【 第14章 









「なあ、お前さん【暁皇】を降りるんだって?」

「あ、桐ノ院さんに聞かれたんですね。ええ、緑簾でお別れすることになります。この楽団はとても楽しかったので残念なのですが、演奏会まではいられないんです。それで今夜の練習の後に皆さんにもお話しするつもりなんですが」

「で、巨匠エミリオ・ロスマッティに弟子入りする、と」

「弟子にしていただけるかどうか分かりませんが、一応お願いしてみるつもりです」

「あんたは菫青で、『宝石の果実』を貰っている。そんな奴が断られるはずはないさ」

「あれはエレミアちゃんから、初めて彼女の木に対して演奏してあげた御礼として貰ったものですよ。僕の演奏への評価とは一概には言えないでしょう。僕は駆け出しの楽士なんですから」

「なあ、悠季君。君が自分の演奏について謙遜するのはいいが、謙遜しすぎじゃないのか?君の演奏は十分プロとして食っていけるレベルだと思う。それなのに、桐ノ院家をパトロンとして音楽活動をすることも断ったって?」

「・・・もしかして、桐ノ院さんからこの船に残るように頼まれたのですか?」

「いや、これは俺の一存だよ。昔っから、音楽家にはその演奏活動を支えてきたパトロンがいたはずだ。チャイコフスキーしかり、ベートーベンしかり・・・。なぜ君はこんな好条件のパトロンを袖にする?この船を本拠地にすることは君にとってもメリットは大きいはずだ」

「・・・そして彼の求愛も受け入れて、伴侶として暮らせということですか?」

「この船に乗っているほとんどの者は、そうなるだろうと予測していることだろうよ。それに君も彼のことをまんざら悪く思ってないように見えてたんだがね」

 ふっと悠季がため息をついて、苦笑した。

「ねえ飯田さん。あなたは僕のことをどれくらい知っているんですか?」

「福山悠季という人間が恒河沙で奴隷だったこと・・・これは知っている。救出劇に参加してたんだからこれは当然だな。そして、【ハウス】にいたことも知っている。君の刺青を見たもんでね。君が気にしているのはこの事かい?」

 悠季は目を見張った。ここにも【ハウス】の事を知っている人間がいたのだ。

「僕の『福山悠季』という名前は養父である福山正夫が付けてくれたものです。僕はどこに生まれてどんな両親がいたかも分からない人間なんですよ?

その上売春夫だった過去を持ち、奴隷として売り買いされていて、しがない楽士として糧を得る暮らしをしていた男なんです。到底ふさわしい人間とは言えないじゃないですか!

音楽のパトロンの話なら、ともかく僕がちゃんとしたプロになった後で初めてうかがうべき話でしょうし、【暁皇】船長の伴侶など僕は考えてみたこともありません。

間もなく元々降りるつもりだった惑星に到着するわけですし、僕が船から降りれば万事元通りになって、彼も僕のことなどさっさと忘れることでしょう。問題はないはずです」

「そうやって君は逃げるのか?彼をもてあそぶような真似はするなと言っておいたはずだ。彼の気持ちを知っている以上、君には決着をつけていく責任があると思うぞ」

 飯田の口調はいかめしく、いつものさばけた口調とはまったく違っていた。

「この船のカウンセラーとして忠告する。船長の心理状態はかなり厳しい。普段のポーカーフェイスからさほど気取らせてはいないが、いずれ重大なミスを犯すことも考えられる。君への想いの為に我を失っているのだ。

だからカウンセラーとして、君にはこの問題を解決していって欲しいと願っている」

飯田の口調は緊迫感を増した。

「このところ桐ノ院コンツェルンの内部でいろいろと動き始めているんだ。今までは年若くても切れ者の殿下が抑えていたから分家の連中も何も手をだせずにおとなしくしていたが、今回の船長のスキャンダルは格好の獲物になっている。

 殿下が『福山悠季』という人間に執着して、自分の伴侶として迎えたいと思っている・・・。どんな問題があっても、もし君が承諾し受け入れてくれるのなら、あいつのことだから難なく彼らを押さえ込んで、【暁皇】の中を平穏に納めて見せただろう。

