【 第19章 



―― 悠季モノローグ ――










僕は、芳野に激辛スパゲティをぶつけた事を後悔していない。彼はそんなことをされるだけの侮辱を僕にしていたのだから・・・!

でも、そのことによってエミリオ先生の演奏活動に支障が出るかもしれない、とは思ってもいないことだった。

芳野が・・・先生の屋敷を追放される前に、僕に向かってこう言ったのだ。

『福山悠季くん。よく覚えておくといい。僕は那由他の文化省の他にも政府のあちこちにコネがある。それだけじゃない。この緑簾の財政界のさる筋の方たちにも親しくさせていただいている。もしそこにひとこと言えば、いかに巨匠ロスマッティといえどもただでは済まないと思っておきたまえ。

君のように何の後ろ盾を持たない吹けば飛ぶような音楽家もどきは更に、だよ。せいぜい今のうちに難敵を追い払ったと思って喜んでおきたまえ!』

僕にとってはそんな後ろ盾の有る無しなどという他人の力で、自分の演奏が変化するなどとは考えてもいなかったし、立派なコンサートホールで演奏される音楽のみが素晴しい音楽だとも思っていない。

ああ後ろ盾といえば、以前に圭がなってくれると言っていた僕のパトロンの件があったっけ・・・。でもそれを彼に吹聴するつもりはまったくなかった。第一圭が勧めてくれていただけで、僕は承諾どころか話に納得もしていなかったのだから。

芳野は僕が桐ノ院コンツェルンと関係があるのを知らなかった。僕もエミリオ先生もそのことは彼ら留学生たちには秘密にしていたから。もしそれを知っていたら、彼は僕に違う態度を示していたのだろうか?

吉野が言う緑簾のさる筋というのが、桐ノ院コンツェルンと比べてどれくらいの力関係かも分からなかったが、この問題に圭が必ず助力を惜しまないだろうということはわかっていた。しかし、それは僕が望むようなことではなかった。

彼が難敵になれるような大人物だなんて到底思えなかったけど、今度の件でエミリオ先生に迷惑がかかることは痛かった。もしそんなことがあったら、自分の事を許せなくなってしまう。

「あーあ、あっちにもこっちにも迷惑を掛けてしまったなぁ・・・」

気がつかないうちにまたため息が出てしまった。こんなふうに僕はいつも人に迷惑ばかり掛けている。その上、この後 僕がしようと考えている事といったら・・・。

僕はエミリオ先生にお詫びの手紙を書くと、手回りの品だけを持って屋敷を出た。

他の正装用の服や細々した物は全て圭がくれたもの。だから置いていくことにした。僕にとって持って行っていいものとは、エマとバイオリンくらいのものだ。ああ、そうそうエレミアちゃんにもらった綺麗な果実も持っていかないと・・・。せっかく貰ったものを置いて行くなんて、女の子を泣かせるようなことは出来ないから。

僕は直接エミリオ先生にお詫びを言えなかったことがつらかった。

きっと先生に会って言えば引き止められるに違いなかったし、謝罪には及ばないと言ってくださるに違いなかったが、僕にはそうやって気を使って僕に負担を掛けないようにしてくださる方がよほどつらい。

置手紙を読まれて、無礼を咎められて怒られて・・・そのまま破門にされた方がよほど気が楽だった。

きっと圭も心配すると思うけど、それにも増して期待を裏切られたとがっかりされるだろうけど。それを思うととても落ち込んだ。

でも後戻りはできなかった。これは僕が決めた事なんだから。

屋敷を出たところで深くお辞儀をすると、僕はそのままエアカーを呼んで『鎖委員会』がある汎同盟の建物へと向かった。

そこにおじいちゃんから託された最後の一通のM.Sを渡さなくてはならない、市山さんがいるはずだった。







「ようこそ!君が福山師の養子になった悠季君だね。僕が市山だよ。それで僕に渡してくれるものがあるという話だったが・・・?」

僕は確かにその人が市山さんだとしっかりと確認してから、託されてあったM.Sを渡した。このディスクは今まで渡してきた桐ノ院のおじい様やエミリオ先生へ渡した物とは違っているはずだったから。

そして、開いてみるとやはり僕の思ったとおりだった。

M.Sには、パスワードで開く添付ファイルが添えられていたのだ。『鎖委員会』の委員長だという市山さんに対して、もっとも印象に残っているという言葉がパスワードになっていた。


