惑星「ジェイナス

 辺境の惑星ジェイナスは赤茶けた星で、みるからに、人間が住むには適していない。
 しかし、貴重なエネルギー金属、準安定性プルトニウム―ペルジウム―の主要な産地であるため、その地下居住区の歴史は古いが、その重要性から設備は常に近代的であるらしい。
 まあ、地表は常に嵐が吹き荒れ、酸素もなく、人間が生存できない以上、居住区の居ごこちは重要だよな。
 作戦室でこの星のレクチャーを受けつつ、今回の指令について考えていた。
 『ジェイナスのペルジウムの生産が減少している。現地に向かい、原因を解明し解決にあたること』 ペルジウムの生産が滞るってことは、他の星域で大規模なエネルギー制限や下手をすると大停電から暴動が起こってしまうという最悪の事態まで考えられるんだよな。
 なんていっても、先年、他の主要生産地がクリンゴンとの諍いで撤廃したのが痛い。その後、新たな生産地は見つかっていないらしいし。
 まあ、僕は航宙船<フジミ>の船長である圭、桐ノ院圭に出来る限りの助力を惜しまないしかないのだけど。
 航宙船<フジミ>は惑星連邦に属する宇宙艦隊の船だ。
 主な任務は未知の宙域の探査だけど、今回のような辺境のやっかいごとの始末もままある任務で。
 そして僕は守村悠季。
 その航宙船<フジミ>の船医長をしている。
 ほんとは医者の少ない辺境で人助けがしたかったんだけど、まぁ、いろいろ、あって、こうなっている。・・・辺境めぐりしてるようなものかもしれないし・・・




 ジェイナスの責任者の執務室はなるほど近代的で広々として、窓のように作られたパネルには風光明媚な景色が映されていて、とても、ここが地下だとは思えない造りだった。
 僕たちを待っていた責任者のヴァンダーバーグは大きなデスクの横に立っていた。不機嫌を隠しきれない様子で。
 焦燥をあらわにしたヴァンダーバーグに向かい合うように圭と僕、そして少尉の五十嵐くんと保安部員が二名が立っていた。
 そして、挨拶もそこそこに、話を始めた。
「もうすでに五十人以上が殺されている。すべて、坑道で殺されたのだ。そのため、生産作業は完全にストップしている」
 殺されたって!?―――いったいなんで、だれが?

 思考をまとめられない僕の横で圭が冷静に答えた。
「生産の減少理由はわかりました」
 圭は壁の切り換えられたパネルに映されているグラフをちらりと見た。生産高を表すらしいグラフの曲線は急激な減少を示している。
「しかし、ミスター・ヴァンダーバーグ、どうか落ち着いてください。いったい原因は何です?」
「怪物だ」
 ヴァンダーバーグは否定できるものならしてみろと、言わんばかりの開き直った態度で、<フジミ>のメンバーを見まわした。



 この惑星は開発当初から生物らしい生物はいなかった。発見されたのは二、三の地衣類と微生物。レクチャーによればそんな話だった。固有生物がいれば確かにこの百年ほどの開発期間に発見されてるはずで。
 だから、怪物といわれてもなぁ。
「なるほど」
 圭がポーカーフェイスでいった。
 「では、怪物がいるということにして。それが人を殺したというのですか?そして、それはいつごろからですか?」
 圭の態度が神経を逆なでしたらしいが、ヴァンダーバーグは何とか自制しながら卓上通信機のスイッチを押した。
 そのすぐそばに、暗灰色の結晶体がころがっている。直径二十五センチほどの球形だ。
 何だろう?何かの鉱石?縞模様がきれいだ。
「エド・アぺルをよんでくれ」
 ヴァンダーバーグは、そう、通信機にいってから説明を始めた。
「最初の異常はどういうわけか採掘機械がばらばらに分解してしまうことだった。素材の金属自体が溶解してしまうのだ。触媒はすぐにわかった―――王水だ。それと、少量の弗化水素酸も含まれていたらしい。
しかし、そんなものはここに大量にあるはずがない。探せば、少しの材料は実験用においてあるかも知れんが。第一、貯蔵が大変だ」
 王水って、金でも溶かす強酸だよな、確か。で、弗化水素酸はガラスも溶かすはず。
たしかに貯蔵どころか持ち運びもむずかしいぞ。
「人が殺されたとおっしゃいましたね」
 圭が質問して本題に戻した。
「そうだ。最初は整備技師たちだった。腐食した機械を修理させようと坑道へ送り込んだのだ。われわれが発見したとき、彼らは焼けて黒焦げになっていた」
「それはどのくらい前ですか?」
「三ヶ月ほど前、新しい地層開発を始めた。ペルジウム・プラチナ・金などが豊富な地層で試掘のあと、さっそく本格的採掘にかかったのだが、その矢先、最初の事件がおこった」
「遺体は焼けていたそうですが、溶岩などほかに原因は考えられませんか」
「この惑星に火山活動はなかったっすよ」
 とりあえずの惑星探査を済ませていた五十嵐くんが口をはさんだ。
「そのとおり、火山活動はまったくない。原因はさっきいった、いまいましい酸の混合液だろう」
 しかし、人ひとりを黒焦げにするってかなりな分量だぞ。
「最初のうち、坑道の深いところで事件は起こっていた。しかし、だんだんと浅い地層でも起こりだして、三日前の事件では入り口からわずか三層下で殺された」
「それが、一番新しい事件ですか?」
「そうだ。その事件後は坑道は封鎖している」
「では、その被害者の遺体を調べさせていただきます」
 圭の申し出に僕はうなづいてみせる。うん、ともかく調べてみないと何もわからない。
「もちろん、ちゃんと、発見当時のままで保存してある。しかし、見て気持ちのいいものではないよ」
 なにをあたりまえのことを、と呆れ顔を出さないように顔をひきしめる。僕は顔に出やすいらしいから。


