【 第17章 







 
いかにもエネルギッシュで俗物なオーラを撒き散らしているその人物は、からだ全体で歓迎の意を表しており、それはそれで稚気にあふれていて、ほほえましく思えた。

「お招きに預かりまして、ありがとうございます。実は一人招待されていない者を連れてきたのですが、一緒でもかまわないでしょうか?」

 普段の生活では京都弁でしゃべるエミリオ先生も、公式の場所ではきちんとした銀河標準語で話している。

しかし京都弁で話さないエミリオ先生は、どことなくよそよそしく冷ややかな語り口に感じてしまい、悠季には違和感が大きい。

「おお!構いませんとも。それで、マエストロが引き立てたいと思ってらっしゃる方のお名前は?あなたがご推薦の人物ならば、さぞかし才能に溢れた方なのでしょうね」

 エミリオ先生は悠季の背を押して前に出し、その相手に紹介した。

「福山悠季といいます。バイオリニストの福山正夫が自分の養子とした者なのですが、彼が亡くなったために私に託してきたのです。

悠季、こちらは那由他の文化省長官ダヴィド氏だよ。うちに預かっている留学生の身元引受人をしてくださっている。この方は、音楽がとてもお好きで、中央の音楽界にも多大な影響を持つ方なのだよ」

「は、はい。初めまして。福山悠季と申します」

「いやあ、なんとも嬉しい紹介をしてもらったね。マティルド・ダヴィド=セレンバーグだよ。よろしく。

ところで、福山正夫氏が亡くなられたって?本当かね。それはまた惜しいバイオリニストが亡くなったものだ・・・。実に残念だよ!彼の演奏をまた聴いてみたかったからね。

 その彼の養子とは・・・。さぞかし素晴らしい演奏をされる方なのだろうね。ぜひ今度聞かせてくれたまえ!」

「・・・ありがとうございます」

 悠季は緊張に青ざめた顔で、握手を受けた。指が触れ合った瞬間、びくりと指がこわばるのがわかる。

「君のその古風な眼鏡もとてもキュートだね。今度個人的にも話してみたいものだが・・・。援助、とかね。そのうちマエストロのところに連絡するからね・・・」

 彼は悠季の耳元へとささやいてきたが、悠季には返事が出来る余裕はなかった。

「さて!お二人ともどうかパーティーを楽しんで行ってくれたまえ」

悠季のひどく緊張した表情など、彼に会った初めての人間ならしょっちゅうあることと気にしなかったようで、彼は言うだけの事を言うと悠季の返事を待つことなく、そのまま二人に向かって軽くうなずいてみせてから他のグループの挨拶へと歩み去っていった。

呆然と後ろ姿を見ていた悠季の肩をぽんと叩く者がいる。振り向くと苦笑気味のエミリオ先生だった。

「驚かせてすまなかったな。ちょうど今日うちにいる留学生も招いた、なんたらの記念パーティーがあったよって、今夜悠季の顔見せのつもりで連れてきたんやけど・・・どうやらかなり緊張させてしまったようやな。

そんなに緊張しはるほどのお人やあらへんえ。まあ、俗物というか、音楽を自分のイメージを高めるための道具のように考えてはるお人やし。もっともそのミーハーな態度のおかげであちこちに顔が利いて、音楽界にも影響が大きいよってな」

一応声を掛けとかへんと、あとが五月蝿うるさいよって。とエミリオ先生は小さな声で呟いた。

マティルド・ダヴィド=セレンバーグという人物は、セレンバーグ一族の中の分家、ダヴィド家の当主だそうで、大叔父で一族の長老であるデイビッド・セレンバーグ氏のお覚えもめでたい人であるそうな。

が、あの一族はもともとは文化的なものにはあまり感心を示そうとはしていない一族で、審美眼も良くないというのが常識となっている。

それをコンプレックスに思っている長老が命じて、一族の中では少しはましな方の彼を文化省に押し込んだものらしい。

だから、マティルド・ダヴィドという人は俗物で、自分が言っているほどには音楽には詳しくないのだそうだ。

「さて、ほならこれからはもっと悠季のためになる人たちに紹介するよってな」

「・・・あの方、痩せたんですね。昔はもっと太っていたはずだ」

「おや、悠季知ってはったの?そやね、何年か前まではえらい太ってはったけど、何やら思うことがあったらしく、ダイエットして痩せはったらしいわ。まあまだかなり小太りやけどね」

