【 第20章 








「では、裁判を再開します。『鎖委員会』代表市山氏、問題となっていた福山悠季の身元証明は分かったのですか?」

「申し訳ありませんが、今それを調べている副官からの連絡を待っている所です。もうしばらくお待ちいただきたい」

市山は、こわばった顔でこう答えた。

今回、悠季は既に証言を終えているということで別室に待機することになっていたが、自ら希望してまた法廷に戻って隅の席に座っている。

「裁判長、その件ですがこちらでの調査で分かったことがありますので、発言をお許しいただきたい」

立ち上がった小早川は発言を求めた。

「いいでしょう。発言をどうぞ」

うなずくと小早川は調査した『奴隷番号YUK1・・・・・・』についての情報を提示した。

「これによって自称『福山悠季』穰溝での登録名『ユーキ』はほぼ確実に連邦出身の人間であることが分かりました。証明書はこれから探し出すところですが、ほぼ間違いなく情報です。


それによって今回の訴えにおいては、彼が証人としてはふさわしくないことが判明したのです。彼は連邦へ戻してきちんとした連邦の自由民としての処遇を与えますので、こちらに引渡していただきましょう。

そして今回『鎖委員会』から提出された案件、『連邦が汎同盟の人間を奴隷として売買している』という訴えも、他の証拠や証人から見てもはっきりとした決め手に欠けると思われます。

無効としていただきこの裁判を終らせていただきたい」

勝ち誇った顔で小早川氏が言い切ると、裁判所内が一気にざわめき始めた。

ひそひそと裁判官たちは相談を始めた。

「市山氏、何か反論はありますか?」

「・・・・・・・・・いえ」

「私の方にも意見を述べさせていただきたい」

 同じく福山悠季の身元証明を待っていたマティルド・ダヴィド=セレンバーグが手を上げた。

「確かに私の調査でも『奴隷番号YUK1・・・・・・』が【ハウス】に買い取られていたことは確認いたしました。彼は【ハウス】では『雪』と呼ばれて、五歳の時から十一歳までのほぼ六年間をそこで過ごしております。しかし買い取られてきた時期は那由他が連邦に所属していた時期ですし、その後も連邦に属している期間がほとんどです。

最後の一年強では那由他は汎同盟に戻っていますが、その時期は【ハウス】では子供たちを生活させてはいても売春組織として機能しておりません。彼も単に滞在していただけでゲストと呼ばれていた客とは接触しておりません。もちろん私も彼とは何の関係も持ってはおりません。

私が少年虐待と未成年の売春に関わっている証拠として彼が呼ばれましたが、法律に違反してはいないということを確認していただき、私への訴えも取り下げていただきたい」

最後にじろりと悠季の方を眺めると、ダヴィドは席に着いた。

ざわざわと傍聴席の話し声は大きくなっていく。こんなふうにあっけなく結論が出てしまい、何年も前から汎同盟が力を入れて止めさせようとしていた奴隷売買はそのままうやむやとなり、大スキャンダルとして大騒ぎになっていたマティルド・ダヴィド=セレンバーグ氏があっさりと無罪となったことに物足りなさを感じていたのだ。

隅の証言者席にいる悠季の顔は青くなっていた。このままでは、彼は連邦の人間として恒河沙に連れ戻されてしまうだろう。

そして、その先は・・・考えるのも恐ろしい。



「どうだ圭、裁判はこのまま終ってしまうのか?」

「お祖父様?!こちらに来ていらっしゃったんですか?」

傍聴席に座っている圭の後ろに、いつの間にか座っていた人物が祖父の桐ノ院尭宗氏であることに気がつき驚いた。足の悪い祖父が【暁皇】を離れてやってくるなど考えられないことだったから。