〔ばかもん〕


市山さんは開かれたファイルを驚きの目で眺めまわしながらも、顔は泣き笑いに崩れていた。

「こんな、こんな言葉をパスワードにしようなんて考える人はあの人しかいないよ!」

市山さんはぽろぽろと涙をこぼしながらも、きっちりとファイルを読んでいった。

「こいつは凄い!今まで恒河沙に到着してきた宇宙船の名前と船籍番号、それにどこから来てどこへ行くのかが全て並べられている!これをみれば確かに恒河沙の奴隷貿易が、連邦の人間だけで行われたわけではない証拠になる!汎同盟に広がる奴隷ビジネスを断ち切ることができるはずだ!」

彼は興奮して僕の手をぶんぶんと振り回しながら、僕に何度もお礼を言った。

「これさえあれば、連邦が汎同盟の人間を不当に拉致し、不法な奴隷貿易を行っているという弾劾裁判を開くことで出来るよ!ありがとう、よく届けてくれたね!」

「は、はあ・・・」

「ああ、・・・それからメッセージの中に、『もし悠季が証言しても構わないと思えば、聞いて貰いたいことがある。ただし、無理強いはしないように』とあったが、それが何か言ってくれるわけにはいかないかね?」

市山さんは、僕に恐る恐るという感じで問いかけた。僕は少しためらったが、腹をくくった。これを言うために何もかも捨ててここに来たのだから。

「養父は僕に、汎同盟に名乗り出て、あの【ハウス】であった出来事と、僕が連邦に連れてこられた経緯を汎同盟の【鎖委員会】に伝えて欲しい、と言い残していきました」

僕は【ハウス】であった出来事を洗いざらい話した。そして正幸くんがどうやって殺されたか、そしてその後連邦につれて来られた時のこと・・・。

「・・・そうか、福山師のお孫さんはあそこで殺されていたのか・・・。すると君はその犯人の顔を見ているのだね?それなら犯人をぜひ捜し出さなければ!悠季君、何か手がかりになりそうなことは覚えていないかねえ」

「僕は最近その男に会っています」

「会ってるとは・・・。顔を覚えていたのかい?」

「はい。その・・・顔、というより彼の波長を覚えていたと言う方が正しいと思いますが。僕は、・・・その・・・ESP能力者でして、その人の波長は忘れることが出来ませんでした」

「君が能力者とはね!そういう証言なら、その時子供であっても法廷でも十分採用されるに違いない。で、そいつは誰だったんだい?」

「実は、その男とは・・・マティルド・ダヴィド=セレンバーグ氏でした。

彼はあの頃もっと太っていましたし、今は体型が変わってしまっていますが、波長は変わっていません。あの人は・・・自分も能力者だとは気がついていないようですし、能力も微々たるものでしょうが、確かに僕と同じ力があるんです。

能力者同士ならその波長は間違えるようなものではありません。専門の訓練を受けていない僕でも忘れられないものなんです」

「そいつは・・・えらい相手だなあ・・・」

市山さんは、腕を組んでうなっていた。その姿をみて僕は不安になった。政治的にまずい相手だから戦えないとでも言われるんじゃないだろうか。

「セレンバーグ一族だからと言って、どうか起訴をためらわないで下さい!彼はまだ【ハウス】を再建することを諦めていません。機会が巡ってきたら、すぐにまた再開しようとするでしょう。支配人のレンベルクも未だに手元に置いているようですし。それに・・・」

「それは、君の推測かい?それとも・・・まさかそんなことまで分かったと言うんじゃないだろうな?」

「実はこの間、あの人と握手をする機会がありました。その時僕の中に情報が流れ込んで来たんです。

いまも彼の成熟していない男の子が好きという趣味は変わっていません。僕は男っぽくありませんし、ひょろっとしていますから年齢よりも若く見えると言う事は知っています。ですから彼は僕にまた性的な興味を持ったようなんです。

握手をしたとき、心が開いてちらりと情報が読めたんです。僕を見て考えていました。『もうすぐ再開する予定の【ハウス】に置くにはこいつはもう大きすぎる・・・だが自分専用にするにはいいかもしれない』と!」







