【 第17章 上 】
かくして、エミリオ・ロスマッティ邸での悠季の弟子入り生活が始まった。
ロスマッティ邸へ移った翌日には、【暁皇】から悠季の私物(悠季がこれから必要になるであろうと圭が用意した燕尾服やタキシードなどの正装用の服の数々が含まれていた)が、そしてその次の日にはフジミの団員たちからメッセージが次々と届けられた。
コンマスの責任を途中で放棄したという叱責の言葉を半ば覚悟していた悠季にとっては、意外な程に理解ある応援の言葉が並んでいてほっとさせてくれた。
《五十嵐っす。
コンから悠季さんが船を降り立って聞いて、びっくりしたっす。
でも、心のどこかで『ああ、やっぱり!』って思ってたんです。この人はこんなアマオケだけで満足できる人じゃないはずだってね。
ですから、一緒に悠季さんと演奏会で演奏出来なかったのは残念すけど、これは悠季さんが一人前のバイオリニストとして歩き出したってことで、俺も他の人たちも応援してるっす!悠季さんが、船に戻ったときは、ぜひまた競演したいっすね!
それから、実は何日か前から石田さんからコンマスの代理を頼まれてたんっすよ。
いや、代理っつーか、俺にコンマスの仕事を覚えれば、もっとオーケストラを深く理解できるよって言われて、悠季さんの仕事振りをちらちら見てたり、いろいろ調べたりしてたんっす。
俺、最近一人で演奏する事より、何人かで演奏することが楽しくなってるんで、他の楽器とかの事もいろいろ知りたいなー、つーておもっていたとこなんっすよ。まさかそれを見越して俺にコンマスの後任を任せようとしてるなんて夢にも思わなかったっす!
石田さんは悠季さんが船を降りることを見越してたんっすかねぇ・・・。
つーことで、今回のフジミの演奏会には、コンマスを不肖この五十嵐健人が勤めさせていただきます!
あんまり頼りにならないコンマスっすけどね。えへへ。船長とか、飯田さんたちも助けてくれるっつーことになるらしいし、全力で頑張らせて頂きます!
悠季さんも、頑張ってバイオリン修行されてください!また演奏できる時を楽しみにしてるっす!》
悠季はフジミのコンマスのことが気がかりだったから、このM.Sを聞いてほっとした。
だが、同時に淋しくなる自分にも気がついた。どうやらどこかでフジミとフジミのある【暁皇】を自分の居場所のように考えていて、自分から船を降りる決意をしたにもかかわらず、追い出されたような気分がしたからだ。
何を考えているんだ、悠季!なんて女々しく子供っぽい事を!
悠季は自分を叱りつけて、他の人たちからのM.Sを開いていった。
他のフジミの団員たちのメッセージも同じように悠季の前途を励ましてくれるものだったが、中にはちくりと皮肉を混じらせたものも入っていた。当然だろう。全面的に今回の悠季のやり方を納得してくれる人ばかりではないだろうから。
しかし、その言葉も悠季のこの決断を全面的に拒否するものではなく、いずれまた競演したいと思っていることを伝えてくれた。
「・・・・・皆さん、ありがとうございます!」
悠季はフジミの団員たちに深く尊敬と感謝の念を捧げ、そしていつの日かまたあの船に戻って彼等の前に堂々と立ちたいと思った。
しかし、最後に圭のM.Sを開いた時には、すっかり気分は消沈してしまった。
彼のメッセージは事務的で用件ばかりが述べられていて、別れた時のあの情熱はみじんも感じられない。
悠季を一人の友人として励まし、これからの前途を応援すると言う言葉で締めくくられているそのメッセージは、悠季に寂しさと物足りなさを感じさせた。
―――これでいいんだ、これで彼と彼の仲間たちを傷つけることはないはずなのに・・・
どうしてこんなに心が痛むのだろう・・・?―――
悠季は深くため息をついた後、気を取り直して立ち上がるとM.Sを片付けた。
悠季の新しい環境でも災難が数多く待ち構えていた。
麻美奥様や別棟に住んでいる息子さんのカルロくんや娘のカテリーナ嬢にはよくしてもらっており、仲良くやっていけそうなのだが、那由他からの短期留学生の三人には最初からどうも反発を食らっている。
