惑星「ヴェスタラン」

日は高く昇り、容赦ない日差しが照りつけている。
 自分を取り囲む大群衆の気配に僕は細めていた目を見開いた。
 僕の歩く道筋のいたるところにフアランがいた―――みな一様にシダの葉を積み上げた即席の日よけの下で布やマットを敷き、寝転んだりしてくつろいでいる。
 群集は僕を指さして、笑い、叫び、身を起こした。
 まるでピクニックだ。そうなんだ―――きっと、ピクニック気分なんだ。
 信仰にもいろいろなやり方があるもんだなと思った。



 前方にごつごつとした石で縁取られた円形の穴が見えてきた。その直径はゆうに航宙船のブリッジ(司令室)の二倍はある。
 僕が穴の縁に歩み寄ると、フアランたちは恭しく道をあけた。
 縁から二メートルほど下の、石が敷き詰められた底を覗き込んだとたん、地獄の縁に立ったような気がした。
 コートルだ。何十匹いるだろう?
 しかし次の瞬間そんなことはすべて忘れた。
「圭!」
 両手を前に縛られてわき腹を下に横たわり微動だにしない。
 まさか―――
 いや、しかし、生きている!微かに呼吸のために胸が動いている!


 全身の神経が今にも悲鳴をあげそうだった。
 身をひるがえし、穴に飛び込みそうな僕の腕をダムバウィッキーがつかみ、しっかりと抑えた。
「さあ帰ろう、ドクター」
 ダムバウィッキーがきっぱりといった。
「帰るだって!?」
 ダムバウィッキーをにらみつけたが、かれが元から圭を助ける気がないのを思い出した。
「だめだ」
 僕もきっぱりといった。
「この人たちは賭け事に目がないって、いってたね?それは本当だね?」
「本当だ。だが、そんなことはどうでもいいだろう。さあ、行こう…」
「待ってくれ。この人たちに通訳してほしい。―――僕が一世一代の賭けをする。みんなも賭けてくれ。…ってさ」
「とんでもないよ、きみ……」
「今いったとおりに通訳するんだ。さもないと、近くの者から順に穴の中に放り込んでやるぞ!」
 僕はダムバウィッキーをにらみつけた。
「その次はきみの番だ」
「気でもふれたのか!」
「そうかもしれないね」
 僕は冷ややかにいった。
「さあ、みんなに伝えるんだ!」
 ダムバウィッキーは皆に伝え、フアランたちは、新たな興味を持って僕を改めて見上げた。
「ともかく、話の続きを聞きたいそうだ」
 ダムバウィッキーがギロチンに首をはさまれているような元気のない声でいった。
「け、…桐ノ院船長の命を救うことに僕の命を賭ける、と伝えて欲しい」
 自分の声がしゃがれているのがわかった。
「僕がナイフ一本だけ持って穴の中に入り船長を連れてふたりとも咬まれずにでてくる、と」
 ダムバウィッキーの顔からは血の気が引き、大きく見開いた目は今にも飛び出しそうだ。
 舌はもつれ、言葉はうまく出てこないようだった。
「きみは完全に狂ってる」
 かれは低い陰気な声でいった。
「まさに気違い沙汰だ。あそこに入ったら、万に一つのチャンスもないんだぞ!」
 ダムバウィッキーが落ち着くのを僕は待った。
 こうしようと思いついてから、気持ちは不思議に落ち着いている。
 危険が大きいことには目をつぶる気はないけど、まったく不可能だとも思わない。
 

 自分が有利である点を声に出して、数えあげた。
「僕はコートルをあつかったことがあるんだ。それに、田舎育ちだから、ほかの蛇を捕まえたことも何度もある。それにこの星は重力が小さいからそれも有利だし。それにさ、蛇も暑がってるはずだよ。ほとんどが穴のまわりの日陰にはいってるだろう。運さえ良ければ、咬まれずに船長を連れ出せるよ」
 ―――例え、運が悪くても、圭と一緒に死ぬだけだ。
 かれの受けたショックはやっと薄れかけていた。でも、僕を説得する気力はなさそうだ。
 たとえ、力ずくでやめさせようとしても、今のかれでは僕に敵いはしないだろう。
「本当にそうしたいのかい?」
 ダムバウィッキーはみじめな声でたずねた。
「わかっていると思うが桐ノ院はもう咬まれているだろう」
 それでも、僕はあきらめない。
「でも、まだ間に合うかもしれない」
 

 数人のフアランが待ちきれないようすで、しきりにダムバウィッキーのズボンを引っ張り、注意を引こうとしている。
 しぶしぶながらついにあきらめたダムバウィッキーは僕に最後の長い一瞥を与えるとフアランたちのほうへ向き直った。
 僕の提案に対する反応は、歓声と笑声と気違いじみた賭けを始める声の大混乱だった。 僕は自分が、無数の目によって、考えられるあらゆる尺度で値踏みされているのを感じた。
 何人ものフアランは、今ではあからさまに感嘆のまなざしを送ってくる。僕に賭けたのだろう。一か八かの賭けだが、もし、生還すれば大穴になる。
 僕は笑い出したくなった。本気で死ぬつもりなどこれっぽちもないのだから。自分に笑いかけてくる顔に、僕は微笑みかえしてやった。
 ダムバウィッキーは年かさのフアランたちの一団との交渉を終えると、僕に向き直った。
 青白い顔にはさまざまな感情が交錯している。
「ナイフは持っていっていいそうだ」
 かれは話し出した。
「そこまでは譲歩させた。しかしね、きみは全裸にならなければならない。必要以上に安全性を高めたくないんだろうな。咬まれたら、咬まれたとすぐにわかるようにしたいんだろう。それに、もしきみが咬まれたら、きみも船長も生きて穴から出さぬそうだ」
 僕の生死にかかわらず、条約は条約として傷つけずにおきたかったのだろう。
 それには、僕も賛成だ。
「わかったよ」
 僕は答えた。
 恥ずかしがってる場合じゃない。
 頭から制服を脱ぎ捨て、ほかの衣類も全部脱いだ。
 穴の縁の戻った僕はフアランの差しだした石のナイフを受け取った。刃は黒いガラスのようで柄はサンゴのように赤い。
 握ってみると思ったより手になじんだ。