「うむ、お前がどうしているか気になってな。それで、どうなのだ?」

「もう少しお待ちください」

「ふむ?」

この危機に対して落ち着いている孫の様子に、尭宗は何かあることを察したらしい。

裁判官たちは相談し判決を言い渡す為に、一時退出を宣言しようとした。


その時だった。


扉が開いて延原が急ぎ足で市山の元へと近づくとささやいた。

「お待ちください!ただ今こちらからの調査の結果が到着いたしました!」

市山がやって来た延原からファイルを受け取ると裁判官にこう言った。

「しかし、今小早川氏から福山悠季氏の身元についての詳細はもらっている。今更もう一度同じ事は・・・」

「そうではありません。小早川氏の調査は不十分のようです。こちらの報告をご覧頂きたい」

「小早川氏、構いませんか?」

小早川暁は一瞬眉をひそめたが、無表情に戻ってうなずいた。

「ダヴィド氏はいかがですか?」

彼は一瞬うろたえたような顔をしたが、すぐに無表情に戻ってうなずいた。

「では、どうぞ」

裁判官の許可が出ると、市山は各人の目の前に置かれているディスプレイ画面にファイルの内容を表示した。

「先ほど小早川氏からの調査では、『奴隷番号YUK1・・・・・・』が惑星『穰溝』の出身で、そこの奴隷同士の夫婦の息子の一人だと言われていましたが、それは彼が恒河沙の奴隷市場で売られるときに添付されていた身元書類から調べられたものだと思います。

しかし、我々はその書類が偽造であり、本当の彼の身元が違うものであることを突き止めました。

我々が調査する上で一番困難だったのは、彼のDNA登録が生存者、死亡者、身元不明者を問わずに登録されていなかったことです。彼の幼児期の記憶や朧に残っている言葉の端々から汎同盟に所属する惑星の出身だと思われていたのですが・・・

それは違っていたのです。」

「それはどういうことですか?」

「結論から申しますと、彼は地球特別区の出身です。それも太陽系惑星ではなくて、母なる地球の、アジア地区、日本州、あー・・・ニイガタという場所で生まれています。

本当の名前は『守村悠季

両親は彼と一緒に乗っていた宇宙船での事件で亡くなっていますが、彼の姉三人が生きておられます。既にそちらとの遺伝子の照合も行いまして、間違いなく姉弟であることが確認されています。

ですから、彼、守村悠季は間違いなく汎同盟の一員であることが証明されたのです!」

それから市山は調査方法などについて詳しく述べていたのだが、法廷内は今聞いた驚きの発言に大騒ぎとなって、この事実に至った解説などまったく聞こえなくなっていた。

再び裁判は逆転し、『鎖委員会』は決定的な優位に立った・・・!

傍聴人たちは互いに今聞いた事実に興奮して喋りあっていたし、マスコミもこのニュースを一刻も早く各地へと送るためにあわただしく動き始めていた。

原告席の小早川暁とマティルド・ダヴィドは互いをののしりあいこんな結果となった相手を罵倒しあっていた。

静粛にという警備員たちの声はまるで無視されていたのだ。


ふいに悠季が証人席から立ち上がり、マティルド・ダヴィドの方を向いた。


「マティルド・ダヴィド!」



悠季の声がぴんと響く。彼が悠季の方を向くと、悠季は不思議な微笑を浮かべていた。

不思議なことに、一瞬にして法廷内はしんと静まり返った。



「何人もの子供を殺してきたよね?あなたは【ハウス】で子供に薬を使って酷い事をして、殺してきたんだ。[ルビー]もそうだし[胡蝶]もそうだ。みんなあなたが殺したんだ!

僕も殺す?まあくんと同じように?」




静かな声にもかかわらず、悠季の声はそこにいる人全ての耳に入っていった。

「・・・この・・・『邪眼』め!お前はやはり俺に害をなす奴だったのか。あの時の嫌な予感に従っておくべきだった。奴隷として売り払うべきではなかったんだな。あいつと一緒にあの場で殺しておくんだった・・・!!」