ただ一人ミスカ・キラルシュ君だけは、ちょっとした出来事がきっかけでどうやら仲良く出来そうな気配になったが、東田由布子嬢は無視を決め込み、さらにもう一人の芳野和弘氏は、何かと悠季にからんでくる。
それもエミリオ先生の目の届かないところでばかり。
「まあ、あまり芳野氏の事は気にしないほうがいいよ。彼は自分が那由他政府から選出されて留学させてもらった三人だということがご自慢なんだし、君が何の後ろ盾も持たずに弟子入りしたのが気に食わないだけだから」
ミスカくんは気楽に悠季をなぐさめてくれた。彼は三人の留学生の中では一番年が若く気さくで陽気な性質で、くるくるとした巻き毛とくっきりとした目鼻立ちの東欧系の美少年だった。
「・・・はあ。そんなものですか?」
「うん。彼は最初文化省のダヴィド氏をパトロンにして、デビューを狙っていたらしいんだけどね、確かに名門の音楽大学を結構優秀な成績で卒業してはいても、コンクールなどの実績がないからと言われてデビューは出来なかったんだ。
そこで、箔付けにロスマッティ先生のマスタークラス選出に名乗りを挙げたというわけさ。
さんざんあちらこちらに手を回して本当は他の人がここに来るはずだったところを強引に自分を選ばせたらしい。もっとも彼のあの演奏では、デビューしたところでどうなのかなぁ・・・」
彼は苦笑しながらそう言った。どうやら芳野氏の演奏には問題があると思っているらしい。
「何か不都合でもあるのですか?」
「あれ?福山君はまだ彼の演奏を聞いたことがないの?」
「ええ、来たばかりですから。それから、あの、僕の事は悠季でいいです。」
「オーケー、ユウキ。それで、芳野のことだけど、まあそのうち彼の演奏を聞くことになると思うから。聞いてみたら僕の言う事がどんな意味かすぐ分かるよ。彼は、コネとツテをくれる人に擦り寄る技が得意なだけの演奏技師なのさ」
「・・・はあ」
「それに彼の相手に対する評価基準は、相手が自分に利益をもたらしてくれるか、自分の邪魔になるかならないかだけで、演奏の良し悪しは関係ないらしいからね。彼の事は放っておけばいいんだ」
悠季は、自分が【暁皇】からここに来たことは、彼ら留学生たちには話さなかった。エミリオ先生から言わないように注意されたからだ。
『悠季が桐ノ院コンツェルンと大きなつながりがある、ゆうことは言わん方がええよ。暁皇さんと、緑簾で影響力があるセレンバーグ家とはえろう仲が悪いよってな。おおっぴらに自慢してはると、どこから邪魔が入るか分からへん。
それに、今ここには妙に勘ぐるお人もおることやし、悠季もヘンな所で足をすくわれることもあるよって黙っておいた方が安心と思うんや。これはうちと悠季との秘密にしときましょな』
もし芳野がこのことを知ったなら、対応はもっと違ったものになっていたかもしれない。嫉妬にかられてイビリがひどくなったか。いや、或いは逆に悠季に対して下手に出ておべっかを使うようになっていたかもしれない。
どちらにしても、十分ありそうな話だった。
いずれにせよ、悠季としては芳野という人物を好きになれないことは確かだった。
ロスマッティ邸での悠季の生活は、少しずつ動き始めている。
朝エミリオ先生にジョギングを誘われて、気持ちのいい公園を走る爽快さを知ってからは一緒に走るようになっており、屋敷に帰ると自分の部屋に戻るとシャワーを浴びる。
―――時折、エマが後をついてきて二人の頭上を飛び回っているのは、見ていて面白いものだった。―――
それから、食堂に出向いて朝食を摂る。
ここで那由他の三人に会う事になるのだが、芳野は来たり来なかったり・・・。彼はコネ作りのために動きまわっているらしく、夜会への出席が多くて朝食に起きられないということらしかった。
朝食後にはエミリオ先生のレッスンが始まる。
三人はそれぞれ午後一番からの時間を貰っているということで、悠季は午前中の先生の練習の合間にレッスンをつけてもらうことになっていた。