そうして、僕はこのシーズンオフの観光地に連れてこられた。裁判まで相手方に見つからないよう、ここに隠れていなさいということだ。

市山委員長と、それから紹介された副官だという延原さんは、僕が渡したM.Sの解読に取り組み始めて忙しくなったらしく、部下の尾山氏に僕を預けたんだ。

「すまないね、悠季君。急いでこのファイルを解析しないと、もうすぐ汎同盟で開催している会議中にこの案件を審議してもらうつもりで割り当ててもらっている日時に間に合わない。

前々から計画していてやっと資料や証拠が揃えられて裁判に持ち込めることになったんだ。連盟を相手の審議となるとそのチャンスは限られているからね。ぜひ、ここの資料も追加したい。それで亡き福山教授の意思も反映すると言うものだから。

もし次のチャンスを待つとなると、相手に余裕を与えることになってしまう。我々としても情報が漏れてしまう恐れがあることが怖いんだよ。せっかくの重要な証拠を持ち帰ってくれたのだから、きちんと役立てたいと思っている。

君の身の安全は、必ずわれわれが保障する。だから申し訳ないが、しばらくの間隠れて欲しいんだ。君は重要な証人だ。尾山が君を安全な場所に案内するし、ときどき延原にも様子を見にいかせる。申し訳ないがそうしてくれないか?」

「はい、僕は構いません」

だが軽く承知した僕は、そこで大きな後悔をすることになった。

代理として来た尾山氏にとって、僕という人間は保護されるべき対象であって、当然命令を聞かせるべき相手というわけで・・・、僕は彼の命令を従順に聞き、何事も従わなくてはならなくなったのだ。

彼にとってやっかいなお荷物にしか思えなかったのかもしれない。僕が何を言っても聞き入れて貰えなかったのだから。

誰とも会ってはいけないし、誰とも連絡を取ってもいけない。食事は全て部屋に届けさせるし、出かけることなどもっての他。近くに散歩に行く時は前もって彼に言っていかなくてはならない・・・等々。完全な軟禁状態で、僕の抗議など受付けようともしてくれない。こうやって委員会に任せたのだから、いうことを聞くのが当然だろうという顔で押し切られてしまった。

その上、更に僕にとってはつらく耐え難いことまでも強引に押し付けられてしまった!

バイオリンは目立つ楽器だからと言われ、弾くことはもちろん僕の手元に置いておくことさえ許されなかったんだ。もし手元に置いておけば弾きたくなるのが人情だろうと言われて・・・。

バイオリンが養父、『福山正夫』の形見なのだと力説してもそれは変わらなかった。仕方なく、大切に保管しておいてもらうことを条件に手放すことになってしまった。

僕にとっては、何もすることがない一日は・・・本当に長い・・・!

ましてこんな風に閉じ込められているような生活で、この先思い出したくないけれど思い出さなくてはならない事態にどうしても直面しなければならないと考えると、とてもつらい。思い出すと吐き気や胸の痛みさえしてくる。

僕はいつの間にかあの【ハウス】の頃のことを考え始めており、考えたりするな、思い出すなと自分に言い聞かせようとすればするほど頭に浮かんできてしまう。

バイオリンが手元にあって存分に弾くことが出来ていれば、いくらかでも紛らわすことが出来たんだろうけど、あいにくその手を封じられていた僕は、真っ向から【ハウス】の記憶と向き合うことになってしまったんだった。








 【ハウス】というのは、確かに少年や少女を売春させる組織だった。

少なくとも僕の記憶の中では、それ以外の何物でもない。

その趣味があるが世間に知られたくない人たちを相手に、表向きは孤児院で教育を与える全寮制の施設という肩書になっていた。

子供たちの保護者となった客たちは時々訪問し、泊まっていって話したり可愛がることも出来る宿泊施設が近接している・・・というような慈善団体を装った形態を取っていたのだと思う。

しかしその裏側では、特定の子供を自分用にキープさせてセックスの相手をさせていた。まるで、ボトルキープされた酒のように、数ヶ月、あるいは数年の単位でキープされて僕たちは特定の大人を相手にしていたんだ。

幼児を使った売春組織は他に多くあっただろうけど、ここではそうやって差別化を図ることによって他とは違うサービスを提供するのがうたい文句だったんだ。一人の子供あるいは数人の決まった子供だけが相手をするかわりに、その子をどう扱っても結構。たとえ死んだとしても構わない――ただし支払われた金額によるが――ということだったらしい。