 うちもダイエットした方がいいのやけどな。と笑いながらエミリオ先生が答えた。

「ええ、知ってました。・・・忘れられなかった・・・!」

 悠季は自分の心の奥を覗き込むような顔で、眉をひそめていた。

「さて、悠季こっちへおいない。もっとええ人たちを紹介してあげるさかい」

 エミリオ先生は悠季を連れて、部屋の奥へと進んで行った。







コンコンコン・・・。

 ドアを叩く忙しないノックが響いた。

「あ、はい!ちょっと待ってください!」

 昨夜まったく眠れなかった悠季は、朝方になってからようやく寝ついたせいで、すっかり寝坊してしまっていた。

どうやらエミリオ先生がジョギングの時間になっても来ない悠季を呼びに来たらしい。

あわてた悠季は、シャワーから出たばかりのバスローブ姿で、ドアを開ける事になってしまった。

「すみません!すっかりお待たせしてしまいまして。今すぐ出ますので、少しお時間を・・・ええっ!芳野さん?!」

 エミリオ先生がジョギングの格好で立っているとばかり思っていたのに、そこに立っていたのは思いもよらない人物・・・芳野だった。

「おっと出かけるところだったのかね?それは失敬。僕の用事はすぐ終るから、支度しながらでもいいから聞いてくれないか?」

「・・・はあ、それはかまいませんが・・・。それでは、失礼して着替えますので」

 悠季は芳野を部屋に通し、自分はバスルームに戻ると下着をつけた。

「・・・あっと、ジョギングウエアは向こうの部屋に置いて来たんだったっけ。・・・どうしよう」

 下着姿で芳野の前に行く事には抵抗がある。と言って女性のようにわざわざ取りに行ってここで着替えるのも気にしすぎのような気がして気が引ける。

「勝手に僕の部屋に来た奴が悪いんだから、僕が気にする必要なんかないはずじゃないか!」

 悠季はバスローブのままで部屋へと戻り、用意してあったジョギングウエアに着替え始めた。芳野は立ったままで悠季の部屋を眺め回していたが、悠季が着替え始めると太腿の刺青に目を留めた。

「・・・へえ!君は太股に刺青をしているのかい!綺麗な刺青だがねぇ。それって恒河沙では当たり前のことだったのかな。中央ではあまり肌をいじるのはいいことと思われていないんだよ。確かに君に似合ってはいるかもしれないけど、消した方がいいと思うけどねぇ」

 芳野はここへ来た用件も言わずに部屋の中をうろうろと覗き回り、書棚に置いてあったエレミアからもらった『宝石の果実』を見つけるとしげしげとながめていた。

「これってどこで手に入れたんだい?『宝石の果実』に見えるけど?」

「ええ、まあ・・・・・」

悠季は口をにごしたが、芳野は気にしなかった。

「芸術家はこれを持っているのをステータスとする人が多いし、これを持っているとインスピレーションを掻き立てられて演奏に良い影響を与えるというけれど、これは贋物が多いからね、騙される事が多いよ。

確かに君のような無名の音楽家がこれを持っていれば人々へのアピールは出来るだろうけど、贋物とばれるとダメージはもっと大きいんだよ。

実は僕も前に手に入れたけれど、もっと大きくてそれは素晴らしいものなんだよ!見ていると確かにとても演奏への意欲を掻き立てられるという感じがするからねぇ。

ああ、そうか!もしかして君のこれは福山先生の形見というわけかい。それなら納得できるなあ」

「その果実は僕が菫青でエレミアちゃんという女の子から貰ったものです。それに僕の刺青は奴隷時代の登録番号に過ぎません。それより、僕への用件とは何ですか?急いでいますので、さっさとお話していただけませんか?」

「・・・奴隷だってぇ〜!君、奴隷だったのかい?!」

 芳野は大声を上げて、驚いて見せた。そのあまりに大仰な態度に、悠季は鼻白んでしまった。

「・・・それがどうかしましたか?」

「君が奴隷ねぇ・・・」

 何とも嫌味な態度に悠季が眉をひそめていると、芳野はばかにしたように言った。

「元奴隷の分際で、那由他の高官に自分を売り込もうとは見上げたものだと言ったのだよ。せいぜい自分を売り込もうとしたのだろうが、奴隷で辻楽士として路上で一曲いくらのはした金で音楽を切り売りしていたものが、中央で芸術音楽をしようとすること自体おこがましい!