エミリオ先生のレッスンは、一言で言うと重箱をつっつくと言うべきもので、二人で選んだ課題曲について、悠季が弾き進んでいくたびに少しずつコメントを入れてくれる。その的確なコメントを悠季は目からウロコが取れる思いで拝聴した。
一日一日弾けば弾くほど自分が進歩していくのが分かる楽しさで、悠季は毎日が有頂天の気分でこのレッスンを楽しんで日々を過ごしていた。
「そやね。悠季がそうしたいんやったら、それもよろしいな」
「えと・・・、それは・・・」
悠季は困惑してしまう。
このところコメントが『こうしたらいい』というものから、このように悠季のしたいようにさせてくれるものに変わっているから。
悠季としてはもっとダメだしをして貰いたいところを肩透かしを食った気分になってしまう。
「あの・・・本当にいいのでしょうか?」
「ん?なんや悠季は自分のしたいことに自信がもてへんの?」
「・・・はあ」
「なあ悠季、うちは前から思ってたんやけどね、『この子は欲がないなあ』ってな。
演奏家としてやっていくには、自分の演奏にもっと自信をもたなあきまへんえ。もし誰か悠季の演奏を好きではないと言う人が一人いてはっても、悠季の演奏を好きやという人は十人はおるはずやし。
演奏家というものは、自分を全部さらけ出して聴衆に対して、『どうや?これがうちが奏でたいと思ってる音楽なんや』と開き直らんとあきまへん。
悠季は自分の演奏に自信をもって、評価を他人に問う段階に来てると思うんや。出せるだけの最高のものを出して、それが聴衆にブーイングをもろて悔し泣きしてもそれはそれで素晴らしい勉強やと思う。どうや?そうは考えてみいひんか?
もっとも、その自信がただの自惚れに過ぎないとなると、もうとんでもないことになるけどな」
誰の事をさしているのか、エミリオ先生はちょっと笑って言った。
「でも僕は恒河沙では辻楽士として毎日人の前で演奏していましたから、他人に評価をしてもらっていた・・・・・と思うんですが」
「それはBGMとしてやないか?恒河沙での演奏とは、演奏だけでじっくり聞くものではなかったと聞いてるえ」
「はあ、それはそうだったと思います」
思い返すとたいていの場合、踊りなどのための伴奏が多かった。そうでなければ、宴会の背景をにぎやかにするものだった。
「なら演奏家への評価とは別やとうちは思うよ。ちゃんと悠季個人の演奏としてみんなに聞いてもらいたいと思うしな」
「・・・はい」
「そやね。まずコンクールを受けてみたらどないやろか。悠季はコンクールに参加した事はありますの?」
「いえ、ないですが」
「せやったら・・・。まあ少し考えときましょか。という事で今日はここまでやな」
「ありがとうございました」
悠季は頭を下げて音楽室を出た。頭の中では先ほどエミリオ先生が言われた忠告で一杯になっていた。
それほど、僕は自分を出そうとしていないのだろうか?桐ノ院のおじい様と同じ事をまた言われてしまった・・・。
いつもなら、そのまま自分の部屋へと引き上げてその日に出された課題について、自分なりの解釈を求めて練習に励んでいるところだったが、今日はその気になれなくて、なんとなくサロンに入るとソファーに座り込んでしまった。
気分が沈んでいくのが自分でも分かる。
悪い時には悪い事が重なるものだ。
サロンには珍しく芳野一人がおり、妙になれなれしい態度で話しかけてきた。
「おや、福山君。いつもなら楽しそうにロスマッティ先生のところから引き上げてくるのに、今日は元気がないねぇ。何かあったのかい?」
「・・・いえ、別に何でもありませんよ」
「そうかい、何かあったら僕でよければ話に乗るからね。何でも言ってくれたまえよ。
ところで、君はこの間地球で行われたヤコプ・マイヤー氏のコンサートを聴いたかい?彼のバイオリンはとてもいいねぇ!
もし聴いたことがなければ、ぜひ聴きにいくべきだね!終演後に出かけていった楽屋では、彼と曲について話し込んでしまったよ。彼の演奏はもちろん素晴らしい演奏だから気に入ったと言ったんだけど、彼は当然といってのけたよ!
