惑星「ヴェスタラン」

背後で聞きなれない音が聞こえ、ぎょっとして振り返った。目を見張ると同時に安堵の笑いを浮かべた。
 午前中、東側の壁の日陰に隠れていたコートルたちが、新しい陰を求めて動き出していた。
 その、うろこが石床をこする音だったのだ。
 どの蛇も壁際にへばりつくように新しい陰を探している。
 やがて、西側の壁に新しくできた小さな陰にたどり着くと、コートルたちはひとしきり縄張り争いを演じたあと、新しい陰の中でそれぞれ、落ち着いて眠り始めた。


 圭のそばの二匹のうち小さくて緑がかったほうはもぞもぞと動いていた。
 僕はじっと動かず、そのコートルを見つめたまま待った。
 ひたすら待ち続けた。
  

 ふと、圭がこちらを見ているのに気がついた―――確かにこちらを見ている。
 何かとまどっている様子で。今にも、頭をもたげ、話しかけ、足を動かしそうな気配だ。
 そんなことをしたら、即座に咬まれてしまう。
 遅効性の毒で苦痛に苛まれ、じわじわと死んでゆく―――


「圭、動かないで!」
 僕はささやきかけた。
「じっとしていて。体を動かしてはだめだ。僕たちの命がかかってるんだ。じっと横になったまま、目をつぶっていて」
 その言葉が理解できなかったらしく、圭は目をつぶろうとしない。
 だが、身動きもしなかった。息遣いが荒い。


 圭の腕に巻きついていた緑がかったコートルが我慢できなくなって、熱く焼けた石床の上に滑り降り、西側の壁に移動し始めた。
 だが、圭の腰の辺りの最後のコートルはまだ、居心地の悪さに無関心みたいだ。
 でも、圭のほうは居心地の悪さを感じているのだろう。うめき声をもらしながら、微かに体を動かしている。異変を察したコートルは、まるで、スプリングのようにさっと、とぐろを巻いた。

 繊毛状態の圭は低く呻き、両腕を胸に引きつけた。
 コートルは鎌首をもたげ、体を震わせながら身構えた。
 もはや、猶予はない。その蛇に跳びかかった僕は石のナイフを振りおろした。
 大きな動きに誘われてコートルが飛びつきナイフに咬みついて、それを僕の手からたたき落とした。


 僕は大きな声を出しながら、本能的に蛇の頭部をつかんで押さえつけた。
 一匹目のコートルより大きいそれは力も強い。
 あっという間に押さえつけた腕に巻きつかれて、投げることもできない。
 武器は飛んでしまって、手が届かない。
 蛇の胴体は激しく暴れながら、堅く締めつけてきた。
 牙を立てらないように僕は両手で押さえるしかなかった。
 殺そうにも殺しようがない。
 無我夢中で蛇を石床の上に叩きつけた!


 もう一度!


 叩きつけられた蛇は暴れ狂った。
 そして三度目。手ごたえがあった。
 赤茶の血が両手に飛び散る。
 僕は蛇の頭の残骸を石床になすりつけると、まだ、のたうつ胴体をできるだけ遠くへ放り投げた。


 息も絶え絶えな状態で両膝をついた僕は、少し放心していた。
 やりとげたんだ。
 フアランたちは狂ったように騒いでいる。これまで見たことがないほど面白いショーだったんだろう。
 賭けに敗れた者たちでさえ陽気に騒いでいるようだ。
 罠にかかっているコートルならともかく、野放しのコートルをこのように取り扱えるものがいるとは思いもしなかったらしい。


 でも、僕にはこのお祭り騒ぎは別世界の出来事のように感じられた。
 今までに感じたことがないような疲労感で立ち上がるのも大儀だった。
 それでも、やっとの思いで両手を圭の体の下に差し入れ、抱えあげた。重力のせいで体重は軽くなってはいる。
 あまり優雅な格好ではなかったが、肩にかついでよろよろと東側の壁に歩み寄った。こちら側にはコートルはいないはずだ。
 上から差し伸べられた手に向かって圭を押し上げ、上を見た。飯田さんの気遣わしそうな顔がそこにあった。
 飯田さんは圭の脇の下に手をまわして、その身体をぐいっと穴の外に引っぱりあげてくれた。
 ほかの手が伸びてきて僕を引き上げ、蛇の穴から連れ戻した。


