【 第6章 








 ――話は少しさかのぼる――        

  











【暁皇】が惑星恒河沙の成層圏外の係留場に到着したのは、予定時刻どおりだった。

惑星政府の入管と様々な手続きを済ませて、まず第一便の乗降客が搭載艇に乗り込んだのも予定通り。

しかし観光などに出かける人たちが搭載艇に乗り込むのはもっと先で、まず出発するのはそれぞれ用事があって、惑星に降り立つ者ばかりだった。

その中には、飯田と五十嵐という二人がいた。彼らは十年以上前に失踪したままの福山という老音楽家を捜し出すために垓都へ向かっていた・・・・・。




――惑星「恒河沙こうがしゃ」―――

 重力0.986

 酸素量 1.122 

 首都 垓都がいと





「ねえ飯田さん。俺この恒河沙って惑星は初めてなんすけど、綺麗な星ですねぇ」

「まあな、ここは緑が濃いし花なんかも沢山の種類があって、そりゃ観光にもってこいの星だよ。特に垓都は内輪もめやらがなくなって、治安と政府がもっと安定してくりゃ観光客がさぞかし大勢くるだろうな」

「奴隷交易の拠点、なんすよね、ここ。人間が人間を売るなんてなあ・・・・・」

「そうさ、汎同盟はそこを問題視して、連邦にここの奴隷制度を廃止させようと躍起になっている。今のところは内政不干渉を盾に汎同盟の介入を拒んでいるんだが、ここの政府もぴりぴりしているんだ。すぐにも汎同盟が廃止勧告を突きつけに来るんじゃないかってな。先輩もスパイ容疑で捕まらないように気をつけろよ」

「飯田さーん!俺の事先輩って呼ぶのいい加減止めてくださいよ〜。俺は確かに飯田さんより【暁皇】に乗るのは早かったけど、船員としてのキャリアは飯田さんの方がはるかに上なんっすから。勘弁してくださいよ」

「まあまあ、いいじゃないか。ほい、ついたぞ」

 搭載艇は垓都に到着し、シャトルが宇宙港から市街地まで二人を含む大勢の人間を運んでいき、その先はそれぞれの行く先に応じて三々五々分かれていった。

「ところで、情報にあった公正広場っていうのはこっちだったな」

 五十嵐はあわててナビを覗いて確認した。

「えーと、そうっす。間違いないっす」

 飯田と五十嵐は、宇宙港に隣接している公正広場に向かうために、ぶらぶらと歩き始めた。

「俺たちが捜す相手は音楽家だから、場所はかなり限られてるんだ。向こうがこっちに連絡したくなれば、やはり同じ所で会うことになるだろう。
俺たちがここで捜すのは、バイオリンを弾いているやつがいる場所ってところだけだからな。今のところそういう場所はまだあまり多くないらしいから、とりあえず二人でやってみようや。あまり目立っちゃいけないからな。」

「しかし、名乗り出てきますかね?もう十年以上音信がなかったんでしょう?もう戻る気がなかったりして。それにどうして今頃なんっすかね?もっと前に捜してもいいはずじゃないっすか?」

「来られなかったんだよ。さっき言ってただろう?恒河沙は内戦が多かったんだ。外洋宇宙船がこの星に来るようになったのはここ最近やっとでね、おまけにこのところ連邦と汎同盟との仲が悪くなっているからいつまた連絡が取れなくなるか分からないんだ」

彼の安全が危ないと心配した御前様や汎同盟のある組織の中にいる彼の友達が、何とか早く連絡をとって連れ戻そうと考えた。

彼にこの場所を教えたのはその委員会の人間らしく、情報では垓都にいることはほぼ間違いない。もし他の、汎同盟の惑星に戻っていれば必ず連絡をくれるはずだ・・・・・、と飯田は小さい声で五十嵐に教えた。

「じゃあ、俺たちはえーとその、音楽ホールとかをしらみつぶしに探せばいいってことなんっすね?」

「音楽専門のホールはないと思うぞ。ここでの楽師の地位は低いそうだから。確か乞食や大道芸人と同等に扱われていると聞いているな」

「ええっ、まじっすか?!そ、そりゃなんてことを・・・・・」

「だから俺たちが捜すのは、酒場とか広場で一曲いくらで演奏しているかあるいはパーティー会場でBGM代わりに演奏している人間ってことになるだろうな。だから捜すのは広場と、バイオリンを入れてる酒場と、結婚式なんかによく使う市民会館、ぐらいかな」

