惑星「ヴェスタラン」

 あたりから聞こえていた声も静まり、フアランたちは、よく見えるようにか穴の近くに場所を求めて、ひしめき合っている。
 

 僕はもう一度じっくりと穴を観察した。
 穴は巨大な井戸のようで、屋根もないせいで、石畳を敷いた底までかんかんに日が射している。
 コートルのほとんどはわずかな影を求めて、穴の縁に寄っている。
 僕は飛び降りる場所を選ぶため、穴の周辺を歩き始めた。


 ここが、よさそうだ。
 今、僕と圭の間にいるのは四匹。
 圭の体の脇にできたわずかな陰にも数匹が逃げ込んでいるが、ともかく、そばまでゆくんだ。
 

「これはゲームじゃない」
 自分自身に言い聞かせた。
「こいつらは飼いならされた動物でもないし麻酔係や捕獲係りもいない。頼りはこのナイフと僕自身だけなんだ」
 身構えると、僕は飛び降りた。
 一メートルのほどのところに一匹目のコートルがいる。 茶色い目を持つこの生き物は、疑わしそうに僕を見て、その長くて黒い胴体をまるめて、とぐろを巻いて鎌首をもたげた。
 いつでも、跳びかかって死の牙をたてられる体勢だ。
「動いちゃだめだ!咬まれる!死んでしまう!」
 本能が身を竦ませる。
「動かなくったって、ここにいれば死ぬだけだ」
 理性で反駁し、僕は平静を装うとコートルに近寄った。

 考えたより早く蛇は跳びかかってきた。
 僕は本能的に反応した。身をよじってかわして、空いたほうの手で、頭部を後からつかんだ。
 そのまま、頭を石床に押しつけ動けないようにした。
 抱え込んでいる左手に胴と尾が巻きつく、ゆうに一メートルはある力強そうな胴体だ。
 もし、それが地球上の生き物だったら、僕は押さえ込み続けることはできなかっただろう。
 低重力で育ったこの生き物の筋肉は地球の同類ほどではなかった。


 頭が麻痺したように空白になった状態で、僕はだいぶ長いあいだ、のたうちまわるコートルを抑え続けていた。
 少しして、自分が何をしたのか……これから何をしなければならないのか……が、わかるようになってきた。
 これまでは、本能だけで行動していたんだった。
 ナイフでコートルの頭を機械的にかき切った。
 左腕にまだ巻きついて、のたうちまわる胴体をもぎはなし、できるだけ遠くに投げすてる。
 コートルの茶色っぽい血が素足にふりかった。


 頭上でフアランたちがはやしたてたり、罵声を浴びせたりしている。
 僕は次のコートルを見た。
 大きい。まるで、ここのコートルたちの王者のようなやつだった。その頭はアヒルの卵ほどもある。
 僕はそのコートルに向かって進みはじめたが、ふと、こんな大きなD249の供給源を殺すのは惜しいなと思った。
 だけど僕は心にわいた雑念をふり払おうと努めた。
 なにもかもが夢の中の出来事に思えて現実感がない。
 僕は目の前の出来事に集中するよう、繰り返し繰り返し、自分に言い聞かせねばならなかった。
 そのコートルは巨大だが、動きは緩慢だった。たぶん、炎天下で、日にさらされすぎたのだろう。
 コートルはもともと朝夕の薄闇に活動する生き物で、暑さに強いわけじゃない。
 僕は、そのコートルをほとんど無造作に殺した。


 息を詰めて、注意深く三匹目の蛇に近づいたとき、突然、あたりにパラパラと石のかけらが降ってきた。
 僕が成功しそうなのを見て、僕が失敗するほうに賭けたフアランたちがコートルに石を投げて刺激しようと、しはじめたのだ。
 何匹かのコートルが日陰から出て、穴の中央に這い出してきた。
 僕は三匹目のコートルをすばやくつかむと、頭を切り落とすかわりに、力一杯フアランの方に投げつけてやった。
 頭上で悲鳴がわきあがったが、まもなく悲鳴は収まった。誰かが蛇を始末したのだろう。
 それきり、石は降らなくなった。
 中央に出てこようとのたのたと動く蛇が邪魔にならないうちに圭のそばにいかなくては。

 ありがたいことに、四匹めのコートルは僕が近づくと争う気がなかったらしくて、逃げていってしまった。
 残るはまだ、圭のそばにいる二匹のコートルだけとなった。

 穴に入ってからはじめて僕ははっきりと圭をみた。
 さきほど見たままの姿勢で、僕と向き合うように、わき腹を下に横たわっている。
 目は開けているがどんよりと曇っており、僕には気がついていないようだ。
 日に焼けて肌が真っ赤になっている。日に焼けていない部分は灰色に見え、乱れた髪が汗に濡れて肌に張りついていた。
 苦痛を感じてはいるらしいのだが、声も出せず、息も浅くみえる。
 そのとき、圭の足に目をやった僕は思わず顔をゆがめた。両足のかかとに太い楔を刺しこまれている。

 フアランたちが生贄を逃さないようにやったのだろう。
 ぎりっと歯を噛みしめて、まずは圭の陰にいる二匹のコートルをどうするかだと、考えた。

 一匹は圭の胸のあたりで、体の一部を圭の腕に巻きつけている。
 もう一匹は腰の辺りで僅かな日陰にはいりこんでいる。
 圭が少しでも動けば、咬まれてしまうだろう。

 圭のそばから離さなくては危険だ。
 コートルをおびき出す方法はあるんだろうか?
 たとえ、おびき出せても一度に二匹はあいてできない―――。


 ほかに方法はない。
 しばらく考えたすえ、僕は蛇たちが跳びかかって来ても届かない位置にひざまずき、待った。
 太陽は天頂を過ぎて、コートルのいる陰は小さくなりかけている。
 二匹が新たな陰を求めて動き出すこと。それを待つしかない。
 祈るような気持ちで待った。