 君はここにいることだけでうっとうしいんだよ!昨夜もロスマッティ先生に愛想を振りまいて、あのパーティーに連れて行って貰ったのだろうが、僕だってあそこに招待されている。それも、正式にね!君としては今度はダヴィド氏に取り入ろうと思っているのだろうが、そうはさせないからな!」

 ふんぞり返った芳野が言った。

どうやら昨夜のことを知って、悠季を牽制するつもりなのだろう。

しかしキツネ面の貧相な彼が脅しつけたところで何の威厳というものもない。むしろわずかに骨に残った肉を必死でしゃぶろうとしているハイエナの浅ましさがあった。

「・・・言いたい事はそれだけですか?僕はもう出かけますので、部屋を出て行ってください!」 

 悠季は冷ややかな調子で言い放つと、芳野を部屋から追い出した。







「・・・だからね。・・・どうかしはったの?今朝の悠季は元気がないねぇ」

「ああ、すみません。ちょっと考え事をしていまして。何のお話だったのでしょうか?」

 二人は近くの公園をジョギングしながら、話し続けた。

「昨日会わせたお人の中に、有名な音楽プロデューサーがいはるんやけど、その人が悠季の演奏を聴いてみたいと言われはってな。その演奏次第では、悠季にCDデビューせえへんか言わはったんや。どや、やってみる気はおへんか?」

「ぼ、僕がCDデビューですって?!」

 走っていた悠季の足が止まってしまった。面白そうな顔のエミリオ先生はその場で足踏みをしながら、悠季が走り出すのを待っている。

「ですが、僕は中央で何の評価も受けていないのですよ?まだ一度も聴衆の前で演奏した事もない。そんな人間がデビューなんて出来ませんよ!」

「まあまあ。走りながら聞きなはれ」

 またゆっくりと走りながらエミリオ先生は噛んで含めるようにして悠季に説明してくれた。

 悠季が十分プロとしてやっていけると思ったから、推薦したこと。もちろん悠季が彼の前で演奏し認められた上で、初めて具体的な話になること。

コンクールや音楽学校の成績だけではCDの売れ行きには影響しないということ。

また、今までの売り出し方に不満を持っていた音楽プロデューサーとしては、ぜひ違う方法で新人を売り出したいと前々から思っていたこと。

そのための白羽の矢が悠季に立ったこと。

「どうや、考えてみる気はあらへんか?」

「・・・はあ、しばらく考えさせてください。ところで、今お宅にいらっしゃる三人の留学生はCDデビューに推薦されないのですか?」

「そやねぇ・・・。ミスカ君はうちが何かせんでも自分で近いうちにデビューでも何でも勝ち取るやろなあ。それだけの実力はあるやろうと思うえ。あとは時間の問題やね。

東田はんは、もうCD出してはったと思いますえ。でも、どうやろうなぁ・・・もう少し演奏に余裕と色気が出はったら、もっとええと思うんやけどなぁ・・・。

芳野氏は・・・この先まあなんとかCDデビューしたとしても、その一枚で終わりになるとちゃうやろか。

あのお人は野心と上昇志向は持ってはるけど、肝心のバイオリンを自分の音色で歌わせる事についてはまったく考えようとせえへんからねぇ・・・。

この曲は誰それの真似、あの曲はどなたかの演奏に似ている。まるで精巧な演奏コピー技師のようや。それでは、芳野和弘という個人の演奏を聴く意味がない。でも、本人はそれに気がつかへんからねぇ」