 しかし、君は受け入れずここを去ろうとしていている。

それを納得できていない殿下は動揺してしまって、この事態に素早い手を打とうともしていない。

 いずれ問題は大きくなって表面化するだろう。

そうなれば君にコナをかけようとするもの、君を脅迫の材料にしようと考えるもの、果ては殿下を桐ノ院コンツェルン総帥の座から引きずり落とそうと画策しそうな奴までにぎやかに現れることだろうね。小さなトラブルが大問題に発展する危険が大きいんだ。

俺が心配するのも分かるだろう?俺は【暁皇】内部でトラブルが起きるのを防ぐ為にこの船に乗っている。この問題は見過ごせない」

 彼の口調ががらっと変わって情に訴えるかのように言い出した。

「なあ悠季君。確かに君のことも好きだし、この先君が幸せになって欲しいと思っている。

しかし俺はこの船に乗っている以上カウンセラーとして、この船の乗員全員に責任を持つ立場の一人なんだ。【暁皇】に乗っている全ての人間が一番大切なのさ。

そして【暁皇】と桐ノ院コンツェルンを動かして行く最高責任者には、桐ノ院圭という人物が一番だと思っている。その人間がつぶれていくのを俺は黙って見ているわけにはいかないんだ。

君に押し付けるのは話が違うってのは十分に分かっているが、どうか彼の精神状態を元に戻し、冷静さを取り戻させてから、船を降りるなりなんなりしてくれ」

「・・・それは、彼の思いを受け入れろと・・・?」

 飯田は何も言わなかった。それは自分で考えろ、とでもいうように肩をすくめてみせる。

 がやがやと部屋の外から団員たちがやってきたらしい声がする。その声を耳にして、飯田は悠季のそばを離れた。練習室はいつも通りに楽しげな喧騒に包まれていった。

 コンマスとしての悠季もいつも通りに団員たちの間を飛び回って、演奏へのアドバイスをして回る。

その日の練習は演奏会が決まったこともあって張り切った団員たちの出席率もよく、口々に演奏会への期待と公での演奏を経験している悠季への信頼を言いながら練習にいそしんでいた。『演奏会では、頼りにしているからね。コンマス』と。

 ――その日、悠季はフジミの団員たちに向かって、自分が緑簾でこの船を降りることをついに話し出すことが出来なかった。








「飯田君、いったい団員たちに何を言ったんです?」

「いや、何も言ってないぜ。どうかしたのか?」

 数日後のフジミの練習日。圭は休憩時間に、部屋の外へと飯田を呼び出してこう言うと、彼は平然とした顔で答えた。

「なぜフジミの皆は演奏会を成功させるには、悠季がコンマスでいることが必要不可欠だと思い込んでいるのですか?あれでは悠季は緑簾で【暁皇】を降りるとは言い出せなくなってしまって、ひどく困っている」

「そりゃあ、彼の音楽的才能が優れていることに、みんなが気づいたからだろうよ。初めての演奏会なんだ。少しでも経験がある者に頼ろうとするのは当然だろう?」

 このところ、練習では演奏会の練習が佳境に入っている。

圭が指揮をとる総練習に入る前のパート練習では、団員たちが演奏で分からないところを悠季に教えてもらう為に、ひっきりなしに呼んでいるほど熱心で、一人一人が自分の演奏を一生懸命磨き上げようとしている。

「飯田君、君はカウンセラーだ。人の心を望む方向に向けさせる事などはお手の物のはずだ」

 この人物が見かけどおりの、ちょっと皮肉屋だが気さくで気の置けない人間、というだけではないことは、この前の対話で分かっている。何もしていないという彼の言葉をすんなり信じるには、あまりに疑わしすぎた。

 飯田はにやりとして、圭の方を向いた。

「そう言われるのは光栄だが、そんなことが出来るほど俺の力はたいしたことはないぜ。みんな初めての演奏会で浮き足立っている。だからアドバイスできる人間を求めているんだ。

