【 第6章 下 】
「ンむ〜〜!」
思わずうなってしまった彼は、それでも必死に痛さを堪えながら平静をよそおってこう言った。
「あなたが僕を呼んだのでしょうか?」
「あなたは・・・・・?」
「僕は【暁皇】の船長で、桐ノ院圭、と言います。福山師の古馴染みの友人は僕の祖父ということになりますが」
桐ノ院圭と名乗った青年は、悠季たちの話を聞き、福山の遺体に対面すると、目をつぶって黙祷を捧げてくれた。
「福山師がお亡くなりに・・・・・。お迎えが間に合わなかったことがとても残念です・・・・・」
それから、改めて悠季たちの方へ向き直った。
「それでは僕にお話というのは何なのか、伺ってもよろしいですか?」
「おい桐ノ院、まさかお前があの【暁皇】の船長だとはなあ、思ってもいなかったぜ。名前からしてあの一族の出身だとは思っていたがな」
「生島さん、この方をご存知だったのですか?」
「おうよ、前の船に乗っていた時に汎同盟に所属している中央銀河の緑簾って星でな・・・・・」
「高嶺、無駄口は結構です。僕もこんなところで君と会うとは思ってもいなかったが、いつまでもここで長々と思い出話をしている場合ではないでしょう」
「けっ!自分に都合の悪い事は無視しやがる。お前の悪い癖だぜ。まあいいぜ、こっちも手早くやる必要があるからな」
「それでは僕の役目は、福山師を故郷の惑星にお連れする事なのだろうか?」
「いや、そんなことをじいさんは望んじゃいなかったぜ。おいハニー、そのバイオリンの中にじいさんの残したM.Sが入っているはずだ。【暁皇】宛のがな。そうじいさんが言ってたぜ。出してやれよ」
「生島さん!ハニーって呼ぶのは止めてくださいっていってるじゃないですか!」
悠季はぶつぶつ言いながら、バイオリンケースを開けると中から3枚のM.Sを見つけ出した。
「えーと・・・・・これ、ですね」
福山の字で『富士見丸』と書かれたM.Sを桐ノ院に渡した。彼はそれを受け取るとナビで保安のスキャンをし、それから開いてみた。ポーンと前置きの音が鳴ってから、合成音声らしい声が確認情報を出してみせる。
「これは・・・・・、正式な遺言証書だ!」
――遺伝子承認、音声承認、画像・・・・・──
《銀河標準暦834年4の月21日、恒河沙皇紀暦228年白花月15日
場所、恒河沙首都垓都にて、 記録者 福山正夫・・・・・・》
悠季の耳に福山の元気な声が響いてくる。自分へのM.Sは死の直前という事でかすれた声だったが、これは日付からすると一週間ほど前らしく、声は元気で厳めしい声をしていて、画像も機嫌が良くても眉をしかめている、いつもの見慣れた顔だった。
「おじいちゃん、もしかして近いうちに自分が死ぬかもしれないと思っていて、これを残していたの・・・・・?」
M.Sのメッセージは本文へと入っていき、なつかしい声が遺言を述べていく。
やがて、ポーンというメッセージ終了の音がして、福山の声は途切れた。悠季はまた自分の目に涙が溢れてくるのを感じていた。
「そうですか・・・・・。それでは私のすべき事は、あなたを【暁皇】にお連れすることなのですね」
桐ノ院の声も沈んでいた。しかしそれを振り切るようにして悠季の方を向いて、こう言った。
「それでは、福山悠季さん。福山師を埋葬いたしましたら、さっそく【暁皇】へお連れすることに致しましょう。パスポートはお持ちですか?」
「おいちょっと待った!桐ノ院、お前ハニーをこのまますぐに船の中へと連れて行けると思っているんじゃないだろうな?」
「そのつもりでしたが」
「無理だ。ここを出て税関についたとたんに捕まって、お前もこいつも消される事は間違いないぜ」
桐ノ院は片方の眉をひょいと上げてみせると、話の続きをうながした。
「ここいにいる福山悠季という人物は、パスポートは持ってない。いや、作れないんだ」
生島は恒河沙での悠季の立場の危うさを並べてみせた。
「それは、まずいですね・・・・・」
「その上、小早川匡ってやつが八坂ってやつにやらせたのはな・・・・・」
生島が顔をしかめて、彼のやった拉致事件やその後のやり口を口汚くののしってみせた。
「小早川匡氏、ですか。僕のところになにやら話を持ち込んできた人物ですね」