 医療士の春山さんが飯田さんと肩を並べて圭の上にかがみこんでいる。
 まわりは赤い制服の保安部員に取り囲まれていた。
 圭の頭は飯田さんの膝の上にぐったりと置かれている。
 咬まれているとしたら、もう、あまり時間がないかもしれない。
 ―――すぐ航宙船に連れ帰って、新しい解毒剤が用意できるまで、生命維持装置にかけなければ……。
 そう伝えたかったが、僕の意識は途切れかけていた。
 たくさんの刺青をした顔、振り回される腕、色とりどりの服、めまいがする。
 誰かが身体に毛布を巻きつけてくれた。ダムバウィッキーだった。
 呆けたようなニヤニヤ笑いを浮かべている。
「飯田副長はいつ―――?」
 僕は、少し現実を取り戻してたずねた。
「きみが穴に入ったすぐあとだ。かれは自分も穴に入っていこうとしたのだが、物音がするときみの集中力がくずれるかもしれないし、条約がご破算になるから、止めたのだ。しかし、ドクター、きみはよくやったよ!」
「まあね」
 力なく答えた。目の前がのしかかるようにぐるぐると回り始めていた。
 だが、その渦の真ん中に飯田さんと春山さんの姿があった。
 ふたりとも全身に懸念の表情をみなぎらせている。時間がない。圭はぐったりとしている。時間が……なんとかしなくては……なんとか……。
 僕はそこで意識を手放してしまった。







 僕は消毒薬の匂いのするひんやりとした空気の中で目を覚ました。
 我が家だとぼんやり思った。
「気がついたようですね〜」
 春山さんの声が話している。
 誰が気がついたんだろう?
「守村さん?ドクター?」
「う、ん…」
 と答えながら、僕はやっとしっかり目を覚ました。
 そこは航宙船の医療室だった。
 なんで、医療室のベッドで寝ていたかを、思い出し、ベッドの上に起き上がった。
「春山さん!圭は!?」
 

「僕はここです」
 春山さんと逆の、隣のベットから、小さいけれど、しっかりとした声がした。
 でも、めがねをかけていない僕はかれの顔すら見れなくて。
 春山さんにめがねを渡してもらって、やっと、圭の顔を見れた。
 ベットを降りて、圭の傍に移動した。
 顔色もまだ悪いけれど、ベットのパネル表示のバイタルは安定していて、僕はさらに安堵した。
「よかった」
 めがねをかけているのにまた、圭の顔が見えなくなった。
「泣かないでください。悠季。今の僕はきみの涙を拭いてもあげられない」


 春山さんが気を利かせて医療室から出ていってくれたので寝ている圭の首に抱きついた。
「すみません、悠季。僕のせいで危険な目にあわせてしまいました」
「きみのせいなんかじゃないさ」
「でも、約束してください」
 何を?という顔でかれをみた。
「また、今度のようなことが起こったら、逃げてください」
 なんだって!?
「自分の安全を第一に考えて……」
 そこで、言葉を切った。僕の表情に気がついたのだろう。
 僕は怒りと哀しさがないまぜになった気持ちで、かれに問うた。
「もし、僕が捕まったらきみは置いてゆくかい?」
「とんでもない!置いてゆけるはずがないではありませんか」
「じゃあ、どうして、同じことを僕がしてはいけないんだ?」
「しかし、きみは戦闘訓練も受けていませんし…」
「そんなこと、関係ない!」
 僕は叫んでしまった。
 圭は僕の怒りが理解できないのか、びっくりした顔で僕をみつめている。
「……そりゃ、僕はなんのとりえもない。いつも、足手まといになってるかもしれない」
「…そんなことは…」
 口を挟もうとする圭を制して続けた。
「でも!…僕はきみを助けたいんだ!きみがしてくれるように、僕だって、きみを助けたい。たとえ、それが僕のわがままでも…ううっ」
 圭のキスに口を塞がれ、ベッドに引きずり込まれてしまった。 どこにそんな力が残ってるんだよ!
「こ…こら、安静にしてなきゃ…だめ、だろ…ううん」
 そのまま、体中を愛撫された。
「きみのそんな熱烈な告白を聞いて、じっとなどしていられるものですか」
「だめ!」
 僕は力一杯、はねのけた。
「悠季?」
「いくらなんでも、まだ顔色もよくないのに!無理だよ…よくなったら、ね」
「では、約束ですよ」
「う、うん」
 なんだか、またごまかされちゃったかな……。



 ※ ※ ※ ※ ※



 そして、ダムバウィッキーはかねてからの希望がかなって、ヴェスタランに残った。
 その甲斐あってか集積所とフアランは和解した。
 フアランの高僧により、生贄の圭が生き延びたことは種族にとって永遠の幸運の証と解釈されたらしい。
 また、D429は銀河で必要とされているだけ生産ができるようになったんだった。
 




ENDE