「儀王殿ですか・・・・・」
「お捜しになられていましたでしょう?」
「ええ、まあ」
どうやらワコウはそれが目的でユーキを捜していたと思っているらしい。
「しかし、今のままではユーキ殿は王位を継ぐ事は出来ませんが。彼の生い立ちもありますしね・・・・・」
「どういうことですか?」
ワコウは今から15年前の出来事を話し出した。
ソーケル王の妹は、分家の中でも裕福な一族へと嫁いだ。夫となった人物はソーケル王とは又従兄弟にあたる。
夫婦は仲むつまじく、数人の子供が生まれた。そのまま平和に暮らしていくはずだった。
ところが、そこで彼に謀反の疑いがかかったのだという。
「当時から彼の謀反の疑いというのは誰かからはめられた陰謀ではないかと囁かれていました。しかし、確かに彼の館からは当時敵対していた部族からの品物と思われる品が見つかったのは確かですし、部族との行き来があったことは彼も認めたのです。部族の中でも友好的な人物と面識があった程度でしたが。
はじめソーケル王も彼ら一族に厳しい判決を下すつもりはなかったのです。ですが、事は大きくなっていったのです・・・・・」
政治的なことがらがいくつも複雑に絡み、その上ソーケル王の妻の一族が彼ら一族に対して厳しい厳罰を請求した。
ソーケル王の妻は何人もの子供を産んでいたが、いずれも子供のうちに病気で亡くなっている。ようやく育ってきた我が子を王位につけるのに、有能で次期ドブリス王に推されるのではないかと噂されていた彼が邪魔だったらしいとも言われている。
確かにソーケル王からそんな話も出ていたのだ。・・・・・『病弱で幼い我が子の代わりに出来のいい妹婿を跡継ぎにしてもいいかもしれない』などと、酒の席での冗談まじりではあったが。
「妻の一族や他の有力者から強硬に押し切られ、王はついに分家の一族に対して兵士を差し向けたのです。内通しているのかどうか、公の場に出て申し開きするようにと」
だが、悲劇だったのは申し開きの場へ出向くという話が、分家の一族には彼が処刑のために連行されると伝わった事だった。
抗議のために武器を取った一族は、ソーケル王の軍勢と戦うことになってしまい、ついには一族のほとんどが殺されてしまう結果となった。
「彼らの館は焼き払われ、ソーケル王の妹は夫とともに火の中で亡くなりました。残されたのは子供たちでした。夫婦には娘が3人と一番末に息子がいたのです。娘はともかく、息子はたとえ幼くても父親の罪に連座になりますから殺されるはずでしたが、ソーケル王の母つまり王母が彼の命乞いをされたのです」
最初は彼女の手元に引き取ることになっていた。しかし、ソーケル王の妻の一族がこれを非難し、しかたなく幼い息子は儀王の館へと入ることになったのだという。
「それが、ユーキ殿です」
ワコウが言った。
儀王の館に入ったユーキは、王母の庇護の下に儀王になることなく育てられていた。20歳を過ぎれば儀王になるための資格は無くなる。20歳になったときには、館を出てタナタスを追放されるはずだったという。
数年前に唯一の王位継承者だったソーケル王の息子は病気で亡くなり、不仲になっていった妻は離宮へと移って王宮には戻らなくなっている。自分の息子が亡くなったことで、後継者争いには興味がなくなっているのだという。
そして、現在ソーケル王の世継ぎと定まった人間はいない。
儀王の館から出してユーキを世継ぎに、という声もないではなかったが、今度はコバーの一族がそれを阻んだために実現しなかった。あわよくばコバー一族から王の後継者を出したいともくろんでいたためらしい。
「それでは、彼が謀反人の息子であるから王位継承権がなくなっているというわけですか?」
「いえ、そうではなくて・・・・・」
ワコウが言いよどんだ。
「儀王というのはすでに影の王というわけですから、本当の王位は継げません。もし儀王になってさえいなければ、彼は20歳を越えているのですから、追放されてタナタス以外の地方都市にに住んでいたはずです。彼をタナタスに呼び寄せて王位を継ぐように頼むことも出来たのでしょうが」
ケイはどうにも歯に物がはさまったような言い方が気に喰わなかった。
「どうも僕は儀王というものがよく分かっていないようだ。儀王というのが何なのか詳しく説明してもらえませんか?」
