紅葉


  





悠季が僕をドライブに誘ってきたとき、彼に気を使わせてしまったことを知った。

先ほど団員との会話で普段は使わないようなきつい言葉を使ったのを聞きとがめたのだろう。視線の片隅で彼が振り向いたことに気がついていた。

自分でもまずいことを言ったという自覚はあったのだ。

これが音楽に関しての質問や反論であれば理性的に対応できたと思うが、スケジュールや会場についてのかなり的外れな発言だったのを不快に思ったのだ。
ここ数日の不愉快さやいらだちが思い出されたので。

近寄ってきた宅島から僕に対してのやんわりとした忠告もあり、素直に悠季の誘いに応じてドライブに出かけた。

悠季としては日帰り旅行でも仕方ないというつもりだったようだが、スケジュールを見ていて僕の予定さえ変更できれば一泊も可能なのだと知った。
またここを逃すと次のチャンスは当分先だということも。

ならば忠告者にも協力してもらおう。宅島に半ばねじ込んで翌日の午後までの予定をもぎ取ることに成功した。

目的地の【T山公園】を検索してみると、春は桜、秋は紅葉で有名な場所らしい。周辺には他にいくつもの観光スポットがあり、喜ばしいことに有名な温泉地も近くにある。

僕はいそいそと宿を選び予約した。まあ、悠季の気分が変わってそのまま家に帰ることになったならキャンセルすればいいことだ。





そしていざドライブに出かけたのだが、意外なことに悠季が見たかったものは紅葉ではなく『桜』だった。
どうやら団員の誰かから聞いたものらしかった。

公園で見つけた秋に咲くという桜は予想していた以上に印象的なものだった。感受性の高い悠季が見とれるのも無理は無いと思ったが、見入っている姿に少々不安にもなった。

桜を見つめながら、どこかうわの空になっているのだ。僕には聞こえない音楽に耳を傾けているような風情で。

こんなときは僕に断りもなく忌々しいミューズが悠季の耳に何事かを吹き込んでいるに違いないのだ。
ともすれば僕のことを忘れさせようとするライバルである彼女たちの仕打ちに苛立ちを感じるのも、まあよくあることだ。

小さく悠季のくちびるが動いた。

エレジー

と言ったようだった。

はて、エレジーと名づけられた曲はいくつもある。誰の作曲したエレジーをイメージしているのだろうか。悠季はどんなエレジーを演奏するのだろう。

こんなふうに彼女たちミューズに嫉妬しながらも、彼のうちにある音楽に惹かれている僕も同病ということになるのだろうか。

だが、問題はこの後のスケジュールのことだ。

今日はヴァイオリンを持って来ていない。曲想を固めるために、このまま急いで帰ろうと言い出すのではないか。せっかくのデートを取りやめにして。

内心不安に思いながら彼を見ていると、ぱちぱちといくつかまばたきをしてからこちらがわに戻ってきてくれた。

「このあとはどうしょうか。どこかお勧めのところはある?僕はネタ切れなんだけど」

にっこりと笑ってそう言った。






そうして、僕はいそいそと検索しておいたいくつかの観光スポットに悠季を案内し、そのまま予約していた宿へとチェックインすることが出来た。

あいにく露天風呂がついた部屋はとれなかったが、部屋の窓からは庭に咲いている十月桜がよく見えて悠季を喜ばせてくれたのがよかった。

二人で広くてきれいな大浴場へと入る。

肌になじむような泉質で、肌がしっとりとするのがわかった。

「ここの温泉すごくいいね!明日の朝も入りに来たいね」

「そうですね」

相づちを打ちながらも、ほんのりと色づいた悠季の肌に見とれ、ここでは手を出せないことを残念に思っていた。




最近の宿は僕の身長でも間に合う浴衣が用意されているようで、二人して浴衣を着て部屋に戻る。すぐに用意された季節の素材を使った料理の数々と注文した地ビールや地酒とで久しぶりのゆっくりした夕食を堪能した。

食後は部屋に付属のテラス席に陣取ると、食後酒としゃれ込んでブランデーを手にした。

ほんのりと目元が色づいた悠季は目を細めて外の景色を楽しんでいた。あちこちに設置されたライトアップ用の光に照らされた紅葉と十月桜の庭を。

僕は不安になる。またミューズに悠季の心を奪われてしまうのではないかと。

そこで席を立つとそっと悠季の背後に立って椅子の背もたれを支えにして、彼の肩に腕を回して首筋にキスを落とし、 アルコールのせいであたたまって石鹸の香りに混じった悠季の香りを吸い込んだ。

それから首筋にそってくちびるを這わせ、甘い肌を舌で味わう。くっきりと浮いた鎖骨を甘がみして、影を落とすくぼみにきつくキスを落とす。

悠季は一瞬息をつめてから、はぁっと甘いため息をついた。

どうやら今日はことに敏感に反応してくれるようだ。前を見ると、そこも同様に。

「ベッドへいきましょう」

「・・・・・うん」

悠季は素直に身を預けてくれた。






「・・・・・んんん」

息をこらえるようにして僕の愛撫に反応する。

たまらなくなって悠季の鎖骨の下にまたきゅっと吸いついた。今度は先ほどよりも強く。

赤くてきれいなあとがついた。

「だめだよ、見えるところにつけたりしちゃ」

「ええ、わかっています」

見えないところならいいのだと、承諾を得たことを。

「あ・・・・・あうん・・・・・ひぁっ・・・・・!け、圭っ!」

僕はせっせと悠季の白い肌にアトを残し、そのたびに悠季は甘い声で啼いた。白く滑らかな肌に鮮やかな赤い痕跡を残して、僕の征服欲を満たしてくれる。

鎖骨のすぐ下、うでの付け根、わき腹のすぐ上、腰骨の横、肩甲骨のところや尾骨の近くにも念入りに。

「ああ、とてもきれいですよ。悠季」

うっとりと見ほれてしまう。

快感で朦朧となって横たわった彼の肌にはきれいな紅葉がちりばめられていた。

僕だけが見ることを許される美しい紅葉が。

「愛しています、僕の悠季」

耳元でささやくと、声のかわりに彼の中がきゅっと僕を喰い絞めた。

甘い苦痛。

ああ、たまらない・・・・・!

僕は新たな快感を二人で得るために、また動き出した。








だが、満足していたのはその晩だけだった。

翌日の朝起きて風呂に誘うと、悠季はひどく不機嫌になって、入浴は断固断られたのだから。

「うわ〜なんだよ、これ。せっかくの温泉に朝湯で入りたかったのに、行けないじゃないか。も〜!」

「大丈夫です。まだ朝早いのですから、誰も入りに来ては居ないでしょう。二人きりで入っていても問題ありませんよ」

「こんなにキスマークをつけられているんだから、もし誰かに見られたら絶対にわかるって!」

・・・・・しまった、確かに。

僕の悠季を誰かに見られるのはまずい。ことに後朝の名残をとどめて、キスマークで彩られた艶かしい悠季は。

「圭は一人で温泉に行っといで。僕は部屋でシャワーを浴びるから」

ぷりぷりと怒りながら、バスルームへと消えていった。

帰りは、すっかり気分を害した悠季の機嫌をとるのに大変だった。




教訓。

今度悠季と旅に出かけるときには、部屋に専用の露天風呂がある宿を選ぼう。



そう心に決めた。



















季節はずれな上に、少々ヌルめ。_| ̄|○
これでお茶を濁しておきます。
また精進します。





2017.12/30UP