「そんな、もったいないっすよ!あの人といえば・・・・・!」

「しっ!名前は出すな!どこで誰が聞いているか分からないんだ。あの人はこの星じゃ不法滞在者なんだからな」

「すんません。しっかし、あの人といえば汎同盟の支配下の銀河では有名な人なんでしょう?演奏もですけど名伯楽として有名で、何人も高名なバイオリニストを養成してきたという・・・・・」

「まあな。それでも、彼にとっては孫の方が大切だったんだろうよ。何しろ唯一の家族になってしまっていたそうだから」

「・・・・・そうなんすか」

「それにしても、孫を捜す為とはいえ、十年以上も人の売り買いを見続けていた間の気分ってのは、どういうものだったろうな。もしかしたら次に孫が出てくるかもしれない、こいつは孫と同い年だ。なんて考えていたら、さぞかしやりきれなかったことだろうにな」

 公正広場に着き、二人はあたりを見回してゆっくりと歩きながら大道芸人たちに目を配り、先ほど見せられ覚えこんだホログラム写真を思い浮かべて、捜している人物がいないかどうかチェックしていた。

しかし大道芸人たちもお目当ての楽師たちもまだ朝が早いからかあまり出ていない。ぱらぱらと露天商が店開きの準備をしているばかり。どうやら二人が来るのは早すぎたらしい。

「もう少し待たなきゃならないらしいな。とはいっても、朝っぱらから暇つぶしに酒場に入るのは・・・・・っと、おい!財布は大丈夫か?」

「は?あの?え?」

 五十嵐はあわてて財布のありかを探した。

「言っただろう。ここは今、治安が悪くなっているんだって。この坊主がお前のポケットに手を突っ込もうとしたんだぞ」

 飯田の右手には小柄な少年が捕まっていた。

「いや、飯田さん、財布は大丈夫っす。それよりこんなも子供がスリやってるんっすか?!」

「そうらしいな。おい坊主。今度からはフトコロを探る相手はよく見てからやれよ」

「飯田さん、警察に連れてかなくていいんすか?だってこれは犯罪じゃあないっすか」

「おい先輩、お前この坊主の右手が欲しいのか?」

「え?い、いや、いらないっすけど」

「もし警察にこいつを突き出せば、間違いなく右手を切り落とされる。『路上で物を盗むもの、その右手にて贖うべし』ってな。ここの法律さ。で、いるかい?」

 五十嵐はあわてて首を横にぶんぶんと振り回した。

「そうかい。じゃあ坊主気をつけて行けよ」

 飯田はその子の手を放してやった。

「俺、スリじゃない!俺、財布狙ったんじゃなくて、船員証明書を見せてもらっておじさんたちが【暁皇】 から来たかどうかを確かめたかったんだ!」

「おじさんって・・・俺、まだ二十歳なのに・・・・・」

 五十嵐は情けない顔になった。

「子供にとっちゃ二十歳はおじさんさ。それより、おい坊主。なんで【暁皇】 に用があるんだ?】

「おじさんたち、【暁皇】から来たんだろ?この時間にその格好で船から降りてくるやつなんて、到着したのが『今日が初日』という船員しかいないはずだよな。俺、おじいちゃんから手紙を持ってるんだ。えーと、『富士見丸・・・・・、【暁皇】の人に渡せ』って言われてる」

「富士見丸・・・・・?それに、おじいちゃん、だって?」

「うん、俺その人のところで世話になってるんだ。ねえ、おじさんたち、あの船の人と違うの?」

「ああ、俺たちは確かに【暁皇】から来たんだが。坊主、お前は誰からの使いだって?」

 飯田は自分の船員証明書を見せてみた。それを見てソラはほっとしたようにうなずいた。

「うん、いいよ。あのね、おじいちゃんの名前は、福山って言うんだ。知ってるかい?」

「なんだって?!知ってるとも。俺たちはその人を捜しに来ているんだ。それで坊主、手紙ってのは何だ?」

「坊主じゃない!俺の名はソラだ」

 ソラはそう言いながらごそごそとポケットを探ると、中から一枚のメモパッドを取り出した。

『古馴染みの友人、富士見丸の元船長殿へ。こちらの命にかかわる大事が発生。至急救援を請う。 頑固な音楽馬鹿より』

「こいつは・・・・・」 

 飯田は渡されたメモを見て、うなった。

「おいソラ。どこか座れるところはないか。こんな路上じゃまずい」

「こっちだ」

 ソラは二人を広場の天幕が張ってあるところに連れて行った。

この中で飲み物を買えば、天幕の中のベンチに座ることが出来る。天幕の中ならば、ソラのような子供がいっしょに並んで話していても別段怪しまれたりする光景ではなくなる。飯田は適当な飲み物を買うと、あわただしく船内に連絡を取った。

