【 第11章 上 】
――悠季とキングとの会見が始まった――
キングは、緊張したおももちで自分の前に座る悠季を好もしげに眺めていた。
「福山君、いや悠季君と呼んでも構わないかな?」
「はい、どうぞ」
「緊張しないで聞いてくれないか?それほど怖いことをいうわけじゃないんでね」
キングは微笑みながら、少し離れたところで仲良くしている二匹のサラマンドラの方を向いた。
「綺麗な生き物だろう?彼らはとても賢くて、感合した人間には大切なパートナーになってくれる」
「感合、ですか」
「そうだ」
キングはうなずくと、指を二本立てた。
「君に説明すべき事は、二点。サラマンドラをこの後どうするかという事、そしてその答えに繋がる問題だが、サラマンドラとどう付き合うか」
悠季は理解したというしるしにうなずいて見せた。
「感合というのは、文字通り君と君のサラマンドラとの間に感覚的な絆が結ばれたという事だ。
感合というのが何故人間とサラマンドラの間に起こるのかはまだ分かっていない。野生でいた方が自由気ままに生きていけるはずの生き物が他の生き物、つまり人間に束縛されてしまうのか、がね。これはどちらか一方が死ぬまで続く絆なんだ。
君は二日ほど彼女と一対一で過ごしていたということだから、間違いなく感合が果たされている。彼女は『刷り込み』されたのと同じ状態で、君無しにはいられなくなっているだろうね」
悠季はキングの言葉を頭の中で咀嚼した。
「だから僕はこの星に拘束されようとしているのですね。サラマンドラをこの星から出さないように」
「うーん。そこは難しい問題なんだが・・・。実は今までにも何匹も星外に連れて行かれているサラマンドラがいるんだよ。
パートナーと一緒にくっついていってね。だからそこは問題ないはずなんだが、ただ女王を星外に出すことになるのは初めてになってしまうのでね。俺はここに定住しているから。・・・だから自然保護局の連中は、汎同盟の条約を無視してまで君をここに残したかったんだな。無茶をしようとしたものだ」
キングは自分の中で何やら考えているようで、ぶつぶつと口の中でつぶやいた。
「君は藍昌に留まるつもりは無いらしいと聞いているのだが、そうすると【暁皇】でエマと生活するということになるのかな?」
「いえ、今のところはっきりとは決めてはいませんが、いずれは緑簾で祖父の友人でバイオリニストのエミリオ・ロスマッティ先生にバイオリンのレッスンを受けたいと思っています。受けられればですが・・・、どうなるかはまだ・・・」
なるほど、と言ってキングは考え込んでいた。
「悠季君、もし君がエマと一緒に生きる事を拒否するのなら今の内という事になる」
「あの、もしも拒否をして、ここにエマだけを置いていったらどうなりますか?」
「このまま死ぬだろうね、彼女は」
キングはあっさりと言ってのけた。
「今更エマを野生の戻す事は出来ないんだ。もう彼女は君無しでは生きていけなくなっている。
この感合というのは実にドラマチックな出来事で、人間が感合したいと思っても出来ることではなく、突然ふってわいたように起こることなんだ。これはもう運命の恋と同じだね」
キングは笑った。
「もしもエマといっしょにいる事を選んだとしたら、君は今までとは違った生活を余儀なくされるだろう。藍昌で暮らすにしても星外に出て行くにしても彼女は目立つから、プライバシーは保てなくなる。彼女の習性で君は苦労する事になるだろうし・・・。
しかし、そんな面倒な絆を結んでも余りあるほどの恩恵を彼女は与えてくれるんだ。ペット以上のよき相棒として、死ぬまでね」
