【 第2章 下 】
この公正市場の過去の売買記録を調べる事は比較的たやすかった。
取引事務所にはデータが揃っており、過去の取引に興味があって調べる客に対して、取引年度・年齢・性別・人種・身体的特徴・持っている技能・経歴・・・・・などを閲覧させていたからだ。
奴隷として売り買いされるのは、奴隷として育った人間たちばかりではなく、破産して自分を借金のかたとして売ったものや、内戦で負けた国からの補償金代わりに渡された人間などまで含まれているので、家族や友人が競売にやって来て、その人間を買い戻すという事はザラにあることらしい。
奴隷の経歴が嘘であったとしても、年齢まではさほどごまかせないだろう。客の目の前で競売が行われているのだから。孫がここに来たのなら性別と人種と年齢である程度見当がつきそうだった。
私は宇宙船の事故があってから、ここに到着したときまでの記録を調べると、幸いというか、小さな内戦があったために取引が小規模になっていたようだった。そして取引の記録の中に、孫の背格好と合致する物件は載っていなかった。
私はここに腰を落ち着けて、これから来る奴隷船を待ちさえすれば孫が現れるのではないかと期待していた。子供ならば宇宙船からの拉致と言う犯罪を誰かにバラしたり出来ないし、辺境奥地では子供の需要は少ないからだ。
しかし観光客に競売に加わる資格がないことを、私は後々になるまで知らなかった。
特に連邦の者でなければ何回も競売に出向く事はスパイとして疑われる行為だということも・・・・・。
公安らしい人物から慇懃に恒河沙からの退去を求められるようになり、私は窮地に陥った。
後一回の競売で恒河沙を退去すると確約し、定期宇宙船のチケットを買って競売に望んだ私は、そこでこの窮地を脱する究極のアイディアにめぐり合った。
競売の中で、結構顔役らしい乞食が(ああ、ここでは言葉を飾って低所得者と言うらしい・・・言葉が違っていても内容は変わらないのだが。この星の支配者は見栄っ張りらしい)が、自分の身の回りの世話をさせる為に奴隷を1人買い取ったのだ。
もちろん誰も買い手が付かないような奴隷だったのだが。競売では買い手が付かない商品が出ると、競売が中断される。それを嫌った主催者が低所得者に手を回して、そういう人間を買い取らせたりする事もあるらしい。
・・・・・あるいは、彼はその奴隷を他へと転売するのかも知れなかったが。低所得者には競売を見る権利があり、落札する事も可能。
これだ!と私は思った。
低所得者の中には辻楽師も含まれると知った私は、その仲間に加わって競売にもぐりこむ事を考えた。
ホテルを引き払い宇宙船のチケットはさりげなく空港に落として、どこの誰か知らない他人を宇宙船に乗せて私が恒河沙を出発したように見せかけた。そうしてねぐらを探し、辻楽師として紛れ込めるように様々な画策をし・・・・・。
だが、それから五年。事故から数えると六年を越える。もうそろそろ諦めなければいけない頃なのかもしれない。競売が行われるたびにこうやって足を運んでいるが、もうあの宇宙船から拉致された人間が出てくる可能性はないだろう。
『きっと孫は生きている!』と信じている心の奥底で諦めがじわじわと忍び込んでいる。今回ユーキを衝動的に買ったのも、生きて育っていれば孫はこれくらいになっているだろうという思いからだったのだ。
ユーキが目覚めてから、三日が経った。
彼の回復ははかばかしくない。ぼんやりと目覚めては、またうつらうつらと眠ってしまう。セーシューの判断では、怪我はほぼ完治しているし、病気なども罹っていないという。やはり、心因性のものらしい。
「ユーキ、ちょっと外へ出てみないか?」
「そと?」
「うむ。垓都は緑が濃いきれいなところだ。今は花も沢山咲いていて、いい季節だぞ。ちょっと見に行かないか?」
