「でも、僕はあくまでも仮王なんだ。他にふさわしい人間はいくらでもいると思うけど」

「では、指名してください。次の王にふさわしい人間を仮王となるあなたが指名するのが本来の儀王の役目なのでしょう?その方さえ納得できれば、あなたに正式の王になれとは、もう言いませんから」

 あっさりコーワンは言った。

「・・・・・えーと・・・・・」

 ユーキは頭の中で、先王ソーケル・モリオスの血筋に繋がるものを次々に思い浮かべていた。

 だが、めぼしい人間は既にコバーたちが排除していてもういない。陰謀に陥れて滅ぼしたり、タナタスに居られないような事情を作ったりして、誰も王位を狙えないようにしていたのだ。

 その中にはユーキの一族も含まれていたのだが。

「別にモリオスから探さなくてもいいんだよな・・・・・」

 諸侯の中で王にふさわしい者はいなかっただろうか?

「諸侯の中から考えておられるのでしたら、やめたほうがいいですよ。誰かを選べば必ず他の者たちから反対する者が出ます。諸侯たちはほぼ同格なのですから、仲間内から自分たちを命令するものが出てくるのは好まないんですよ」

 コーワンはユーキが考えている事を先回りして言った。

「そんなことを言ったら誰もいないじゃ・・・・・!」

 と、言ったところで口をつぐんだ。それを言わせるのがコーワンの狙いだという事に気がついたのだ。

「老チューダー候が今まで臨時でドブリスを治めていたのは、あなたのからだがまだ回復していないからでした。あの方ならば他の諸侯も納得してくれましたからね。
ですが、ユーキ様のからだが回復したとなれば、話は違ったものになります。そのうちもっと圧力が増してきますよ。あなたに王位に就いてくれるようにとね!」

 それを聞いてユーキは思わず顔をしかめていた。

「・・・・・逃げちゃおうか」

 思わずぼやきが出てしまう。それを聞いてコーワンは笑い出していた。

「逃げられるかどうかはともかく、しばらく彼らからの追求をかわすことは出来ますよ。遠いロンディウムに行けば、彼らの声も届かないっていうもんです」


 コーワンはそう言うと渋るユーキをうまく説得していて、彼が気がつくいた時にはブリガンテスの戴冠式への出席を承諾させられていた。

 ユーキは覚えておくべきだったのだ。

 コーワンという男が、他国にも知られるほどの名軍師だったことを。外交や陰謀に疎いユーキは彼の手玉に取られていて、タナタスの生き残りへの道を歩かされていたのを知ったのはずっと後のことになった。








 ユーキは護衛や祝いの品々を持たせた者たちと共に、ブリガンテスの首都ロンディウムに向けて旅立つことになった。知らせを受けてブリガンテスからユーキのために特別に差し向けられた護衛の中に、イダが入っているのを見て、ユーキは嬉しくなった。

 知らない人間たちの中に見知った顔をみつければほっとする。

 ケイは人見知りするユーキのことを心配して、顔を知っていて腕の立つイダを護衛として派遣したのだろう。

「お久しぶりです!」

 イダたちが到着したのを知って、ユーキは城門まで迎えに出た。ユーキの顔を見つけると、イダが親しげに手を振って答えてくれた。

「よお!すっかり元気そうになったみたいじゃないか」

 現在は親衛隊長となっているイダは、ユーキが現在タナタスの(仮の)王となっていることを知っていても、正式な場でない限り親密な対応をしてくれた。

「ええ。おかげさまで、なんとか無事ですよ」

 ユーキが嬉しそうに答えたが、イダはそのユーキの笑顔を見て内心ひどく驚いていた。

 以前、儀王としての彼を見たときは清らかで浮世離れした雰囲気の彼の姿を感嘆していた。だが同時に、普通の人間に混ざって生活するには希薄すぎる気配にいささか心配になっていたのだが、今回見た限りではそんな不安定な感じが拭い去られていた。

 穢れたとか俗物になったというよりも、地に足が着いている感じが好ましかった。いや、前にも増して目を離せないような綺麗な人間になっていた。

 いったい何が彼に起こったんだろうか? と、イダは内心首をひねっていた。

「ケイはどうしていますか?きっと王になるための準備で忙しくしているのでしょうね」

 弾んだ声でユーキが問いかけてきた。

「まあ、それはヤツも承知していることだろうけどね。むっつりと不機嫌だけど、不平も言わずに王様業に専念しているようだよ。もっとも急に先王が健康を理由に退位してしまったもので、あっちもこっちも混乱していて彼の機嫌などには気を配っていられないってところだから」

 彼の世話をする者たちはいい迷惑だろうがね、とイダは笑った。

「そんなに急なことだったのですか?」

「そうみたいだねぇ。俺も上からそう聞かされてえらくびっくりしたくらいだから」

 ユーキはその言葉を聞いて考え込んでしまった。そんなに急な王位の交代となれば、当然国の内外にさざ波が立つ。彼はともすればあちこちで起こるはずの混乱を沈めるので精一杯になっているのだろう。

 もうユーキのことに構っていられるような立場ではなくなっているのかもしれない。ユーキとすれば、ようやく彼との関係を見つめなおして結論を出そうとしていたところなのに。

