「王冠など新しく作り直せばいいことだ!お前に命令されてこっちから言う事を聞くはずがないだろうが!」
ヤハンが怒鳴りつけたが、それをワコウが止めた。
確かに戴冠式までに大至急で王冠を作るわけにはいかないだろう。王冠のない戴冠式もありえない。
「・・・・・わかった。それじゃあ王冠の場所を言え。そうしたらこいつを解放する」
「ソラを放すのが先です!」
ユーキはきっぱりと言いきり、ワコウとヤハンの脅しにも一歩も引かなかった。
ワコウはユーキを睨みつけていたが、やがて渋々うなずくとヤハンにソラを開放するように命じた。
「おい、よせ。こいつの言う事をきくなんて冗談じゃねえだろう?」
ヤハンがぎょっとなって、どなった。
「こんな子供一人、他に代わりはいくらでもいる。だから放り出しても構わない程度の些細なことだよ」
肩をすくめて、ワコウが答えた。
「マミー!俺だけ助かったなんて知られたらイクシーの親方に殺されちゃうよぉ」
ソラが泣きだした。
「いいから行きなさい!早くここから帰るんだ!」
ユーキは厳しい表情で命じた。
「で、でも・・・・・!」
「お前がここにいても迷惑でしかない!さっさと行くんだ!」
その厳しい声に、ソラは泣きべそをかきながら廃墟から走り去っていった。
「さて。では、儀王殿。王冠のありかを教えていただこうか」
「王冠は、僕の住む館の中にあります」
「そんなはずはない!館の中はくまなく探し回ったのに!」
ヤハンが叫んだ。
「やはりあなたの命令でしたか」
ユーキが静かにうなずき、ワコウは苦虫を噛み潰したような顔になってヤハンを睨んだ。
ユーキの住む館を何回か襲撃して荒らしていったのは、やはりターダッドから命じられたヤハンとその部下だったのだ。儀王の館は神聖な場所とされている。
そこを襲撃するような無謀なことをする者は、過去には一度もいなかった。起こってはならないことだった。
もし、誰かがそんなことをしたと分かれば、街に住む人々或いは仲間である貴族たちからさえ、しきたりを破ったと厳しい弾劾が起こってくるのは間違いないはずだ。
「と、とにかく、王冠のある場所を教えろ!」
悠季の言葉に、ワコウはうろたえたように目をそらしていたが、開き直ってふんぞり返ってみせた。
「今更、儀王の権威がどうこう言っている場合じゃないしな!」
そう呟くと、ユーキに早く白状するようにうながした。
「僕が一緒じゃないと場所は分からないと思いますよ」
「じゃあ連れて行って教えるんだ!」
ワコウたちはユーキを引き立てると、館へと戻っていった。
「ここです」
ユーキが王冠のありかとして示したのは、儀王の館の中の薬品庫の中だった。
「そんなはずはない!ここはすでに調べているはずだ」
「ええ。確かにさんざんに荒らしていかれましたね」
壺やら吊るしてある薬草やらを放り出してでも目当ての物を探し出していくつもりだったようだが、扉に大きく書かれていた
《あぶないから入らないこと!》
そして、中の棚にぶら下げられた
《毒草注意!勝手に触ったり口に入れたりしないで、ユーキに断ること》
という札の文字が分かったらしく、きちんと並べて置かれていた壷はほとんど割られていなかった。もしかしたら襲撃者の中の何人かが割った壷の中身に触ったためにかぶれたり腫れたりした者がいたか、甘い匂いに誘われて口に入れて腹を下したりしたので懲りたのかもしれなかったが。
その張り紙は以前館にいた、儀王候補にされていた幼い子供たちを守るためのものだったのだが、偶然、襲撃者から守るためにも役立った。
ユーキは張り紙を読めることを知ったために、ここを襲撃した人たちが平民ではないらしいことに気がついていた。
この時代、字を読めるのは貴族階級でも知的好奇心が強いものたちがほとんどで、平民にいたってはまったくと言っていいほど字を読めない。
だから、少なくとも館を襲撃したとき、字を読める貴族が指揮をしていたのではないかと推察していたのだ。
ユーキは周囲を見回し、奥に仕舞ってあったとりわけ大きな壷を取り出した。表面を紙で封印してある青い壷だった。
壷の表面には【開けちゃだめ!劇毒!】と大きく書いてあった。そして壷を揺するとたぷたぷという水音がして、封印の隙間からわずかに刺激のある匂いが漂ってきていた。
これなら誰も壷を割ろうとはしなかっただろう。中に王冠が入っているとは思えないものだから。
ユーキは壷の封印を切らずにそのまま裏をかえすと、裏は分厚く粘土を貼り付けてあって、中に入っていたものを密かに封じてあるのが見えた。実は壷は二重底になっていて、中に何かを入れられるようになっていたのだった。
分厚く塗りつけられていた粘土を丁寧に取り除いていくと、中からは金色の光が見え、ユーキの手の中に王冠が出てきた。
「こ、これだ!」
ワコウは飛びついて王冠をユーキの手からひったくった。手が震えて、黄金の飾りがちりちりとかすかな音を立てた。