「前は結構羽振りが良くてやり手と評判が良かった奴なんだが、最近やること全てが裏目裏目に出てしまっていて、すっかり兄弟の中でも落ち目になっている奴だ。なんとかここで起死回生を図りたいところだろうよ。」
「当主の小早川暁氏との会見の後に彼と会う事になっています。どうやら兄上を出し抜きたいらしく、僕に有利な提案があるそうなので会って話してくれと申し入れて来たのですが」
「その会見でのお前への贈り物は、実はハニーの予定だったんだとよ。それでハニーを懸命に捜してるんだぜ」
生島がにやりと笑いながら言ってのけると、また桐ノ院の眉がひょいと上がった。
「僕は汎同盟の人間ですよ?その僕に人間の贈り物など受け取るはずはありませんが」
「だが今、魅力的だと思っただろう?お前としてはよ」
「高嶺、福山氏に失礼でしょう。それより、そういう事情なら何とかして密出国させなければならないわけですね」
「そういうこった。それも出来るだけ早くだな。こいつを外に逃がして汎同盟に駆け込まれたりしたら一大事だ。連邦の存続自体を揺るがす問題になっちまうだろう。
ってことで、小早川一族としてもなんとかそいつはさけたいことだろうよ。宇宙港が完全に閉鎖されるのはもう時間の問題だろうぜ」
桐ノ院はわずかに眉をひそめると、手で口元を覆って考え始めた。
それを見て今まで黙っていた悠季が口をはさんだ。
「待ってください。確かに祖父は【暁皇】へ僕の庇護を頼んでいきましたが、しかしあなた方の身に危険が及ぶような事までして欲しいとは考えなかったと思います。もし見つかれば、船の没収や身柄の逮捕もありえるのですから。僕のために無理なお願いは出来ません」
「おい、ハニー。無茶な事を言うな。こいつなら信用できる。素直にこいつの船に乗ったほうがいいぞ」
「生島さんの心配も分かりますが、僕は一人でもなんとかやれます。ご迷惑はお掛けしません。どうかお気になさらずにいて下さい」
「おいハニー、お前本当に分かっているのか?この星のどこまでも捜査の手が広がって、お前の隠れる場所なんかなくなるんだぞ」
「確かに恒河沙ではそうでしょうが、連邦内の他の惑星に逃げる事は出来るでしょう。今までは祖父が汎同盟に行くことを決めていたから外洋宇宙港のある垓都から出て行くことはしませんでしたが、僕一人なら外宇宙ではなく銀河系の連邦の支配下にあるどこかの辺境の惑星へ行ってでも暮らせます」
「おいハニー、ツテもコネもないお前がこの場を逃げ切れるとでも思ってるのか?いや、それ以前にお前その眼鏡を外せるのか?」
悠季は顔を強張らせた。
「そいつはお前を捜すのに重要な手がかりだ。今頃そんなものをしているやつなんざいないからな。すぐに見つかっちまうぜ。だがお前、外す事が出来るかい?」
「・・・・・外してみせます!いや、外さなくちゃいけないんだ」
悠季は歯を食いしばるようにして言った。
「待って下さい。僕は福山師に依頼された事が出来ないといっているわけではありませんよ。
僕がここにきたのは福山師をここから救出することでした。しかし間に合わず、福山師は【暁皇】にあなたのことを頼まれていかれた。
ですから僕が考えているのは、どうやって連れ出すかという問題であって、あなたを連れて行くことは既に了承している事です。どうか安心して僕を頼って下さい」
桐ノ院は生島の方に向き直った。
「高嶺、君はこの土地に詳しい。何か彼を脱出させる名案はないだろうか?」
「おう、あるぜ。いいやつがな」
生島はにやりと笑うと、桐ノ院の背中をばしんと叩いてみせた。
数時間後、桐ノ院はここ恒河沙の実質的支配者であり、自由惑星連盟でも大きな力を持つ、小早川一族の当主小早川暁氏と対談していた。
「桐ノ院さん。このたびは垓都にようこそ。どうかごゆっくりされて、この星を見ていかれてください。いまここはいい季節になってきましたからね。」
「ありがとうございます。しかし実は緊急の事態が出てきてしまいまして、今夜出発しなければならないことになったのですよ。折角のお招きを受けましたのに僕としてもまことに残念です。この埋め合わせは近日中に必ず致しますので」
