【 第3章 








 ユーキがこの話を全て自分の口から話したわけではない。

 彼が話したのは、楽しかった思い出がほとんどで、あの夜の事件の事は大雑把にしか話せなかった。

 私はユーキの承諾を得た上で、催眠状態にして彼の奥底に眠っている記憶の大部分を引っ張り出して来た。人間は自分に辛い記憶は思い出すのを嫌がる。それは自己防衛本能だったが、彼の中に巣食っているトラウマを治療するに一度は聞き出さねばならなかったのだ。

 聞き出した記憶は、とても残酷なものだった。私はあまりにも無残な孫の死に方に涙が止まらなかった。

あの子は妻亡き後にかわいがって育てた一人娘に、初めて出来た子供だった。

 娘は私を名付け親にして、『正幸』と名づけた。正しく幸せに育って欲しいとの願いを込めて・・・・・。

 しかし、あの子は十一歳で殺されてしまっていた。それも私が探していた辺境ではなく、本当に身近な汎同盟の支配下にある惑星で。

 私は探し出せなかった自分を責めののしっていた。しかし、それ以上に孫や他の子供たちを殺していても未だに罪を問われていない、邪悪な欲望を幼い子供のからだを使って満たすことを楽しんでいた下種どもが絶対に許せなかった。

 この子は正幸と同じように汎同盟で生まれ育って親元から引き離されてきている。連合の育ちの子供ではなくもともと奴隷だった訳ではない子供なのだ。

 私はここから連れ出すためにあらゆる努力をしなければならないだろう。連合がこの子を惑星外へ連れ出すのをみすみす見逃すとは思えなかった。この子は連合の奴隷売買について言っている建前の言葉の偽りを示しているのだから。

 この子が汎同盟の裁判に出る事さえ出来れば、正幸を不幸な死に方をさせたやつらの罪を裁く事が出来るだろう。その上、連邦が自分の支配下の惑星以外のところからの奴隷を売買している有力な証拠となる。二つの犯罪についての重要な証人となることだろう。

 こうやって私がユーキと出会うことになったのは、孫が導いてくれたおかげかもしれない。正幸と同じような境遇で育ったこの子をどうか自分の代わりに助けてやってくれという。

 そうだ、この子を 無事親元に帰すことと、事件の詳細を世間に明らかにして不幸な子供たちを助けることこそが、正幸を助けられなかった私の贖罪となるだろう。

 こうして私はユーキの記憶を調べたあと、彼の中に巣食う暗示を取り除こうといろいろ試みていたが、どうにも不思議に思ったことがある。

 どうして彼は嫌がっているにもかかわらず、キーワード一つで相手の性愛の相手をつとめようとするのか。あれほど怖がっていながら、なぜ相手からキーワードを引き出そうとするのか・・・・・。この暗示はそれほど強いものなのだろうか?

 『相手が強い口調でキーワードを言う』それだけでどんな命令にも服従し、自ら性交しようとするほどに・・・・・。普通よほど嫌な暗示であれば、自分を守る為に心は抵抗しようとするはずだ。

 私は彼の記憶にあった『感応者』という言葉で、疑問が解けた気がした。『感応者』つまりESP能力者ということだが、ユーキの中にある能力はさほど大きなものではないようだ。ESP能力者の中には人の考えている事も分かるほどの力を持っている者もいるが、ゆうきはせいぜい人の感情を受け取るくらい・・・・・。あるいは自分の感情を相手に放射する程度だ。

 あの【ハウス】と呼ばれる施設の中で、ユーキは子供たちの劇的な感情、断末魔の叫びを受け取って不安定になっていた。特に仲の良かった『まあくん』の時は、さらに我が事のように恐怖と絶望を受け止めていたに違いない。それは彼の中で充分な強制力を持ってしまっていた。

 人は断崖絶壁に立つと、恐怖のあまり自分から崖の上から身を投じてしまいたくなるような感覚を覚える事がある。ユーキはそれと同じように闇の中に自らが堕ちていくように仕向けていたのだ。

 『まあくん』の死を目の当たりにして、助けられなかったという自責の念と、自分も同じようになって死ぬかもしれないという恐怖。さらにあのあたりの宗教にある、『感応者』への憎悪と『大人を誘惑する幼い少年』への嫌悪を浴びせられて、自分を否定していったのだろう。

 何度も、『旦那さん』が変わるたびにユーキは、相手に救いを求めて・・・・・しかし、彼の中にある闇は自分が一番出したくないと思う部分を相手にさらけ出して――『感応者』か『大人を誘惑する幼い少年』を見せ付けて――拒絶されてしまっていたようだ。

 もし相手がそれを受けとめてくれていたら、彼は救われていただろうに。どうにかして生きたいというユーキの必死の叫びが聞こえてくるようだった。

 私は、彼を受け止める。彼のどのような闇が出てこようとも、きっと受け止めて見せよう!