苦笑しながら先生はコメントをしてみせた。

「芳野氏の野心の持ち方を悠季も少し見習ったらええかもしれんな。ただし、ちょびっとだけな」

 そんなことを言いながら、家へと戻ってきた。

「あ、そや。今日はうちは出かけるよって、午前中のレッスンは出来なくなるんや。夕方に帰ったら練習を見てあげるさかい、しっかりさらっておきやす」

「はい!ありがとうございます」

 そうして朝食をすませると、エミリオ先生はあわただしく出かけていった。

 悠季は部屋へ帰ると、さっそく指慣らしをしてから課題となっていた曲を練習を開始した。しかし先ほど先生が言い置いていった話が頭の隅をよぎるせいか、集中力が欠如してしまう。

「ええい、しようがないなぁ。昼食の時間もそろそろだし、後でもう一度チャレンジだ!」

 悠季がバスルームに手を洗いにいくと、先ほど急いでいたために放り出しておいたままのジョギングウエアが転がっていた。

「ありゃ、まずい。ランドリーに出しておかなくちゃ」

悠季は他の洗い物と一緒に洗濯場クリーニングへと持っていった。ここに入れておけば機械が乾燥させて畳んで、指定した部屋まで届けてくれる。

「あれ?」

 ウェアの襟の裏になにやら硬いものが入っているのに気がついた。

いじってみると、布地の織り目に針の半分ほどの大きさの棒のようなものが差し込まれていた。壊さないように苦心しながら先端を引っ張り出してみると、これが何かは察しがついた。

機械には詳しくない悠季でも超微細な盗聴器らしいということはわかる。

僕を探ったところでいったい何が出てくるものかと思わないでもなかったが、これは重大なプライバシーの侵害にあたる。

緑簾の法律でも厳しく罰則が決められている犯罪のはず。

ウエアの方はクリーニングに放り込み、盗聴器の方は大事に部屋の棚の上へと置いた。

おそらくこれを仕掛けたのは、芳野に間違いないだろう。彼以外に今朝クローゼットから出した服に盗聴器を仕掛けるようなまねなど出来ないはずだから。

ただし、彼の不器用さがこんなにも早い発見をもたらしている。うまく隠してあればこのまま洗濯行きで、壊れてしまって証拠も残らず知られることもなかっただろう。

悠季は怒りがこみ上げてくるのを覚えた。

どうして自分がこれほどまでに彼に敵視されなければならないのか!







「・・・だってねぇ。福山君?」

「・・・は?」

 猫なで声で吉野が他の留学生たちにしゃべっている。

悠季は食欲が湧かないながらも麻美夫人に心配をかけまいと昼食に出ていき、なんとかして目の前に置かれた前菜を片付けようと格闘していた。

 芳野とのことは、この大勢いる中でしかも食事中に揉め事を起こすことを避けて食事中は無視し、食後に彼を捉まえて抗議するつもりだったのだが・・・。

「聞いてなかったのかい?僕は君が他人の関心を引いて、援助をさせる名人だと言っていたんだよ。

福山正夫先生も君の細い足に絡まっている鎖や太股の色っぽい刺青にくらくらしたんじゃないのかい?

昨夜のダヴィド氏にも、音楽プロデューサーのJ・ベック氏にもさぞかし念を入れて色目を使ったのだろう?違うかい、奴隷くん?」

「よ、芳野さん、あなたは何の根拠があって僕を中傷するのですか?僕にはそんなふうにあなたに誹謗されるいわれなどない!」

「あるよ!十分にね。もし君がここに現れなかったら、僕がCDデビューするはずだったんだ!君さえいなければあのJ・ベック氏を僕へと紹介してもらえたに違いないんだから。それを横取りしやがって・・・」」

「それは・・・、僕には責任がないことだ!それに、今朝、話を聞いたばかりのCDのことを知っていると言うことは、やはり僕の服にあの盗聴器を仕掛けたのは芳野さんだったんですね!?」

 悠季の剣幕と悪事がばれたことに一瞬口ごもったが、すぐに開き直って言った。

「それがどうした?それくらいの事は誰だってやっている事だよ」

「なっ!ですが・・・!」

「あら、まあまあ、芳野はんも福山はんも、どないしはったの?食卓でいざこざはやめておくれやす。せっかくの料理が冷めてしまいますえ。仲良うお食べやす。パドローネさんが腕によりをかけて作らはった料理やし。たくさん食べな、えらいがっかりされますえ」

