惑星「ジェイナス」
僕たちは捜査を再開した。
そして、同じ方向に進む二本のトンネルに差し掛かった。
数百メートル先でまたひとつに合流する。
「これは分かれるしかないね、ほんの数百メートルだし」
独りになるわけじゃない。
僕と圭はそれぞれ保安員を一人連れて別れた。
少し進むとトンネルが少し角度をかえた。そこは小さな空間になっていた。
周囲の壁には他の岩とは異質の明るい地層が縞模様を描いている。
そこにあの珪素団塊が数十個はめ込まれたようになっていた。
僕は通信機を取り出して圭を呼び出した。
「珪素団塊をみつけたよ」
「それでは、そちらに向かいましょうか?」
「いや、他にもあるかもしれないから、先に―――」
その言葉は岩石と砕石が崩壊する音にかき消された。
反射的に体を縮めて壁際に身を投げる。
土ぼこりが少し収まると歩いてきた方の天井が崩れて通路を塞いでしまっているのがわかった。
僕の後ろにいた保安員は逃げ遅れて、倒れている。
あわてて、医療用トリコーダーで調べた。
よかった、気は失ってるけど、命に別状がないようだ。
それが終わって、やっと、さっき放り出した通信機を拾った。
「悠季!返事をしてください!悠季!」
「圭。だいじょうぶだよ。ごめん、返事できなかったんだ」
「どこか、けがを!?」
「あ、うん、保安の伊東少尉が、落盤に巻き込まれたけど、打撲と脳震盪程度ですんでるよ」
「きみは大丈夫なんですね!」
「うん、大丈夫だから」
「落盤といいましたね。こちらから、フェイザーで救出路を開けましょうか?」
「あ、大丈夫だよ。それに出来るだけこの地層を傷つけたくない。先に進めば打ち合わせた合流点に出れるからそこへ向かってくれる?」
「では、合流地点に向かいます」
しぶしぶと圭は通信を終えた。
通信機で<フジミ>を呼び出して伊東少尉を船上の医務室に転送してもらう。
怪我はたいしたことないけど安静にしてるに越したことない。
ガラガラと小石をかき混ぜるような音に気がついたのはそのときだった。
振り返ったときには合流地点に向かう通路はその怪物にふさがれていた。
怪物はそのまま、身動きしない僕を伺っているようだ。
怪物がうごかないのはチャンスだ。僕は神経を集中する。
そして、心で呼びかける、きみを無闇に傷つける気はない、話し合いたい。友好的な関係になりたい。
そして、読み取ろうとする、その心を・・・。
そして、苦痛と悲しみ、焦燥と憎しみ。感情がかすかに読み取れる。感情に囚われていない、理性的な声が・・・接触できたらもっとちゃんと読み取れるのに。
手を伸ばそうとしたとき通信機が呼びかけてきた。
「悠季。―――いま読み取ったところでは怪物の現在位置は―――」
「怪物の現在位置は正確にわかっているよ。目の前にいるよ」
「悠季!撃ちなさい!早く!」
「いまはおとなしくしてるよ」
「そいつは、もう何人も殺しているんですよ!」
僕がそれにしたがう気がないのが分かって、いるはずの保安員に呼びかけた「―――伊東少尉!撃ちなさい!」
「ごめん、少尉は怪我したから船に帰した」
「っ!きみはっ!!」
通信はそこで切れた。たぶん圭は全速力でトンネルを走っているだろう。ほんとに、心配させてごめん。
通信の間も怪物は動いていない。思ったとおり、この怪物、いや、生物はテレパスだ。心が読めるんだ。
だから、この開発地の弱点を狙えた。だから、殺意を感じて反撃した。そして、害意のない僕と意思疎通を図ろうとしている。
でも、テレパシーを送ってこないということは一方通行の読み取り専門なんだろう。
僕は、もともと能力低いし訓練もしてないし、経験も少ない。もうすこし、ましな、エンパスだったら、よかったんだけど。
僕に出来るのは心を結び合わせること。彼女の思うことが分かる代わりに僕の心も隠せない。
そして、見知らぬ心どうしを寄り添わせるのは、ぼくにも相手にもかなりの負担がある。
「悠季!」
圭がフェイザーを構えて珪素生物の向こう側に現れた。
僕が珪素生物に触れているのを見るとぎょっとして叫んだ。
「離れなさい!!」
「・・・だめだっ!・・・撃たないで・・・」
心結び合わせたまま、声を出すのは苦痛だった。