ああ、それからムジカ・クラシカ誌は読んだかい?あれに掲載されていたモンテヴェルディについての評論もよかったね!あの話には共感するものがあったからねぇ。あの評論家は僕も個人的によく知っているけど、いつもうがったことを言ってくれるからね。君はどう思った?」
「申し訳ありませんが、僕はどちらも知りません」
「おや、そうだったのかい。そう言えば君は今まで同盟の恒河沙にいたんだってね。まあ、あんな辺境にいたのなら、音楽のことなど何も分からなくて当然だからねぇ」
「・・・そうかもしれませんね」
「君は恒河沙では福山正夫先生に養子として貰われて来たらしいけど、どこかの音楽学校でバイオリンを習っていたから見込まれたというわけなのかい?そのツテでロスマッティ先生に弟子入りを頼んだとか?」
どうやら彼は自分の優位性をアピールすると同時に、悠季のことを探ろうとしてここで待ち構えていたらしい。
芳野は悠季が桐ノ院コンツェルンとつながりがあることは知らないから、悠季が単身ここへとやってきて、弟子にしてくれと頼んだとでも思っているようだった。
「いえ、僕がバイオリンをきちんと習い始めたのは、十一歳の時に養父の福山のもとに来てからです。その前はちょっと触ったことがある、という程度でしたね」
「十一・・・そりゃあまた遅い・・・。しかし、養子にしてもらったからにはバイオリニストとして猛特訓を受けたんじゃないのかい?昔緑簾にいた頃の福山先生と言えば、怖くて厳しい教師として有名な方だったね」
「そうだったんですか?確かにずいぶん怒られたりしましたが、猛特訓と言えるのか・・・。僕には真剣にバイオリンを教えくれているだけで、やっている最中はとても怖かったですけど、でも理解が進むにつれてとても楽しかったですよ」
悠季はバイオリンを愛していたから、たとえどんなに怒声を浴びてもレッスンの時だけは萎縮せずに福山の薫陶について行くことが出来ただけのことだったが。
「へえ・・・。福山先生も年を取られて丸くなったということかな?それとも君が怒鳴りつけられるほどの才能は持っていなかっただけのことかな。いい子いい子、どうでもいい子ってねぇ」
だんだん芳野の口調が見下したものになっていくのが分かる。
彼は福山の養子ということで、かなりの腕を持つ者がやってきたと警戒していたのだろう。もしそんな人物がロスマッティ師の引き立てを受けてデビューしたりすれば、いまだにデビューの出来ない彼としてはひどく妬ましいことだったから。
「恒河沙ではどこかのオーケストラで活躍してたのかい?それともソロ活動していたとか?」
「僕は・・・辻楽士をしていましたよ」
「・・・辻楽士だって〜!」
仰天したように芳野が叫んだ。
どうやら彼には辻楽士などという職業に就いていた者はただの芸人に過ぎず、こんな中央に修行にやってきて、しかも巨匠の薫陶を受けるような価値ある音楽家になれるとは考えていないらしい。
「そりゃあ、驚いたな!BGM代わりの音楽を演奏していたアマチュアもどきのやつが、緑簾で芸術音楽を目指すわけかい!そりゃあロスマッティ先生も見くびられたものだ!