悠季君はみんなにコンマスとして頼りにされ期待されている。皆彼にこのままここにいて欲しいと思っている、そういうことさ。なあ、それでいいじゃないか?お前さんには何の文句があるっていうんだ?」

 圭はぐっと声を詰まらせた。やはりこの男は一筋縄でいくような相手ではない。

「確かに僕は悠季にこの船に残って欲しいと思っています。しかし、こんな姑息な手を弄した上ではない!彼自身の望みでそうして欲しいと思っている」

 飯田は、やせ我慢を・・・と言っているかのような顔で苦笑してみせると、そのままなにも言わずに練習に戻っていき、圭が一人ぽつんと廊下へと残された。







「はーい皆さん、ちょっと聞いてください!」

 演奏会の練習後、楽器の手入れをしたり帰り支度をしている団員たちに、石田が声を掛けた。

「明後日は緑簾に到着します。それぞれの事情でいろいろ用事が出来てしまってこの数日は忙しくなるのが分かっていますので、この次の練習は一回お休みとなります。

しかし演奏会も近い事ですし、気を抜かないで各自個人練習をお願いします。次に集まって練習した時にがたがたになっていたりしたら、指揮をする桐ノ院さんにも申し訳ないですからね」

くすくすと笑い声が起きる。

「了解しました〜」

弾んだ女性たちの声が、みんなの気持ちを代表して答え、この日の練習は解散した。

その日の練習のあと、悠季は珍しく自分から圭を誘って一緒にモーツァルトへと足を運んだ。

「ねえ圭、実はね、僕は演奏会が終るまで【暁皇】に残ってもいいかなぁと考えているんだ」

 互いにコーヒーを頼んで、手元にそれぞれのカップが置かれると、悠季はこう切り出した。

「それで今日まで緑簾で船を降りると言い出さなかったのですか。しかし演奏会は緑簾から離星した後に行われるのですよ?緑簾の次は翠銅に寄航する予定ですが、そうなるとかなり緑簾から離れてしまう事になる」

「でも初めての演奏会だし、すごくみんなが僕のことを頼ってくれているからね。それは僕にとっても嬉しいことなんだ。だからそんな期待を裏切るのもね・・・。翠銅から定期宇宙船に乗って、緑簾に戻る事にすればいいことだから、そうしようかな・・・ってね」

確かに戻ろうと思えば出来るだろう。

――――――ただし、飯田が次の策を考えていなければの話だが。

「君が引き止めてくれている気持ちを知っていてこんなことを言うのは、自分でもなんてひどい奴だと思うし、君には本当に申し訳ないって思ってる。ごめんね、僕のわがままだけど・・・そんなふうにしてこの船を降りるよ」

