「アンタやる気あンのかっ!!」
怒鳴りつけたところで宅島が電話を切った。くるりと振り返ると、勢いそのままに今度は僕にかみついてきた。
「おい、桐ノ院。オヤカタはいったいどういうつもりだ!?こんなチャンスはめったにないんだ。音楽家として身を立てようとしたら、こんな千載一遇の機会を見逃すなんて出来るはずないのに、なんで彼は断ることが出来るんだ?」
どうやら宅島が獲って来た東フィルとの共演の話を悠季は蹴ったらしい。
「まあそれが悠季らしいと言えばらしいのだが。なかなか自分が納得しないと先に進まないところは越後の頑固者らしい」
僕は思わず苦笑した。これまでに幾度となく繰り返されたこと。悠季の中で、自分の評価がどれほど低いか、言い聞かせてみても信じようとしない、彼。
「だからって言って、こんなところで我を通せば、この先はないと思わないといけないんだぜ」
がみがみと宅島が言い募る。
確かに僕も穏やかな気分ではいられない。
今、悠季には波に乗るチャンスが舞い込んでいる。
しかし本来がプロの演奏家としての覚悟がまだあまり定まっていないように思える彼には、あまりにも急激に事態が動き出したせいで戸惑ってしまい、もう少し落ち着いて考えたいと思っているのだろう。
だが、猶予はあまり残されていないのだが。
「悠季は完璧主義者です。中途半端なことはしたくないのでしょう。
彼の恩師である福山教授が、悠季を評して『牛のアンダンテ』だとおっしゃったことがあったくらいですよ。・・・・・ああ、その手があった」
僕は宅島から携帯を受け取ると、記憶している番号にかけ始めた。
「どこにかけてるんだ?」
「悠季を口説くなら搦め手からが一番かもしれない。
福山教授からの言葉でしたら悠季は断れませんからね。ただ、問題はあの方が僕にとっては鬼門であるということなのだが・・・・・」
と、その時受話器が取られる音がして、福山教授のお宅につながった。
幸い自宅におられた教授に、今回の悠季の東京フィル共演のオファーがあることを説明した。
説明しただけで、僕がどうしたいのかはお伝えしなかったが、充分に意図はお伝えできたと思う。このあとは福山教授のやり方に一任するしかない。
「ボス、福山教授に密告しても構わないのか?あとでヘソを曲げられても、痴話げんかのフォローはやらないぞ」
「悠季が一番良い道を進むよう願っているゆえのことです。悠季にバレてすねられたとしても、覚悟の上です」
「やれやれ・・・・・。ところで教授が鬼門っていうのはどういう意味だ?」
僕はぎゅっと眉をしかめた。
「言っておきますが、別に悠季のことを嫁扱いしているわけではないのですが、
・・・・・実のところ福山教授は悠季にとって音楽面の親であるとも言えるところがあります。
ニューヨークで、酔いの勢いでついカミングアウトしてしまいましてね。
それ以来、事あるごとにちくちくと嫌味を言われることがあるのです。
おそらく教授の意識の中に、悠季があまり気に食わない男のところへと嫁いでいった娘のような気分があるのではないかと推察出来るのですが」
宅島はぽかんと口を開いていたかと思うと、げらげらと笑いだした。
「まるでファミリードラマのようじゃないか!!」
そう言うとまた腹をかかえて笑い転げていた。
プチオンリーで急遽作って配布したしお話です。 睡魔を我慢しながら作ったので、どこかハイテンション(笑) ペーパーにはネタばれということを最後に書いてしまって、貰って下さった方には失礼しました〜(汗) |
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2009.7/7 UP