「君の次の儀王を捜します。何とかして君を儀王の座から外してみせましょう。そうすれば君は死ななくてすむ!」
「いけません!」
ユーキが叫んだ。
「それはしてはならない」
堅い表情で拒絶した。
「君の命が失われてもですか!?君が儀王を降りて次の儀王に譲れば助かるというではありませんか!なぜ死にたがるのですか!?」
「それで次の子供が生け贄にされるのですよ!?そんなことは絶対にさせない!」
ユーキは吐き出すように言った。
「もう沢山なんです!僕がこの館に来てから何人の少年が生け贄とされたことでしょう。僕は黙ってみているしかなかった!」
ユーキはぎゅっと手を握り締めて、内心の激情を抑えこんだ。
「僕は祖母が亡くなるまで特別扱いでした。儀王の館にいるにもかかわらず、候補からははずされて儀王に選ばれる事はなかったのです。生け贄として死ぬ事はないと保証されていました。他の子供たちからずいぶん恨まれ憎まれたものです。
そう、ずいぶんいじめられたりもしましたよ。
・・・・・ですが僕と一緒に育っていたその子供たちは、今はもう全て生け贄にされていて亡くなっています」
「そうではないはずだ。儀王に就いている期間を終えて、儀王を降りた者もいたと聞いていますよ」
ケイがいぶかしげに言った。
「それは建前に過ぎません。最近ではほとんど、5年以内に何らかの理由をつけて生け贄にされていたんです。天候が不順で作物が採れなかったとか、王が軽い病気にかかったとか・・・・・。
生きて儀王候補から生きて館を去った者は数えるほどしかいないのです。儀王に選ばれたとなるとなおさらです。僕が3年以上儀王を続けられていたこと自体、不思議なくらいなのですよ」
ふっとユーキは微笑んだ。
「ついに僕が儀王になる番がやって来た時、むしろほっとしたものです。犠王になって殺される子供を見るのはこれで最後になるのだと。僕の次に生け贄にされる子供がいないようにすることが、僕の儀王としての最後の勤めなのだと決めていました」
ぐるりと腕をまわして館の中を指し示した。
「あなたも館に入って人の気配がいないことを不思議に思ったでしょう?ここにはもう次の候補はいません。僕以外でここにつれて来られたのは、多くは貧しい家の子供たちでした。本来は貴族の子息の中から儀王の候補が選ばれるはずなのですが、もうそんな慣例は無視されています。
候補は出さなくてはならない、しかし自分の子供は差し出したくない・・・・・。それで、差し出すはずの貴族たちが身代わりとして貧しい農家の子供を親から買い取ってここに連れて来たり、放浪者の中から無理やり連れて来たりして穴埋めにしていたのです」
ユーキは肩をすくめた。
「そういう子供たちばかりだからこそ、簡単に儀王として立たせ、犠王として容易く生け贄としたのかもしれませんね。貴族たちにとって、ここにいる子供たちは捨てても惜しくない命だったのかもしれません。・・・・・そんなことは絶対にないのに!」
ふうとため息をついて、ケイに真剣な表情で向かい合った。
「あの神殿での演奏の報酬を、僕は子供たちを親元へ戻したり、職人の親方の下へ徒弟として子供を預けるための支度金としていたのです。先ほどその最後の子供がここから出て行きました。ソラという子供で、彼はイクシーの鍛冶屋の徒弟として入ることになりました。ようやくこれで僕の肩の荷が下りました。
もう次に入ってくる子供はいないでしょう。すでに何年もここはほったらかしにされて、見向きもされませんでしたから、次の候補を入れる手間などはもうしないはずです。
ソーケル王が亡くなったとしても、次の儀王を選ぶとは思えません。コバーなどは儀王などという古い慣習は廃止すると前々から高言していたくらいですからね。他の人も同じようなものです。
まあ、選ぼうとしてもここには誰もいないし、突然連れて来た子供を現在の儀王の承認もなく次の儀王にする事は出来ないことになっています。
つまり儀王である僕がその子供を受け入れない限り、次の候補はここには入れず、そして、いないことになる。
だから、儀王と呼ばれた者は、僕が最後となるのです。
今までは子供たちをここから脱出させるために、この館には誰も入れないようにしていました。入ってくれば、候補となるはずの子供たちがいないことがバレてしまうためです。あなたにここを教えなかったのもそのためだったのですよ。
ですが全部終った以上、誰がここに来ても構わなくなりました。あとは、僕の身の始末だけです」
ユーキはきっとケイを睨んだ。
「ですから、僕は儀王を降りるつもりはありません」
「そして、君は死ぬつもりですか!?」
「それが、僕の運命なのだとしたら、甘んじて受けるつもりです」
ユーキは明るく微笑んでそう言った。
「どうかもうお帰り下さい。殿下。ここはあなたにはふさわしくない。あなたはもっと未来のある人と恋を語るべきです。死にゆくものなど放っておきなさい」
「・・・・・もう君は僕を『ケイ』とは呼んでくれないのですか?」
ケイの声が小さくかすれた。
ユーキはふっと以前ここにいた子供の声を思い出した。親に売られてここにつれてこられ、すねて泣いていた幼い子供の声を。
ユーキはなだめるようなやさしい微笑みを浮かべた。
「どうぞ自分のいる場所へお帰りなさい。・・・・・ケイ」
「・・・・・・・・・・」
ケイが何かをつぶやいた。
「え?」
ユーキが聞き返すと、ケイは突然ユーキを椅子から引き摺り下ろした。
「・・・・・痛っ!」
「そんなことは絶対にさせない!僕は君を失いたくない!」
「な、何を!」
ぐるりとユーキの視界が反転した。
「・・・・・痛っ!」
「君がどうしても、と言うのなら、僕は僕の方法で君を止めて見せましょう!」
ケイは押し殺した声で宣言した。
ユーキは自分が床に押し付けられて圧し掛かられていたと知ったのはその直後、そしてなぜそんなことを彼がしたのかを知ったのは、
―――すぐのことだった。
【19】