「これさえあれば、私が新しい王として立つことが出来る!」
喜びに震えている彼は、隣でヤハンが皮肉な顔をしていることに気がつかなかった。
「さて!それじゃあお前はもう用無しだな。死んでもらおうか!」
ヤハンが飛び掛ってユーキの首を掴んだ。ぐうっとユーキの喉が鳴った。
「待て!ここではまずい」
ワコウがあわてて止めた。
「こいつには犠王として正式な死に方をしてもらわなくてはならない。最後まで役にたってもらわなくてはな!おい、生贄の泉まで連れて行ってそこで殺して来い」
「面倒くさいことを言うぜ!ここで殺して泉まで死体を運んでいけばいいことじゃないか!」
「そうはいかん。少なくとも街の連中に犠王を連れていったことを見せておかないとな。諸侯たちへの証拠にもなる。儀王を儀式どおりに神への生贄にしているのが分かるような場面を見せる必要があるんだ」
「見せないといけないってのか?」
「そうだ。儀王が交代し、新たに王が即位したと思わせるのだからな。そうすれば次の儀王を誰にするかは幾らでも細工出来る。少なくとも儀王が自分から儀式のためにこの街を出て行った姿だけは見せないと、後々まずいことになるぞ」
「口では綺麗なことをいいやがって、実はこの場で殺すのが嫌なだけだろう?あんたは自分の手は綺麗にしておきたいらしいからな」
ヤハンは不満そうな顔をしたが、それ以上は言い返すことはせず、ユーキの腕を掴んで廃墟から引っ張り出した。
そして、本来ならば意義を正し、盛装し輿に載せられて街の中を歩いていくはずの儀式を省略し、縛り上げられたユーキを引きずるようにして街路を歩かせ、儀式を執り行う場所まで自力でたどりつかせようとしていた。
「・・・・・おいたわしい・・・・・!」
引かれていくユーキに気がついた街の人々が次々につぶやく。これが本来の儀王の交代でない事は誰もが知っている。ただ、この街に残っているほとんどの者が平民で、コバー一族の横暴やその威を借りたワコウたちの暴力などといった、大貴族らの権力に対抗する力を持っていないから、止められないだけなのだ。
そして、ユーキが儀王を降りて正統なドブリスの王になってくれることを密かに願っていたことがこの呟きが教えてくれる。
ユーキが歩くと人々は次々に頭を下げていく。あるいは、拝礼のために辻々にある小さな神殿で立ち止まると近づいてきて同情の言葉をささやく。老人が、子供を連れた若い母親が、そしてぽかんと口を開けた子供たちまでが神妙な顔でユーキが歩むのを見つめていた。
いつの間にか街路には戦争には行かずに街に残っていた人々の多くが集まってきていた。
「ちょっと待て」
その人の群れにヤハンは危機感を持ったらしい。
街のはずれに差し掛かったとき、最後の拝礼になった神殿で、部下から小さな皮袋を受け取ってユーキに突き出した。
「これを飲め」
皮袋はちゃぷちゃぷと水音を立てていた。
「これは泉へ着いてから飲む毒薬でしょう?ここで飲むものではないはずだ」
「お前に逃げられちゃ困る。さっさとここで飲んでおいてもらおうと思ってな!」
周囲の人間は息を呑んだ。
「飲んじゃだめよ!」
群集の後ろから女の悲鳴が上がった。賛同する叫びがそれに続いた。
「こんなところで殺すつもりなのか!」
と何人もの人々が兵士に抗議した。
「黙れ!」
ヤハンは吠えると、兵士たちに命じて人々を追い散らした。人々はあわてて兵士たちの槍や棍棒から逃げようと路地へと逃げ込んでいく。
だが、何人もの大商人たちが静かにその場に残り、ヤハンや兵士たちに対峙していた。さすがのヤハンも彼らを力ずくで追い払うことは出来なかった。それなりの権力を持っているのだ、この大商人たちは。
「我々がしきたりを踏襲しているのはこれで分かっただろう。儀王はしきたりにのっとって神への生贄として捧げられるのだ!」
その場にまだ残っていた、市民の中でも力のある者たちに告げた。
「こんな茶番は沢山だ。さっさと済まして城に戻るぞ」
ヤハンはぶつぶつと言いながら皮袋の蓋を外すと、兵士たちに腕を押さえつけられたユーキの顎を掴むと飲み口を押し付けた。ぐいっと袋を押されるとユーキの喉に中身が入ってくる。思わず飲み込んでしまうと、強いミードの中に数種類の毒草が混ぜられていたのを知った。
「もっとだ」
ヤハンがぐいっと皮袋を握り締めた。たちまち強い酒がユーキの喉に溢れ、むせながらかなりの量を飲み込んでしまった。
咳が止まらない。
からだを折り曲げて激しく咳き込みながら、ユーキは舌に残る苦味や匂いで酒の中にキツネノテブクロやその他ユーキもよく知っている毒草がいくつも入れられていることに気がついた。
これは、もう助からないだろう。たとえ念のために首を絞められなくても・・・・・。
そう思いながら、ヤハンに引きずられてそのまま街の外へと歩き続けていった。
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