こくんとうなずくと、ユーキはソファベッドからふらふらと起き上がり壁に伝いながら歩き始めた。私が手を出すとびくんと震えてからだを堅くした。
「気になるか?わしは別に気にせんが・・・・・」
「いえ、自分で歩けます・・・・・」
そういうとユーキは壁に手を付き、ゆっくりとした足どりで、一歩一歩階段を上っていった。私はもし彼がふらついた時のために、少し後ろから付いていった。
恒河沙は『オールド・ホーム・テラ』に比べると、かなり温度が高い惑星だ。
その為人類がここに移住してきた時から北と南の標高が高い温暖な気候の場所だけを居住地に決めており、高温な赤道付近にはほとんど人間は住んでいない。
だが雨が比較的多いこの星は、緑の恩恵を豊富に受けており、地球より若干酸素が多い。植物も多種多様で色とりどりの花々が四季を通して咲き乱れている。
特に垓都は過ごしやすい気候のため、奴隷制度や一族同士の内戦が時々起こったりせず、治安が安定すればもっと多くの観光客を迎え入れるようになる事も可能だろう。
しかし、実際には一族同士の面子にこだわり、政治状況は極めて不安定だ。ここ二十年ほどの小早川一族による統治もいつまで続くか分からない。だから政府は手っ取り早く軍事費を稼げる奴隷市場を止めることができないのだ。
「きれい・・・・・真っ白だ」
地上まで上がってきた悠季が、息を整えながらぽつんと呟いた。
「ああ、ユキモドキだよ。春の今頃はこのあたり一面で我が物顔に咲いている」
「ユキモドキ?」
「そう、ここに昔から咲いていた植物らしい。一面に真っ白な花が咲くし、散る頃になると風に飛ばされて花びらが地面をすっかり覆ってしまうから、まるで雪が降っていたかのようになるんでな」
「ゆ、き?」
「ユーキは雪を知らないのかな?空から降ってくる冷たくてふわふわとしているものだよ」
「・・・知らない・・・と思う」
「そうか、ユーキは温かい星の生まれなのかな?」
ユーキの答えはなかった。私は彼を舞台があった場所に座らせ、自分も肩の触れないところに並んで座った。
「雪や、こんこん。あられや、こんこん。
降っては降ってもずんずん積もる。」
「いぬはよろこび、にわかけまわり。
ねこはこたつでまるくなる」
私が呟いた歌にユーキが続いて歌って見せた。今までの無表情が緩んで、微かに微笑んでいた。
「知っているのかね、ユーキはニッポン人なのかな?」
「昔、仲が良かったトモダチが教えてくれました。きっとあの子がニッポン人だったのだと思います」
「そうか・・・。他には、何か覚えているかね?」
ユーキはちょっと首をかしげるとまた歌いだした。
「どんぐりころころどんぐりこ
おいけにはまって、さあたいへん」
「おいおい、どんぐりこ。じゃなくてどんぶりこ。だよ」
「でも、まあくん、まさゆきくんはこう教えてくれたんです」
「まさゆき、だって?!」
私はユーキが驚いてからだをすくめるのにも構わず、肩をつかんでいた。
「どんな子だった?!どこで会った?!」
「僕はずっと小さい頃ハウスに住んでいて、まあくんは僕よりちょっと後にハウスに来たんです。それからずっと一緒に暮らしていました。僕より少し年上で、とってもやさしくって、歌がとっても上手で、おじいちゃんから教わったって言ってました」
「なにか、こう・・・・・あざとか、なかったかな?」
私の声は、震えていなかっただろうか?
「あ、そういえば、肩のところにちょうちょみたいなきれいな赤いしるしがあって、僕が綺麗だっていうといつも嫌がっていました」
なんという偶然だったことか!ユーキは私が探していた孫を知っていたのだ!
「ユーキ、そのまさゆきくんという子の事をもっと教えてくれないかな?もしかすると、わしの知っている子のことかもしれないんだよ」
ユーキはこくんとうなずくと、ぽつりぽつりとしゃべりだした。
「僕がハウスでまあくんに会ったのは・・・・・」
その内容は驚くべきものだった。