「・・・・・ご存知なかったのですか?」
ワコウは驚いていた。
ケイがうなずくと、
「なるほど、あなた様は他国のお方。我がドブリスにおいては常識であっても、よく分かりにくいことではあるかもしれなせんな」
なにやら納得したようにワコウが話し始めた。
「このドブリスにおいて、この大地を守るために王が要るのであり、古くから定められている掟があります。
大地と神と王をつなぐものは契約であり、王は自らの命で大地との契約を全うするのです。不吉な事があれば、大地と神とに命を捧げて契約の更なる継続を祈ります。
しかし、不吉な事があるたびに王が次々替わる訳にはいきません。ですから、代理の王の命が捧げられるのです。ギオウというのは、この儀式のための王です
ギオウとは、偽王であり、儀王であり、犠王、つまり生け贄の王でもあるのです」
ぎょっとなってケイは目を見張った。
「それはつまり、ユーキ殿も生け贄にされることになる、というわけですか?」
ワコウはうなずいた。
「古くは王の代わりとして貴族たちが自ら進み出て殺され、神へと捧げられていたそうですが、今は貴族の子供たちが儀王の館に候補として住んでいます。
彼らは幼少時から学問や教養を学び、王としての素養を身につけていきます。20歳になるまでに儀王に選ばれれば、王に不吉な事があった場合と、王が亡くなったときには王の代わりとして神へ命を捧げる事になるのです。
もし王の身に何事もなく5年間平穏無事に過ごすことが出来れば、儀王の役目を終える事になり、館から出されて
『一般人』として普通の生活に戻る事になるのです。
普通、儀王は15歳前後で選ばれる事が多いのですが。
候補も同じです。もし前の儀王が無事に役目を務め終えたとして、その間に20歳を過ぎていた者たちは、儀王にはなれないので館を去らねばなりません」
「しかし、ユーキ殿は20歳で儀王になったようだが?」
3年前に儀王になったのだとしたら、儀王としての資格を失った後だったと思えるが。
「いえ、まだそのときあの方は19歳でした。あの戦いから3年2ヶ月。彼は2月に誕生日を迎えられたので23歳になられていますが」
ふと、彼と自分との年齢差は半年なのだと頭の隅で考えていた。もうすぐ彼と同い年になるのだと。
「では、ユーキ殿が25歳になられたとき、儀王を降りられるというわけですね」
「そうなればいいのですが・・・・・」
ワコウは口を濁した。
「3年前にユーキ殿が立たれた経緯は?」
「あなた様のせいでございますよ」
「僕の?」
「3年前のアクエ・スリスの戦いでドブリスが大敗し王が傷ついたことも『不吉』なこととされたのです。そのときに代替わりしてユーキ殿が儀王として立たれることになったのです。
5年前に王母は亡くなり、彼を庇護し儀王になるのを止める者はいなくなりましたから、それまで儀王として立つことなく館におられたあの方が儀王に選出されたのです。
これはおそらくコバー一族からのさしがねでしょう。王の跡継ぎとして確固たる足場を整えておきたかった彼らは、王に近い血筋であり王が何かと気にかけていた彼を、他の誰かが儀王の館から連れ出して、あとつぎに担ぎ出すのではないかと懸念していたようですから」
ワコウはいかにも気の毒に思っているといった表情をみせたが、あっという間にその表情は消えて、上目遣いで自分の言葉がケイにどのくらい感銘をもたらしたか探っていた。
それでケイには彼の同情は口先だけの言葉だと分かった。
「今度儀王が替わるのは、ソーケル王のご病状が悪化していることから考えて、おそらく王が逝去されたときになるでしょう。
戴冠式の後、前代の儀王は殺されることになります。王の交代はそのまま儀王の交代でもあるのですから」
ケイは絶句していた。あのユーキにそんな事情があったのだとは!
「恐れながらソーケル王のお命は長くはないと推察されます。そうなれば、ユーキ殿は王の葬儀の後、次の王の戴冠式で王に祝福を与え、次の儀王に役目を譲ることになります」
そしてワコウは声を潜めて、
「あの方は毒薬を与えられ、縊られ、喉をかき切られて、生け贄の泉に沈められる事になっているのです」
そう言った。