ホーリー編
このところ、僕のところには難しい案件が続いている。
ようやく以前勤めていたくそったれの事務所から今のところに移って来たばかりだというのに。
特に問題なのが、タクシマという男が持ち込んできた話だった。
被疑者の名前を聞いて驚いた。
ケイ・トウノインというのは、マム・マリアの大勢いる『息子』の一人だっからだ。
かく言う僕もその一人ではあるが。
義兄のタカネがけんかの末に家に連れて来たというのがそもそものなれそれだったはずだが、今もニューヨークに来た時にはマムのもとに顔を出している。
その彼がなんと未成年者との性行為を疑われて逮捕されたのだという。
初めに依頼していた弁護士事務所の腰がひけて消極的になったというのは、まあ大手だが事なかれ主義のあそこなら当然だと言えた。
背後にサムソン・ミュージック・エージェンシーという巨大な怪物がいるということを知れば、たいていのところは逃げる。
しかし次に話を持ってきてもらったこちらとしては、断わる選択は最初からないも同然だった。
ここの事務所はまだ小さいが、大手が負けるからと逃げ腰になるような事件にも果敢に立ち向かっていく、気骨のある男がボスだ。そして彼は相手が大物で更に冤罪事件だとなれば、ますます燃える男なのだ。
それにマム・マリアの息子となれば俺にとっても身内同然だったし、マムがこの事を知るとすぐに僕に厳命してきた。必ず彼を無罪放免にしなさいと。
マム・マリアの養い子である僕にとって彼女の言葉は絶対だった。
とは言っても事は重大だった。うちとしても、まったくの無罪放免に出来るかどうか。
陪審員たちはこの手の少年に対する性犯罪事件には実に神経をとがらせていて、例え証拠があいまいで本当に事件を起こしたのかどうかグレーゾーンであっても、『有罪』とする事が多い。
ケイがアジア人種、それも日本人であることも偏見の多い者には不利につながるだろう。その上ケイは自分がゲイであることを認めていることも更に立場を悪くしていた。
裁判についてどのような方向で進めていくか、難しいところだった。
僕がまず契約後の手始めに手掛けたのは、あの大手弁護士事務所から契約金を取り戻し、違約金をふんだくってみせることだった。
どうも金だけを取っておきながら、いざ裁判になったとたんに誠意を見せない相手に、彼等は腹を立てたらしかった。
宅島というケイのマネージャーが言った言葉に、僕としても張り切らざるを得なかった。
『せいぜいふんだくってやってください。お手並み拝見というところです』
『こちらの腕を見たいというわけですね?』
『まあそうなりますか。とりあえず得た金はそのままそっくりそちらに顧問料と報酬として渡しますよ』
『ほう!そりゃ喜んでやらせてもらいますよ』
こうとなったら張り切らざるを得ないではないか?
僕はせっせと向こうの事務所と交渉し、たっぷりと違約金をむしり取ってやることができた。
「ここだけの話だがね、実はケイは裏で何かやっているようだよ」
先日、ジョンが僕にこっそりと耳打ちしてきた。
「どういうことです?」
「詳しい事は僕も聞いていないんだよ。というか、何をやっているのか知らない振りをしていて欲しいらしい。このことは弁護士とは関係なく動いている事にしておきたいみたいだね」
どうやらこちらに留学しているという彼の妹がリーダーになって、ケイの指示で何やら動いているのだそうだが、果たしてどれほどの成果があげられるものかわからない。
とは言え、ここに来て少しだけ先に光が見えていた。
訴えて来た原告の少年の事情が分かって来たのだ。少年の母親は、SMEからデビューの好条件(あるいはそれに高額の報酬をプラスされたか)をエサにぶら下げられて、虚偽の証言をするように言われたらしい。
どうにかしてここから先へ進む道を探せないか、思案中だ。
ただ、もうひとつ問題がある。
訴えられた少年の件の他に、彼にとっては不利な証拠が提出されていた。
未成年らしい男性のヌード写真を手元に持っていており、ミスタ・トウノインは逮捕時に確かにそれは自分が持ちものだと肯定していた。
つまり訴えて来た少年の他に、誰か別の少年とセックスをしているということを意味していた。
しかし彼は写真の人物がどこの誰なのかはまったく口を割ろうとはしなかった。
このままではたとえ偽証してきた少年の嘘を覆すことが出来ても、陪審員たちの心証は確実に悪くなるに違いないことは彼も分かっているはずなのに、だ。
僕が他の仕事を片づけて、夕方遅くになってようやく事務所に帰って来ると、事務所のボスであるジョンがすぐに僕の元へとやってきた。
「やあ、お帰りホーリー。先ほど日本からミスタ・モリムラが事務所にやってきたよ」
「ああ、そう言えばミスタ・トウノインの面会に来ることになっていましたね」
「君は彼に会った事はあるのかい?」
「ええ、数年前にですが。義弟のタカネ・イクシマが復活リサイタルをカーネギーでやった時にゲストで出演していたのを聞いたことがありますよ。ですが顔を合わせた程度のものですね」
今日彼がここにやってくることはもともとの予定となっていたはずだが、何か問題でも起きたのだろうか。
「ところで・・・・・君はミスタ・トウノインの容疑の一つとなった写真を見ているよな?」
「え、ええ」
何やらふくむところがありそうだが、いったい何を言いたいのだろうか。
ジョンはフォルダーの中からおもむろにインスタント・カメラで撮られた写真を出して見せた。
「これを見て貰いたいんだが」
「あ、これは確かにあの証拠の写真と同じ人物ですね。少年を見つけ出したんですか!」
ポーズも全く同じ。
ただし今度の写真はTシャツにズボンをはいた着衣のごく普通の姿だった。
背景は違っていて、どこかホテルの中のように見えた。
そして、印字されている日付は・・・・・今日のものだった!
「実はね、ミスタ・モリムラはあの写真のことを自分を写したものなんだって言っているんだよ」
「・・・・・冗談でしょう?あの証拠写真は間違いなくティーン・エイジャーですよ!?」
「そうだよなァ。誰が見たってそう思うよな・・・・・」
モリムラは確かケイと同じか一つ上だったはず。それが10歳ほども若く写るなんて、バカげた話があるはずないではないか。
「でもなァ。事実だって僕たちに認めさせるためにと言って、今日ミスタ・モリムラが自分を撮ってきて渡してくれたんだよ、それ」
「・・・・・信じられない!!」
思わず僕は絶叫していた。
どう見てもそこに映っているのはまだ少年だった。顔のラインはまだ柔らかく、肩や手も華奢で未成熟に見えた。
これはいったいどういう魔法なのだろうか。
「俺だって見た途端に自分の目を疑ったからな」
ボスは、真面目くさってうなずいていた。
「元々ミスタ・モリムラは東洋人の目から見ても童顔らしいがね。
それにしても東洋人というのは実に不思議だ。いつまでも若く見せる秘訣を持っているに違いないと思わせる。この国のご婦人がたはさぞかしうらやましがって、秘密は何かと血眼になるに違いないぞ」
「ははは。まさか、そんなものがあるわけないでしょう」
と言ってみたものの、手の中にある写真を見ていると、『ひょっとしたらそんなことも・・・・・?』
という気がしてくるのが不思議だった。
怖い事に。
内容的には本編の方に入るのかもしれませんが、一応『檻の中』関連という事で。
宅島編の続きという感じですね。