そうして、ここに連れて来られた僕もまた幼児相手の嗜好の持ち主たちの前に引き出されることになったのだ。



【ハウス】に連れて来られた当初 僕は体調を崩してしまい、かなりの時間を無為に過ごしていたのではないか思う。ESP能力のある僕にとって最も衝撃的な出来事――両親の死――を目の当たりにしていたから。

今もその時の出来事の全ての事柄を思い出すことは出来ないが、船が襲われ突入してきた海賊たちは、そこに乗っていた乗客たちのほとんどを殺していったのをおぼろげに思い出した。あちこちから人々の悲鳴と苦痛の感覚が僕に襲いかかって来た。それまでむき出しの感情に晒される事がなかった僕にとって、それらの感覚は直接殴りつけられるほどの衝撃的なものだった。


――そして更に襲いかかって来た苦痛と悲しみ。


父と母は何とかして僕を逃がしてくれようとしていたけれど、海賊たちは圧倒的に強くてどうする事も出来ず、二人とも殺されてしまった。

僕が助かったのは、両親が僕をかばって部屋のベッドの下にかくまってくれていた為と、その後犯人たちに見つかった時も、幼かったから殺すより売り払うことを彼らが選択した為だった。

そうして僕は連邦の奴隷市場へ(たぶん、恒河沙の奴隷市場だったんじゃないかと思うけど・・・はっきりとは覚えていない)運ばれ、そのまま【ハウス】の買い付け担当へと売り払われた。

なぜ僕たちが乗っていた船が襲われ、乗客たちが殺されたのかはわからない。それに、その船がどこから来てどこへ行く予定だったのかも思い出すことが出来ない。

幼い僕にとっては、両親と一緒に出かけること自体が嬉しいことであって、場所の事などはあまり考えていなかったのだと思う。




【ハウス】に連れて来られた時に子供たちがまず手始めにされるのは、右の太腿への刺青だった。

【ハウス】の所有であることを示す為に、まるでペットか家畜に焼印でも入れるような感覚でされていた。僕も他の子供たちと同じように刺青されてからそのまま療養室へと追いやられた。熱が高くて衰弱していたからだ。

やっと体調が戻って起き上がれるようになった頃には、一緒に買い取られてきていた子供たちはそれぞれ買い手が決まって、もう一度刺青に持ち主の名前が刻み込まれ・・・大人たちの卑劣な楽しみに供されていた。

健康になった以上、僕もその仲間に入るはずだった。

【お披露目】という名目の、競りと変わりない場に引き出され、会員という名の客たちが集められた場に引き出された僕は、ねっとりと妄想に満ちた視線の只中へと押しやられたのだった。

「決めた!俺はこいつに決めたぞ!絶対に他の奴には弄らせるなよ!?」

僕をキープしようと手を挙げた人物は、幼い僕を怯えさせるに十分な体格と声の持ち主だった。彼は船の出発前に【ハウス】に立ち寄り、店出しのために引き出された僕に目をつけたらしい。

その男は僕を台上から引っ張り下ろすと膝の上に抱き上げ、大きな手で撫で回しながら、さも嬉しそうな胴間声で笑っていた。僕はその手の乱暴さに身をすくめて耐えながら、男の頭の中に浮かんでいるらしい『どうやって僕をかわいがるか』という【楽しみ】のあれこれに震え上がっていた。

そうして僕はそのまま所有済の刺青が入れられ、男がいる部屋へと押し込まれることになるはずだった。

「ちょっと待て!こいつは俺も気に入っていたんだ。まだ競りは終っていないんだ。持っていくな!おい競り人、その男以上の金額を出すから俺によこせ!」

そこで声が掛った。最初に僕を連れて行こうとしていた大男とは顔見知りらしい男も名乗りを挙げたのだ。こちらは背が低くて、そのくせ筋肉で全身が盛り上がっている、樽のような体型の男だった。

「何を言ってる!こいつは俺が先にツバをつけたのだから俺のものだ!後からやって来てごちゃごちゃぬかすな!」

激しい勢いの口争いに発展してしまい、片手ずつ二人につかまれた僕は頭の上で繰り広げられている僕の人権をまったく無視した激しいやりとりと、ひっぱりまわされる荒っぽさに身を竦めて半ば失神したようにぼおっとなっていた。

武器の類を入り口で預けていなければ、きっと殺し合いにまで発展していたんじゃないかと思うような激しさだった。互いに張りあう間柄だということは、相手に対する数々の罵りの言葉で察する事ができた。