「ほう、それは・・・・・。いったいどのようなことがあったのか、もし差し支えなければお聞かせいただけませんか?」
「卵です」
「は?・・・・・卵、ですか。それはまた面白いご冗談を」
「冗談ではありませんよ。実はこちらに来る前に立ち寄った惑星で、鉱物学を趣味としている者が、鉱物標本としてある石を入手したのですが、それが孵化する卵らしいと分かりまして。
その惑星に問い合わせたところ、惑星からの持ち出し禁止のとても希少な生物の卵と分かりまして、厳重な抗議を受けてしまったのです。
まあ、知らずに卵を入手してしまった経緯をお伝えしたので、抗議は取り下げてもらえたのですが、そのかわり卵が孵化する前にその星へ戻す事を厳命された・・・・・というわけです。
この近くで至急にその惑星に戻る事が出来るのは【暁皇】しかないということで、今回の失礼になったわけです」
「なるほど・・・・・。私はてっきりこの星に何かご不満でも出来たのかと思っておりましたよ。それとも、もうこの星での用件を済まされたので、お帰りになられるのか・・・・・とね」
「ほう、ずいぶんと深読みされたものですね」
桐ノ院のポーカーフェイスは、小早川の探りをものともしない。二人はそのまま本題に入り、対談する必要のあった用件についての話し合いに移っていった。
対談は二時間にも渡り、結局合意までには詰められず、次回に持ち越しとなってしまった。
二人は穏やかに次回の対談を確約し、桐ノ院の頼みで宇宙港での見送りなど大げさなセレモニーは無しにして官邸で別れることになった。
小早川暁は、まだ小早川匡からの情報は受けていないらしく、さほど桐ノ院の急な帰国についての疑惑を口にせず、出国を許可してくれた。
桐ノ院は官邸を出たその足で、そのまま小早川匡の屋敷へと向かった。
あたりはすっかり暗くなっており、そこここに街灯が灯っていたが、それにもまして匡氏の屋敷は華やかな明るさに満ちていて、桐ノ院が希望していた内輪の話し合いをまったく無視した事は明らかだった。
「ようこそ桐ノ院さん!お待ちしておりましたよ。さあどうぞ、中でささやかなパーティーを開いておりますので」
玄関にはにこやかに匡氏が待ちかねていた。桐ノ院はポーカーフェイスを崩さずに匡氏に抗議した。
「僕は事前に時間が無いので、接待はご遠慮申し上げるとお話しているはずです。その理由も謝罪も申し上げてあるはずですが、なぜパーティーということになるのですか?」
「え?いや、しかし、少しぐらいは寛がれることも必要でしょう。さあ、どうぞ中へ」
「申し訳ありませんが、話し合いだけをするおつもりがないのなら、僕はこのまま失礼致します」
「ま、待ってください!話し合いは致しますとも!」
こういう時、桐ノ院の長身とポーカーフェイスは絶大な威力を見せる。黙って見下ろしてくる桐ノ院の視線に、匡氏の視線が外れてすっかり勢いが無くなってしまった。
「小早川匡さん。どうやらあなたはアルコールを口にされているようだ。申し訳ないが、次回という事にさせていただきます」
「い、いやしかし、桐ノ院さん。実はあなたに贈り物があるのですが、それだけでも受け取っていただけませんか。実はもっといい贈り物があったのですが、それは今手元にいないので、他の・・・・・」
「いえ、申し訳ありませんが、遠慮させていただきます。僕は話し合いに贈答品を絡ませる事はしませんので」
ですが・・・・・と匡氏は粘ってきたが、桐ノ院はその言葉をさえぎった。
失敬、と桐ノ院は言ってそのまま車に乗り込んで立ち去った。後ろでなんのかんのと言って引きとめようとしている匡氏は放っておいて。
「自分の殻で他人を測るという、典型的な人物だ」
桐ノ院は、吐き捨てるようにつぶやいた。
まったく後味が悪い。
あの贈り物というのが、福山悠季であったのは間違いないことで、人間を贈り物にするような下種と同じ扱いをされたことに、むしょうに腹が立った。
とはいえ、匡氏が意外にも、まだ悠季の素性に気がついていないことが分かったのだから、それだけでも収穫といえた。それも時間の問題なのだろうが。
「とりあえずここでの用件はこれで済んだようだ。それではこれからが本番、というわけですが・・・・・」