そうして、私はユーキに改めて名前をつけて、自分の養子とした。

『悠季』と名づけた。

――悠久の季節、はるかな遠い時を思い、この子の長寿を願う――

 もしかしたら、この子の親もニッポン人らしいので、本当にその字を使っていたのかもしれなかった。

 悠季はさほど強い感能力を持ってはいないと思っているが、もしかしたら彼の心の奥に残っている記憶が、自分のアイデンティティとして名前の言霊を相手に放射していたのかもしれない。

 『ぼくを悠季と呼んでくれ』と。しかしそれは私にとっては不愉快なものではなく、彼の強い意志を感じて好ましく思えた。そう、そんな強さを持っているのなら、きっとこのトラウマを乗り越えて見せるだろう。














 悠季は回復していった。からだの回復はめざましく、心の回復は少しずつではあったが。

 三年間の過酷な奴隷生活の間の栄養失調は彼の目に影響を与えていて、かなり視力が落ちていたのだが、セーシューの治療と充分な食事とで徐々に回復している。完全に回復するまでに時間がかかる為、その間のつなぎとして彼に古めかしくも眼鏡を掛けさせてみた。

 
 眼鏡を悠季はとても気に入ったようだ。

 単に目の前にレンズがあるだけなのだが、彼にはまるでスクリーン越しに世界を見ているような気がするらしい。それが気分的に自分を守ってくれるバリアーのような錯覚があるのだという。

 私は悠季の中にある暗示を解こうといろいろ試みたが、この暗示は強固で素人である私には完全に取り去る事は出来なかった。しかし暗示に手を加えてそう簡単には発動しないようにする事は可能だった。

 その手段として、彼の眼鏡を利用することにした。視力が元通りになって眼鏡が必要なくなっても、私は悠季に素通しのプラスチックを入れた眼鏡を掛けたままにしておき、次の暗示を付け加えた。

 悠季の中に存在する暗示は、相手の『食ベタイ』で発動してしまう。その暗示は消せなかったが、



―― 相手と悠季の両人が悠季の中にある暗示を承知していて、悠季自身が彼女あるいは彼を愛しており、悠季が自分自身の意思で眼鏡を外さないかぎり ――



 暗示は発動しない。

 誰が強制しようとしても、その言葉にも従わない。無理強いには抵抗できるようにしたのだ。

 これは諸刃の暗示だった。悠季はあの『食ベタイ』の言葉(セックスをさそう言葉)とその意味を覚えていて、ひどく嫌悪している。例え彼女(あるいは彼)をどれほど愛していても肉体関係を含んだ恋愛を喜んで受け入れるとは思えない。

 あの言葉を聞くくらいなら、女性であれ男性であれ恋愛さえしたいとは思わなくなるだろう。思春期になったら、彼のからだの中の肉体の欲求と心のバランスが崩れるのが不安だった。

 だからあくまでこの暗示は今現在で出来る緊急避難であって、汎同盟に戻ってから専門家に悠季を委ねて、完全に暗示を解く事が必要になる。

 だが、そんな付け焼刃の暗示ではあったが、悠季の表情は穏やかになり、私が触っても緊張したりしなくなった。

 さらに悠季の心とからだの健康を取り戻すのに一役買ったのはバイオリンと料理だった。

 彼はバイオリンを弾く事が大好きだった。

 『まさゆきくん』との思い出の中で、バイオリンはとても楽しくて輝いていたらしく、私が古道具屋に置いてあったバイオリンを買ってきて彼に渡すと大喜びし、放っておけば一日中でも我を忘れて弾いていた。

 それから料理。

 私は彼に簡単に出来る料理を教え、自分で作って食べる事を教えた。

 自分で作った料理には愛着が湧くものだ。例え少しばかり焦げていたり味付けが多少不味かったとしても。

 そうやって作った料理は、彼の健康を取り戻すのに役立ち、また料理に興味を持った彼は、私の持っているライブラリからいろいろな料理を調べては作ってみせて、私よりよほど上手な料理人となっていた。

 悠季はこうして食欲が少しずつ出てきて健康を回復し、近くの森を歩き回るうちに体力もついてきた。未だに悪夢にうなされては、私が夜中に彼をなだめる事もあったが、あの操り人形のように自分から誘いかけて来る不気味な悠季の姿は見られなくなったし、うなされる回数も少しずつ減ってきている。

 思いがけない事にバイオリンは心を癒す効果の他に違う効果も持っていた。

 私は悠季に様々な勉強を教え込もうとしたのだが、はじめ彼はバイオリン以外の事に興味を示さなかった。だが、私は彼に汎同盟に戻ってから役に立ちそうな様々な知識を覚えておいて欲しかった。

 私は飴と鞭としてバイオリンを使う事にした。

 私が渡した課題を仕上げなければ、バイオリンは弾かせない。もし私が教えた事をしっかり覚えこんでいたら、新しい楽譜を与える・・・・・。

 悠季はしぶしぶながら学んでいった。数学や様々な国の言葉、この世界の歴史(私が与えたのは汎同盟からの視線のものだったが)物理、化学・・・・・その他いろいろな事を。

 知るにつれて悠季は自ら勉強するようになっていった。楽譜を見て音を出すだけでは飽き足らなくなっていた彼は、その曲の背景を知りたがり、そこから知識の裾野は広がっていったのだ。ただし、数学はあまり得意ではないようだったが・・・・・。

 彼は私のライブラリを読み漁っていった。宗教関係、絵画、劇、小説、童話まで・・・・・。ありとあらゆる音楽に関する事なら全て、たとえ難しい事柄であっても学ぶ事を苦としなかった。

 健康になり、性格も明るくなるにつれて私は彼の隠れた才能に驚くことになった。バイオリンは奏者のテクニックだけで聞き手に感動を伝えられるものではない。悠季のバイオリンには拙い音ながら、もっと聞きたくなるような気持ちよさがあったのだ。

きっと彼は人々の心に残るようなバイオリニストになるだろう。私はこの地で最上の弟子を持つことになったようだった。