「隠し財宝・・・・・!?」

 悠季はとんでもない単語が出たのを聞いて、思わず裏返ってしまった声をあわてておさえた。

「ねえ、桐ノ院。どういうこと?」

 ひそひそと彼に尋ねた。別に声をひそめなくても、小早川氏の方を向かなければ言葉の意味は通じないはずだったが。

「彼はこの【璧】こそが財宝を探し出すための鍵だと思っているようですね。・・・・・ということは、小早川家には輝晶の価値は伝わっていないのかもしれない。実際の輝晶は、知らないものには値打ちがあると見えない品物ですから」

「おい、彼は何を言っているんだ!?」

 小早川氏は怒り出した。当然二人がまったく意味の分からない言語で会話しているのを聞いて不快になったに違いない。

「すみません。僕たちだけで話してしまって」

 あわてて悠季があやまったが、桐ノ院はポーカーフェイスのまま平然と小早川氏を無視していた。

「彼にあの璧が置いてあった場所を見せてもらえないかと聞いてもらえませんか?輝晶があるとしたらおそらくこの屋敷の敷地の中でしょう。蔵の中にでも仕舞ったままだったでしょうし、輝晶の価値が分からぬ者たちなら粗雑に扱っていたのではないかと思われます。
 しかし、幸いなことに捨ててはいないようだ。そうでなければ僕がこの土地に飛ばされて来るはずはない。輝晶がどんなものか判らない彼らにはどこにあるのか見つけられなくても、僕たちには捜し出せるのではないかと思います」

「君なら捜し出せるの?」

「忘れましたか?【璧】は光ったでしょう?同様に【輝晶」も近くにあればすぐに分かる兆しがありますからね」

 悠季がこのことを小早川氏に言うと、彼は『少し考えさせてくれ』と言った。

「このまま今夜はここに泊まっていってくれたまえ。古い屋敷だが、ごらんのように部屋ならいくらでもあるからね。明日まで考えたいこともあるし、それに君たちにもっと詳しい話を聞きたいと思っているんだよ」

「ですが、旅館を予約してあるんです。申し訳ないですから一度帰ります」

「どこの旅館?ああ、あそこか。いいよ。こっちでキャンセルしておくから。荷物もこっちに運ばせよう。遠慮しなくてもいいんだよ。我が一族の重大な問題を解決できるかどうかの瀬戸際なんだ。ぜひ協力してもらいたいからね」

 強引に言い張ると、二人が何も言わないうちに奥から人を呼んで客用の部屋に案内するよう命じた。

「・・・・・どうもありがとうございます。それではお言葉に甘えます」

 小早川家の屋敷の中は、昼間通された客間やそれに続く座敷は掃除もゆきとどき、欄間や床の間にも手を入れて大切に使っているらしい様子が伺えたが、泊めてもらうために用意されて連れて行かれた部屋は、急遽用意されたためか埃っぽく湿った嫌な臭いが染み付いていた。

 お手伝いだという女性が布団を敷いていったが、荒っぽい動作で投げやりに布団を投げ出してみせ、無愛想で客が来るのがいかにも迷惑そうな様子だった。だが、桐ノ院が心づけだと紙包みを渡すと、いっぺんに愛想のよい顔になり、何か用事があれば遠慮なく言いつけてくれと言い置いて、どすどすと奥へ去っていった。

「なんだか客が突然にやってきたからって迷惑だったみたいだね」

「使用人ならば主人の急な求めにも冷静に応えてみせるのが当然のことです。彼女にはその自覚もないのでしょう。もっとも、ここの主人が敬愛されるに足る人物かどうか疑問に思えますから、主人にふさわしい召使なのかもしれませんね」

 彼は眉をひそめ大勢の召使にかしずかれているのがうかがえるような感想を言ってのけた。

「・・・・・君って、向こうでは殿様だったのかい?」

「は?」

「さっきのお手伝いさんへの感想がそう思えるからだよ。それに小早川さんの対しての話し方もなんだか尊大で冷ややかで、見下しているようにも見えたからね」

「ああ、君が不快に思われたのなら失敬しました。実は、あの小早川氏という人物が僕の知っている人間にあまりにも似すぎていたために、つい同様な態度をとってしまいまして」

「似ているって・・・・・もちろん向こうの世界の人だよね?」

「ええ。それも、名前まで同じ小早川氏なのですよ。もしかするとこちらと向こうとがどこかで繋がっている証拠なのかもしれませんが。あいにくと向こうの小早川氏にはいい思い出がありませんので、ついつい僕の態度も冷淡なものになってしまいました」

「それって、もしかしてむこうでの君の敵だったりするの?」

「実は。
僕がこちらに飛ばされた理由として最初に疑ったのが小早川一族の陰謀ではないかということでしたから」

 彼は重々しくうなずいて、向こうの小早川一族との確執を感じさせるような緊張感をもって答えた。

「でも・・・・・。こっちの小早川さんと同じとはかぎらないよ」

「ええ、反省しています。顔と名前が同じだからといって、僕に敵対する人物と考えるのは早計でしょう。ですが、どうも彼は何かを隠している気がします。用心に越したことは無い」

「・・・・・そう?でも、親切に泊めてくれてるじゃないか」

「何か彼にも考えがあってのことかもしれませんよ。目に見える場所に置くことで、こっちを見張るつもりかもしれない」

「見張るって・・・・・僕たちのいったい何を?」

 悠季には桐ノ院が何を警戒しているのか分からなかった。わざわざ親切に泊めてくれるという人間をなぜ疑わなくてはならないのか?だが、彼はその質問には答えようとはしなかった。

「ところで、さっき君が言っていた【輝晶】の外見が値打ちのあるようには見えないって言っていたよね。それってどういうことなの?」

「輝晶というのは、その性質のことを指して名づけられているのです。大きな輝きと力を秘めた結晶なのですが、その姿形はといえば、璧と違って名前がもつ印象がまったく違っているのですよ。それは水晶のように六角柱をしているのですが、黒くて・・・・・」

「・・・・・お客さん。旅館から荷物が届いたからこちらに置きますよ」

 突然、部屋の外から声がかかった。先ほどのお手伝いさんが圭の向こうの世界から着てきた服を入れてあるバッグや、剣を隠し入れてあるゲートボールのケースを届けてくれたらしい。

「どうもありがとうございます」

 悠季が受け取り桐ノ院にそのまま手渡すと、彼はバッグを開き中をあらためていたが、ふっと手を止めて顔をしかめた。

「どうかした?」

「どうやら誰かがこの中を開いて調べていたようですね」

「ええっ!?まさか!」

「中が荒らされています。ちょっと見には分からないでしょうが、僕が隅に仕掛けておいた封が切られています」

「それって・・・・・!」

「おそらく、この家の主人、小早川氏の仕業でしょうね」

「でも、なんでそんなことを・・・・・?」

「僕たちが何者で、いったい何を狙っているのか不安で調べてみたのでしょう。ですが、この中を見たとすると、さらに疑問が膨らんだことでしょうね」

 桐ノ院は低く笑った。

 確かに、昔の武士が着ていたような着物や真剣が入っているとなれば、何事かと首をひねるだろう。

「このままでは何も分からないのですから、おそらく明日には何か言ってくるでしょう。彼が何を仕掛けてくるかで僕の方針も変わってきます。彼が信用に足る人間かどうか・・・・・。
とにかく今はこのままからだを休めて明日に備えた方がいいでしょう」

「・・・・・そうかな」

 悠季は何か得体の知れない事態へと突き進んで行くのを感じて、胸の中に湧き上がってくる不安にぶるっと身をふるわせた。
【11】