車はそのまま搭載艇が待つ宇宙港へと向かった。ナビで連絡を入れる。
「こちらは無事に抜け出せました。そちらも出発してください」
《 いいぜ。せいぜいうまくやってみせるさ》
桐ノ院が宇宙港に到着すると、そこでは入管の役人三人と出国手続きの人間とで小さな騒動が起こっていた。
どうやら荷物の搬入が厳しく制限されていて、一つ一つの荷物を丹念に調べている為に、持ち主が焦れて役人に食って掛かっているらしい。持って来たらしい運搬用のフロート車には小さ目のコンテナがいくつも載せられている。
ここは連邦内惑星へ向かう近距離宇宙船用で、既に時間も遅くなっているので現在ここで手続きをしようとしているのはこの男だけのようだった。
「おい、俺は何も外宇宙へ出て行くってわけじゃないし、すぐ近くの星へ届け物をするだけっていうのに、何でこんなに手間を食うんだ?いつもだったら、機械でやる検査だけでOKだろうによ!」
「いや、俺たちだってこんなことはしたくないんだがね。小早川匡様からのご命令で、密出国しようといているやつがあるかもしれないから、厳重に検査をしろと言われているんだよ」
「小早川匡だぁ?あいつには税関へどうこう言える権限はないはずじゃないか?」
「まあ、そこはそれ、小早川のお人だからね。それじゃ、検査を・・・・・ええと、結構細かいものが沢山あるなぁ・・・・・。なんだってこう人が隠れる事の出来るコンテナばかりなんだ?」
「しかたがないだろうよ。依頼主の命令なんだからな」
検査官はスキャナーを持って歩き始めようとしていた。
「失敬。こちらは時間が押しています。先にこちらを通していただけませんか?」
桐ノ院が、検査官に声を掛けた。
「おい、順番だぜ。俺様を待たせて先に行こうってつもりかい?どこのどいつか知らないがずいぶんなめたことを言いやがるぜ!」
「僕には政府から緊急出国の許可が出ています。至急に外洋宇宙に出る必要があるのですよ。君のような大荷物をお持ちでしたら貨物専用の税関へ行くべきでしょう」
「何言いやがる!今は俺だって貨物専用の税関の方が小早川匡ってやつのせいで、どうにも滞っているんで仕方なくこっちへ回ったんだ。
手荷物という名義でこれくらいの量ならば、いつもは人間用の近距離宇宙船用税関からも入れられるんでな。こっちも急いでるんだ!順番だぜ、そっちは俺様の次だ!お前こそなんで外宇宙専用の税関へ行かないんだ?!」
「僕はこちらでの出国手続きを指定されています。理由は君の知った事ではない!」
桐ノ院は税関の役人に向き直って見下ろすと、厳しい口調で命令した。
「僕は緊急に出発する必要があるのです。こちらにも政府からその命令は届いているはずで、至急に通関手続きをお願いします。
カノープス海流が閉じる時間が迫っているので、もしこれに間に合わないと大変な賠償問題に発展してしまう事でしょう。小早川匡氏には、この責任を取るおつもりがあるのでしょうか?」
カノープス海流は、恒河沙の属する銀河のすぐそばにある宇宙海流で、時間によって宇宙乱気流が起こることで有名な場所だ。
宇宙船を操縦するものなら誰でもここが閉じられる時間に注意している。
役人はあわてて情報パネルを覗き、確かに小早川暁氏から至急に最大の配慮を計るようにという厳命が出ているのを知った。
また、外交上の理由から外宇宙船用の通関ではなく、内宇宙用の通関を通る旨も記されていた・・・・・。
「わ、分かりました桐ノ院様。それでは・・・・・」
「おいっ!お偉いさんの名前を使えば、何でも融通が効くってわけなのか?」
腹を立てた男は役人の襟首を掴み上げた。
「おや、船長。俺たちが船長より後になるとは思いませんでしたなぁ」
背後から、のんびりとした声がこの騒ぎに割って入ってきた。
一台のフロート車が、先のフロート車のごく隣に横付けされた。こちらのフロート車には、細かな買い物らしい品が数点と、それより大きめなコンテナが一つ載せられていた。
運転席が開き、中から飯田が降りてきた。
「飯田君、どうしたのですか?もうとっくに帰艦時間は過ぎているはずです。もうすぐ船が出発ですが、遅れたものは待たないと厳重な命令が下りていたはずですが。」
