――彼は毒薬を与えられ、縊られ、喉をかき切られて泉に沈められる事になっているのです――
先ほどのワコウの言葉がくり返しケイの頭の中に響いていた。
「実はユーキ殿が儀王から外れる方法はまだあるのですよ。なんらかの理由で儀王を降り、次の儀王を選びさえすれば彼の命は助かり、タナタスからの追放だけとなるでしょう。
そのためにはソーケル王の命令が必要ですが、それもなんとかなるでしょう。ですから、コバー殿に対抗する候補がいるというのは嘘ではないのです」
つまり彼は先ほどのコバーを倒した後にこのドブリスを治めるのはユーキであって、自分がドブリスを盗むつもりはないのだと言いたいらしかった。
「それは可能なのですか?」
「重い病気になった。あるいは、怪我でからだが不自由になった・・・・・。そんな理由で儀王を降りた者が何人もいるのです」
「では、なぜユーキ殿は儀王を降りないのですか?」
ワコウは困った顔をした。
「実は、ユーキ殿は拒んでいるのです。自分は儀王として育てられたのだから、ソーケル王と共に殺されるのが当然なのだと。
彼は殺される事を承知しているのですよ」
あの後どうやって彼を帰したのかさえ覚えていない。ただ、なんとか彼に儀王が住むという館の場所だけは教えてもらったことは覚えている。
だが、ワコウがユーキに会ったなら、持っているものを渡してくれるように頼んでいたことは上の空で聞き流していた。
それが何かなどケイの興味をひかなかったので。
ケイはやみくもに教えられたその場所へと向かった。イダの制止を振り切り、ついには走り出していた。
館は城壁の北側、森を抜けた先にあった。
「こんな近くに・・・・・!」
初めてユーキと出会った薬草の野原から森を抜けるとさほど離れてはいない場所だったのだ。
ケイが館に近づくと、中からまだ小さい男の子の声が聞えた。
「じゃあマミー、俺行くからね!」
「うん。あちらでは皆さんと仲良く暮らすんだよ」
「おう!マミーも早くここを出るんだぞ」
「分かったよ。・・・・・それじゃガラン、ソラのことはよろしく頼んだよ」
「分かりました。きっと無事にお送りしますって」
そばかすの沢山散っている青年が、大きな荷物を抱えて隣にいるひょろひょろした少年をうながした。少年はユーキの首にかじりついてチュッとキスをすると青年に並んで元気に歩き出した。
ユーキも手を振りながらやさしく微笑んでいた。
「さあ、これで全部済んだなぁ」
ほっとため息をついて、中に入ろうしたところで、彼の足元に影が差した。
「ユーキ」
ケイの声にびくりと肩を強張らせ、ゆっくりと振り返った。
「・・・・・よくここが分かったね」
ユーキは苦笑しながら言った。少し顔色が青いように見えたのは、ケイの気のせいかもしれなかったが。
「・・・・・君は僕をだましていたのですか?」
「何のことです?」
ユーキは首をかしげて言われた事の意味が分からないといった様子だった。
「君は・・・・・!」
ケイが近づくとユーキは表情を消して、さっと館の扉を開いて彼を招き入れた。
「とにかく、中へどうぞ、ケイ・トゥゲスト殿」
館の中は閑散としていた。広くて整っているのにもかかわらず人の気配がない。
ユーキはすたすたと歩いていくと、広間の一角へと招きいれた。
「どうぞ座って。今飲み物を・・・・・」
「飲み物などどうでもいい!僕は君に聞きたいことがあったんです!」
「とにかく座ってください。僕に聞きたい事があれば何でも答えましょう。今ならば全て話せますから」
ユーキはケイに椅子を勧めると自分は向かいの椅子に座った。彼は平静にケイの顔を見返した。ケイが激昂しているのとは対照的に、館の主としての落ち着きに満ちていた。
「ソーケル王が亡くなったとき、君は生け贄として殺される事になっていると聞きましたが、本当の事ですか?」
ユーキは無表情でうなずいた。
「本当の事です。僕は犠王ですから」
「では僕との会話は全てその場だけの戯言だったのですか?」
「ざれごと?」
「君は僕と恋愛が出来るか考えてくれると約束してくれたはず。僕を受け入れてくれるかどうかを!僕の願いは、君にとってはただの口先だけの遊びだったのですか!?」
ケイは進められた椅子に座ることなく、ユーキの前に立って彼の両肩をつかんで揺すぶった。
「痛いです」
「言ってください!僕の言葉は君の心には届かなかったのでしょうか!?」
ユーキは目を伏せた。
「仕方がないことなのです」
ぽつりと彼の口から言葉がこぼれた。
「仕方がない、とは!?」
「あなたは儀王とは何か、その役割を聞いたのでしょう?僕の儀王としての役目はもう残り僅かだということは定められていて動かしようのないことなのです。
まもなくソーケル王は亡くなるでしょう。このところからだの具合が悪化しておられるご様子なのは、僕にもわかっていますから。そして亡くなられたら・・・・・そのあとの時間は僕にはもうないんです。ですから、その先のことは僕の夢、僕の願望でしかなかった」
ふっと絶望感がため息となってこぼれた。
「それで僕との約束など守るつもりはなかったと?最初から嘘をついていたのですか?」
「嘘などと・・・・・。ただ、望めるなら叶えたい望みではありました。あなたが僕を好きだと言ってくれたのは、とても嬉しかったのですよ」
ユーキは綺麗にほほえんだ。
「僕はこの館に来て以来ずっと孤独に生きていました。誰にも望まれず誰にも期待されず。ただただ朽ちていくのを待っているだけの暮らしだったのですから」
それは先ほどワコウ聞いた話と違う。
「あなたは儀王にならなかったら、20歳でここから出て儀王の館から出られたはずではないのですか?開放されて自由になるのだと。
僕はそう聞いていますが?」
「名目上は、です。ですが儀王になることがなかったとしても、一生僕の生活から監視の目が外れない事は分かっていました。僕はソーケル王に近すぎる。王位を狙っている者たちには危険極まりない存在だからです。
ここを出られたとしてもどこか出られない場所に飼い殺し、いや、幽閉されていたことでしょう。あるいは、ごくごく内密に殺されていたか」
ユーキは悲しそうに苦笑した。
「そんな僕でも、夢を見ることは出来る。儀王でもなく、囚われ人として朽ちていく男でもなく。ごく普通の青年としての夢を。あなたは僕にそんな夢を見せてくれました。・・・・・感謝しています
できればあなたには、もう少しだけ気がつかないでいて欲しかった。僕に夢を見せたままにしておいてくれれば・・・・・」
悠季のつぶやきが空虚な部屋の中に消えていった。
「ですが、それは僕のわがままというものですね。あなたを結果的に振り回してしまったことは深くお詫びします。どうぞ許してください。
あなたも僕との事はほんの些細なすれ違った相手、いや、夢だと思って僕を笑って許してくだされば嬉しいです。そしてもう僕の事は忘れて立ち去ってください」
「僕とのことを『夢』などと言わないで下さい!」
ケイは吐き捨てるように叫んだ。
「僕は真剣だった。いや、今も真剣ですよ。どんな方法を使ってでも君に僕という人間を受け入れてもらう!僕を愛してもらうつもりです!」
「無理です」
「いや!必ずやってみせます!」
「そんな簡単に言うことではありませんよ!僕には時間がないんですよ?」
「時間なら作ってみせます」
「・・・・・何をするつもりですか?」
ケイの表情にユーキは怯えた。その昏く邪悪にさえ見える表情に。
【18】