鏡
悠季が寝室へと洗濯物を仕舞いに来た時、圭は壁を睨んでいた。
「どうしたの?」
「はっ?ああ、失敬しました」
圭は何事もなかったかのように微笑むと、悠季が持っていた洗濯物の山の中から自分の分を取り上げた。
「ありがとうございます」
そう言ってクローゼットの中へと入り、畳まれた洗濯物を仕舞い出した。
「何かあったのなら言ってくれよ。あまり頼りにならないかもしれないけど、僕だって相談に乗るから」
悠季の言葉に圭が驚いたように振り向いた。
「僕が何か悩んでいるように見えたのでしょうか?」
「うん。じーっと壁を睨んでいるから、何かあったのかなって」
「それはそれは・・・・・。実はここに鏡を置いたらどうかと考えていただけです」
「鏡?」
オウム返しに悠季が尋ねた。
圭が指し示したのは寝室の一角。オヨ子の写真が飾られ、以前悠季が留学中のときは悠季の秘蔵(つまりヌードの)写真が飾られていた場所。
「鏡だったらクローゼットの中にも洗面所にもあるじゃないか?」
「しかしクローゼットの中の鏡では太陽光とは色味が変わって見えてしまうのです。服とネクタイと合わせるのには不便なんです
よ」
「そうかぁ。それに寝室で君が棒振りの練習をするのにも鏡があった方がいいよね」
圭はそれには答えなかった。
「うーん・・・・・ただね、ここってベッドのすぐそばだろ?夜中にトイレに起きた時、人影が動くとぎょっとするんじゃないかと思うんだ。それってちょっとね・・・・・」
困ったような顔で悠季が言った。
「それもそうですね。鏡を夜むき出しに置くのもまずいかもしれませんね。
ではそれを考慮してから置くというのなら構いませんか?」
「うん。僕ならそれでいいよ」
悠季はにっこり笑ってあっさりと承知すると、洗濯物を引き出しにしまい階下へと降りて行った。
悠季の許可を得たのだから、ここには満足する大きさの鏡を置く事できる。
圭が嬉しそうにつぶやきながら、にっこりと笑ったことを、悠季は知らない。
数日後、寝室の壁には大きな鏡がはめ込まれた。
引き戸がついていて、夜には鏡面を覆うことが出来る。
しかし、この鏡が寝室に置かれた本当の理由はまったく別のもので、
それを知ったとき大きな騒動が起こったのだが。
それはまた別の話となる。