「でも、僕が死ぬまでといっても、サラマンドラの寿命があるのでしょう?」
「野生のサラマンドラでは、事故や病気以外で100年以下で死んだ例は報告されていない。彼や彼女たちは長命な生き物なんだ。野生の状態でいれば、君より長生きするだろうね。だから彼女はおそらく君が死ぬまでそばにいてくれる。そんな生き物だから繁殖期もひんぱんには起きないし、個数もさほど増えなくて藍昌でも問題となっているんだが・・・。」
サラマンドラたちのほうに目をやって話を続けた。
「初めて人間が藍昌に入植してから、一時期サラマンドラの美しさに目をつけた者たちが、むちゃくちゃに乱獲しようとしてね。
人に馴れない成獣を無理やり馴らそうとしたんだが、抵抗したサラマンドラたちは次々に死んでいってしまった。それで個数が激減してしまったんだよ。何とか元通りの数に戻したいと藍昌もやっきになっているんだが」
「では僕がもしエマといっしょになる事を選ばなかったら、とても困る事になるわけですね。女王は数が少ないと先ほどお聞きしていますから」
「そういうことになるね」
「でしたら僕はエマと・・・」
「待った!話は最後まで聞いてからにした方がいい。これからちょっと君にはきついことを言うんだからね」
キングは悠季の言葉をさえぎって、テーブルに用意されたコーヒーを飲んで一息入れた。
「君はどこの星の出身だ?」
悠季は急な話の展開に付いて行けなくて、うろたえた。
「その・・・、実はどこの星で生まれたのか分からないんです。僕は孤児らしいので」
「そうか。では一番長く住み暮らしていたのはどこだね?あの【暁皇】かな?」
「いいえ、恒河沙にこの前まで住んでいました」
「恒河沙か。連邦の有力な惑星だね。あそこなら性に対して開放的だ。じゃあ問題はないかな・・・」
悠季は首をかしげた。その媚ではない、無意識の艶かしさ。
「悠季君、君はセックスは好きかな?」
キングの直截な言葉に、悠季は固まってしまった。
「桐ノ院圭氏と恋人同士ではなくとも、恋人はいただろう?
あの恒河沙ならば、厳格に結婚まで性交渉は行ってはいけないというような戒律はなかったはずだし、かなり開放的な風習の惑星だったはずだから。
これから君には男性でも女性でもいいから恋人を持って欲しいんだが。もちろん長く続く恋人であれば申し分ないが、何人ものセックスフレンドでも構わないから・・・」
「待ってください!どうして急にそんなプライベートなことが話に出てくるんですか?」
悠季は真っ赤になって、言い返した。
「だから、これがサラマンドラと一緒に暮らすようになったときに問題になる彼女の習性というわけさ」
悠季は言葉を失ってしまった。
「サラマンドラは本来、単独行動をとって生活している。その上さっき言ったように繁殖期が少ない。それはほぼ一年おきにしか起こらない。その時期もわずか一日という短さだ。
普段はまったく異性に興味を持たない雌だが、繁殖期の一週間前くらいになると行動や性格、食べ物の嗜好までも違ってしまう。興奮して君以外の人間をそばに近づけようとしなくなり、食べ物も生の肉しか食べなくなってしまう。
やがて雌の匂いや鳴き声に誘われて雄たちが群がってやってくる事になる。
そして繁殖期に入ると・・・」
キングは悠季を見つめた。
「交合に集中する。その過激で本能的な行動に、パートナーとなった人間も引きずられてしまう」
「・・・それは」
悠季の顔がすっと白くなっていった。
「勇壮なものだよ。