 キッチンからパドローネさんと一緒になって料理を運んできた麻美奥様が二人をたしなめた。

「ああ、今日のスパゲティは辛いそうや。ベスビオいうてペペロンチーノにバハネラソースをかけたものそうやから、えらいホットやいうてはるえ。今日は少し暑いから、気付け代わりということやね」

 いつものとおりの洗面器のような入れ物にたっぷりと入ったスパゲティが回されてきた。食べたあとの胃に自信をもてなかった悠季はパスして次の人へとまわしたが、どうやら芳野は辛いものが好きらしく、たっぷりと取り分けて食べている。

 気まずい雰囲気が漂う中、昼食は進んでいく。

「おっとラムか・・・。僕はあまりこれは好きじゃないんだよねえ。どうもロスマッティ先生のおたくではこういうクセのあるものがお好きらしいな」

 芳野が遠慮のない声でそう言ってみせた。その言葉に食卓にいた者達はみな眉をひそめた。

この家に招かれている以上、大人としての礼儀というものがあってもいいはずだ。嫌いなら黙って食べなければいいものを。

もっとも、小心者の彼は麻美奥様の前ではさすがに毒のある言葉を吐くことが出来ず、彼女がちょっと席をはずしたとたんに言ってのけたのだが。

「仕方ないなぁ。あ、まだあの辛いスパゲティが残ってるな。少し冷めているだろうが、まあ旨かったからいいか。おい、そこの奴隷。そのスパゲティをこっちによこしてくれ」

 悠季はその声を無視した。

「おい、聞こえないのか。その顔の横についているものはただの飾りか?!確かにたいした音も出ないやつの耳なんだから、聞こえないのも無理はないし、ご機嫌取りだけに能があるやつだしな。

おい刺青の奴隷、ぼうっとしてないでご主人様のご命令を聞いてさっさとスパゲティをこちらによこさないか!」

 悠季は黙って立ち上がると、素直にスパゲティのボウルを渡した。

ただし、その方法とは、ボウルを傾けて芳野の顔にぴったりはまるようにして力いっぱい押しつける、というやり方だった。



「うぎゃぎゃぐあげうああああ&%$+*|=?<@Д∀〆売w☆£
〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」



 言葉にならないような叫び声を上げて、吉野は飛び上がった。

彼のやや不安になってきている髪の毛からは薄赤く唐辛子に染まっているスパゲティがドレッドヘアの男のように垂れ下がっており、だらだらとソースが頭から滴り落ちていく。 

唐辛子が目に入った吉野は顔を抱えて洗面所へと全速力で突進していった。

その途中ではあちこちにスパゲティを盛大に振りまきながら。


結局、彼は四度ほど物にぶつかってひっくり返りながら、ようやく洗面所へと到着できたのだった。
























「船長、マエストロ・ロスマッティから通信が入っております」

「パパエミリオから?・・・つないでくれ」

 【暁皇】の執務室で電子書類を見ていた圭は、川島嬢からの意外な言葉に顔を上げた。

悠季を彼に預けてからすでに彼を恋い焦がれる気持ちはじりじりと募っている。

彼から届けられるメールにそっけない返事しか送れない時期――盗聴や監視される目を気にしなくてはならず、彼へのメールにも気を使わなければならなくて、『愛してる』の言葉さえ送れず歯噛みしていた――はもうすぐ終わりそうで、これからまたラブコールがかけられそうだと楽しみに思っていた。

この間にはフジミの演奏会も無事に終了している。その時の様子をビデオレターにして彼に送ってあり、その感想のヴィジメールが最近悠季から届けられていて、感想を述べている彼の姿を、毎日嬉しく見ていた。

パパエミリオからの通信というと、もしや悠季のデビューの日程が決まったのだろうか?そう考えたのだが・・・。

「お元気そうですね、パパエミリオ。悠季は・・・」

《それどころやない!そっちに悠季は連絡を取ってへんか?》

「・・・は?」

《悠季がうちからいなくならはったんや!!》

「何ですって!?」

圭は思わず飛び上がっていた。