 ノックの音がして執務室のドアが開き、頑丈そうな体つきをした中年男が入ってきた。
 ベルトにT型フェイザー(光線銃)を着けている。怪物を警戒してるんだな。
「見張りはおいていましたか?」
 その中年男にはちらりと目をやっただけで圭が質問を続けた。
「ああ、だがそのうち五人が死んでいる」
「だれかそれを―――その怪物を目撃したものはいないのですか」
「わたしが見ました」
 入ってきたばかりの中年男がいった。
「こちらはエド・アぺルだ。エド、くわしく話してやれ」
「それほどくわしいお話はできないんです。ちらりと見ただけですから。そいつは、人より大きくてむくむくとした感じでした。わたしはそいつに発砲し、手ごたえがありました。たしかに命中したはずです。だがそいつはびくともせず、そいつの動きにまったく影響ありませんでした」
「フェイザーがきかないなんて・・・きっと幻影にちがいないですよ。どんな生命形態であってもありえない…」
 五十嵐くんがいった。
「それを殺された者にいってやってください」
 アぺルが不機嫌な口調でいった。
「多くのものが殺された。わたしだけが、間一髪のところで逃げれたんだ」




「そういうわけだ―――。さっきも言ったように今は坑道を封鎖している。連邦政府がわれわれからペルジウムを手に入れたいなら、これについて何か手を打たなければなるまい」
「そのために、われわれがこうしてここへ来ているのです、ミスター・ヴァンダーバーグ」
 圭がポーカーフェイスのまま答える。
「あなたがたはたいした戦力だ。航宙船、フェイザーの放列、反物質エネルギー、その他いろいろ・・・。しかし航宙船でトンネルの中に入っていくことは出来ない」
 アペルはさっきの飯田さんの意見で不機嫌のままいやみをいっているようだ。
「その必要はないと思います。ミスター・アペル」
  圭はかるくいなした。
「ドクトル、検死を頼みます。
五十嵐少尉は関係者から事情聴取を。ミスター・ヴァンダーバーグ、すべての坑道、トンネル、通路などの所在を示す完全な地下地図をお持ちですか?」
「もちろん」
「では、それと、ベースにするための場所をお借りします。
 ところで、ミスター・ヴァンダーバーグ、これは何ですか?」
 どうやら、圭も気になっていたらしい机の上の暗灰色の結晶体についてたずねた。
「珪素団塊だ。下へ降りると、これが無数にある地層がある。しかし商品価値はゼロだ」
 そんなものがいったいなんだとヴァンダーバーグがいらいらと答えた。
「しかし、地質学的には珍しいですね―――特に火成岩の中では。純粋珪素ですか?」
「外側に低密度酸化物の層があり、その下は二、三の微量元素が含まれている」
 それって、まるで……
「なるほど。とにかく、あらゆるデータが必要です。そしてそれには、あなたがたの協力が必要です」
 圭の言葉にその想像は遮られた。
「協力はする。とにかく、あの怪物をみつけてくれ―――何者であろうとも、だ。これ以上、部下を失うのはごめんだ―――それに、果たさなければならぬ生産割当てもあるしな」
「この問題を早く片付けたい気持ちは、僕も同じです」