「ええ、君にここに残って欲しい気持ちは変わりありませんが、それは君が決める事ですから」

「そうだね。どうしてもやらなきゃいけないことが緑簾で待っているから、ね」

「何かありましたかね?」

「うん・・・ちょっとね」

 悠季はその先は言葉を濁して、演奏会についてのあれこれを相談し始めた。

 二人とも手元のコーヒーを飲み終えると、圭は悠季の部屋まで送りたいと申し出た。ここ数日そんなふうにエスコートしてくれる。

悠季は自分が船を降りるまでの時間を名残惜しく思っているのかと単純に考えていたのだが、事は違っていたらしい。

悠季の部屋へ到着し、圭はアイヴァスに部屋のドアを開くように命令したところで事態は急変した。

≪登録してあるご本人だけがこのドアを開けられることになっております。他の方では許可できません≫

「なんですって?」

 圭は眉をひそめた。

「悠季、このドアの設定を変えたのですか?」

「いや、僕は何もしていないよ」

「エマは中ですか?」

「うん、留守番をしている。このところ、僕が留守番を命じればちゃんと聞き分けてくれるからね」

 圭はその言葉を聞きながら、ナビとは違う機械を取り出して、ドアのスキャンを始めた。手元の画面には様々なデータが映し出されている。

 圭が何をしようとしているのか分からずに、悠季はそのまま無造作にドアを開けようとした。

「待ってください!ドアを開けないで」

 圭の厳しい声がとび、悠季はびっくりして手を引っ込めた。

 やがて、機械は小さな音を立てて画面が消えた。

「ええ、もういいですよ」

 圭は自分でドアを開くと、悠季を中へとエスコートした。部屋の中にはエマがベッドの上にうずくまっているだけで何も変わりないように見えた。

エマはすっかりお気に入りにしている枕の上から起き上がると小さく鳴いてみせた。

「やあ、いい子にしていたようだね」

 悠季が頭を撫でると、くるる・・・と甘えて鳴いてみせた。

「悠季、申し訳ないがエマを連れて僕と一緒に来ていただけませんか?」

 こんな遅くに・・・と抗議しようとした悠季は、圭のひどく険しい顔つきに言い出しかけた言葉を飲み込んで、黙ってうなずいた。何かあったらしい。

圭は悠季のバイオリンを受け取ると、枕とエマを連れた悠季が後に続く。圭は悠季たちを自分の部屋へと連れて行った。






「悠季、君は最近船内メールを開いていますか?」

 悠季は首を横に振った。船内メールとは、【暁皇】内でやり取りされる電子郵便の事。船内にある商店からの宣伝から個人向けの公文書までがこれを使って送られてくる。

「いや、僕には必要のないものだからね。フジミの用件なら石田さんや五十嵐君はナビで連絡してくるし、君もこれを使わないだろう?ほったらかしだったよ」

「・・・そうですか。ではこれをご覧ください」

 圭は悠季のメールをこちらに転送するように指示を出し、悠季を呼び寄せて一覧を見せた。

藍昌から帰ってきたあたりからメールの数は増え始め、菫青を出発したあたりで更に増えている。広告メールに混じって個人のアポイントの申し込み、そして悠季に援助するという提案、ついには脅迫めいたメールも・・・。

「・・・何・・・これ・・・?」

 あまりの数の多さに悠季は言葉を失った。

 圭は『返信を求む』という数通のメールの中に、ハツの名前を見つけて眉をひそめた。西脇家の婚約者の件は、悠季から話を聞いた時点で厳しく抗議し黙らせたのだが、ハツの方は納得していなかったらしい。

「ねえ圭、どうしてこんなに僕のところにメールが来ているんだろう。ほとんどが君のところの親戚とか会社関係だよね。君が僕をこの部屋に連れてきたことと何か関係があるのかい?」

「ええ、これは僕のミスです。すみません、僕がもっと早くに処理していれば・・・」

「どういうことなんだい?」 

 圭がしぶしぶ話し出した。

「僕がこの船の船長になってから日が浅いということは、お話していますね。

父が急死してその後を継いだのですが、こんな若造には任せられないと、就任当時かなりあちこちから抵抗があったのですよ。

それを押さえつけて僕が船長になったのですが・・・。どうやらその時にきちんと押さえつけきれなかった連中が動き出したようです。

 僕が君に求愛していて、しかしまだ受け入れられていない・・・ということは、彼らにとって格好の攻撃材料になったようです。

僕を動かすには君をどうにかすればいいと思い込んだようで、甘言を並べたメールで君を引き入れようと誘い、君が返答をしなかったことで、最悪な方向へと来てしまったようです。

 先ほどの君の部屋のドアには、君が入ってきたときに催眠ガスを室内に混入させるような仕掛けが仕組まれていました。

もちろんこんなことが出来るのは、相当この船に精通している人間ということで、それだけでも誰なのか特定できるようなものなのですが・・・。

おそらく君の身柄を押さえて、僕と交渉するつもりだったのでしょう。ですが、もう決してそんなまねはさせません!ですから安心なさってください」

「でも、なんでそこまでするかな・・・。僕なんてたいした人間じゃないのに」

「僕にとって君はそれだけ大切な人間だ、ということですよ。彼らにとってはそれほど桐ノ院コンツェルンという権力が魅力的で貴重なものに見えるということでしょう。もっともそれほどまでありがたい物だとは僕には思えないのですけどね」