ダヴィドのうめくような声は、静かな法廷の中ではっきりと聞こえた。

一気に法廷は人々の驚愕の声で溢れた。口々に言いたてる者たち。外部へと情報を送る者、バタバタと走り出す者・・・。大混乱の渦と化した。

そして、この混乱を収めるために、法廷は一時休廷を宣言したのだった。







「しかしこの短時間によくまあ調べ上げたものだ。それにあの向こうを追い込んだ手は素晴らしかったな・・・」

おだやかに尭宗が言った。

ここは法廷内の中に用意された控え室の中。まだこれから先の裁判の準備があると言って市山や延原は出て行っており、ここにいるのは【暁皇】の関係者ばかり。

飯田が延原にかわって尭宗と悠季に今回の身元捜査の経緯を話していた。

「いやぁ、今回の裁判は本当にひやひやしましたよ。ですが悠季君の指紋と虹彩紋を調べてからは、すぐに彼の身元が分かりましたよ。あとはどうやって頭の切れる小早川氏とダヴィド氏に、あの『証人の言っていることは事実である』という言葉を引き出させるかがキモだったんです。

彼らに悠季君が連邦の出身だと思いこませなければならない。しかし、思い込ませてしまえばこっちのものだ。彼らは一番簡単な解決方法に飛びつくと思っていましたよ。

今回、裁判の証人として問題になるのは、悠季くんが班同盟の人間であるということで、もし連邦の人間なら罪に問うことはできないですからね。そこを使ったんですよ。

班同盟出身の証人だと思っていた人間は、実は自分たちに有利な連邦の人間だった。だとすれば彼の述べていた事実などさっさと認めてしまっても構わない。その証言には何の効力もなくなってしまうのだから。
むしろこっちから認めて彼を連邦の人間として連れ戻せばいい。唯一の証人はいなくなり、この裁判は無効となり、自分たちの勝利となって終了する・・・とね。

知らされていなかった悠季君には、ひどく心配させることになってしまって申し訳なかったが」

飯田はここですまなそうに悠季に詫びを言った。

「それは、悠季君が自国の出身だと思いこむような情報を向こうに紛れ込ませたということかな?」

尭宗が言葉の裏に隠されている真実を推察してそう尋ねた。

「ここだけの話ですが・・・実は・・・まあ・・・そうらしいですね。延原はそういう情報操作にかけては結構やる奴ですから。そして思惑通りに、彼らは自分で自分の首を絞めたわけです。

その上、ふく・・・じゃなかった守村悠季君のご両親はあなた方も知っている企業の経営者だったのですから、話は早かった!」

飯田はニヤリとして、話を続けた。

「『緑の守り手』(班同盟名はGreen GuardianあるいはGreen Gardener→Double G)
DG社つまり通称ディジィ社ですよ。【暁皇】もあそこで緑の保守を受けていたでしょう?彼のご両親が経営していて、現在は一番上の姉上が経営している会社は、
・・・だから守村なんですよ。

あそこは小さいながらもあの業種ではたいへんな老舗だ。長年にわたって地球の植物の遺伝子のほとんどを保管していると言われていますからね。確かに悠季君かあそこの人間ですよ。あの家系は時々植物に親和力のある人間が出ることで有名だ。

この事実が分かった時、延原のやつは『何でまたこんな途方もないことが起こるんだ?!』ってぼやいてましたがね、俺としては福山教授の目に狂いはなかったと思ってうなずきましたね!」

飯田は感慨深げにそう締めくくった。




《おい飯田、急いで星間ニュースを見てみろ!》

 【暁皇】の関係者たちが集まっていた控え室に延原からそんな連絡が入ってきた。

急いで停止してあったホログラムを起動させると、そこでは緊急ニュースとして、デイビッド・セレンバーグ老人が亡くなったことを報じていた。

「・・・殿下、もしかしてこのニュースを知っていたのかい?」

驚きもしないでニュースを見ている桐ノ院家の人たちの態度を不審がって、飯田が尋ねてきた。

「ええ、先ほど連絡が入りました。桐ノ院家には独自の情報網がありますのでね。このニュースは桐ノ院コンツェルンにとっても重大ですが、手は既に打ってあります」

桐ノ院一族とは微妙に重なる分野で競合していたセレンバーグ一族。

同じような親族会社ではあってもその持ち味はかなり違う。セレンバーグ一族は妖怪とも呼ばれていたデイビッド・セレンバーグに権力を集中化しており、彼が死んだことによってこれから後継者をどうするかが問題となる。一族全部を巻き込んだ大問題になることは間違いなかった。

