠季の他にもやったことがあることを窺わせた。
「離せっ!何をするんだ!」
「そうだね。まず君を抱いてからゆっくりいろいろ知っていることを教えてもらおうか。彼の秘密とか財宝のこととかね。君も素直に答えてくれるだろうしね」
「馬鹿なことを!桐ノ院は財宝のことなんて知ってなんかいないんだ!そんな物あるわけないんだから」
「・・・・・なんだって?それはどういうことなんだ!?」
ぎょっとなって小早川が手を緩めた。
悠季はその隙にあわてて彼の手から逃れて、部屋の隅へといざって逃れた。
「君は何を知ってる?あの男からいったい何を聞いているのかな?」
しまった!と唇をかんだ。彼にこんなことを言うつもりはなかったのに。
だが、こうなったら洗いざらい話してしまうしかない。言わなくてはあきらめてもらうことは出来ないだろうと腹をくくった。
「彼が・・・・・桐ノ院が探しているのは、彼が元の世界に戻るための鍵です」
「なっ、何・・・・・!?」
小早川は一瞬悠季の言葉の意味を掴み損ねたようだった。
「それはどういう意味だ!?」
「彼はこの地球の人間じゃないということですよ」
「馬鹿なことを!」
悠季の言葉を聞くと、彼は盛大に吹き出しげらげらと腹を抱えて笑い出した。
「あのトウノインとかっていう男がそう言ったのかい?君に!で、君はあの男のそんな冗談を信じたのかね?彼が地球の人間じゃないだって?!少し普通の男よりも背が高いくらいで、どう見たって宇宙人には見えないじゃないか。君は夢でも見てるんじゃないのか?それとも麻薬でも飲まされたのかな?すると君もジャンキーというわけかい?」
今まで悠季が穏やかな紳士だと思っていた男の顔が醜い笑い顔に変わった。人を嘲り蔑む顔に。
「彼が僕を騙すわけないじゃないですか!そんなことをしても何のメリットも無いんだ。それに僕だってただ丸ごと他人の話を鵜呑みにしたわけじゃない。彼の話は信用できるんだ!」
「それじゃあ、彼が地球人じゃないっていう証拠でもあるというのかい?」
ある!
のだとは、悠季には言えなかった。ただし、宇宙人ではなく、異世界人であるが。
その真実は宇宙人だというよりも更に奇想天外なもので、信じてもらえないのは当然のこと。
だが、悠季が知っている言葉の不思議さは悠季と桐ノ院の間にしか通じないことで、考えてみれば今の悠季にはそれ以外の証拠を出すことが出来ないでいる。
「ねえ、守村君。君は騙されているんだよ。確かにあの外国人は見栄えがいいし、しぐさも洗練されていて信用出来そうに見えるがね。だが、いくらなんでも地球人じゃないなんて考えられないじゃないか。第一宇宙人がなんで小早川の財宝を欲しがるのかね?考えられないよ。馬鹿馬鹿しい!そんな夢のようなことを信じていないで、僕の現実的な提案を受け入れてだね・・・・・」
そうじゃない!
悠季は何とかして自分しか分からない彼の不思議さを教える方法はないのかと悩んだが、うまく頭が回らない。
じりっと小早川がすり寄ってきて、不埒な手がまた伸ばされて悠季の肩に触れようとした時、
「――――――!」
殺気を帯びた厳しく低い男性の声がして、小早川の動きを止まった。
「ト、トウノイン君か!?」
呼びかける小早川の声が上ずってかすれた。
ぎらりと光る刃が小早川の顔のすぐ目の前に突き出されたかと思うと、ひんやりと頬に触られた。
「ひっ!!な、何をするんだ!?」
「――――――!」
小早川には理解できない言葉で背後の背の高い外国人は何かを命令していた。だが、振り向いてみることも出来ない。彼の口調や目の前に突き付けられた刃は、彼が何を命令しようとしているのかよく分かる。
「わ、分かった!もう守村君には手を出さないから!」
あわてて脇によって悠季から離れるとそこに立っていた人間の全身の姿を見ることが出来るようになった。
「な、なんなんだこいつは!?」
自分を殺そうとしていた人物は、見たことも無い衣装に身を包んで男が立っていた。
まるで昨日の祭りで時代行列のために扮装していた人々と同じのような着物姿。だが彼はいかにも着慣れている上に、よく目にする着物とは微妙に細部が違っているように見えた。
長い髪は先ほどまでの首のうしろに無造作に束ねるくくり方ではなく、首の後ろにきっちりと束ねられ、額をすっきりと上げていた。
そして今も小早川に突き付けられている刀。日本刀のように見えたが、その刃の色は見たことのないような淡い緑色の光を反射していた。
「―――――――!?」
「お、おい!こ、こいつ・・・・・じゃなくて、この人はなんて言っているんだ!?」
小早川はまた突き付けられた刀に悲鳴を上げ、彼を脅してくる人物が何を言っているのか唯一通訳が出来る人間に尋ねてきた。