「おい殿下、今画像を送るから、これがお尋ねの人物のものかどうか調べてくれ」

 飯田が手紙をスキャンしていると、五十嵐が心配そうに言い出した。

「今ごろ船長はここのお偉いさん方と外交とやらで、忙しかったんじゃないっすか?こんな本当かどうかも分からないことを調べてもらうのは・・・・・」

「いいのさ。この惑星に来たのも、ここの政府に密かに招かれたってことだが、大方はあのじいさんを捜すためだったんだからな。それにあいつは俺たちにばかり面倒を押し付けてくるんだから、これくらいの手間は自分でやってもらわないとな」

 ほどなく飯田のナビが反応してきた。

《祖父に確かめましたところ、確かにこれはあの人物の手跡だそうです。至急に連絡をとって頂きたいのですが》

「ここにその手紙を届けに来た奴がいるよ。話すかい?」

《はい》

 飯田はナビをソラに向けた。

「おいソラ、上のやつがお前さんと話したいとさ」

「いいよ、何でも聞いて」

《君の名前は?伺ってもよろしいですか?》

「俺はソラ。おじいちゃんのところで世話になっているんだ。あんたが【暁皇】の今の船長なのか?」

《そうです。桐ノ院圭といいます。それで、福山師はどちらにいらっしゃるのですか?》

「えーとね。俺、元船長か今の船長に直接来てもらって、そこで頼み事をしたいって言われてるんだけど・・・・・」

《いいですよ。伺いましょう。どこですか?》

「『はしばみの小やぶ亭』っていう居酒屋がこの先にあるんだ。そこに来て欲しいんだけど」

《分かりました。なるべく早く伺いましょう》

 ソラが居酒屋の場所を教えて帰っていくと、飯田は、【暁皇】にいる船長に改めて連絡した。

「おい殿下、あいつを簡単に信用していいのかい?」

《ええ、音声の波長は真実を話していると示していました。それにあの手跡は間違いなく福山師のもので、それもごく最近に書かれたものに間違いないそうです。
富士見丸というのが【暁皇】だと知っている者といえば、この船に乗っていたもの以外では、祖父の知り合いしかいないでしょう。これは僕が行って直接この目で確かめるべき事でしょうね》

「お前さんがそういうのなら、そうなんだろうけどな。で、俺たちはこの後どうすればいい?」

《とりあえず、どこかそのあたりで待機していてください。手助けが必要になるかもしれませんから》

「分かった」

 こうして、【暁皇】の船長は垓都に降り立った。数時間後に小早川の当主との会見が控えている為に、彼はまずホテルに控え室として一室を取り、目立たない服に着替えてから、指定の『はしばみの小やぶ亭』を捜す事にした。

 その居酒屋は娼館が立ち並ぶ一角にあり小さくて雑然とした店だったが、どうやら流行っているらしいと無意識に考えながら中に入ると、忙しそうに開店の準備中らしい女主人が出迎えてくれた。

「ここに来ればいいと言われているのですが。あー、僕は福山師を捜しに来た【暁皇】の船長なのですが」

「ソラから聞いてるよ。ついておいで」

「・・・・・身分証明とかは見なくてもよいのですか?もし僕が違う者だとしたら」

「大丈夫。それ以上は言わなくていいよ。わたしゃこの商売を長くにやってるんだ。人を見る目はちゃんと持ってるさ」

 女主人のアンナはそういうと、船長を奥の地下室に案内した。

「この下にいるよ。行っといで。わたしゃこれから店の準備で忙しいから」

「ありがとうございます」

 アンナは手を振ると、忙しそうに店へと戻っていった。

彼はその後姿を見送ると、恐る恐る階段を降りて行った。階段は急で、天井も彼の身長からすると低い。頭をぶつけない様に注意しながら降りていくと、ぼそぼそとした話し声が聞こえてきた。

入り口に立つと目に飛び込んでくるようにして、一人の青年の姿が目に焼きついてきた。

眼鏡をかけ、すらりとした立ち姿の彼は、バイオリンを抱えてこちらを見ており、そのまっすぐな眼差しは、船長の心を直撃した。




ゴン!










入り口に額をぶつけないように気をつけていたことさえ、忘れていた。