――星々は夢にささやく 終章――
【下】
“パシッ・・・・・”
ごく小さな小枝が足元で折れる音がして、悠季の近くに人がやってきたのを伝えた。
悠季はバイオリンを下ろすと、微笑みながら振り向いた。
「やあ、もしかして迎えに来てくれたのかい?」
「・・・・・つっ!僕が来ることが分かったのですか?」
驚いた顔をした圭がそこに立っていた。
「うん、君の気配はよく分かるから。それに、きっと痺れを切らして迎えに来るんじゃないかと思ってたし。でも君の方こそ、よく僕の居所がわかったね。姉さんに聞いたのかい?」
「・・・・・いえ」
「って、もしかしてまた藍青でキングに緊急用の発信装置を作動させるよう頼んだんじゃないだろうね?」
「そんな公私混同はしませんよ。ただ、あの発信電波を解析して同じように調べることが出来るように【暁皇】の中にも同等な装置を作っただけです。君がどこにいるか分かっているだけでも安心出来ますからね。あの時のように君の居場所が分からなくなる不安はもう味わいたくない!」
「なんだかそれってこじつけのように聞こえるけど。でも、あれって結構大変な装置だったんじゃないのかい?」
しかし圭はポーカーフェイスのままでこの質問には答えなかった。それが、どうにも駄々っ子が意地を張っているように見えて、悠季にはおかしかった。
「もしかして、僕が地球から戻ってこなくなるかもしれないって不安になった・・・・・とか?」
「なんとでも言って笑ってください。君の笑顔を見られるなら本望ですよ」
ますますポーカーフェィスがきびしくなった。
「・・・まあいいや。すると駐機場にシャトルをとめてすぐこちらに来たんだね?きっと大騒ぎになってるんだろうなぁ。じゃあ、行こうか」
悠季は苦笑いしながらバイオリンをケースにしまうと、圭の腕をつかんで来た道を守村の屋敷の方へと向かう道を引き返した。
だが途中の二差路に来ると、少しためらってから屋敷への道ではなく上へと伸びる道のほうに歩き出した。
「ちょっと寄り道するよ」
道は少し小高い場所へと続いており、見晴らしの良いその場所には墓が並んでいた。苔むした大昔のものから比較的新しいものまで、十数基。その一番新しい墓の前まで来ると悠季は足を止めた。
「父さんと母さんの墓だよ。きみにも会わせようと思って」
悠季は途中で摘んできた野の花を墓の前に供えた。圭も悠季の話を聞いて墓の前で神妙に手を合わせた。
「父さんと母さんはあの事件の時、土星にある研究ステーションへ植物関係のセミナーに招かれて出かけることになったんだそうだ。もっともそれは簡単に終わるもので、母さんと僕を連れて行ったのはほとんど家族旅行と母さんへの慰労のつもりだったらしいよ。
姉さんたちはちょうど学校が始まっていて出かけられなくて、まだ学校に行っていない僕だけが一緒に連れて行ってもらえたんだ。ところが、あの襲撃があって父さんと母さんたち大人はみんな殺されて、行きがけの駄賃ということで子供だった僕や他の子供たちは遠くの奴隷市場へとさらわれた・・・・・」
悠季は声を飲み込んだ。
「地球では治安の良い太陽系内での出来事だったから、まさか襲撃だなんて思わなくて、事故だということで処理がされていたらしい。海賊たちもそんなふうに証拠隠滅を図っていたんだね。本当はその宇宙船の中に政治的な問題で暗殺される可能性がある人物がいたとかで、その人間を殺すための襲撃だったらしいよ。父さんたちはそれに巻き込まれたんだ。
今回僕が発見されたことで、他にも生存者がいるんじゃないかって調査が開始されたそうだよ。それに、事件の真相を究明しようとする動きが再開されたそうだ。事故ではないといううわさは常にあったそうだから」
「そうだったのですか・・・・・」
「ここに来てから、姉さんたちといっぱい話したよ。僕が覚えていない父さんや母さんの話や僕が小さかった頃の思い出。それに、僕たちがいなくなった後のつらい記憶を。
僕のほうも覚えている限りのあの事件のことや、言いづらかったけど【ハウス】でのこと、奴隷になっていた時期の話やおじいちゃんに助けられて過ごしていた日々をね。もう一度ここの家族としての絆を結んでいたんだ。
それから、ここに来た理由なんだけどね」
悠季は姿勢を正すと墓に向かって話し出した。
「父さん、母さん、紹介します。こちら、桐ノ院圭くん。僕がお世話になっていた【暁皇】の船長で・・・僕が生涯いっしょにいたいと思ってる恋人です。驚いたよね。ごめん。でも、父さんと母さんには報告しておきたかったし、圭って男を紹介しときたかったんだ。
僕は、この男を愛しています。桐ノ院圭はこの世に二人とはいない僕のかけがえのない恋人だと思っているんです」
目を伏せて話している悠季の頬には恥じらいの赤みが差していた。
「・・・・・悠季!」
「うん、これが僕の気持ちだ。ずいぶんと待たせてしまってごめん」
圭は何も言えず、初めて伴侶になることを同意してくれた恋人をぎゅっと抱擁した。
「ち、ちょっと圭!」
悠季のあわてた声に、そこが悠季の両親の墓の前であることを思い出して、急いで手をほどいた。
「失敬、ご両親の前でしたね」
