惑星「ヴェスタラン」

 どのぐらいの時間がたったのだろう、気がつくとあれほど騒がしかった外は静かになっていた。
 微かに人の話し声がするが、静けさがかえって、気味悪いほどだ。
 夜の闇はやがて迫り来る太陽に追い払われて、牢の片隅に追いやられている。
 微かな明るさが夜明けを示していた。




 圭が戻ってこないかと、ずっとすませていた耳に、砂利を踏みしだく足音が聞こえた。
 大勢の足音は、牢のすぐ前で止まり、声高な騒ぎがあって、やがて入ってきたのは、ひとりの男だった。
 その姿は半裸のフアランではないようだ。
 かれは僕の傍らに膝をついて蔓を解きはじめた。
「大丈夫かい?」
 心配そうにたずねる。
 ダムバウィッキー!
 生きている。縛られてもいない。怪我もなさそうだ。
「無事だったのか!どうして、海岸にこなかったんだ?」
「僕は大丈夫だ。何とか家族の一員に数えられてるからね」
 

「け、…船長は? どこにいるか知らないか? どこかに連れて行かれたんだ!」
「…大丈夫。フアランと取引した。きみはまっすぐ山を降りて、動力筏(いかだ)で、戻ることになっている。時間があまりないんだ」
 話しながら、ダムバウィッキーは僕に手をさしのべた。一晩中、身動きできなかったせいで体が固まっている。しかたなく、僕は手を借りた。
 うめきながら体を伸ばして、手足ものばす。少しは血行が良くなっただろうか。
 ダムバウィッキーは失くしためがねを返してくれた。
 そのまま、出口にうながす彼に逆らった。
「待てよ。船長は一緒じゃないのかい?」
 人類学者は顔をしかめた。
「うん、船長は無事だ」
 早口に続けた。
「先に集積所に戻っている。あとで、全部説明するよ」
 嘘をついている。僕にはすぐにわかった。
 圭が囚われの僕を置いてゆくはずがないし、そうでなくとも、彼は嘘をつくことを極端に嫌う。嘘のつき方も下手で、何を考えているのかすぐわかってしまう。
 その、裏のない真正直な性格が異文化間で外交手腕をふるう際には、それがかれのトレードマークになり、おおいに、効力を発揮するらしい。


 ”嘘をついている”その裏に含まれている意味に思い当たると心が凍った。
 くるりと、振り向くと僕はダムバウィッキーをにらみつけた。
「ダムバウィッキー、船長はどこにいるんだ?」
 ダムバウィッキーはたじろぎながらもくりかえした。
「船長は集積所に―――」
 僕は荒々しくかぶりを振った。
「そうじゃないだろ!本当はどこにいるんだ!」
 だめか、とダムバウィッキーはうめいた。
「しかたないんだ、ドクター。船長を助けることはできん。きみを放してくれるだけでも幸運なんだから。ともかく、きみはいってくれ。今すぐに。二度とチャンスはないかもしれん」
「船長がどこにいるのかわかるまで、僕は帰らない」
 僕の視線に負けダムバウィッキーは本当に身もだえしていた。しかし、上目遣いに僕を見やるとあきらめて話しはじめた。
「儀式が……あるんだ。ゲームみたいなものだが」
 ダムバウィッキーはため息をつき、必死に言葉を探した。
「かれらはゲームや賭け事が好きでね。生贄がいつ死ぬかということまで、賭けの対象にする。
 生贄の生き延びる時間が、象徴的な意味で種族の翌太陽年の吉凶を占うことにもなるんだ。
 もはや、船長を助けることはできないんだ、ドクター。かれは今、蛇の穴の中にいる。たぶんもう死んでいるだろう、信じてくれ。
 この機会に、きみだけは逃げて助かってくれ。
 かれらもう何日間も酔い続けている。危険だ。かれらの気が変わる前にいってくれ、今すぐに」
 ダムバウィッキーは懇願した。
 圭が死んだって信じろだって?そんな馬鹿なことがあるものか!
「僕はいかない」
 僕はかっとなっていった。
「船長と一緒でなければね!」
「不可能だ」
「不可能だろうがなんだろうが、かれを置いてなんていけるものか!」
「分別をわきまえてくれ、ドクター」
ダムバウィッキーは必死に説得しようとした。
「集積所の問題でフアランとの間に話しがつきそうになっているんだ。今きみがそれをかき回すようなことをしてくれたら、この銀河系唯一のD249の供給源を得る、最後のチャンスを失ってしまうかもしれない。
 D249に依存している多くの人命を考えたら、きみの良心とか愛情に由来する躊躇など取るに足りないものだよ。
 いずれにしても、もう船長を助けるわけにはいかないんだ」
 取るに足りないだって!
 怒りのあまり、僕の顔は醜く歪んでるだろう。
 異民族の文化を愛し、理解する男が、なぜ、自分自身の民族の文化の価値に対する洞察力を持とうとはしないのだろう―――そんな思いがちらりと頭をかすめた。


 この男に他意はないんだ―――ただ単に、僕の圭に捧げる忠誠心や愛情などには無関心なだけで。
 その心はただひたすら、自分の最初からの目的である条約締結に向けられているんだ。
 苦々しい思いで、僕は決心した。ひとりでも圭を助けてみせる。
「わかった。でも、僕は自分の目で確かめたい。今すぐ僕を船長のところに連れて行ってくれなかったら、あの見張りの武器を取り上げてひと暴れやらかすよ」
 僕は本気で脅した。
「そんなことはしないでくれ!」
「本気だからね」
「ふたりとも殺されちまうぞ!」
「船長を殺した連中を何人か道づれにしてやるさ」
「きみはひどく興奮しているよ」
 と人類学者は呻いた。僕をじっと見て何か考えていた。
「わかった」
 ダムバウィッキーはついに折れた。
「できるかどうかやってみよう。約束はできんがね―――僕だってまだ船長には会わせてもらえないんだから」
 かれはフアランに話をつけるために出口に向かった。
「ダムバウィッキー」
 かれの背中に声をかけた。
「船長に会えなければ、僕は絶対に騒動を起こすよ。―――はっきり言っておくよ」
 ダムバウィッキーは一瞬ためらったが、そのまま外に向かった。
 僕は石造りの小屋を見まわして一番きれいそうな隅をえらんで腰をおろした。
 もう、体の芯からくたくただった。