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 城門の中に入ったケイはわずかに眉をひそめた。今、勢いが盛んである自国ブリガンテスの首都、ロンディウムにはとうてい及ばないとは言っても、このタナタスは古くから栄えた場所であり、ドブリスの国の中でも有数の城市のはずだった。モリオス一族の本拠地となっているのだから。

 ――古きロウムの忠実な養い子。ガリアの麗しき花――

そう呼ばれているはずの城市だった。それが、このありさまはどうだろう?

 城門を入ってすぐは周囲からやってきた商人たちがまずやって来る地区になる。そこは敵が侵入したときには一番先に蹂躙されるところでもあるが、また外からやってきた商人たちがここで荷を下ろし奥へと荷捌きをするために設営された、にぎやかな市場ともなっているはずだった。

 だがケイたちが見たものといえば、秩序とは名ばかりのごちゃごちゃとした小店が沢山並んでいる光景だった。それも仮の店舗といった風情の店ばかりで、ここに根付いて商売をしようとするものは見受けられない。稼げる時に稼いでおこうというさもしい気構えだけが感じられる。

 これだけ多くの店が並んでいるということは、一店舗あたりからこの城市の支配者へと渡される租税はさぞかし多いことだろうと思われた。

 しかし。

本来これほど大きな城市ならば、ここには他の国からの出店が整然と並んでいるべきはずだった。

「話には聞いていたが、予想以上かもしれませんな。かなりこの国は混乱し衰退の傾向を見せているようですね。現在の王であるモリオス公は国の統治は上手なはずですが。

今までと違って体裁を考えずに軍用金を荒稼ぎしようという政策をとっているということは、すでに統治は彼の手を離れていると見るべきでしょう。先のアクエ・スリスの戦いでの手ひどく負けたことも尾を引いているのかもしれない。自信を失って誰かの助言に従っているだけなのか。それとも風のうわさで聞こえてきている彼の負傷した傷が悪化しているので、権限を誰かに譲っているのか・・・・・。 

こうなると陰では次の世継ぎを巡って相当もめているのかもしれないですな」

 イダはケイに聞こえるだけの声で言った。

「虎は死して狐が権を振るう。というところなのでしょう」

ケイもイダの言葉にうなずくと、ひょいと顔を向けてイダの注意を促した。ケイの視線の先には貴族たちの屋敷が並ぶ一角が見えてきていた。

こちらは平民たちの住む通りとは違って、仰々しいほどの門構えの堅固さと警戒振りとが目を引いた。その見るからに新しい門構えの石の中には、材料である石材が不足しているためか、元は石像だったらしい胴やら頭とおぼしき石のかけらが散見できる。

「笑止な」

 ケイは一言で吐き捨てた。

「この国全体を防御せずにわが身だけを守ろうとしても、それは所詮付け焼刃にしかならない。働き手である平民たちを守らずしてどうしてこの国を守っていくことが出来るだろう。すでに貴族たちはわが身の保身にやっきになっているらしい。それともこれはモリオス王が死んだ後の後継者争いの先触れと見るべきものか」

 前を行く出迎えの兵士の一人が不愉快気にこちらを見た。どうやら今のケイの言葉が耳に入ったらしいが、礼儀を重んじるドブリス王国の人間としてはその無礼をとがめることは出来なかったらしい。

 もっとも、ケイがブリガンテスの世継ぎであり、あの国が今は強大な勢力になりつつあることも頭の隅をよぎったに違いないが。

「あー、独り言ですよ。独り言」

 イダが冗談だと取り紛らせ、彼らをとりなしてくれるようにケイに視線を送ったが、ケイは完全に無視した。

 そんなことよりももっと心を惹かれることがあったからだ。

「・・・・・あれは・・・・・?」

 自分たちのひずめの音にまぎれて、か細くまろく楽の音が聞こえてくる。その聞いたことのない音色は、ケイの興味を引いた。

 どこか懐かしい響きを持っているが、何の音なのだろうか?と。

「あの音は何です?誰が何を弾いているのか教えていただきたい」

前を進む迎えの兵士に尋ねた。

「音など存じません。風の音ではありませんか?」

「・・・・・知らない?これほど聞こえているのに・・・・・?」

 尋ねられた兵士は眼をそらすことで圭の質問に答えると、彼にそれ以上聞かれるのを拒むつもりらしく、馬のわき腹を蹴ると隊列の前へと走っていってしまった。そこで顔を反対に向け、今度は逆側の隣に並んでいた兵士に眼をやって目線だけで尋ねてみると、彼は急いでケイから顔をそむけ、質問に気がつかなかったかのように無視してみせた。

 どうやら彼らの耳が悪いわけではなく、この音が何なのか教えたくない理由があるようだった。

「ほう?どういうことだ?これは僕には知られたくないことなのですかね?」

そうとなればさらに好奇心がそそられる。ケイはぐいっと手綱をひくと馬を下りようとした。

「ケイ様!いったい何をされるおつもりですか!?」

 あわててイダがケイのクロークをつかんだ。

「決まっている。あの音が何なのか探り出す」

 いたずらっ子のような生き生きとした笑顔で答えた。

「これからモリオス王との面会が待っているのですよ!?子供っぽいわがままはおやめください!」

「モリオス王と会うことになるのは夜の宴会の時でしょう。それまでには帰ります。

もしそれまでに帰れなかったときは、僕ではなくても君にだって軍師として充分な資格があるのだから、代わりに宴会に出ておいてくれればいい」

「そういうわけにはいきません!貴方が今ここでヘタな動きを見せればまたこの国と戦争が始まる。貴方だって充分それは分かっているはずだ。礼儀を乱すような行為はおやめください」

 ケイにもそのことはよく分かっている。だが、聞こえてくる音はどこかケイの心の奥深くにある何かを揺さぶり、遠い思い出を浮かび上がらせるような強い魅力を持っていて、是が非でも探し出さなくてはならない気持ちにさせたのだ。

 やむをえず、ケイは馬首を王城の方へと向き直らせ、また無表情に戻って馬を進めた。ただし、その耳は今も聞こえてくる不思議な音色に向けられていたのだが。

 

 きっと探し出す!

 

 ケイはそう決意した。