サラマンドラたちの交合飛翔は。先頭を切って飛ぶ雌を数十匹の雄たちが捕まえようとして追いかけていくんだ。女王は速くて強い翼をもっているから、次々に弱い雄は脱落していく。そうして何時間後かに一番強くて速い雄が女王を得ることが出来る。
その時の感覚をパートナーである人間も受け取って、激しい欲情を覚えるんだ」
キングは心配そうに悠季を覗き込んだ。
「大丈夫かね?星外から来た人間でサラマンドラをパートナーにした者に彼らの繁殖行動を説明すると、かなり動揺するものだが・・・」
「・・・大丈夫です。そうすると、その、繁殖期には人間もセックスをしたくてたまらなくなるというわけですね」
「まあ、そういうことになるね。正確には交合飛翔とその後の時間で、およそ一日だけだが、性欲のことしか考えられなくなってしまうわけだが」
悠季は自分の顔が強張ってくるのがわかったが無理にも押し殺して、気になっていた質問を続けた。
「あ、あの、女王を持った人は僕ら二人しかいないはずですよね。でも、サラマンドラを持っている人たちは他にもいたはずですが、その人たちはどうなってしまうのですか?」
「そう、雄のサラマンドラたちね。彼らを持っている人間は何人もいるが・・・。これははっきりと言っておくけど、別にサラマンドラを持つ人間同士がセックスをしたがるということではないよ。それは別物だからね」
とキングは断りを入れてから話を続けた。
「彼ら雄の場合は、女王の行動に引きずられることが多いらしい。近くに女王がいると必ずといっていいほど反応するそうだが、星外に住んでいる人間が持っているサラマンドラでも、ほぼ二年ごとに繁殖行動を取りたがるそうだよ」
「つまり、僕やあなたのようにサラマンドラと感合した人間は、二年に一度は必ずセックスしたがるからだになる、というわけですね」
「まあ、ぶちまけた話そうなるね」
キングはあっさりと言ってのけた。
「君が恒河沙から来たって聞いてほっとしたよ。
以前に褐色の雄と感合した男は、がちがちの戒律を持った宗教の下で育っていたやつで、そんなふうに性欲の虜になるのはもってのほかだと教えられてきていたそうなんだ。
とうとう自分の宗教を選んだせいで、その褐色のサラマンドラはここに捨てられていって死んでしまったからねぇ。
かわいそうだったよ。野生のままでいたなら、そんなことにはならず自由で長命な一生を生きていけたのにね」
「・・・できません・・・」
小さな声で悠季が言った。
「何?」
「僕には受け入れられません。無理です。僕は、僕には出来そうにない!」
悠季の声が困惑を帯びる。
「悠季君?」
キングが悠季の顔を覗き込んできた。悠季は自分の抱えているトラウマについて、堰を切ったように話し始めた。
【ハウス】のこと、この後に起こった事件、福山に買われるまでに自分が置かれていた状況・・・。そのせいで、セックスについてかなりの恐怖心を持ってしまったこと・・・。
「セックスに没頭するなんて、考えたくもない。それは僕が一番嫌がっていた事だ。自分の意思以外の感覚に引きずられてセックスをしようとするなんて・・・!」
顔を覆って、つぶやいた。
キングはそんな悠季を見つめてため息をついた。
「君がそう考えるのも無理はないが、ちょっと違うと思うよ」
彼は悠季にサラマンドラたちを見るようにうながした。エマとビューティは仲良くじゃれあって遊んでいた。
「サラマンドラたちにとって、繁殖とは食べる事や寝ることと同じレベルの事なんだ。難しく考えたりはしない。それが『野生』というもんじゃないかな?
