子守歌
Berceuse










「そこで何をしているの?」

圭は思わずぎょっとして振り向いた。

先ほどの夢の中で聞いた、まったく同じ言葉。

急いで振り向くと、彼がゆっくりとこちらへと歩いてくる。

「ああ悠季、ただいま帰りました」

圭の驚いた顔を見て小首をかしげていた。

本当ならば帰宅すると、二人はいつものセレモニーキスをするのだが、ここはまだパブリックな場所だからしばしのおあずけとなる。

「トピアリーをみていました。由之小路くんが作ったのですね」

「うん、ずいぶんかわいいのが出来たよね。僕は気に入っているよ」

「この場所でこれに出会うとは思っていませんでした」

悠季にとってはまるで意味が分からないつぶやきだった。

「何かこれに問題でもあるの?」

「いえ。まず中へ入りましょう。だんだん寒くなって来ました。雪国育ちの君の判断では、今夜は雪になりますか?」

「うーん、もしかしたらそうかも」

圭は悠季をエスコートして家の中へと入った。

お約束のセレモニーキスをして音楽室に入ると、綺麗好きの悠季にしては珍しく部屋の隅に段ボールが幾つも積まれており、CD類の棚がぽっかりと空いていた。

「明後日からこの棚の工事が始まるって言うから少しずつ片づけておこうと思ってね」

言い訳のように言って笑っていた。

「僕が明日しようと思っていました。忙しい君をわずらわせるつもりではなかったのですが」

「練習の合間の息抜きさ。さて、何か飲む?それとも腹は減ってないかい?」

「そうですね。・・・・・ホット・チョコレートを」

「珍しいねェ!君がそんなリクエストをするなんて。実はさっきここに来ていた男の子にも作ったばかりなんだよ」

トピアリーのそばで泣いていた少年の事を話した。

「・・・・・もしかして、親に音楽をするのを反対されていた子供でしたか?」

「圭、君の知っている子なの?!」

「聞いていただけますか?僕の不思議な夢の話です」

圭は幼いころに見た不思議な緑のウサギと青年の話をした。夢だと思い込んでいたあの時の出来事を。

そして、先ほどその夢を再度見た事を。

「僕が会ったのは、夢の中の君だったかもしれないって!?」

悠季は戸惑った顔をして、何度も目をしばたたいていた。

「信じていただけないのは承知しています。自分でもあまりにもばかばかしい話だと思っていますから」

常識で考えればありえない話でしかない。面白い作り話だと笑われる事は覚悟の上だった。

「なんだか昔読んだ物語を思い出すなぁ。うーん、確か男の子が夜中に13鳴る時計の音に誘われて、不思議な女の子に会う話だった」

「ああ、『トムは真夜中の庭で』ですか。確かに少し似た話ではありますね」

しかしあれは架空の話であり、自分の身に降りかかってくるなど、困惑するしかないではないか。

「いいんじゃない?」

にっこりと悠季は笑った。

「は?」

「昔の君に出会えたとしたらとてもラッキーだよ!とってもかわいかったからね。礼儀正しくて、音楽が大好きでさ。それに僕のバイオリンで君が癒されていたというのなら・・・・・うん、光栄だ。とってもうれしい」

「・・・・・それでいいのですか?」

どうしてこうも悠季はあっさりと不思議な出来事をのみこんでしまえるのか。圭自身は納得していないというのに。

「だって小さい頃の君に出会う事が出来たんだよ?僕が寝ぼけて、君の夢に紛れ込めたというのなら素敵じゃないか」

無意識のうちにバッハやその他様々な作曲家と交感することが出来る悠季にとっては、今回の出来事も理解の範疇のうちということなのか。




それともこれは定められていた運命だったのか。

悠季に出会うための。

あの川のほとりで悠季のバイオリンの音色に魅了されたのは、夢の中の音色が記憶の底にあったからなのだろうか?

僕が悠季と悠季の音にあこがれることになるのは必然だったのかもしれない。

圭にはそんな風にさえ思えた。

そう言えばあの曲はいったい何だったか。

ふとあの夢の中の事を思い返していた。

夢の中の青年は3曲を弾いてくれた。2曲の題名は分かったが、最後の1曲は分からなくてずっと気になっていたのだ。

聞いてみようか。あれが夢の出来事で終わらないというのなら。

そう考えながらピアノの上を見ると、今悠季が取り組んでいるらしい楽譜が置いてあった。

「今は何の曲を練習されているのですか?」

「ああ、これ?源ちゃん・・・・・じゃなくて、吉柳さんと次のツアーでやる曲を相談してね。フォーレの曲を増やそうっていうことで、『ドリー』の中のベルスーズを。つまり子守歌さ」

ああ、なるほど!これが最後の曲だったのかと納得した。

「子供の僕にふさわしい曲だったというわけですね。確かに素敵な夢になりました。よろしければあとで大人になった僕にも改めて聞かせていただけませんか?」

「いいよ。ぜひ感想を聞いてみたいからね。それじゃ、まずホットチョコレートを作って来るから待ってて」

悠季はにっこりと笑うと台所へと歩き出した。







あのときの子供に向けてくれた笑顔よりも、もっとすばらしい笑顔で。













あれこれとオチを考えているうちにどんどん時間がかかってしまいました。 (x_x;)
とうとうありきたりな夢落ちで結末です。うう、情けない。
話に出てくる夢の中で女の子に会うというのは、
「トムは真夜中の庭で 」フィリパ・ピアス 著です。
ファンタジーの名作ですね。






2013.4/19 UP