「なぜ、僕と抱き合うために他の者との経験が必要なのですか?君に経験がないのなら、君は素直に僕に身を委ねていればいい。僕が全てを教えましょう。
それに・・・・・その、必ずしも年下が抱かれるとは限らないものではありませんか?」
それでは彼は年上だったのかとケイは頭の隅で考えていた。自分よりも年下なのだろうと思っていたが、彼がごく特殊な育ち方をしていたのなら、年よりも若く見えるのもそのせいなのだろうと。
「でも、普通はそういうものだろう?そ、それにせっかくならばうまく行くようにするものじゃないか。少しは経験しておかないと僕だって君を楽しませられない」
ユーキはあくまでもケイの方が年下ということにこだわるつもりらしい。
「・・・・・あくまでも君が僕を抱く、というつもりなのですね?」
ケイはどうして話がとんでもない方向に行ってしまったのか、頭が痛くなった。
「僕は君と閨を共にしたいと申し出たのは、ベッドの上の運動相手としてではなくて、ですね。
つまりどちらがどちらを抱くという問題ではなく、僕が君を好きになって、その流れとして愛し合いたいということなのですが・・・・・」
ユーキは目を見張って驚いた顔をすると、困ったような顔になって耳を赤くしてもじもじと目線をあわそうとはしなくなった。
「・・・・・僕の答え方がまずかったみたいだね。こう答えれば喜んでもらえると思ったのに」
彼の答えを聞いて、ケイはため息をついた。この人はこういう口説きにまったく免疫がなかったらしい。
「僕の言った言葉はただの言葉遊びだと思われたのでしょうか?」
ユーキは困った顔をしてこくりと頷いた。
「ブリガンテスではキスをするのも挨拶代わりで口説きも挨拶の一つだって聞いていたんだけど。君、すごく洒落た言葉を使っているしね」
ケイは思わず唸っていた。いったい誰からそんな話を聞いてきたというのだろう?
「つまり、君が他の相手で練習してくるつもりだというのは、僕の言葉が冗談だと思って、洒落た言葉を返したつもりだったと?」
「うまく冗談を返せなかった?ごめん」
なんとも無邪気な言葉を言う事か・・・・・!
「・・・・・もしかして、君は今まで誰かに口説かれたことはなかったのですか?」
ケイは恐る恐る尋ねてみた。
「うん。僕は儀王だから、何か王への嘆願を持ちかけられても返事は出来ない。儀王は政治向きには一応触れないことになっているし、僕に何かを頼んでも役に立たないからね。口説かれた事はないよ」
話がとことん違う方にいってしまう。
「そうではなくて、君に恋の口説を仕掛けてきた人はいなかったのかと聞いているのですよ」
「いないよ!そんな人なんて。第一、僕みたいに生っ白くて細い男なんて、戦士になっていたとしても頼りなくってどんな女の人も気に入らないだろうし。だから、君が僕に言ってくれた言葉が楽しかったよ。僕も誰かにそんなふうに言ってみたいなぁ」
ユーキはあくまで無邪気だ。
彼が自分の魅力に無頓着なのは、自分の魅力に気がついていないためと、今まで口説こうとする相手がいなかったためなのだろう。
あるいは儀王とは神聖なものと祭り上げられていて、彼を口説こうとする者など今まで現れたことさえなかったのかもしれない。だとしたら、恋愛をもちかけ、真剣に愛をささやいたつもりだったケイの言葉が空回りして本気に取られることはなかったのも当然だった。
ケイは内心で自分の性急さに舌打ちした。
「すみません。僕は言い方を間違えていたようだ」
頭を下げて謝罪した。
「僕は君と愛し合いたいと言ったのは、真剣に君に求愛していたのですよ。
それも、からだの関係も含めての恋愛をしたいということだったのです。戦士間の絆のように最初に運動としてのセックスで関係が始まるというわけではなくて、互いに相手のことを好きになってその上で、からだを重ねる行為が付いてくる『恋愛』をしたかったのだということを分かっていただかないといけなかったのですね。
確かに僕は君と2度しか会っていなかった。性急に求愛などしてはいけないことを失念していました」
「・・・・・君、本気だったの?!」
信じられないという様子でユーキは叫んだ。
「もちろんです。ですから、もう一度最初から言い直しましょう。
僕は君を好きになりました。どうか僕を好きになって、恋人になっていただけませんか?・・・・・これでよいでしょうか?」
「あの、僕は儀王なんだけど・・・・・」
「儀王は誰かと恋愛してはいけないという掟でもあるのですか?」
「いや、そんなことはないよ。ただ、儀王にそんなことを言う人がいなかっただけさ」
「では、僕と愛し合うことは出来ますね?」
「・・・・・僕が男性相手に恋愛が出来るとは思わないけど・・・・・」
困った顔が愛らしくて、にやけてしまう。
「考えておいていただく事は出来ませんか?ゆっくりしたお返事でも構いませんから」
「・・・・・うん、分かった」
ユーキは子供のように素直にうなずいた。いかにもほっとしているのが、よく分かる。
ただし、僕は君と会ったときから一目惚れで、夢想の中では君を押し倒して愛してみたかったのですがね。
ケイはそんな言葉を飲み込んだ。これ以上ユーキを追い詰めたくなかった。最初から少しずつ少しずつ恋愛を始めればいい。そう思って楽しみになった。
こんなに辛抱強くなれるとは自分でも予想外で、そんな自分が誇らしくさえ思えてくる。
「ねえ、ケイ。君はいままでとてもモテたんだろう?君はとても・・・・・その、美丈夫だし。
恋人はたくさんいたんだろうね。いつも男の人を相手にしていたの?もしかして女性はぜんぜんだめだったとか?それとも両方相手だった?
ああ、そう言えば今まで何人くらい恋人がいたのかな?」
そんなふうに物語をせがむかのように答えにくい質問を無邪気に仕掛けられても困る。
「・・・・・忘れました」
「ふうん?すると僕もそのうち忘れられる人間に入るんだろうね」
「そんなことはありません!君は僕が生まれて初めて心から愛した人です!」
ケイはそう言うと、ユーキの肩を抱き寄せて、そっと口づけした。
ユーキはうっとりと身を任せていたが、目を開くと感心したようにケイに言った。
「そうかー。そんなふうに口説くんだね!」
感激した様子で言うのを聞いて、ケイは儀王という役目柄か、浮世離れしたこの人をうまく恋人にすることが出来るのか自信がなくなって、
・・・・・密かにため息をついていた。
【14】