襟を正してから丁寧に頭を下げた。
「初めてお目にかかります。桐ノ院圭です。
悠季は、僕にとって無二の存在で、生涯を共に過ごしたいと・・・彼以外の伴侶は在り得ないと断定できるまでに惚れました。お父上はお母上にとりましては同性婚など許しがたいと思われるかもしれませんが、悠季を・・・いえ失敬、悠季さんを僕の連れ合いにください。おねがいします」
二人の間をさわやかな夏の風が吹きすぎていった。まるで今の言葉を受け入れてくれたかのように。
「・・・・・きっと父さんと母さんも許してくれたよね」
「ええ、君を慈しんでいらしたお二人でしょう?きっと許してくださったと思いますよ」
「そうだよね」
悠季はふわりと微笑んだ。
そして二人は黙ったままどちらからともなく手を出してつなぎ、姉たちがいる屋敷へと戻っていったのだった。
屋敷に戻ってみると、見慣れないシャトルが駐機場に着陸しているということで、やはり大騒ぎになっていた。
悠季は連れて戻った圭を改めて皆に紹介した。
姉たちは悠季が圭を紹介した時点で彼が何者か分かったようだったが、そこには大勢の人がいたし騒ぎを大きくしないために『大切な友人がここでの暮らしを心配してやってきたのだ』と村人たちに説明してくれた。
その夜は圭を囲んで家族だけの内輪の歓迎会となり、姉たちは大皿料理のご馳走でもてなし、盛貞義兄さんはとっておきだという銘酒を出してくれて歓迎してくれた。
「ちょっと、悠季。あんた本当にお酒弱いわねっ!ニイガタ生まれならもっと飲めないとだめでしょうが!」
「ねえ、圭。ここはいいとこだけどいつまでいると僕はアルコール漬けになりそうなんだ。姉さんたちはみんなザルなんだよ!」
「なんですってぇ?!」
千恵子が冗談で空いた皿を投げようとした。悠季は笑いながら首をすくめ、ちょっと酔いを醒ましてくると言って席を立った。
「あらあの子、防虫灯を持っていかなかったわよ。そろそろ縁側には虫が出てくる季節なのに」
「僕が持って行きましょう」
圭が立ち上がると、芙美子が棚から防虫灯を手渡してくれた。小さなランタンの中にオレンジの光が点っている。この光をともしていると蚊などの害虫が寄ってこないらしい。
「あの」
歩き出した圭を芙美子が呼び止めた。
「悠季をよろしくお願いします」
圭もきちんとあたまを下げて答えた。
「悠季さんは才能のあるバイオリニストですし、人柄もすばらしい。彼と出会えたことは僕の一生の宝です。僕こそ感謝しても、し足りないくらいに思っています」
「それだけ?」
ぐっとつまった。悠季の姉たちが自分たちの関係を知っており、味方でいてくれることを改めて感じた。
「いえ。誰よりも彼の事を大切に思っています。これからも愛し続けていくつもりです。たとえどんな事が起きても、彼の全ては僕が守ります」
芙美子は何度もうなずいた。
「そう、お願いね」
彼女が一礼して座敷に戻っていくのを見送ると、圭は悠季の姿を捜して縁側へと出て行った。そこはすでに夜の闇の中に沈んでおり、ぼんやりと浴衣姿の彼らしい輪郭がわかるだけ。
「悠季?これを持って行くようにと姉上に頼まれましたよ」
「ああ来たの?悪いけどそれ消してもらえるかい。せっかくのいい眺めがだいなしになっちゃうんだ」
庭の方を見ると、小さくほのかな光がいくつもふわりふわりと点滅している。
「蛍、ですか?初めて見ます」
「うん、綺麗だよね」
「ここは本当にいいところですね。・・・・・ですが、君はここを再び出て行くことを後悔したりしませんか?」
「そうだね。確かにここはいいところだけど、ここよりももっと大切なものが僕には出来てしまったからね。
・・・・・それは何か、なんて聞くなよ。圭」
「ええ、ありがとう」
圭は防虫灯を消すと、悠季の隣に寄り添うようにして座った。そのまま二人して黙って蛍の光る光景を眺めていた。光は遠く近くといくつもゆるやかに飛び回っていた。
『・・・・・ねえ悠季、もう僕がいなくても大丈夫だよね?』
闇の中から、永遠に少年のままの声が響いた。
うん、もう心配をかけたりすることはないと思う。あの悪夢は終わったし、僕はバイオリニストとして生きていくって腹を決めたしね。それにこれからは僕のそばには圭がいるから。彼と共に生きていくって決めたんだ。
長い間引き止めていてごめん。僕をずっと助けてくれてありがとう
――――まあくん。
『いいさ、悠季が幸せになればそれでいいよ。悠季は、きっと大丈夫さ・・・・・・』
声は遠ざかり、闇の中へと消えていった。
「さようなら、そして、おやすみなさい。まあくん」
悠季が小さくつぶやいた。
「悠季?」
いぶかしげに圭が顔を覗き込んできたが、何も言わずそのまま頭を彼の胸にもたれかけた。
穏やかな沈黙が支配する。
涼やかな風が二人のそばを渡り、木々の心地よい香りを届けてくれる。そして、見上げれば雲もない夜空には満天の星々。
きらめくその星々は、見ているものに何かをささやきかけてくるように思えたのだった。
終わり
――ロバート・A・ハインライン氏に感謝を込めて――
「星々は夢にささやく」終了です。
長らくお待たせしまして、申し訳ありませんでした。
2015.8/9UP