「僕が儀王の館に入ることになったきっかけは何かもうご存知でしょうか?」
「ええ。確か君のお父上が敵対する部族と通じたという疑いをかけられたのだそうですね。一族がその結果滅ぼされて、残った君は儀王となるべく館に送り込まれた・・・・・」
「そうです。ですがそれは僕の父をはめるための罠だったのです。これは身内だからと言い訳を言っているわけではありません。僕がその後調べた上での結果です。この陰謀を密かに企てたのが誰なのかもほぼ分かっています。
ですが、当時の僕には幼すぎてその疑惑を解く力はなかったし、今となってはもう時間が経ちすぎている。けれど、儀王である今の僕にはいくらかではあるが力があります。今度こそ違う方法で父の潔白を照明することは出来るのです」
「何をされるつもりですか?」
「それは・・・・・ここでは言えません。いずれ全てが明るみに出ることでしょう。ですから、どうか僕のやることを妨げないで下さい。あなたの体当たりのとめ立ては分かりましたが、それで僕のすることをやめるわけにはいきません。
・・・・・それに、その、関係を結んだとしても僕と君とは戦いの伴侶になったわけではないのですから、そんなことで僕を縛って言う事を聞かせる事は出来ませんよ」
ケイは彼の叱責を聞いて、恥じいった。
なんということをしたのだろう。自己中心的なことばかりを考えて、彼の立場も気持ちにも無頓着すぎた。
ケイはむっと口をつぐんで固く押し黙ってしまった。
「ところで、僕の館はどうなっていました?」
ケイの様子に構わずに、ユーキは尋ねた。
「・・・・・使いに出したものの話ではあなたの館には誰もいなかったので、あなたから渡された無事だと言うしるしの品だけを置いてきたと言う事でしたが。
あそこにはなぜ召使が誰もいないのですか?」
「以前は召使たちもたくさん住んでいましたよ。しかし、今は事情があって信用できる者だけにしていますし、わずかな召使たちは別棟で生活してもらっているので普段は館には誰もいないのです」
「それはどういうことですか?」
貴族ともなれば、騎士は従者、宮廷ならば小姓。ありとあらゆるところに召使はいる。召使のための下働きの召使さえいるのだ。召使が誰も常在していない館など考えられない。
ケイはひどい違和感を覚えた。
「以前どうやら僕の命を欲しい者がいたもので用心したんです。とばっちりを受けたりしたら大変ですからね。もっとも今は事情が変わっているから僕を殺そうとはしないかもしれませんが」
「君を殺そうとしている者がいたと言う事ですか!?」
ユーキはケイの驚きに微笑を返した。
「ええ」
「・・・・・そんな!笑って言うことではないでしょう!」
ケイは怒鳴った。
「でも、今までそれで何とかやり過ごしてきましたし、それにもう狙われる事はないでしょう。少なくとも僕の命は安全ですよ。ソーケル王がなくなるまでのわずかな時間は、ですけどね」
ケイは歯噛みした。この人は穏やかな顔をしていながら、修羅場を潜り抜けてきていたのだ。
やさしく無邪気な顔と人を無条件に信じる無垢さを持っているせいで、無意識のうちに彼を侮っていたらしい。
「・・・・・それでは館の中が散乱していたというのも、そのせいですか?」
「ああ、またやられていましたか。では帰ってから片付けるのが大変だな」
ユーキは肩をすくめた。
「問題が違うでしょう!」
「大丈夫ですよ。あそこに大切なものは置いてありません。つい最近もやってきて散らかしていったばかりなのに、まめなことですよ」
ユーキは楽しそうに笑った。
「もしかして、この間お会いした時、雨が降っていたのにもかかわらず、君はクロークも羽織らない薄着で来られましたが、あれも・・・・・?」
「ああ、そんなこともありましたね。あれはついうっかりと館に踏み込まれてしまったもので、捕まる前に急いで逃げ出してきたものですから」
「そんなことが何度もあったのですか?」
「それほどではないですよ。ほんの2、3回です。僕が持っているあるものを取り上げようと、あの館の中を家捜ししているらしいです。見つからないので僕を捕まえて聞き出そうとしているようですが。