「すいませんね。船長がこの星にわずかな時間しか滞在をしないもので、頼まれてしまったものが沢山出来てしまったんですよ。もちろん、船にいらっしゃる事務長には許可を得ていますがね。ご婦人からのお願いは、もし聞かないとなるとそりゃあ怖いことになりますからねぇ」
桐ノ院の警告にもけろりとして答えてみせた。
コンテナを載せたレンタルの運搬フロート車を運転して来た飯田の後ろには、五十嵐が荷台から困った顔を出してぺこりと頭を下げてみせた。
「で、このコンテナも調べるんですよね?その旦那の次に?まあこっちの荷物はたいした量はありませんけどね。船が出発するまでにお願いいたしますよ。俺が乗りそびれたら何人ものご婦人たちに泣かれてしまうだろうなぁ」
人を食ったような飯田の発言に腹を立てたらしい男が掴みかかりそうになったが、あわてて役人が止めに入った。
「ま、待て!とにかく密出国の人間がいないかどうかだけ調べればいいんだから。こっちのフロート車は大荷物一つだ。急いでスキャンするから少しだけ待て。それくらいなら構わないだろう?その後急いでそっちを見るから、な?」
男はうなってみせたが、しぶしぶうなずいた。
今はまだこの近距離用の搭乗口には人が群がってきていないが、頭が回る船の持ち主ならやがてこちらがあることに気がついて貨物用の税関から移動して押し寄せてくるだろう。
貨物宇宙船専用の税関は、旅客用の税関と違って一日中次々と船が発着しているが、時間をロスしていると、期限内に荷物を届ける事が出来なくなる。賠償問題が大きくからんでくるので、時間には誰もが神経質になっている。
税関の役人は、飯田の乗るフロート車のコンテナをスキャンした。中には軽そうで密度の少ないものが入っている。
「この中身は何だね?」
「ハルマの葉が入っていますよ。これを入れると香りの良い極上の香料になるそうなので、買い付けてくるように言われてきましてね。それもなるべく新鮮で、傷のないものを丁寧に運ぶように、とね。見ますか?」
飯田は店の通関証明書を見せた。
「なるほど。それで、あとのものはと・・・・・」
役人はコンテナの上を開いて中を覗いただけで閉め、他のものについては書類でざっと確認してOKを出した。
「行ってよし」
「ありがとうございます。それじゃ・・・・・」
「ああ、飯田君。これを伊沢のところに届けておいてくれますか?僕は直接コントロールルームに行かなければなりませんので」
「分かりました。」
飯田は桐ノ院の載っている車に近づき、ブリーフケースを受け取って戻ろうとした。
だが、
「わわっ!まずい!」
何かの拍子で、ケースが開いてしまい、中からM.Sやらの電子書類があちこちに散乱してしまった。
「すいませんな、ご面倒をかけます!」
飯田といっしょに税関の役人たちは自分たちの方へと飛んできたそれらの電子書類を拾い集めて、またケースにしまうのを手伝った。飯田はいかにも恐縮したように役人たちにわびながら散らばったものを受け取ると、またフロート車へと戻っていった。
「それではもうよろしいですね、僕も失敬致しますよ」
フロート車と桐ノ院の車が走り去っていく。
その直後、後ろで男のフロート車の荷物を調べていた役人の一人が叫んだ。
「おい!このコンテナの中に人間がいると反応が出ているぞ!」
「まさか、俺は密出国の手引きなんざしてねえぞ?!」
男が愕然となって、コンテナを開いてみた。中からは、ぴょんと少年が飛び出してきた。
「高嶺!俺を置いて出発するな!今度の航海には俺も乗せてくれるって約束だぞ?」
「ソラ!どうしてお前こんなところに入ってるんだ?!」
「だから、俺もいっしょにいくんだ。決まってるだろ?パスポートだって持ってきてる!」
「おい、生島。どういうことだ?この坊主は誰なんだ」
役人が手配写真を見比べてその子が別人であることを確認すると、苦々しげに尋ねた。
「俺は高嶺の婚約者だ!ソラって言うんだ」
「どうやらこの我儘者が黙って入ってきたらしいんだが・・・・・」
生島は困ったように頭をかいた。その姿を見ながらソラはふんぞり返ってみせた。