そのいつ終るか分からないやりとりの末に、駆り出されてきた【ハウス】の支配人は、一つの提案をした。

「お二人とも譲られる気は無いのでございますね?困りましたね・・・。この子は一人ですし・・・。こうなっては決着が付きません。あー、それではこのような提案はいかがでございましょうか?もしよろしければお二人で共同してキープするということでは・・・?交代でこの子の権利をもつということで」

この提案には即座に『ノー!!』という返事が両人からあがった。どうやら二人にとって重要なことは、僕を手に入れることよりも、ライバルよりも羽振りがよいところを周りに見せるのが一番、相手に後れを取るのは我慢できないということだったらしい。二人で共同などもってのほかということか。

くじはどうか?あるいはコイントスは?他にもいろいろと提案されたけど、どれも二人とも納得するような案にはならなかった。

この場は内覧会で、それぞれが紳士的に欲しい子供を選んで手に入れるのが決まりだったから、一般のような競りにするわけにはいかなかったらしい。

「それではいつまで経っても決着がつきません。困りましたね・・・。このままでは今夜決着をつけるのは無理でございましょう。次に【ハウス】にいらっしゃった時に、まだ両方にお気持ちが変わりありませんようでしたら、その時改めてお二人だけで競りをするというのは?お二人がお揃いになるときまでこちらでお預かりいたします。もちろん他の客のキープには応じません。

それにもうしばらくすれば、他にもいい子が沢山入る予定ですから、どちらかの方にお気がかわることもあるでしょうし・・・。それで、納得していただくわけにはいきませんでしょうか?」

「俺は今夜出発したら、しばらくここに戻ってこられないんだ。それでは困る!」

「俺もだ!半年は戻って来られん!戻ってきた時に、こいつにこの子を取られてたりしていたらと思うと我慢できん!」

二人は互いににらみ合って、この提案に相手がどう対応するか様子を伺っていた。

「あなた様から今回お預かりしたこの子の代金は、次回までのキープの手つけとして大切にお預かりしておきます。それでいかがでしょうか?」

「それでは今夜の俺は手に入れる子も無しに我慢しなければならなくなるのだぞ!?楽しみにしていたのにどうしてくれる?」

「それはもちろん、今回来ていただきましたからには、キープが切れている子供の中からお好きな子供を選んで一晩を過ごしていただければ結構で、代金もいただきません。それでいかがでしょうか?」

「・・・そこまでするってことは、この子の価値がよほどあるというわけか?」

とたんに好奇と猥雑な視線が食いこんできて、僕はいっそう気が遠くなっていくようだった。

「この子はまったく無垢で【ハウス】が買い取ったばかりの子供でございます。ご覧とおりの色白で綺麗な肌の地球人種。中でもアジア系ニッポンの特徴を全て兼ね備えている珍しい純血種なのでございます。その上初々しくて何も条件づけしていないまっさらな子供ですからねぇ。

こういった珍種の初物をお好きな方はいくらでもいらっしゃるのでございますよ。こちらの方々は上客の皆さまですから特別に最初にお見せしたわけですが、一般会員の方々の間に出せばもっと高値で競り落とされるでしょう」

そう言われた大男は、ライバルの方をじろり見るとしぶしぶ提案を承諾した。ライバルの男の方もなんとか納得し了承した。

しかし、よほど抱かずに行かなければならなかった僕に未練が出たらしく、僕をその後三年間キープする保証金を渡して帰って行ったのだ。絶対に初めての相手になりたいのだと言って。

もちろんこれはライバルに対する対抗心と太っ腹なところをみせようという見栄もあったのだろうけど。

「それではこいつの方が有利ということになる。では俺もキープ料金を払っておこう。もちろん、今度来たときに俺のものになるようにな!」

後からきた筋肉男はそういうと、大男に負けじと同額の保証金を支配人に支払った。

改めて両方とも長期の航海の間にお互いに抜け駆けしないことを確認して引き下がった。そして、他の子供を相手にして・・・その夜が明ける頃に立ち去った。

あとに子供たちの恐怖と苦痛の悲鳴、世話をする者たちの嘆きや非難のつぶやきを残しながら。




三年間の間 僕をキープした男たちは、他にも僕にあることをしておくように【ハウス】に命じていたらしい。

それがあの『食ベタイ』の暗示だった。