迫ってくる彼の全身から溢れる殺気は武道の心得のない小早川でもひしひしと感じられるほどの激しさで、一つ応答を間違えれば確実に殺されるだろうと信じたくなる圧迫感を持っていた。
「む、無茶だよ、桐ノ院!そんな乱暴なやり方で欲しいものを見つけようとするなんて!」
かすれ声で悠季が抗議した。
「やむを得ません。僕はこういう手合いのことはよく知っています。僕に任せて頂けませんか?」
だが、彼は冷ややかな声で言った。自分が何をなすべきか知っているようで゛、悠季の言葉にも動じず手も迷わなかった。
「それに、この男は君を強姦することによって自分の言うことをきかせようとしていたんですよ?そんな卑劣漢に道理を説くなど無駄というものです」
「うっ。そ、それはそうかもしれないけど、こんなことをやってたら警察に捕まるよ!君のやっていることは犯罪行為になるんだ!!」
「罪でしたら僕が全て負いましょう!とにかく必要なことを調べるのが先です」
彼の真摯な顔は、たとえ悠季が拒絶しようとしても命令するだろう。いや、その前に拒絶することさえ許さないような迫力があった。
悠季はごくりと生唾を飲んだ。
「か、彼・・・・・桐ノ院は、成瀬に伝わっている宝を見せろと言っています」
悠季は意を決して桐ノ院の通訳を務めた。
「な、ないよ!そんなものは!」
悲鳴のような高い声で小早川は叫んだ。
「ない、ですって!?どういうことですか?」
「本当にないんだ!さっきはあるように言ったけど、実際には何も見つかっていないんだよ!」
悠季が通訳すると、桐ノ院はふっと眉をひそめて、ぴくりと刀を揺らした。
「ほ、本当だ!嘘じゃない!!
成瀬の家の物はほとんどが滅びた時に散り散りになってしまったんだ。だから、僕の家に伝わっていたのは【璧】と呼ばれていた水晶が2つしかない。あの水晶だって鑑定してもらったけど色は変わっているが、組成はただの水晶らしいといわれた。何も変わったところがなかったし、何も彫り付けられているわけでもなかったし伝来が残っているわけでもないんだ。
他にあるといえば、せいぜいが成瀬家から伝わる守り本尊くらいだよ」
「守り本尊ですって?」
通訳を続けていた悠季が不審そうに尋ね返した。
「そうだ。地蔵菩薩だと伝わっている。だが、X線撮影しても中には巻物らしいものは一切入っていなかったし、何もこの像に対しての記述が残っていないんだ。珍しいのは中に色ガラスが収められていたことだが、これは仏舎利のつもりだと思えば納得できる」
小早川はとくとくと自分が研究してきた結果を話しだした。どうやら身の危険よりも自分が調べてきたことを話せることが嬉しくなってしまったらしい。少しばかりこの信じられないような身の危険さえ感じられる状況からの逃避も入っていたのかもしれないが。
「地蔵菩薩の語源は大地と胎内を意味する。弥勒菩薩がこの世に現れるまでの仏のいない時代にさ迷い苦しむ人々を救うという菩薩だ。大地は我々に豊かな恵みを与え、道に迷うものの道しるべとなる。あの当時の武将たちが摩利支天や毘沙門不動明王など戦に関係する仏に祈っていたことを考えると珍しいとも言えるが、彼らが・・・・・」
「そのお地蔵様の胎内にあったという色ガラスはどんなものでしたか?」
小早川のぺらぺらと続く言葉の合間に、ようやく悠季が桐ノ院から頼まれた質問を出すことが出来た。小早川は自分のしゃべっている言葉の途中に口を挟まれたことで少しむっとしていたが、すぐに自分の立場を思い出したようで、素直に答えてくれた。
「小さな黒いガラスだったよ。もしかしたらオニキスかもしれないが、今のところ分析していないから正確なところは分からない。昔から仏像の胎内には仏舎利といって仏陀の遺骨か遺骨の替わりになるものを収めることがある。あるいは経典や願文(願い事を書いた紙)のこともあるが。いずれにせよ仏像も胎内にあったガラスもとりわけ珍しいものではないと思われ・・・・・」
「そのお地蔵様はどこにありますか!?」
悠季が弾んだ声でたずねた。その声を聞いて、ふっと小早川がしゃべりを止めた。
「・・・・・どうしてその地蔵が欲しいんだ?」
「えっ、そ、その彼が言うには地蔵が道しるべであるのなら、彼になら分かるはずなので見たい・・・・・いうことらしいですが」
すると小早川が無意識だろうがずるそうな目をすがめるとちらりと悠季の背後の厨子の方へと視線を送ったが、すぐに何事もなかったように装ってと悠季に微笑みかけた。
「そんな大切なものはこの屋敷には置いてないよ。貴重なものは金庫に預けるのが当然だからね」
そう、うそぶいた。
【13】