【 第10章 









惑星「藍昌」重力0.979 酸素量 1.08 首都 瑠璃 。



藍昌からは、担当の人間がサラマンドラを引き取りに船にやってくることが決まっていた。ようやく小型宇宙船が【暁皇】に格納され、数人の男女が船の中へと降り立った。

「ようこそ、【暁皇】へ。僕が船長の桐ノ院圭です」

「わざわざの出迎えをいただき、ありがとうございます。私は自然保護局のカヨノと申します。ではさっそくサラマンドラを引き取りたいと思いますが、雛はどこに置かれているのでしょうか?」

 圭は保護局の次長だという女性と握手をして、サラマンドラを連れて隣の部屋に来ている悠季のもとへと案内した。

「こちらです。孵化してから事情があって彼が保護していたのですが・・・」

「まあ!なんてことでしょう!」

 彼女は圭の言葉をさえぎって驚きの叫びを上げた。一緒に来ていた役人たちも一様に驚いて騒いでいる。

「こんな・・・こんなことが起こったなんて・・・!」

 悠季も圭も驚き騒いでいる藍昌の人々の理由が分からない。戸惑って顔を見合わせるしかなかった。

「あなた!すぐに私たちと藍昌に来てください!藍昌はあなたを拘束します」

「待ってください!彼はこの船の乗員ですよ?犯罪者でもない限り、あなた方に拘束する権限はないはずです!」

「犯罪者以上ですよ!このサラマンドラをなつかせてしまうなんて・・・!」

 役人たちが両側から悠季の腕を取り、無理やりに小型宇宙船に乗せようと動き出した。

「待ってください!彼は故意にサラマンドラをなつかせたわけではありませんよ。これは不可抗力です。僕は【暁皇】の船長として藍昌に抗議します!」

 圭は急いで悠季を彼らから取り返し、自分の背中でかばってみせた。

「桐ノ院さん。あなたはお分かりになってらっしゃらない。これは我々にとって許されざる行為なのです。この宇宙圏内は既に藍昌に入っています。ですから、私たちはこの星の法にのっとって、彼の身柄を拘束します!」

「法律、ですか。それでは僕も言いますが、彼は藍昌の通関手続きを行っていません。という事はまだ彼は【暁皇】の中にいることになり、ここでは藍昌の法律の適用は受けません。お引取り願おう!」

 圭はきっぱりと言いきってみせたが、カヨノは食い下がってきた。

「失礼な!私たちは、このサラマンドラに重大な障害を起こした彼を問題としているのであって、【暁皇】との関係をどうこうしようとしているわけではありませんよ。彼を拘束するとは言っても、罪を問うということでもありませんし。ですからここは素直に引き渡しに応じていただけませんか?」

「僕は【暁皇】の船長として乗員の安全を確保する義務があります。どうしてもという事であれば、政府からくわしい事情を聴いた上で、対応いたします」

 カヨノは、これ以上は圭が応じないのを悟って、仕方なく母星にいる上司と相談をはじめ、その内容はかなり込み入ったやりとりとなっていったようだった。

「いったいどうしちゃったんだろうね?」

「大丈夫です。僕が必ず君を守りますから」

 不安そうに見上げてきた悠季を、おだやかになだめにかかった圭だったが、内心ではこの事件に胸がじりじりと押しつぶされそうな気分だった。悠季を連れて行かれてしまう?そんなばかなことが!

圭はカヨノがまだ上司と相談している間、なぜこんな事態になったのかと、サラマンドラについてもっと詳しいデータを検索してみた。

 ――・・・サラマンドラは藍昌に生息する固有の生物で、ほとんど人に慣れないが、ごく稀に人間と感合して共同生活を送ることがある。現在、その数は30匹ほどで、感合した人間の多くは藍昌の人間だが、10人ほど惑星外の人間もいて、その中の4人は惑星外で暮らしている・・・。

 ・・・サラマンドラは多種多様な色の固体がいることが確認されており、多くは色で性別が識別できる。青銅色と赤銅色の系統は牡。緑の系統はメス・・・。etc・・・――

「エマのような金色のサラマンドラは出ていない?」

 これが問題なのだろうか?

