惑星「ヴェスタラン」

  惑星ヴェスタランの空気は噛みつくように熱くて、僕は圭の傍らに休めの姿勢で立ちながら、できるだけ失礼にならないよう気遣いながらも、体をもじもじと動かしてしまう。
 制服が汗で体にまとわりついて気持ちが悪い。
 目の前には、この惑星の行政官でもある、動植物集積所の所長が立っている。
 圭はこの所長の真意を試そうと、巧みに相手を突っつきまわしているところだった。


 カッカとしながらも、所長は防戦につとめ、二人の間でかわされる応酬は、ますます激しいものになってきている。
 すきを見て、僕は、目立たないよう注意しながら、汗でまとわりつく布地を引っぱってはがした。
 議論そのものよりも居心地の悪さのほうに、つい注意が向いてしまう。
 この惑星についても、それが抱えている問題についても、十分に分かっているつもりだった。
 圭には悪いけど、集積所の診療所での仕事も片付いている、今、さっさと船に戻ってシャワーでも浴びたい。


 「ちがうぞ、桐ノ院船長。もう十回もそう言ってるだろう。うちの職員がフアランの気分を損ねるような真似をするわけがない!」
 つばを飛ばして力説するゲーレス所長の声は、大声を出しつけないためか、ひび割れている。
 いかにも官僚らしいその着衣は、よれよれになって、見るも哀れな有様だ。
 集積所のエアコンに対するフアランのサボタージュは幼稚ながらも効果は充分みたいだ。


 「やつらは、先月はいつも通り二十匹のコートルを持ってきたのだ。われわれの方も通常の交易品でその代価を支払った。
 ところがどうだ、今ではコートルは来ない、職員は二人死に、二人行方不明、けが人もでた。
 その上、連邦はきみをよこして、このわたしを責めつけようというのか!」
 「ミスター・ゲーレス、われわれがここに来たのは、事実を知った上で可能ならば状況を修正するためです。あなたが情報を秘匿していたのでは、それもできません」
 圭は矛先をゆるめない。


 ゲーレス所長はもともと官僚じゃない。科学者だけれども、このポストについて以来、行政上の緊張の待っただ中で悩み続け、精根尽きる思いをしていたのだ。
 ヴェスタランの潮風をたっぷり含んだサウナ風呂のような暑さもかれのそんな状態に輪をかける結果となっているだろう。
 ひどくカラーの高い上着の前をはだけるとゲーレス所長は手近かのいすにどっかりと腰を下ろした。もう、外交儀礼もへったくれもあるものか!と、いうとこだろうな。


「知っていることは全部話した。何か、昔の信仰のようなものが復活してきているらしい―――コートル信仰だ」
 ゲーレス所長は荒い息をつきながら言った。
「惑星連邦の幹部どもが、スタッフの数を切り詰めさえしなければ、こういう問題には、社会学者をあたらせたのだ。この状態が続くとすれば、集積所も見捨てねばならんだろう。コートルを獲るには”惑星住民の同意の表明”が必要だし、おまけに、あの蛇め、この生物圏以外には生存しとらんときている。コートルの毒がなければデリヴェイティブ249は抽出できんし、D249がなければ全人類の神経伝達系障害は治療不可能だ。八方塞りだよ!」
「この計画の意義についてはよくわかっています」
 圭はぴしっと言った。
「僕の受けた命令はごく単純かつ明快なものです、ミスター・ゲーレス。栓のありかを突き止め、それをぬけ、というだけですので」
 ゲーレス所長は陰うつな表情で圭をにらみつけた。
「船長、お手柔らかにたのむよ・・・。私はきみの敵じゃないんだ。それに、栓の上に座っているわけでもない」
 僕はゲーレスが少しかわいそうになったのと、これ以上はこの話し合いは無駄だと思って口をだした。
「船長。ダムバウィッキーの報告を待ったほうがいいと思う。かれなら、すぐに、フアランとの友好関係を取り戻せるんじゃないかな」
「誰なんだ、そのダムバウィッキーというのは?」
 ゲーレスが苛立って声を荒げた。
「僕の船の社会人類学スタッフの一員です」
 圭が答えた。
「かれは、以前に任務でフアランと接触した経験があるのです。情勢を分析するよう命令して、今朝、かれを送り出しました」
「ひとりでか?」
「専門家としての意見を入れて、そうしたのです。僕は専門家の判断を尊重していますので」
 ゲーレスは両手を投げ出すように広げた。
「やつらはその男を殺しちまうぞ!わたしが最後に送った二人の使者がどうなったか見ただろう!」
 ふと、検死の時のことが甦って、僕は思わず体をすくめた。
 フアランの手に落ちた犠牲者は、なにか怪しげな儀式の生贄にされ、遺体はヴェスタラン産の値もつけられぬほど高価な蛇の遅効性の毒にやられてねじ曲がっていた。
 ほんの数滴の血清があれば助かっただろう。しかし、集積所に保管してあった血清は何者かに盗まれてしまっていたという。




 五十嵐くんが入り口に姿を現した。
「失礼します、船長。そろそろ十六時です。ダムバウィッキー少佐と落ち合う時間です。時刻になったら知らせるように、とのご命令でしたので」
「ありがとう、少尉」
 と圭は答えた。
「市山少佐の備品修理のほうはどうなっていますか?」
 五十嵐くんはニヤリと笑みをもらした。
「あの悪態のつき方からすると、そうひどい状態でもなさそうっす」
 船長はまたゲーレスのほうへ向き直って言った。
「いいでしょう、ミスター・ゲーレス。あなたを信じることにします―――当面はですが。僕は一時間ほどで戻ってきます。集積所の研究室は厳重に警備させます。それから、修理班の邪魔はしないように。いいですね」