「悠季?」
「・・・大丈夫だから。・・・彼女は理性的だよ」
精神的負担のため、ぼうっとしはじめている。
「エンパシーですか?やめなさい。
きみには負担が大きいはずだ」
「でも・・・ポンプが・・・」
ポンプを返してもらわくっちゃ。
だき抱えるようにされて、彼女から引き離される。
でも、心が離れる前に彼女は教えてくれた。ポンプの隠し場所を。
「ポンプは溶かされたのではないのですね?」
「あの混合液ではプラチナは溶かせないはずだし、原子炉から、所々、重いものを引きずった跡があったし、彼女が隠してると思ってたんだ」
ポンプはみつかった。
彼女の教えてくれたとおりの場所にあった。
珪素球も千個近くみつかった。もっとみつかるだろう。
「あれは、卵ですね、悠季」
「そうだよ。彼女のこどもたちだよ」
「なるほど、新たに開発を始めた地層が孵化場だったのですね。それで・・・」
騒々しい足音と共にヴァンダーバーグたちが現れた。
かれらは珪素生物を見るなり、驚きの声を上げ、手に手にフェイザーをかまえた。
「やめたまえ!」
圭は珪素生物をかばってたった。
「のけ!そいつを殺すんだ!」
アペルが叫んだ。
「最初に撃ったものは僕が撃ちます」
「気でも狂ったのか!そいつはわたしの部下を五十人も殺したんだぞ!」
ヴァンダーバーグが憎悪に震える指で珪素生物を指差した。
「その前に、あなたがたは彼女の子供を数知れず殺したんです」
「なんだと?」
「あの珪素球は卵です。そして、彼女はこの幾千もの卵の保護者です。
彼女は、この惑星であなたがたと争う気はなかった。ある日突然、孵化場に入り込んで卵を壊しまわったりしなければ。
それで、彼女は、まず、機械を壊し警告した。それでも、変わらず、卵を壊すあなた方に反撃を開始したんです」
「そんなことをわれわれは知らなかった。わかるはずないじゃないか・・・」
ヴァンダーバーグはあぜんとした表情でつぶやいた。そして、はっと気づいたようにつづけた。
「・・・タマゴだって!もし、これが全部、孵化したらどうなるんだ!こんな生物がうようよ歩き廻るのか! われわれは、ペルジウムを運び出さなくてはならんのに!」
「彼女たちは理性的です。ですので、協定を結べます。暫定協定でもいいでしょう。彼女たちは地中をトンネルを作りながら移動します。あなたがたはそのトンネルを利用してペルジウムを採取できます。なにも問題はありません」
圭はヴァンダーバーグを押し切った。
「ドクトル、われわれの提案を彼女に話して欲しいのですが、大丈夫ですか?」
「彼女はもう了解してると思うよ。読み取ることに関しては彼女は僕より優秀なテレパスだから」
連邦政府から意思疎通の出来る(テレパスの)外交官が来て正式に協定を結ぶまで、暫定協定を結んだ。
ヴァンダーバーグはだいぶごねたが採掘権利は彼女の種族のものであることをほのめかすと、急にものわかりがよくなった。
将来はわからないがとりあえず、これで、無駄に命が殺されることも、ペルジウムの生産がストップすることもないだろう。
ぼくたちの<フジミ>は惑星ジェイナスをあとにした。
※ ※ ※ ※ ※
僕たちは船長私室で事件が解決したささやかなお祝いに二人きりで地球産ワインで乾杯していた。
「・・・で、いつから、あんな危険なことを考えてたんです?」
「危険って?」
「何人も殺した生物と接触しようと考えてたのでしょう?」
「・・・それは・・・」
「どんなに、心配したとおもってるんです?」
「ごめん。でも、知性的だと思えたし、何の証拠もなかったし…たぶん」
グラスを取り上げられて、
「証拠など、あとまわしいでいい。僕にはちゃんと、話してください…」
耳元でささやかれると同時に背後から抱きすくめられた。手は僕の弱いところを…。
「あっ・・・ん。・・・だめっ・・・」
「だめですよ。僕に黙っていた罰です」
「そんな…あ、あっ」
結局、明け方近くという時間まで寝かせてもらえず、次の日は仕事の当直を代わってもらわねばならなかった。
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ENDE