【7】

 





風もない暖かな秋の日、寺ではほんの内輪の人数だけでの法事となった。

 悠季は久しぶりに訪れた圭の墓を見て動揺してしまうことを覚悟していたが、なんとか穏やかに見つめることが出来た。

墓地のあちこちには秋の花々が咲いていたり花活けに飾られていて、それが悠季に今の季節を思い出させた。

こぼれんばかりに咲いている萩。可憐な秋明菊やコスモス、小菊・・・・・。澄んだ空気の中には金木犀の甘い香りが漂っている。そんなものに気がつくほどに余裕が出てきていたらしい。

時間というのは本当に寛大な慰め役だと悠季は思う。

彼が死んだ時には後を追うつもりだった自分が、こうして後を追わずにいられるのだから、と。

以前この墓の上に置いた悠季の結婚指輪は現在小夜子が持っていることを知っている。彼女が見つけてとっておいてくれたのだ。悠季に返してくれるつもりだったらしいが、今の悠季はそれをはめることに抵抗があってそのままになっている。

墓から車へと戻る道では、悠季の隣に有がそばにいてくれた。悠季が何もしゃべろうとしない理由を察しているようで、何も話しかけず寄り添ってくれた。それはまるで支えになってくれるかのようで、ほっと心が和む。

圭に顔も態度もよく似ている彼は、悠季に錯覚を起こさせる。まるで圭が生き返ったかのような錯覚を。

だが、改めてこれは自分の息子なのだと自分に言い聞かせた。どれほど恋しくても、これは別人なのだからと。

 

寺から帰ると桐院家で食事会となった。

 悠季はそこで小夜子の新しい夫だという人物に引き合わされた。彼はある大学の経済学部の助教授になったばかりだそうで、小夜子とは経団連の会合でたまたま話をしたのがきっかけで親しくなったのだそうだ。おっとりとしたおおらかな気性を持った人物のようで、小夜子がゆったりと身を預けている様子が見て取れていいカップルだと心から祝福できた。

「悠季さん、あまり食が進んでらっしゃらないようですけど、お口に合いませんでしたかしら?」

 燦子が心配そうな口調で尋ねてきた。

「いえ。じゅうぶんに美味しいです。ただこのところ少し胃を痛めたらしくて時々痛むので食べるのを控えているんです」

「まあ。悠季さん、またですの?少しお仕事を減らしてからだを休ませないと胃潰瘍で入院なさいますわよ」

 小夜子が少し眉をひそめた。彼女との結婚生活の間にも一度胃潰瘍で倒れたことがあったので。

「大丈夫ですよ。今回日本に帰ってしばらくはゆっくりできますから。心配しないでください」

 そう言って桐院家の人たちに笑いかけて彼らの心配を払った。

 食事会はとても和やかなうちに終わり、悠季はまた伊沢邸まで車で送ってもらうことになった。

「父さん、僕も一緒に付いていっていいでしょう?久しぶりにあの家に行きたいんです」

「有。突然言い出しても迷惑だろう。泊まるのはまた次の機会にしなさい」

 胤充が有を叱りつけた。

「いえ、僕の方は構いませんが。でも有、僕は今夜このあとフジミに出かけることになっているんだよ?それでも構わないかい?」

「僕もフジミに行きたいです!お祖父様、お説教はまた後日に伺いますから、失礼します」

 子供のわがままぶりを発揮してぺこりと一つ頭を下げると、有はさっさと車に乗り込んでしまい悠季を苦笑させた。

「すみません。よろしいでしょうか?」

 悠季が謝ると、胤充は渋い顔をしてうなずいた。

「まあ、また後ほど機会を見て話をすることにしよう。悠季君、お疲れ様だったね」

「はい。お疲れ様でした。お義父様もどうぞお元気で」

 悠季が乗り込むと、ハイヤーは危なげない運転で悠季たちを伊沢邸まで運んでくれた。

 車の中での有はまるで幼い子供のようにはしゃいでいて、ついつい悠季は父親らしい小言が出てしまう。

「有、お祖父さまとあまりけんかはしないでくれよ」

「いいんですよ。お祖父様は僕と言い合いをするのがお好きなんですから」

 すました顔でそんなことを言ってのけた。

「そんなことはないだろう?」

「伯父様のことを思い出すらしいですね」

「・・・・・圭のことを?」

「ええ。伯父様も僕と同じように音楽家になることを反対されていたんでしょう?」

「うん・・・・・まあ、そうらしいけどね」

「それで僕と言い争うことで、なんだか伯父様を懐かしんでいるところがあるみたいなんですよ。僕が音楽家になることは、半ば諦めてくれていると思うんです。圭伯父様と同じ道を進もうとしている僕を応援したいと内心では考えているのではないかと思っています。もっとも、母さまがこのまま再婚しないで僕の弟か妹が出来ていなかったらもっと反対されたままだったでしょうけど」

 それを聞いて、悠季は複雑な気分を覚えた。これは昔の悠季と圭の間にも起こったこと。銀行家になることを拒んで家を出た圭のかわりに小夜子が桐院家を継ぎ、現在は富士見銀行の女性頭取となっている。有はそれを知っていて、自分のかわりにまだ生まれてきてもいない弟か妹に家を継がせようとしているのだろうか。

もっとも有がそこまでは意識してしゃべったとは思えなかったが。

「さて、有が今夜泊まるとしたら客室を準備しないといけないな。しばらく日本を留守にしていたから埃っぽくなっているかもしれないけど」

「僕は父さんと一緒の部屋でも構いませんけど」

「こんなに大きな息子と同じベッドじゃ窮屈でかなわないよ」

 悠季は笑って答えた。

 それ以上にこのあまりに圭に似すぎている息子と肌が触れ合うような身近にいたくないと思った。

 間違いを犯す危険はさけなくてはいけない。悠季は無意識のうちにそんなことを考えていた。