ところで、あの祠のことなんだけど。
連絡が来て、調べるために数日後に加茂さんがやって来てくれることになった。
そして、元々の家主である伊沢さんからもその日に同席すると連絡があった。
やってきた加茂さんは、来て早々に裏の祠の中を見てくれて、箱を調べてひどく驚いていた。
「まずはこの石像ですが、稲荷と農神ですね。かなり古いものですのですり減ってはいますが。それからこの木の箱ですが・・・・・開けてないですよね?」
「周りだけ拭きましたけど、開けてないです」
「ならよかった。これはすごいですよ。こんなメジャーな神様が小さな祠に祀られているなんてありえないです」
「どんな神様なんですか?」
「ええまあ、明治以前では神様も仏様も一緒に祀られていましたからこんな祠の作りになっているのでしょうが、実は仏様なんですがね。もっとも、元々はインドの神様だったそうですから神様と言ってもいいんでしょうが」
そう言いながら告げられた名前は僕でも知っているような名前だった。
それって確か技芸の仏さまだったはず。えーと、江ノ島とかにも祀られていたよな
圭もそれを聞いて驚いていた。
「どうしてこんな場所に置かれていたのでしょうか」
「このあたりの金持ちの名主が勧請して屋敷に祀っていた・・・・・というのがよくあるパターンなのですがね」
加茂さんが肩をすくめて言った。
「話の途中に割り込んで申し訳ありません。そのことなのですが調べさせていただいたところ、不思議な因縁があるようです」
話に加わってきたのは伊沢さんだった。
もともと近くにお寺があって仏像はそこに祀られていたものだったらしい。
そこの住職さんが近くに富士見川があることから、戦時中にここへと勧請してきたものだそうだ。もともとは川の女神様だそうだから。
「なるほど。近世になってからの権能が追加されたものですっかり技芸の方が有名になってますが、戦勝祈願の神様でもありましたから、ここの社もそのあたりを願ったものなのでしょうかねえ」
「その住職というのがなかなかの趣味人だったそうですから、表向きはそのような理由でも、内心では技芸の上達を願って勧請したのかもしれませんよ」
伊沢さんが微笑みながら言った。
でも終戦間近に近くで大きな火事があってお寺はすっかり焼け、ご本尊も焼けて住職さんも亡くなり、残されたのはこの箱の中の仏像だけだったらしい。
建物が焼失したために困った町内の人たちが、寺が再建されるまでの間、あそこの社の中を仮の座所とすることにして、置いていたものらしい。でも物資の少ない折から、新たな社寺を作ることが出来なくて話は先送りとなった。
いつかは再建する予定だったみたいだけど、結局のところ戦後のどさくさで計画は立ち消えて住職もいないままになり、再建案は立ち消え、寺は廃寺となった。日にちが経つうちにここに寺があったことも記憶から薄れていった。ということらしい。
「縁あって残されたものですから、出来れば大切に扱ってほしいと思っておりますよ」
伊沢さんがそんな言葉で話を締めくくった。
「ですがこんなものが敷地にあるのを嫌う方もいらっしゃいますがね。
それで、こちらは最初にうかがった話では祠を撤去しようということでしたが・・・・・どうされますか?」
加茂さんが圭に尋ねてきた。
「いえ、我々で守っていきたいと思っています。ですが、仕事の関係上留守が多くなりますので、ここではなく別の場所に社を移したうえで、管理をお願いしたいと考えています」
「圭?」
先日の事件のせいで、この手のものは徹底的に排除するとかって言ってたのに。
「技芸の神であるなら、僕らに縁があったということでしょうから」
ということらしい。
「それで、どちらに移そうと考えておられるのでしょう」
「実は、先日」
圭が話してくれたのはびっくりするようなことだった。
なんと宅島社長が、フジミホールに隣接する土地が格安で売り出されたので、駐車場にしようとして購入していたそうだ。
圭に相談することもなく急いで購入してしまってから、なんでこんなにあわただしく話を進めたのか自分でもわからないと首をかしげていたとか。
その上、配置図の隅には、知らないうちに社が置かれる予定が描かれていたというのだ。
どうやらあの女の子の姿をした神様は、ちゃっかりと自分の住む場所を指定してきたということなのかも。
そうして、小さな祠は移動することになって、新しく取得したフジミホール隣りの敷地の一部を使って作られることになったんだ。
確かにここあるなら多くの人の目に触れてみんなに大切にしてもらえるんじゃないかな。
そうして、小さな社がフジミホールの片隅に作られて、箱から出された女神様は補修されてきれいになったすました顔で琵琶をかかえている。
フジミホールにおいでの際は、ぜひついでに見に来てくださいね!きっとご利益がありますから。
2021.1/6 UP