【4】

 



「・・・・・う〜〜〜・・・・・頭が痛い・・・・・」

 悠季はごそごそとベッドから起き上がった。

「うっわ〜〜っ!」

 ベッドの周囲には昨夜の自分の乱行の跡が数々残っていた。脱ぎ散らした服やティッシュやらが目を覆うような惨状で・・・・・。

「・・・・・えっ?な、何だ?」

 ふいに赤面した。自分のからだに妙な違和感があるのに気がついたのだ。まるでアレをしたときの後のような・・・・・。それは圭と暮らしていた時にはよくあった感覚。

あわてて眼鏡を探り取り、周囲をきょろきょろと見回してみると、ベッドの下には例の桐の箱が無造作に転がっていて、本体の方は部屋の隅にまで飛んで行っている。

「・・・・・ああ、そうか。それで昨夜はあんな夢を・・・・・」

 正夢としか思えなかった、圭との情事。

淫夢にしてはあまりにリアルなそれは、やはり久しぶりに圭のディルドを使ったからなのだと納得した。そうでなければ昨夜圭が戻ってきたとしか思えないから。・・・・・そんなことがあるはずはないのに。

 悠季のアナルは圭との行為で酷使し、疲れ果てたときのように甘く疼いて、いまだに深い余韻をからだに残していた。

――悠季・・・・・!――

 昨夜、夢の中で深いバリトンが愛しそうに悠季の名前を呼んで、情熱的に抱きしめて・・・・・!

 悠季はあわてて頭を振ると、勢いよくベッドから飛び起きた。これ以上考えていたら、気分はどん底に落ちていってしまいそうだったから。

「うわ〜!こっちもか〜!」

 恐る恐る見てみれば、案の定シーツは悠季のこぼれ出したもので惨憺たるものになっていた。

「・・・・・酔ったせいとはいえ羽目をはずしすぎたなぁ。今何時だ?」

 時計を見ると、既に8時を過ぎている。

「まずい!もうじき迎えが来るじゃないか!」

 法事に出席する悠季のために、桐院家からの車がここに迎えに来ることになっていた。

 急いでシャワー室に駆け込んで、シャワーを浴びた。昨夜の残滓を洗い流し、熱いシャワーと冷たいシャワーを交互に浴びてからだも気持ちもしゃきっとさせた。

 タオルを使ってからだを拭き、眼鏡をかけて髭を剃ろうと洗面台に向かったときのことだった。

 いつもなら刷毛で石鹸をつけるところだけど、今日は急いでいるからシェーバーだけで・・・・・。

そんなことを考えながらなにげなく鏡の中の自分の姿を見たときだった。

「・・・・・こ、れ・・・・・!」

 ぎょっとなった。

 圭の生きているときには、見慣れているたものだった。しかし彼が死んでからは、悠季のからだに刻まれることはなくなった赤いシルシ。みるみる自分の顔色が青くなっていくのが鏡の中に映っていた。

 見間違いかと思った。

 悠季は震える指で鎖骨のすぐ下にあるその赤い痕に触った。ごく薄いものだったが、間違いなくキスマークに思えた。

 あわててからだ中を見回した。首、胸、腕の内側、わき腹、内腿・・・・・。鏡を使って苦労しながら背中も見てみたが、他の場所には似たものはどこにも見当たらなかった。

「ただの勘違い・・・・・なのかな?」

 もしその赤い痕がキスマークなら、昨夜痴態を繰り広げていた自分は家に侵入してきたどこかの誰かとセックスした、ということになる。

 あわてて自分のアナルを探ってみたが、さきほどシャワーを浴びた時もそこから残滓がしたたることはなかったし、残っているあそこの感覚も圭の置き土産のアレを入れた影響と思えば、納得も出来る。

 悠季はもう一度冷たい水で顔を洗った。

「・・・・・気のせいだ。きっと気のせいだ。これは昨日の酒のせいの錯覚なんだ!」

 自分に必死で言い聞かせ無理やり納得させて、鎖骨の赤い痕には目を向けないようにして、急いで髭を剃り髪を整えて鏡の前を離れた。

 

 ジリリリリン!

 玄関のベルが不意に鳴らされた。

「しまった!もうお迎えが来ちゃったぞ」

 ネクタイを締めていた悠季は、急いで部屋を出た。ドアを出るとき、ちらりと寝室の惨状に眉をひそめたが、もう掃除していく時間はない。本当は先ほどの不安を連想させるようなものを残したりせずに、全て綺麗にしておきたかったのだが。

 玄関の鍵は昨夜悠季が掛けていた時と同様にきちんとかかっていた。階下の部屋にも荒らされた様子はない。それを確認してほっとすると、急いで扉を開いた。

「すみません、お待たせしました!お迎えご苦労様です」

玄関ポーチには朝日を背にして、スーツを着た背の高い青年が立っていた。

「お久しぶりですね」

 よく響くバリトン。その声は、以前はいつもそばにあって耳にしており、悠季が大好きだったもの。

「・・・・・け・・・・・い・・・・・?」

「やだなぁ。父さんまで間違ってるよ」

 ほがらかな笑い声が返ってきた。

「えっ?」

 逆光から逃れるように青年が一歩玄関の中へと入ってくると、今度は顔がよく見えた。

 まだ起きたばかりのいささか渋い目にも程よい光の中で見ると、彼がまだ年若いことが分かる。

「有です。お帰りなさい、父さん」

「有・・・・・なのか?しばらく見ないうちにずいぶん大きくなって・・・・・」

 呆然としている悠季の前で、背の高い少年はくすぐったそうに笑った。