 だが、ここでいくら考えても分からないことだ。ユーキはロンディウムに到着してケイに会ってから考える事にした。

――彼に会って、自分はどうしたいのか?――

 ユーキにとって、そちらのほうがタナタスの王位よりも重要なことだったから。
 



イダたちの準備が整うのを待って、ユーキたち一行はブリガンテスへと出発した。

 初夏の気候が安定している時期とあって、旅は順調に進んでいった。初めてドブリスを出たユーキにとって、見るもの聞くもの全てが物珍しく楽しいものだった。

 たとえ雨で足元がぬかるんだり、突風が吹いても、それはそれで面白がった。イダはユーキの体調に気を配って決して無理な日程で進もうとはしなかったから、ユーキが途中熱を出したり体調を崩すこともなく、一行は無事ロンディウムに到着した。

 タナタスからやってきた者達は、城門でしきたりどおり疲れを癒すための杯を持った女性が待ち構える儀式で、ロンディウムの街に受け入れられた。

 だがそこにはケイの姿はなく、ユーキたちの世話をしてくれるという人物たちだけが待ち構えていて、丁重に出迎えてくれた。気の配られた宿舎や食事、何人もの行き届いた召使など、タナタスがブリガンテスのとって重要な国であることを教えてくれる。

 一行は行き届いたもてなしに満足した。

 だが、一つだけ。

 ユーキが到着したことを知っていても、ケイは彼に会いにやってこなかった。

 あれだけユーキに執着していた男がなぜ会おうとしないのか?

 ユーキはケイがブリガンテスの王、いや、ガリアの王となって、一人の友から手の届かないような遠いところへと行ってしまったらしいことにひどい寂しさを感じていた。

 きっと彼はユーキがこの地にやってきてくれたことを歓迎し、大喜びで自ら迎えてくれるだろうと思っていたのに。

 すぐ近くに来ている今は、彼にむしょうに会いたかった。だがそれも立場が許さないのだから、我がままを言ってはいけないと、ユーキは自分に言い聞かせてため息をついていた。
 
 そして、明後日に戴冠式が控えた夜。

 深夜、突然にユーキのあてがわれた宿舎に単身で彼が現れた。寝室に入っていたユーキは召使に知らされてあわてて彼の待っている部屋へと出向いた。

「・・・・・ケイ?」

 部屋に入り、久しぶりにケイの姿を見たユーキは、彼のあまりの変貌振りに驚いていた。

 たくましい体躯は変わりなかったが、頬はこけていつも優しく微笑んでいたはずの彼の目は厳しく、何かに飢えているかのように落ち着かなく見えた。王としての威厳と近寄りがたさばかりが目について、彼自身が本来持っていたはずの聡明さや包容力は影を潜めている。

 こんなにつらそうな姿をみせるなんて、いったい何が起こったのだろうか?

「少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」

 強張った表情のまま、ケイが言った。

「・・・・・どうぞ」

 厳しい表情にひるみながら、ユーキはケイに椅子を勧めた。

「お付きの方たちは?」

「いません。僕一人です」

 いくら自分の国の中だとはいえ、無用心な。と、ユーキは眉をひそめた。

 だが、ユーキはケイの剣の腕が優秀だったことを思い出した。

 あれだけユーキを愛していると言いつのっていた男なのだから、空いた時間が出来れば単身でも深夜でも駆けつけて来るのは当然ではないか?

 ユーキは彼のために出すつもりでとっておいた極上のワインを取り出してカップにそそいだ。

 召使にはやらせたくなかった。彼と二人きりになればきっともっと穏やかな顔になるだろう。そう考えて、召使を下がらせて自分で全てを用意した。

「もうからだの具合はよろしいのですか?」

 ユーキが彼にカップを手渡すと、ケイはようやく口を開いた。

 以前と同じようにユーキを気遣ってくれる、優しく響きのよいバリトンの声。

 ああ、やはり。と、ユーキは内心ほっとした。彼は母国の安全な場所にいても気を抜けなかったのだ。おそらく王になるという重圧が彼をさいなんでいるのだろう。

「うん。冬の間は熱がぶり返したりめまいやらでつらいこともあったけど、今はもう毒は全てからだから出たらしいよ。旅の間もとても元気だったし」

「それはよかった」

 彼はそこでまた口をつぐみ、二人の間に沈黙が下りた。

「あ、あの、おめでとう。君が王になったらガリアは平和になるね。きっと君は名君になるに決まっているから」

「名君・・・・・ですか」

 くっ、とケイは自嘲した。それはあまりにも皮肉で冷たい笑いで。

 ユーキの前でこんな顔をみせた事は今まで一度もなかった。それなのに、いったい彼はどうしたのだろうか?

 彼は不安になった。王になる、ということ以外に、ケイに問題があったのだろうか?

「僕は君に懺悔しに来ました」

「・・・・・懺悔?」

 彼に謝られるようなことが何かあっただろうか?

 ケイはしばらく言葉に迷っていたが、意を決したように顔を上げて口を開いた。

「実は、君の父上や母上を殺したのは・・・・・ブリガンテスです」

「・・・・・えっ?」

 突然の言葉にユーキは息をのんだ。

「父が内密にコバーをそそのかしていたのです。モリオスの一族をつぶせば自分たちに王位継承権が廻ってくるぞ、と。そのための詳しい計画や資金も渡していたらしいです。
 つまりドブリス王国を欲しいという父の野望が、邪魔となる君の一族を滅ぼしたのです」

「それって・・・・・?」

「つまり僕も君の仇の一人ということになるのですよ」

 ケイは顔を伏せたままそう告げた。

【39】