 ようやく、藍昌の自然保護局の局長という人物が、惑星からディスプレイ上で圭に話しかけてきた。

《初めまして桐ノ院さん。私は自然保護局のバルディと申します。そちらにおりますサラマンドラの件なのですが、やはりなつかせた彼を、いっしょにこちらにお引渡しになるつもりはないとおっしゃるのですね?》

「彼は罪人ではありませんよ。引渡しなどという言い方はやめていただきたい。サラマンドラは確かに藍昌にお渡ししますが、彼は藍昌に属するものではありませんので、お渡しするつもりはありません」

《そうですか・・・。それでは、こちらの事情をくわしくお伝えしたいと思いますので、どうか降りてきていただけませんか?今すぐ身柄を拘束する事はありませんし、話を聞いてからでも対応を考えていただけると思いますが》

「話でしたら、この【暁皇】でもできるはずですが」

《実は、この問題について一番くわしく説明できる専門の人間が出かけていて、しばらく連絡が取れません。彼は離島に出かけてしまっていて、戻ってくるのに2日ほどかかるそうです。その島の近くにご案内しますので、そこでお待ちいただくことはできませんか?》

「【暁皇】の中で待つことも出来る筈ですが」

《その人間は学者で、研究の為に離島を離れるわけにはいかないのです。離島は宇宙港から離れていまして、人や船の出入りも制限している島ですので、直接そちらの搭載艇でその島に行くことは許可できないのです。
入管をまだしていないという立場で、政府も彼の身柄を拘束しない確約いたしますので、話を聞いていただくだけでもしていただけませんでしょうか?》

 隣で悠季がうなずいて見せた。彼は自分が騙されることもあるかもしれないとは思っていないらしい。しかし、政府が保証を出したからといって絶対ということはないのだが。

「分かりました。では、福山悠季さんをその島へお連れします。ただし、僕も同行致しますので」

「桐ノ院さん!船長が船を離れちゃだめじゃないですか!」

「もし君が万が一拘束される危険があるとしても、僕がいっしょであればその危険は小さなものになります。たった二日で【暁皇】がどうこうするわけでもありませんし、船とはナビの連絡だけで充分対応ができます。僕は君を守りたいのです。それとも・・・僕が一緒ではだめでしょうか?」

圭が聞いてきた。

「・・・構いませんが」

 悠季は、ため息を一つついて、圭の申し出を受け入れた。どうやら彼の子供っぽい心配顔を見て、ほだされてしまったらしい。

「ありがとうございます、悠季。ではそういうことになりましたので、二人で藍昌へ伺います」

 局長は嬉しそうに礼を述べると、カヨノに今後の指示を出して連絡を切った。

 圭は自分が不在の間に行わなくてはならない業務の手配を大急ぎでまとめてしまい、まだためらっている悠季を追い立てるようにして、カヨノの案内で二人で指定された島へと出発した。

 彼らを乗せた小型宇宙船は、首都から離れた群島へと進んでいった。もともと藍昌には大陸と呼ばれるような大きな陸地が少なく海が多い。人々は海に浮かぶ数多くの島々に分かれて暮らしている。中には一家族が一つの島を領有していることもあるほどで、もともと国という概念が希薄な惑星でもある。

 現在この惑星は数多くのコミュニティが集まった連合組織をとっているのだ。

「綺麗な青い星ですね。とても島が多いし」

 上空から藍昌を眺めていた悠季は、海の色に感嘆の声をあげた。エメラルド、翡翠、サファイア・・・。そんな宝石の名前の数々が出てきそうなくらい様々な色が混じった透明感のある海面の色だった。

「ええ、綺麗でしょう?藍昌は海の綺麗さでは有名なんです。気候も過ごしやすいところです。人々の性格も穏やかで、誰でもここで一生過ごしたいと思うのですよ。福山さんもここで暮らされてはいかがですか?」

「カヨノさん、あの白いのは何ですか?もしかして花ですか?」

「ああ、あれは珊瑚礁ですよ。小さな虫の集合体が多くの時間をかけてあのような島を形成していったのですね。でも、福山さんは珍しいですね。あの珊瑚礁を初めて見られた方たちですと、あれを『雪』と勘違いされることが多くて、花と間違えられた方は初めてですよ」

