惑星「ジェイナス


 僕たちは居住区の一角を借りて、資料の検討や事情聴取をはじめた。
検死を済ませた僕も資料を見せてもらう。
 ミスター・ヴァンダーバーグかもらった地図をみると地下世界はとんでもないものだった。
 幾何学的に広がる坑道はともかく、自然にあるのだというトンネルが無数に縦横無尽にのたくっている。
 そして、その、トンネルの網はこの惑星の地殻全体にくまなくあるのだ。
 僕なんか地図があっても迷いそうだ。
「ひょっとしたらっすよ、溶岩の流れた自然の管だったりしないすかね?」
 五十嵐くんが自分でも信じちゃいない口調でいう。
「このトンネルのせいでわれわれの捜査はやりにくいとしかいえません。ところで、悠季、検死の結果はどうです?」
 二人きりでないときに名前を呼ぶのは反則だぞ、とにらみつつ、答えた。
「死因はやはり熱でなく、酸によるもので、例の混合液の中に叩き込まれたか、浴びせかけられただね」
「そして、それは機械を腐食させることができるんですね」
 圭は分かっていながらも確認の問いかけをする。
「王水は金でも溶かすし、その上、弗化水素酸だからね。これは大部分の金属、コンクリート等を激しく腐食する。人体にも大変有毒なんだ」
 新たに船のコンピュータで確認した情報も付け加えながら、説明する。
「そして、ガラスも腐食するから、貯蔵するときは、ワックスのビンかテルフォンの中に入れておくしかない」
「人体に有毒とは?」
「身体を腐食するの他の酸といっしょだけど、少量でも心停止を引き起こさせる場合があるんだ。熱されると有毒ガスを発生させる場合もね」
「やっかいですね。
ところで、この怪物ばなしは、何らかの妨害工作から人の目をくらます手段とは思いませんか?」
「ありえるっすよ!それ!」
 五十嵐くんが「それだ」と言わんばかりに続けた。
「たとえばですね、怪物がトンネルを移動していると考えて、殺人と破壊工作の現場と時間をチェックすると、それに示されたように出現するのは到底不可能な場合があるんすよ!」
「…報告に偽りがあるか、複数犯の仕業ということですか」
 でも、妨害工作として目的は何だ?五十人もの人間を殺して何を得ようというんだ?
 

「この地下地図が作られたのはいつですか」
「えーっと、製作時期は五ヶ月前になってます。その後、大きな掘削は入力されているんじゃないっすか?」
「古くはないですね」
「怪物と出会うことを祈って、延べ何千キロにおよぶトンネルを探し回るか、このとんでもない腐食剤を作って隠し、しかもそれを人目につかず、自由に運ぶ犯人をさがすかしかないすかね・・・」
「どちらにしても・・・・・・」
 圭の言葉は、ちょうどそのとき遠くの方から聞こえてきた轟音に中断された。
 部屋中が振動し照明が点滅して消え警報ベルが鳴り響いた。
 
 最初に行動を起こしたのは圭だった。
 僕をかばって伏せ、振動が止むと共に起き上がって僕の無事を確認すると部屋を飛び出した。
 行き先はヴァンダーバーグの執務室だろう。あそこに行けば何がおこったかわかるはずだ。
 非常灯の弱い光をたよりに、僕たちもついて走り出す。
 執務室にたどり着く前にヴァンダーバーグが走って行くのをみつけた。
  追いかけながら圭が声をかける。
「どうしたのです?」
「原子炉室で何かが起こった」
 原子炉〜??いまどきそんなものを使ってるのか?どこが近代的なんだ〜!
 そのまま原子炉室に向かうヴァンダーバーグについて走る。
 通路のところどころに「放射線に注意」
や、知識としか知らなかった「原子力マーク」の表示。
 通路の床には何か重いものを引きずったような跡がついている。
 行き止まりに「原子炉室  許可なき者の入室を禁ず」の表示とドアの残骸。
 爆破されたのか、例の混合液を浴びせかけられたのか、大きな穴があき、周囲は熔けてアメのようにめくれあがっている。
 その手前には小さな黒いかたまり。
僕が検死したのと変わらない焼け焦げた人間のなれの果て・・・。
 ヴァンダーバーグがが壊れたドアを狂ったように駆け抜けてゆく、圭と五十嵐くんがその後を追う。
 僕は黒焦げの遺体を簡単に検死してトリコーダー(探査&記録機)に記録した・・・思った通り酸を浴びせかけられたらしい。

 ドアの内部では原子炉のフェイスプレートと制御盤が壁に埋め込まれているのがみえた。そして、部屋を十字に横切るパイプ。
 呆然としているヴァンダーバーグの視線を追うと太いパイプの先がめちゃめちゃにちぎれ、なくなっている。