圭は平静な顔で飯田に受け答えをしていたが、この話を伝えた時の祖父の態度がひどく不審だったことを思い返していた。圭がこの話をした時の祖父の態度が穏やかすぎたのだ。

「・・・・・そうか」

と言っただけで沈黙していたのだ。

圭はセレンバーグ老人と祖父尭宗との間の古くからある確執について、詳しい内容までは聞いてはいないがおおよそのことは耳にしたことがある。
その話の内容にはある人物の死が深く関わっており、根深く苦い感情が絡んだものだったと知っている。そこから推理すると今回の祖父の態度はあまりにも穏やか過ぎた。

「お祖父様?」

「圭、わしはこれまでセレンバーグとのいざこざに備えていろいろ陰で作ってきたが、これはお前には遺すつもりはない。これはわしが墓の中まで持っていくものだな。それにもうすべて必要無くなった」

「・・・・・それは・・・・・?」

「いや何、つまらん老人のたわ言に過ぎん。忘れてくれ」

圭も桐ノ院家の暗部については知らないわけではない。しかし、これまで祖父が一手に掌握しており関知していない。もしかしたら、セレンバーグ老人の死に関して、何らかの関与があったのだろうか?と疑ってみたくなるような発言だった。
そこで時間はあまりなかったが密かにセレンバーグ老人の死因を調べてみたのだが、突然の病死ということで誰からも疑問は差し挟まれてはいないらしかった。

もし圭が『セレンバーグ老人に何かなさったのですか?』聞いたところで祖父が答えるはずもない。
詳しく調べたところで、あの祖父ならば証拠を残すこともないだろう。だとしたら、圭の【暁皇】船長、桐ノ院家総帥という立場では、あくまでも桐ノ院コンツェルンとしてこの際セレンバーグ一族をつぶすか、うまく利用するか、それとも新しい後継者とどう付き合っていくか・・・という方針を考えることが先決となる。

風評は怖い。瞬く間に銀河中に悪い評判が広がることになる。

もしこの事件が桐ノ院家の陰謀のせいだと思われたりしたら大問題になってしまう。セレンバーグ一族に引きずられて桐ノ院家も揺らぐわけにはいかなかった。これからが圭の手腕を問われる事になる。

セレンバーグ老人は我が手から次の世代へと権限を譲り渡すことを許さず、これまで後継者を育てようとはしていなかった。それどころか自分の権力を危うくしようとする者はことごとく排除してきた。

だから残っているのは似たり寄ったりの卑小な能力しか持たないものばかり。その者たちがこれからお互いに熾烈な権力者争いを繰り広げて後継者の座を射止めようと互いに喰い合いをしてぼろぼろになっていくことだろう。一族を纏め上げるような傑出したカリスマ性を持った人物はもういないのだから。

今回の裁判でマティルド・ダヴィドが起訴されていなければ、一番の後継者候補に挙げられていたと思われる。しかし、彼は逮捕されて収監されてしまった。
セレンバーグ老人が生きていれば今回の起訴を取り消しにするか、あるいは逆に反撃する手を考え出したかもしれなかったが、それはすべて失われた。

残っている後継者候補たちは自分たちの狙っている座を脅かすような人間を助けようとはしないだろう。マティルド・ダヴィドが一族から切り捨てられるのは間違いなかった。

延原たちは那由他の司法当局にレンベルグの逮捕を要求し、それが今回の証言のごく直前に実現している。ダヴィドに知られないようにとの極秘逮捕だった。

彼には【ハウス】について証言するよう司法取引を持ちかけてあり、それが実現すれば更に他の子供たちの殺害容疑についてもマティルド・ダヴィド本人の起訴が行われることだろう・・・。

もう一つの裁判、同盟の奴隷問題については、小早川暁氏が様々な反論を開始しておりまだ結論には長い時間がかかりそうだった。しかし、このまま今まで同様の規模の奴隷市場が続けられることはないだろうと思われた。
どれほど同盟が譲歩するかによって決まることだが、制限がかかることは間違いなかった。

少なくとも、まあくんやその他大勢のかわいそうな子供たちの死に対して、多少の代償を支払わせることが出来たし、これからもしかしたら被害に会ったかも知れなかった子供たちを守る手助けが出来たと言えるだろう。