「恒河沙にはユキモドキという真っ白な花が咲くんですよ。僕はそこに長くいましたので、あんな真っ白なものを見ると真っ先に花を連想してしまうんです」

「そうなんですか、ここ藍昌は花の数も多いですよ。例えば・・・」

 カヨノが悠季に説明している。先ほどの敵対する態度とは違って、まるで悠季をこの星に勧誘しているかのような甘ったるい口ぶり。圭は腹の中にイライラが募っていくのを感じていた。

「なぜサラマンドラのことを詳しく説明できるという人物が、その島にいるのですかね?」 

 圭は二人の会話に割り込んでいった。カヨノは圭の不機嫌には気がつかなかったようで、圭の顔を見てほんのりと頬を染めながら嬉しそうに説明し始めた。

「その方は汎同盟でも有名な鳥類学者なんです。今はこの星の固有の鳥類を専門に研究されてらっしゃるので、永住されてほとんどの時間を未踏の島で生活しておられるんです。
あの島は自然保護のために人間の立ち入りも制限していまして、もちろん移動手段も足しかないという状態なんです。ナビで連絡を取っていましてこちらに向かわれてらっしゃるそうなんですが、ジャングルの中を移動しているのでこっちに到着するには、どうみても二日掛かるらしいので・・・」

「お名前は?」

「スティーブン・ブラウニーとおっしゃいますが、この星では彼の愛称のキングの方が通りがいいですね」

「ああ、その名前なら聞いたことがあります。あちこちの惑星で多種多様な鳥類を統計立てて分類されている方でしたね」

 圭はうなずいた。そういう高名な生物学者に説明をさせようというのなら、ここに来させる信憑性もあるというものだ。

 宇宙船が惑星に到着するとそのまま通関手続きをはぶいて飛行艇に乗り換え、目的の島へと向かっていく。目的地は群島の中でも離島と呼べるようなところで、そこからさらにエアカーに乗り込んで、風光明媚な海岸へと到着した。

「キングからおられる島はこの先にあるのですが、研究者以外の一般の人間は立ち入りが禁止されていますので、こちらでしばらくお待ちいただくことになります」

 二人はプライベートビーチといっても差し支えないような場所に建っているコテージに案内された。

 彼らの他には客はおらず、まったくの貸切状態。接客する人間も多くない。カヨノも報告のために帰ってしまった。これではまるで二人がこの場所にいるのを誰かに知られるのを防ごうとしているようにも思える。

 圭は試しに【暁皇】へと連絡をとったが、通信は妨害の気配もなく、向こうの状況も平穏なままのようだ。あらゆる手段で、二人の安全を確保する為の対策をとってきたが、今のところどんな手を使う必要もなさそうだ。

 もし、このまま無事であれば、これは文句なしに悠季と二人きりのバカンスということになるのだが・・・。


「圭、そんなに深刻な顔をしてないで、いっしょに遊ぼうよ!」

 悠季の方初めて見る海にはしゃいでいた。泳ぐ事は出来るそうだが、海で泳ぐのは初めてだそうで、子供のように海の塩辛さに驚いたり、海岸に落ちている貝殻を拾ったりして楽しんでいる。

 確かに、無駄にあれこれ考えていたところで先のことは分からない。あくまでも圭の杞憂に過ぎないかもしれないのだから。彼は悠季と同じようにこのひと時を楽しむことにした。

 いつもだったら圭が悠季のそばに来る事をじゃましようとするエマは、初めてではあっても自分の故郷だと分かっているのか、あちこちと興奮して飛び回り、悠季のそばから離れて遊んでいる。おかげで圭は悠季を独り占めして、いっしょに散歩をしたり、泳いだりと楽しい時間が過ごせた。問題さえ抱えていなければ、さらに喜べるのだが・・・。

 夕方になるまで海岸で遊んでコテージの中に入ると、ここの専属だというシェフが腕をふるった料理が待っていた。海のそばだということで、海鮮料理が多かったが、野菜類も美味しかった。普通このような南の島の海辺では繊細な味の野菜は育たないはずだが、ここでは種類が多くて美味しい野菜が様々な料理法で供された。