 圭は制御盤にじっと目を注いでいた。
「まだ核分裂を動力源に使っているとは知りませんでした」
「われわれのようなところだけだろうな」
 ヴァンダーバーグが自嘲的に答えた。
「ペルジウムを使えばいいんだろうが、ペルジウムはカネになるんでね。全部出荷してしまうんだ。
 そこへもってきて、ここには、今じゃだれもほしがらんウラニウムがいくらでもあるんだ。
 どうしてもそれを使うことになる。―――少なくとも今まではそうしてきたのだ」
「なるほど」
「中和ポンプが消えている―――幸い、自動遮断装置が働いてくれたので、事なきをえたがそうでなかったら、ここ全体が巨大なナトリウム火炎のかたまりになってしまっていたことだろう」
「やっぱり、酸ですよ!―――ドアも、酸でやらてるっす!」
 ドアやパイプを調べていた五十嵐くんが叫んだ。
「ミスター・ヴァンダーバーグ、消失した中和ポンプの代わりはありますか?」
「ないだろうな。あれはプラチナ製で耐腐食性が高く、交換時期まで何十年もあったのだから」
 このときになってヴァンダーバーグのようすにきわだって、恐慌状態の色が濃くなった。
「原子炉がダウンしてしまった―――いいか、この原子炉はこの居住区すべてをカバーしているんだ。生命維持装置もとまってしまう。 生命維持装置の非常用バッテリーはすこしの間しか持たない。
 もうわれわれはおしまいだ。われわれがおしまいになれば、この惑星開発もおしまいさ!」
「落ち着いてください」
 圭は通信機をとりだした。
「桐ノ院より<フジミ>へ、あ、鈴木中尉、市山少佐を呼んでくれ。……ああ、市山君。
 PXKタイプの原子炉用中和ポンプか、その代わりになるようなものを積んでいませんか?」
「PXKタイプの原子炉用中和ポンプですか?そりゃ、博物館にでも行かない限り、いまどき、代わりはみつかりゃしませんよ」
「では、作り出せますか?」
「おやおや、これは何のご冗談で?」
「冗談ではありません。どうしても必要なんです」
「…なるほど、わかりました。ところで、材料のプラチナが足りませんが、下にはいくらかありますか?」
 圭はヴァンダーバーグの顔をみた。
「売れるものはみんな出荷済みだよ」
 その答えを聞いて市山さんが問題点を指摘した。
「では、金でつなぐしかありませんが、耐久性に問題がでます」
「どれぐらい持つんです?」
「うまくもって四十八時間ってところですね」
「とにかく、早急にたのみます」
 これで、時間との追いかけっこが始まった。





「ミスター・ヴァンダーバーグ、符合の仕方がどうにも気に入らないのですが。
なぜ問題の怪物がまったく弱点というべきポイントを狙えたのか、それに、プラチナまで溶解してしまえるような厳密に計算してつくられたような酸の混合液を、どうやって、大量に持ち運べるのか?」
「わたしは知らん」
 ヴァンダーバーグはいかにもお手上げといった表情でいった。
「きみは妨害工作だとでも、思っているのかね。そんなことは絶対ありえんよ。
 それに、現にエド・アペルがその怪物をみているんだ」
「かれがそういってるだけです」
「エドはわたしがここへ赴任して以来、ずっと生産技師としてここを支えてきた。この上なく信用できる男だ。
 それに仮にかれがこの騒動を引き起こしたと考えた場合、その動機はなんだ?
 いいか、桐ノ院船長。
わたしは現実に何人もの部下を殺されているんだぞ!
 妨害工作だの、スパイだのと、夢みたいなことをいっとる場合じゃないんだ!現に事件が起きているんだ―――勝手にな。
だからこそきみたちに来てもらっているんじゃないか一体全体、なぜ、きみたちは早急に対策を講じようとしないのかね!」
 これ以上、ヴァンダーバーグとやりあっても仕方ないみたいだ。圭もそう思ったのか、話を打ち切ると部屋に戻ろうとした。


「船長、ちょっと外に出てきて、これをみてください」
 圭と僕が通路へ出てみると五十嵐くんはわきに入る通路の奥をじっとうかがっていた。
「このトンネルは俺たちがもらった地図には載っていないっす」
「ごく最近に掘られたので、載っていないのではありませんか?」
「でも、これ、掘削されたんじゃなくって、自然のトンネルみたいすよ?」
 そのトンネルは五十メートルほど先で地図にものっているトンネルと合流していた。
 そして、その床は何かを引きずった跡があった。