そんなことをしても無駄ですけどね」
ユーキは笑いながら言った。
ケイはその豪胆さに舌を巻いた。この人は剣を持つわけでもなく、戦いに出て指揮をするわけでもないが、確かにいくさをしているのだ。それも、勝つか負けるか、ぎりぎりの戦いを。
「君は、戦士なのですね」
ケイがぽつりと言った言葉に、ユーキは驚いたように目を見張った。
「僕が、ですか?こんなひ弱な男が?」
「ええ。戦いは剣を持って行うだけのものではない。確かに君は戦っているのですね。同じ戦士として、尊敬します」
ケイはユーキの手を取って、手の甲にキスした。
そのあまりにうやうやしいしぐさにユーキは照れてすぐに手を振り払ってしまったが、ケイの唇の感触にどこかどきりとさせられたのは、深く考えないことにした。
「やめてください!照れてしまう。そんなふうにあなたに言っていただくほどのことは何もしていませんよ」
「ユーキ、僕は深く後悔しています」
ケイは頭を深くさげて謝罪した。
「何も知らないくせに僕は君を傷つけ君の名誉と誇りを踏みにじるような行為をしたのですね。どうか許してください。僕は君を思い通りに出来るなどという、傲慢な考えを持っていたようだ!戦士同士であれば、そんなことを考えるはずもない。僕は君を侮っていたのでしょう。
いや、許してくださらなくても構わない。剣を使いたくないのでしたら、どうぞ僕を殴ってください!叩きのめしてくださって結構です!!」
「そして、イダさんが飛んでくるのではありませんか?いや、その前に僕の手の方を傷めてしまいそうだ」
ユーキは苦笑した。
「・・・・・そうですね。あれはなかったこと、ただの事故だったのだと考える事にします。ですからケイ、もう謝らないでください」
「僕を許してくださると?本当にそれでいいのですか?君はそれで納得できるのですか?」
「・・・・・ええ」
ユーキはふっと眉をひそめ、視線が宙に据えられた。
「・・・・・あなたはあの時の僕の全てを見て知っている。何もかもさらけ出していたのだから。僕はあの行為を全て嫌がって最後まで拒否していたわけではない。むしろ僕はあの時喜んで受け入れて女のように喜びの声を上げて、そして・・・・・」
ユーキの声がひきつってくる。手が小刻みに震えて・・・・・。
「待ってください!」
ケイはそれ以上ユーキが自虐的な言葉を吐き出すのを止めさせた。話している間に、ユーキの瞳が狂気のような光をはなっているような気がして怯えたのだ。
「事故、だったのでしょう?君はそう考えると言ったはず。でしたらもう気に病まないで。そんなに気になるのなら、はけ口を僕に求めなさい!」
軽くからだを揺さぶりながらささやくケイの声は優しくなだめるようなもので、ユーキの心にしみた。ふうっとユーキの肩の力が抜けていく。
「そう。・・・・・そうですよね、あれは事故だったのですだから」
ユーキは深いため息をついた。頭ではケイを許していても、心のどこかにわだかまりがあって、それが自分に対して刃を向けているらしかった。
本当にあの出来事を水に流してしまうには、まだ時間がかかりそうだった。
「君にひとつだけお願いしたいことがあるのですが」
「何でしょう?」
「僕を許してくださるのなら、『あなた』ではなく以前のように僕の事を『君』と呼んでいただけませんか?もっと気楽な言葉遣いに戻っていただきたいのです。許していただいていないようで、心が痛みます」
「でも、あ・・・・・君は僕に敬語を使っていますけど?」
「それはどうやら小さい頃からの習慣ですので、今更直すのは難しいのでこちらの方が僕としては楽なのです。これまで君は僕に対して普通にしゃべっておられたのですから、どうぞそのように」
「そう?・・・・・じゃあ、そうするけど」
「ありがとうございます、ユーキ。
ところでお聞きしたいのですが、先ほど侵入者が何かを探しているということでしたが、何なのかをお聞きしてはいけないでしょうか?」
「ああ、それなら」
まるでなんでもない様子でうなずいた。そして、
「王冠だけど」
と、ごく軽い調子で言ってのけた。
【21】