 圭は肩をすくめて見せた。

「君を恋人として扱っていない、しかし友人としては手厚すぎる。そんなあいまいな対応は、彼らにとっては君が僕のアキレスのかかとに思えたんでしょう。このままでは君が緑簾で船を降りてもまだ安心とは言えません。ですから、僕がきちんと決断します」

「何をするっていうんだい?えっと、僕が聞いてもいいことならだけど」

「僕が・・・君を伴侶としない、無関係だと宣言する、ということですよ」

 圭の声はかすれ、今にも泣き出しそうな顔をしたが、すぐに手で覆って隠してしまった。

「もっと早くにそれを言って、それに応じて対処すればここまで状況が悪くなる事はなかったんです。

君の身に危険が及ぶなんて事にもならなかった。しかし僕は卑怯者で、それを言えなくてぐずぐずしていたから、こんなに身動きが取れなくなるまでに君の立場をひどくしてしまった。僕は君の事を思い切れなかったんです!」

一度この宣言をしてしまえば、二度と悠季を伴侶に求める事は出来なくなる。だから、どうしても言えなかったのだ。

 ソファーに座って背を丸めている青年は、大企業の御曹司にも尊大な指揮者にも見えなかった。幼い子供をいじめてしまったような居心地の悪さを感じながら、悠季は彼の隣に座った。

「・・・近寄らないで下さい。今の僕は君に何をするか分からないですよ」

 悠季は震えているような圭の肩を抱きしめてやった。圭はびくっとなるとますます小さくからだをすくめていた。

「泣くなよ。でっかい図体をして、子供みたいだぞ」

 次の瞬間、悠季はあっという間に乱暴に抱き込まれたかと思うと、圭は荒々しく唇をむさぼりついてきた。

「悠季・・・悠季・・・!」

 飢え切った獣のような荒々しいキスと愛撫は、圭がどれほど焦がれ我慢していたかのあかしだった。必死な様子で彼の手は悠季のからだ中をまさぐって、ここに彼がいることを確かめているかのようだった。

「け、圭っ!ま、待って!・・・そんな・・・!」

 いつかの時のように、頭の中に熱い想いと明らかな欲情が流れ込んでくる。それは以前にもまして、激しく切ない。

「君が欲しいんです!どうしても・・・もう自分を抑えきれない・・・!」

 ぴるるるる・・・・・・!

「・・・うっ・・・痛っ!」

 鋭い羽音が耳元に起こった。エマが怒って圭の背中を襲おうとしていたのだ。

いつかの・・・・・あの時とまったく同様に。

「だめだよ、エマ!だめだって!」

 圭を押しのけると、悠季は急いでエマを取り押さえた。今度は彼女の爪で怪我をしないように用心しながら。

「圭、怪我しなかった?」

「ええ、僕は大丈夫です。かすり傷程度で血は出ていません」

悠季はエマをなだめすかし、落ち着かせようと小さな声で何事かをささやいていた。

「やはりどんな時もエマは君を守ろうとしているのですね。僕などよりよほど優秀な保護者だ」

 圭は苦々しげにそう言った。

悠季はそんな言葉には答えず、持ってきていた彼女のお気に入りの枕の上にエマを下ろすと、ここにいるように命令した。

 ぴゅううう・・・。

 エマは不満そうな声をあげたが、悠季の言葉には逆らわず枕の上に座り込んだ。

「圭、ここでは話が出来ないから、他の部屋へ行こう」

「・・・では、こちらへ」

 圭が案内したのは、彼の寝室だった。しかし、ベッドには近寄ろうとはせず、悠季が部屋の中へ入ると自分は戸口に立ったままだった。

「今夜はここに泊まってください、僕は他の部屋に行きますので。とりあえずここなら安心でしょうから、明日にはあの部屋を移動していただくように手配しておきます。君の安全は僕が必ず守ります」

俯いて顔を合わせることなく、部屋を出て行こうとした。

「ちょっと待てよ!まだ話は終っていないぞ、僕の方にも話がある!」

「・・・はい」 

悠季の呼び止める声に、圭はしぶしぶ立ち止まって振り向いた。