『産めよ増やせよ地に満てよ』だったかな。地球のキリスト教の教えじゃあ・・・。彼女たちにとっては呼吸するのと同じ事さ。楽々と本能に従って動くのみだ。君もそれに引きずられるとは言ってもね。ねえ君、たかが、セックスなんだよ?」
「たかが・・・ですか?」
悠季は思いがけない言葉を聞かされて、思わず顔を上げた。
「そうさ。たかが、だよ。小難しく考える事はない。たった一日だけ、理性を忘れてサラマンドラに感覚をゆだねる。それだけの事さ。
別に痛い思いするわけでもないし、つらいことが起こるわけでもない。快楽だけを与えてくれるんだ。二年間人間のためにいろいろ付き合ってくれてるやつに、一日つきあってやるのも、パートナーの務めってもんだと思うしね」
悠季は黙ったままキングの話を咀嚼していた。
「君にとっちゃ難しい決断なのかもしれないが、出来ればサラマンドラの味方になってやって欲しい。
もしそんな感覚に身をゆだねるのが初めてで、どうしても不安だというのなら、君さえよければ俺が君の相手になってもいい。俺ならサラマンドラの習性にも慣れているし、長年付き合っているからね。喜んで相手をさせてもらうよ。
それとも男が嫌だというなら、俺の娘を一晩つき合わせてもいいぞ。彼女はそういうことに理解があるし、なによりとても美人だよ」
悠季はぎょっとなってキングを睨んだ。
「お嬢さんを・・・そ、そんなふうに紹介するなんて・・・」
「ああ、君は貞操観念が強い持ち主なんだね。君を育ててくれた方がそうだったのかな?しかし、この星ではサラマンドラを持っているものに対しては寛大なんだよ。
繁殖時期であれば、人妻であろうが誰でも君の相手を務めてくれるだろう。もちろん藍昌の人間がいつもいつもそんなふうに性に開放的というわけではないけどね。むしろ夫婦間の絆は強いし、浮気も認められない。繁殖時期だけが何でも許される例外の時期なんだ」
キングはにっこりと笑い、プレイボーイにとっては天国だな、と冗談を言った。
「サラマンドラはこの藍昌にとって、それほど大切に扱われているということさ。サラマンドラを持っている人間以外の多くの人々もサラマンドラから沢山の恩恵を受けている。
だからこそ、サラマンドラの為にできる限りの協力をしようとしているんだ」
「恩恵ですか」
「そう、サラマンドラたちは、植物の生育や気象にまでかかわっていると考えられている。しかしそれ以上に人間に影響があるらしいことが分かってきているんだが、それが彼や彼女たちの発散する穏やかな波動らしいんだ」
ビューティーが同意するかのようにぴるる・・・と鳴いた。
「この星は大陸と呼べるような大きな陸地が少ない。当然多数の島にばらばらに分かれて人間たちが住んでいる。そうなれば意見も合わず敵対する事もありえるんだが・・・」
「それはあるかもしれませんね」
「しかしそれを防いでくれているのが、サラマンドラたちなんだ。
野生のサラマンドラがそばにいると、争いごとが少なくなる。まだ研究が進んでいないので詳しい事はわかってはいないが、かなり有用なものらしい・・・。
なんてまあ、いろいろと理屈はつくが、何と言っても最大の理由は、藍昌の住人たちがここに住むサラマンドラたちをとても愛している言う事なんだよ」
キングはにっこりと笑ってから顔を引き締めて、悠季に目を合わせてこう言った。
「だからといって君に犠牲を強いるつもりはないからね。
これは君だけの意思決定にゆだねられた事だ。もし君がどうしてもサラマンドラを受け取れないとなったとしても、藍昌は君を咎めたりもしないし、その決定を尊重して星外に一人で帰ってもらうことになるだろう。何の罰則も批判もなしにね。そう決められている。
また、君がサラマンドラを受け入れて、この後星外へといっしょに去っていっても構わない。僕がそうなるよう、責任をもって政府にかけあうことにする。ただし繁殖期の時だけ藍昌に戻ってきてもらえばそれでいい。そのためには藍昌は最大の配慮をするだろう」
「・・・それは・・・」
「だから、ゆっくり考えて結論を出して欲しい。とは言ってもこちらにも都合があるし、君とエマとがこれ以上長い間いっしょに過ごせば情にほだされてしまうだろう。明後日の朝に返事を聞かせてもらおうか?」
「・・・分かりました」
キングは悠季と握手をすると、ビューティーを肩に乗せてやると、やって来たときと同じように飄々と出て行ってしまった。
「僕は・・・どうすればいいのだろう・・・?」
悠季は途方にくれてしまい、ソファーに座っていることしか出来なかった。