「すまんなぁ、俺もここに入っているとは気がつかなかったよ。おい、ソラ。お前ここに入っていた荷物はどうした?」
「置いてきた!そんなことより、高嶺が俺を置いていっちまう方が困る」
期限をどうしてくれる・・・・・とつぶやきながら、生島は頭を抱えてしまった。
「おい生島。ずいぶん年の離れたやつと婚約したもんだな。確かに婚約者なら一緒にいたいって気持ちが分からないでもないが、こいつは立派な違反だぞ。困ったやつだな。それじゃ事務所で手続きをして・・・・・」
「おい、お役人さんよ!いい加減俺たちのことも見てくれないか。さっきから通関を待たされているんだがね、あっちでは混雑こっちではいざこざかい?!」
気がつけば、貨物用の税関口で待ちくたびれた業者たちのフロート車が何台もこちらへ移動してきていて、その運転手たちが苛立たしそうに役人たちを睨んでいた。
早く通関をしないと複雑な賠償問題に発展してしまう。あわてた役人たちは、生島がさりげなく渡した数枚の紙幣をこっそりと受け取っておいて、書類にサインをして生島のフロート車を通した。
生島は自分の宇宙船に戻ると、大急ぎで発進の準備を始めた。荷物を固定し、エンジンを動かし・・・・・。
「おい、ソラ。しばらくはお前の面倒を見ている暇がないからな。しっかり席についてろよ。俺は船を動かすので精一杯だからな」
「おうっ、わかった。おとなしくしてる」
そこへ通信が入ってきた。機密の二重コードがつけられた特殊なものだった。
《どうやらうまくいきましたね。》
「おう、そっちもな。お姫様は元気かい」
《ええ、今は眠っていますが、元気ですよ》
「おいお前、後は頼んだぜ。ちゃんとハニーをむこうへ届けろよ」
《君に言われるまでもないことです。僕がしっかりお世話しますから》
「マミーの事頼んだからな!ちゃんと無事に届けてくれよ」
ソラが生島の後ろから声を張り上げた。
「おいお前、そいつに手を出したいんだろう?お前の好みそのもののやつだからな。だが、気をつけろよ。そいつはうかつに手を出すとヤバイやつなんだぜ。素性の問題だけじゃなくてな」
《・・・・・どういう意味です?》
「そいつは言えねえ。聞きたきゃそいつに聞くんだな。だが、俺は確かに警告したからな!あばよ、良い航海を!」
生島は通信を切ると、宇宙船を発進させた。これから急いで連邦の支配下の銀河から脱出し、汎同盟か中立のステーションへ行かなければならない。
生島自身は福山とも悠季とも関係があることを小早川に知られていないが、ソラが二人と同居していたのは、やつらに知られているだろう。ソラの身の安全のためには念のため急がなければならなかった。
通信が切れたパネルを見つめながら、桐ノ院は悠季を【暁皇】の中に運び入れた時のことを思い出す。う
まく飯田や生島たちが税関の役人たちの気を引いている間に、悠季は生島のコンテナから五十嵐が待っているフロート車のハルマのコンテナの中に忍び込んでみせた。
ハルマの葉は新鮮で柔らかく潰れて隙間を作り、彼のからだを容易に隠してくれた。そうしてそのままフロート車を【暁皇】へと運び入れる事が出来たのだ。
コンテナを開けてみると、ハルマの鎮静作用がある匂いのせいで悠季は気を失っており、黒ぶちの眼鏡が目元からずれているのが愛らしかった。
「船長、彼は俺たちが運びますから」
「いえ、僕が運びましょう」
飯田たちの申し出を桐ノ院は断り、自分の腕で彼を抱え上げるとそのまま客室へと運んでいった。
彼のからだは上背がある割には驚くほど軽く感じられた。
来客用の部屋に入ると、この船では一般的な壁収納式のベッドを出し、彼をそこにそっと横たえた。
「・・・・・ん」
悠季はかすかなため息をもらし、下ろされた時に少し眉をひそめていた顔も今は安らかなものになって、そのまま眠り続けた。
桐ノ院は彼の眼鏡を外してヘッドボードの窪みに置くと、悠季の顔を見つめていたが、やがてその額にそっと口づけた。
「もしかしたら、君があの『ゆうき』なのでしょうか?」
桐ノ院は呟き、静かに部屋を出て行き、中では悠季の安らかな寝息だけとなった。
こうして、悠季が眠っている間に、【暁皇】は発進し、外洋宇宙へと旅立っていったのだった。