僕は、そんな昔の文章を読んで、思わずほろ苦い笑みを浮かべていた。
思いついた捜し物のついでに見つけた、昔の僕が書き散らした日記まがいの手帳。
ふと手にとってぱらぱらと中を見て、あの頃の事を思い出した。
初めて自分から恋い焦がれることになった恋人は、紆余曲折の後に奇跡とも言えるなりゆきで僕と相思相愛となってくれた。
有頂天になった僕は、舞い上がった末に空回りする事になってしまったのだ。
大切に思うあまりに、悠季にガーディアンと揶揄されてしまうことになった、『彼を守り支えていかなければいけない』という使命感は、結局僕自身までだめにすることにしかならなかった。
今から考えるとなんとも一方的に気負った、青くさい決意をしていたと思う。
それは、恋人を自分の手の中に縛り付けようとすることであり、彼の成長を妨害するものでしかなかったのだから。
もし悠季になだめられなかったら、どうなっていたことか。
撓められた枝はいつかは弾ける。
もしそのまま一方的に僕の考えを押しつけていたとしたら、おそらくその先にあったものは・・・・・。
僕と悠季の関係は悪化し、ついには破局を迎えた可能性もあったのではないだろうか。
思ってもぞっとする事態ではないか。
それでも僕の思い上がりは根が深く、自分の中にまだ残っている事にも気がつかなかった。だからこそ、悠季とのシベリウスのコンチェルトの時に、暴言となって噴出してしまったのだ。
悠季の思いやりが何とか僕たちの関係を修復させてくれて、よりよい関係を築き上げるきっかけとなったことを、本当に彼に感謝するしかないだろう。
守村悠季という人間は遅咲きで、ゆっくりと成長しているが、花開いた時の素晴らしさは誰をも魅了する。
今の僕たちの関係は、あのころとは比べ物にならないほど豊かなものだ。
彼は僕の助言を求める事はあっても、僕が支えなければならないような人間ではない。
むしろ彼の余裕が僕を支えてくれる。
卓越したバイオリニストであることはもちろん、よき助言者であり、もっとも手ごわいライバルであり、もっとも厳しい批評家でもあり・・・・・そして、何より得難い恋人でもある。
「けーい、まだ見つからないの?」
階段の下から悠季の声がする。
「いえ、ありました」
「そろそろ出かける時間だよ」
「今行きます」
僕は手帳を引き出しの奥深くへと仕舞いこみ、階段を降りて行った。
柔らかな笑みを浮かべて僕を迎えてくれた悠季は、以前にも増してシックで美しい。
僕はこんな何気ない日常のひとコマの中にも、彼とのきずなが深まっているのを感じる。
言葉に出さなくても、愛し愛されていると実感する。
さて、今夜は二人でコンサートに出かけることになっている。
が、その前に彼を抱き寄せてキスをしよう。
「圭っ!」
おっと、挨拶のキスとしてはいささか濃厚でしたか?
瞳が少しうるんで目元が赤くなっている。
僕としてはこのまま二階へと戻っても構わないし、そう言ってみたいのだが、言えば悠季に睨まれてしまうことだろう。彼は今日のコンサートをそれは楽しみにしていたのだから。
やせ我慢が混じっているとはいえ、ごく普通に悠季の希望を優先できるようになったことを、悠季は『君も少し落ち着いた?』とからかう。
失敬な。僕はもともと紳士です!・・・・・と、悠季の事に関しては言えないのが何とも痛い。
「さて、出かけましょうか」
「うん」
僕たちは連れだって我が家を後にした。
2012.1/25up