やめろ、やめろ。そんなやつがロスマッティ師の弟子になってデビューを考えるなんて馬鹿馬鹿しくて笑えるだけだ」
彼はいかにも嘲る調子で、笑い始めた。
「うちが、何やて?」
ぴたりと芳野の笑い声が止まった。 厳しい顔をしたエミリオ先生がサロンに入って来ながらそう言った。
「芳野くんにはうちの考え方に何か不満があるのやろか。
うちのやることに偉そうなケチをつけるなら、隠れてこそこそ言わんと、堂々とうちの前で言えばええ。
それとも、マエストロ芳野はうちなんかよりもっと立派なお考えをお持ちなんやろか。そうならこんなところにいはらへんでもええと思いますよって、好きなところに行かはったらどないやろ」
芳野は青い顔になってしどろもどろにいいわけを始めた。
「うちに言い訳するんやのうて、侮辱した悠季に謝罪するべきやないやろか!」
エミリオ先生は冷ややかな声で言った。
芳野はあわててもごもごと口ごもりながら悠季に向かって謝罪すると、大急ぎで部屋から逃げて行った。
「悠季もなあ、こういう時にはきちんと言わなあかんよ」
「はあ・・・。でも、芳野さんの言われたことは本当ですから」
エミリオ先生は眉をひそめて何事かを考えながら、悠季の顔をみつめていた。
そして先生はが何を考えていたのか口に出したのは、その日の夕方だった。
夕食時になって、留学生たちは用事があるとかで出かけてしまい、珍しくご夫妻と悠季だけになっていて、スープやサラダが出されたところで突然言い出した。
「悠季は、自分のことをどう思おてはるのかな」
「は?」
「何や、えらい自分の事を卑下してはるように思うんやけどね」
「・・・すみません」
「別に悠季を責めてるのと違うんやけど。
ただ、バイオリンがうまくなりたい、素晴らしい演奏をしたいいう欲は持ってはるようやけど、それを世間に問うてみたいいう欲はないようやなと思おてな。
悠季はこの先どうしたいと思てはるの?
ちゃんとプロのバイオリニストになるつもりやったら、さっき芳野くんが馬鹿にするような発言したら、大いに反論すべきやろ?
例え音楽学校に通わんとっても、バイオリンを始めた年が多少遅うても、辻楽士をしてはったとしても、その音楽がええものやったら何の問題もあらしまへんえ。胸を張って言い返せばよろしいのや」
「・・・はい・・・」
「エミリオ、お説教はそのくらいにしてあげとくれやす。すっかり悠季さんの食欲がうせてしまわはったようやし。食卓でする話やないと思いますえ」
「おお!こりゃえらいすまなかったわ。さ、はよお食べ。
せっかく用意してくれたパドローネさんに申し訳ない。彼女は料理自慢やし、料理を無駄にするのをえらい怒りはるよってな」
悠季は気にしていないと言うように笑って見せたが、それ以上はもう口には入らなかった。
自分はこの先どうしたいのか・・・?
悠季は今も迷っている。
だからエミリオ先生はもどかしく思うのだろう。確かにプロのバイオリニストとしてこの先立っていこうと思うのならば、もっと覇気を持つべきなのだと思う。
しかし、音楽の勉強にまい進すべきはずの自分は、心の迷いのせいで立ち往生している。ここ、緑簾に来ていて一度はプロの音楽家を目指すと決意したつもりだったのに・・・!
けれど悠季の前には二つの道が差し示されていたのだ。
一方はプロバイオリニストとなるために精進していく、自分の将来を見据えた道。だがもう一つの道もあって、それは・・・。
コンコン・・・。
悠季の部屋に誰かがやって来たらしい。急いでドアの前へと行った。
「はい、どなたですか?」
「うちや、ちょっと入ってもええかな?」
「は、はい」
悠季はあわててドアを開けると、そこにはフォーマルな服装をしたエミリオ先生が立っていた。
「悠季、急な話やけど、うちと一緒にちょっと外に来てくれへんか?気分転換になるし、悠季の今後にもプラスになるかもしれへんて思うよってな。どうや?」
「あ、はい。ご一緒させていただきます」
あわてて悠季は【暁皇】から圭が届けてくれて、クローゼットにしまってあったフォーマルな服に着替えると、先生と一緒のエアカーで出かけることになった。
エアカーは街の中心部へと走って行き、とあるホテルへと到着した。
いかにもセレブ向けという感じのそのホテルは、自動機械ではなく人間のドアマンがエミリオ先生と悠季を恭しく迎え入れてくれた。
そのままリフトに乗り込むと、パーティ会場がある階へと進んだ。
中に入るときらびやかなドレスを纏い、宝石に身を飾った美女たちやびしりとフォーマルを着こなした紳士たちが集まっていて、いかにもハイソサエティといった様子の人々が笑いさざめいている。
悠季は居心地の悪さを感じながらも、先生の後へと続いていった。
「おお!これはマエストロ・ロスマッティ!おいでいただけるとは感激ですよ」
オーバーなしぐさで迎え入れてくれたのは、一人の初老の男性だった。