 そして二人は寝室へと引き上げたのだが、そこで・・・一悶着起きた。

寝室は一つで、その寝室にはキングサイズのベッドが一つだけ置かれていて、花が飾られ、まるで新婚旅行の部屋のようなしつらえになっていたのだ。

悠季は当惑し、それからちょっとむっとした顔で圭を睨んだ。

「どうしてベッドが一つなんだい?」

「先に断っておきますが、この花は僕が頼んだわけではありませんよ。ここの従業員の人が気を利かせてくれたのだと思います」

このことに関しては後ろめたいことはないので、きっぱりと答えることが出来た。

「部屋の事ですが・・・あー、本来ならばもう一つ寝室を提供するように頼めばいいのでしょうが、実は心配な事がありまして別室を頼めなかったのです。どうも、この藍昌にはいくつも隠している事実があるようなので、僕は完全にはここの政府の対応が信用し切れてはいません。隠しカメラや盗聴マイクは無いようなのですが、もしかしたら夜間に誘拐ということもありえると思っています。

なぜここの政府が君をここに拘束したがっているのかが分からない以上、離れ離れになるのは避けたほうがいいと思います。幸いむこうは僕らをどうやらバートナー同士だと思ってくれているようですので、誤解を解かないでそのままにしておきました」

「僕と君とで、いっしょに、寝るの・・・?」

 悠季の目が不安そうに揺れていた。圭の部屋でうたたねをすることは出来るようになっても、さすがにベッドを共にする勇気はないのだろう。

「安心してください。幸い隣の部屋にソファーがありますので、僕はそちらで寝ます。毛布を一枚借りますよ」

「だってソファーじゃ君の身長には小さすぎるよ!」

「僕が言い出したことですから構いません。君が気にする事はありませんから、どうかそのベッドを使ってください。僕には体力もありますし、二日くらいどうということはありませんから」

「でもそれじゃあ僕の気がすまない。君がつらい思いをしているのを、黙って見てはいられないだろう」

「では、どうしろと?」

「・・・君さえ構わなければ、同じベッドでも僕は構わないさ。君を信用しているからね」

 悠季がきっぱりと言い切った。

「大丈夫ですか?無理はなさらない方がよいと思いますよ」

 悠季はむっとしたような顔で圭を睨むと、さっさとベッドのカバーを外しにかかった。

「無理なんかしてない!ほら、さっさとシャワーを浴びて寝よう」

 どうやら悠季の負けず嫌いを刺激してしまったらしい。

 悠季が先にシャワーを浴びてベッドに入ると、続いて圭もシャワーを浴びに行った。圭のシャワーは長く、彼がシャワーを済ませて部屋に戻った時には、悠季はもう先にベッドで眠っていた。

 エマはベッドで寝るのは好まないようで、足元に置いてある椅子に丸くなって眠っている。

 光量が落とされて薄暗くなった寝室へ戻り、圭が自分の分として空けてあるベッドの場所へともぐり込むと、向こうを向いている悠季の肩がぴくりと震えた。どうやら眠っていると思ったのはフリだけで、眠るまでは無理だったらしい。

「眠れませんか?」

「まあね。初めての場所だからね」

 強がっている言葉を聞いて、圭の口元に笑みが浮かんだ。

「ですが、眠らないと明日は疲れてしまいますよ」

 悠季はそれには答えなかった。

 圭は少ししてから、気持ちよさそうに聞こえるように寝息を聞かせてみせた。するとほっとしたようなため息をついて、悠季の背中から緊張が抜けていくのがわかった。

 そうして、しばらくすると今度こそ眠ったらしく、穏やかな寝息が聞こえてきた。

 圭はそっとからだを起こし、悠季の顔を覗き込んだ。あどけない顔で気持ちよさそうに眠っている。口元がわずかに緩んでいて、ふと、キスしてみたらどれほど甘やかな唇だろうかと思った。

 くるるる・・・。

 小さな声が足元の方から聞こえてきた。圭がそちらを見てみると、エマが首をもたげて圭の方を見ていた。

「安心したまえ。僕が悠季を害するようなことは、決してしませんから」

 その言葉が分かったかのように、エマはまた首を前脚に載せて眠ってしまった。圭はため息をついて枕に頭を沈めた。

彼にとっては今夜一晩安らかに眠れるかどうか実に自信がなかった。

愛する人がすぐそばに眠っていて、ぬくもりや体臭が寄り添っているという事はとても心地よいものだったが、彼の下半身にとっては心地よいでは済まず、なんとも地獄の忍耐を味わわせてくれるものだった。先ほど前もって充分に準備をしておいたというのに・・・。