――彼に会って、自分はどうしたいのか?――
ユーキにとって、そちらのほうがタナタスの王位よりも重要なことだったから。
イダたちの準備が整うのを待って、ユーキたち一行はブリガンテスへと出発した。
初夏の気候が安定している時期とあって、旅は順調に進んでいった。初めてドブリスを出たユーキにとって、見るもの聞くもの全てが物珍しく楽しいものだった。
たとえ雨で足元がぬかるんだり、突風が吹いても、それはそれで面白がった。イダはユーキの体調に気を配って決して無理な日程で進もうとはしなかったから、ユーキが途中熱を出したり体調を崩すこともなく、一行は無事ロンディウムに到着した。
タナタスからやってきた者達は、城門でしきたりどおり疲れを癒すための杯を持った女性が待ち構える儀式で、ロンディウムの街に受け入れられた。
だがそこにはケイの姿はなく、ユーキたちの世話をしてくれるという人物たちだけが待ち構えていて、丁重に出迎えてくれた。気の配られた宿舎や食事、何人もの行き届いた召使など、タナタスがブリガンテスのとって重要な国であることを教えてくれる。
一行は行き届いたもてなしに満足した。
だが、一つだけ。
ユーキが到着したことを知っていても、ケイは彼に会いにやってこなかった。
あれだけユーキに執着していた男がなぜ会おうとしないのか?
ユーキはケイがブリガンテスの王、いや、ガリアの王となって、一人の友から手の届かないような遠いところへと行ってしまったらしいことにひどい寂しさを感じていた。
きっと彼はユーキがこの地にやってきてくれたことを歓迎し、大喜びで自ら迎えてくれるだろうと思っていたのに。
すぐ近くに来ている今は、彼にむしょうに会いたかった。だがそれも立場が許さないのだから、我がままを言ってはいけないと、ユーキは自分に言い聞かせてため息をついていた。
そして、明後日に戴冠式が控えた夜。
深夜、突然にユーキのあてがわれた宿舎に単身で彼が現れた。寝室に入っていたユーキは召使に知らされてあわてて彼の待っている部屋へと出向いた。
「・・・・・ケイ?」
部屋に入り、久しぶりにケイの姿を見たユーキは、彼のあまりの変貌振りに驚いていた。
たくましい体躯は変わりなかったが、頬はこけていつも優しく微笑んでいたはずの彼の目は厳しく、何かに飢えているかのように落ち着かなく見えた。王としての威厳と近寄りがたさばかりが目について、彼自身が本来持っていたはずの聡明さや包容力は影を潜めている。
こんなにつらそうな姿をみせるなんて、いったい何が起こったのだろうか?
「少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」
強張った表情のまま、ケイが言った。
「・・・・・どうぞ」
厳しい表情にひるみながら、ユーキはケイに椅子を勧めた。
「お付きの方たちは?」
「いません。僕一人です」
いくら自分の国の中だとはいえ、無用心な。と、ユーキは眉をひそめた。
だが、ユーキはケイの剣の腕が優秀だったことを思い出した。
あれだけユーキを愛していると言いつのっていた男なのだから、空いた時間が出来れば単身でも深夜でも駆けつけて来るのは当然ではないか?
ユーキは彼のために出すつもりでとっておいた極上のワインを取り出してカップにそそいだ。
召使にはやらせたくなかった。彼と二人きりになればきっともっと穏やかな顔になるだろう。そう考えて、召使を下がらせて自分で全てを用意した。
「もうからだの具合はよろしいのですか?」
ユーキが彼にカップを手渡すと、ケイはようやく口を開いた。
以前と同じようにユーキを気遣ってくれる、優しく響きのよいバリトンの声。
ああ、やはり。と、ユーキは内心ほっとした。彼は母国の安全な場所にいても気を抜けなかったのだ。おそらく王になるという重圧が彼をさいなんでいるのだろう。
「うん。冬の間は熱がぶり返したりめまいやらでつらいこともあったけど、今はもう毒は全てからだから出たらしいよ。旅の間もとても元気だったし」
「それはよかった」
彼はそこでまた口をつぐみ、二人の間に沈黙が下りた。
「あ、あの、おめでとう。君が王になったらガリアは平和になるね。きっと君は名君になるに決まっているから」
「名君・・・・・ですか」
くっ、とケイは自嘲した。それはあまりにも皮肉で冷たい笑いで。
ユーキの前でこんな顔をみせた事は今まで一度もなかった。それなのに、いったい彼はどうしたのだろうか?
彼は不安になった。王になる、ということ以外に、ケイに問題があったのだろうか?
「僕は君に懺悔しに来ました」
「・・・・・懺悔?」
彼に謝られるようなことが何かあっただろうか?
ケイはしばらく言葉に迷っていたが、意を決したように顔を上げて口を開いた。
「実は、君の父上や母上を殺したのは・・・・・ブリガンテスです」
「・・・・・えっ?」
突然の言葉にユーキは息をのんだ。
「父が内密にコバーをそそのかしていたのです。モリオスの一族をつぶせば自分たちに王位継承権が廻ってくるぞ、と。そのための詳しい計画や資金も渡していたらしいです。
つまりドブリス王国を欲しいという父の野望が、邪魔となる君の一族を滅ぼしたのです」
「それって・・・・・?」
「つまり僕も君の仇の一人ということになるのですよ」
ケイは顔を伏せたままそう告げた。