それに気づいたのは、圭と一緒に風呂に入って寝室に上がった時のことだった。


「圭、見て!雪が降ってきたよ!」


窓の外に目をやれば、夜の闇の中を白いものがふわふわと降りてきている。

そういえば夕方あたりから今にも落ちてきそうな空の色を見て、いつ降り出す事かと思っていたんだっけ。


「どうりで冷えてきたわけですね。さあ、悠季。早くこちらへおいでなさい。」


そう言って冷たいベッドを暖めて待っている圭がぼくを呼んだ。そういえばここ数年、寒くてなかなか寝付けない、って事はないよな。

きみが演奏旅行でいない時を除けば、さ。

ぼくは圭の待つベッドに潜り込んで、圭の胸にぴっちりと身体を寄せた。


「・・ふふ。あったかい・・・」

「悠季・・・・・・」


その夜もぼくは寒さ知らずの情熱的なオトコの熱に浮かされて、暖かな夜を過ごしたんだった。




そして翌朝。

流石にいいだけ寝坊して起き出してみると、外は一面の銀世界だった。テレビのニュースでも東京では珍しい程の大雪で、首都圏の交通網は麻痺状態らしい。今日は二人ともオフでよかった。


「圭、庭も玄関前ももう大変!庭はいいけどさ、玄関前くらい雪かきしとかないと明日の朝が大変だぞ〜」


大変だと言いながら、なんともワクワクしちゃうのは懐かしい故郷を思い出さずにはいられないからだろうか?

昔は雪なんて見たくもなかったけど、こうして東京での暮らしの方が長くなった今現在。雪を見るとなんだかじっとはしていられないんだ。


それから二人で遅い昼食をとると、分厚いコートに手袋・マフラー。

そして手には大きなシャベルを持って、二人そろって雪かきにいそしんだ。

「どこまで雪を除けるおつもりです?」

なんて言ってきた圭の方が余程気合が入ってたみたいだったけどね。

結局、向かい三軒両隣の雪かきまでしてしまったぼくらに、通りがかった近所の人からお礼だそうなクッキーをいただいて。ぼくらは部屋へと戻った。

すっかり冷えた身体を、熱い紅茶と頂き物のクッキーで暖めて。

暖かい部屋の心地よいソファに腰を下ろしてすぐに、ぼくはウトウトしてしまったらしい。


らしい、と言うのも。

ぼくはどうやら夢を見てたんだろうけど、その夢がどうにもこうにも不思議な夢ばかりだったんだ。ぼくは特別ファンタジー小説なんて読む方じゃないんでさ、何かに影響されて見たとも思えないし。


だって、その夢ときたら。


それらは一つのストーリーじゃなくって、いくつかの話が浮かんでは消え、消えては浮かび・・・・ってな具合なんだ。大体一つのストーリーごとにつながってたみたいだけど。



一番最初見た夢は・・ぼくと圭が、まるで子供の頃何かで見たような原始人じみた格好で、二人で馬に乗ってるんだ。

圭は相変わらずイイ男で、豹柄の腰巻なんか着けててさ、笑っちゃうだろ?そりゃ逞しい胸を曝してて・・・

あ、いや。で、ぼくはぼくで純白の毛皮なんか着ててさ、手には竪琴みたいな楽器を持ってた。その夢の中の二人も、目と目で語ってるんだよね、こう、「好きだよ」って。



次に見た夢は哀しい事に二人は離れ離れになって敵対してて、ぼくは柄にもなく武将なんてやってて!
でも最後の最後には二人は結ばれたんだ。



そして次は・・・これはなんだか日本の昔話みたいだった。服も着物だったし。綺麗な湖の傍にぼくと圭は暮らしてて。でさ、な、なんていうか。圭は本当は竜神様で!

でも・・・ぼくが見た夢の中での二人は、悲恋だった。あの後の二人は、再会出来たんだろうか・・・・



それから次に見たものは。これがまた・・・・
赤ん坊の圭、なんだ!しかも圭は、ぼくの・・・・ぼくと・・小夜子さんとの間に出来た息子で。

もう、信じられないんだけど!

そして次も・・なんていうか・・・・・

最後の最後には、だよ。

ぼくが・・・赤ん坊になってたんだ・・!しかも、チエ姉の息子として、だ・・・!!

それからどういう訳か、15歳くらいの圭に抱かれて微笑みあってて・・・・・・

・ ・・・そうなんだ。その夢の中のぼくたちは、少年と赤ん坊なんていう、とんでもない状況にありながら、それはそれは幸福そうに微笑み合っていたんだ。




・・・・そこまで夢を見たところで、眠っているぼくの耳にかすかに響く子守唄が流れ込んできた。

それは静かに、やさしく、いとおしむような・・・・

誰もがよく知っているその旋律に、これはドイツ語だろうか・・・・?






Schlafe ,schlafe ,in dem susen Grade,

Noch beschutzt deiner Mutter Arm,

alle Wunsche, alle Hade

fast sie liebend,alle liebewarm.



Schlafe, schlafe in der Flaumen Schose,

Noch umtont dich lauter Liebeston,

eine Lilie ,eine Rose,

nach dem Schlafe wird sie zum Lohn.






なんてやさしい響きだろう・・・・

ああ。圭・・・圭。

愛してる。

愛しているよ。

きっとあの夢の中のぼくたちも、ぼくたちなんだね。

そしてぼくらの魂は、もうずっとずっとはるか昔から。

こうして幾度となく廻り合い、愛し合い・・・・

辛い別離も、幸福な抱擁も。

全てに全身全霊をなげうって。

互いに求めて止まぬ半身を求め、追い続け、待ち続け・・・・・

過去も未来も。

もしかしたら今こうしている今も、同じ時間にもう一つの世界のもう一組のぼくらがいて。



ねぇ、圭。

そのやさしい歌声を。

ずっとずっと。

ぼくに、聴かせて。

ぼくに、届けて。




そしてぼくは大好きな歌声に包まれて、今度こそ本当に眠りの底に沈んで行った。
子守唄が聴こえる
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