プルネット
紳士は黒髪がお好き




【3】










 「これは芸術家としての私の尊厳にかかわる。ぜひもう一度君の姿を作らせてもらえないだろうか。今度こそ私のプライドに賭けて君に納得してもらえる、君の本質を示した像を作り上げてみせよう!」

「いや、その・・・・・」

 困るよ・・・・・という言葉が悠季の口から小さくこぼれた。本来、善良で人の頼みを断るのを苦手とする彼には、こういった真剣な頼みごとを冷たくあしらうことは難しい。

そこにニコルもドイツ語で話しかけてきた。僕が通訳しようとする前にルドウィックが話し出した。

「ニコルはこう言っている。
『今まで僕達はユウキを怒らせるようなことばかりしていたので君の【怒り】と我々の悪戯に真正面から受けて立つ挑戦的な姿しか見ていなかった。それで君の本質を探り出すことは出来なかったようだ。
今回の、あー、君の言葉や行動で、君の本質を垣間見られた気がする。まだ全部を見せてもらったわけではないだろうが。冗談や遊びではなく、一人の画家として君を描いて見たい。どうか聞き入れてはもらえないだろうか?』
だそうだ。僕からも頼みたいぜひ僕の彫刻のモデルを引き受けてくれないだろうか?」

「無理です!」

「そんなこと出来ませんよ!」

 僕は即座に拒絶した。

 悠季も同じように答えた。

「僕は仕事があるので、圭のコンサートが終わったらすぐ日本に帰らなくちゃならないからモデルを引き受けるなんて出来ないんです。それに時間があったとしてもモデルだなんてごめんです」

 彼はとんでもないといった調子で断っていた。

「悠季には大学の講師という仕事があり、今回のコンサートもたまたま時間があったので来てくれることが出来ただけです。君たちに付き合う時間の余裕などありませんね」

 僕も、彼らには諦めるしかないのだと断定してみせた。

 たとえ時間があったとしても、彼らの前に長い時間悠季をさらすようなまねはしません。

 僕達はそれ以上煩わされるのを警戒して急いでこの場から立ち去ろうとした。

「待ってくれ!ケイ、君だけがこのミューズを独り占めするのはひどいではないか。我々にも恩恵を分け与えてくれてもいいではないか!」

 ルドウィックが叫んだ。

「僕はミューズなんかじゃありません!だから恩恵などというものは差し上げられませんよ」

 悠季が困ったように言い返した。

「では、君を追ってどこまでもついて行くだけだ」

 その言葉には二人ともぎょっとなった。

「君たちはストーカーでもするつもりですか!?」

 そんなことをされたら繊細な悠季はどれほど神経をすり減らすことだろう?

「我々はユウキに対して何の悪意も持たないことを誓う。今後決して悪質な悪戯を仕掛けることはないと約束しよう。ただ、君がウィーンにある間、ユウキの姿を視ていたいだけなのだ。『ドゲザ』して頼めと言うのなら今ここでやってみせよう。ぜひ君の許しを得たいから」

 そう言うとルドウィックはその場にひざまずいた。

「やめてください!」

 ぎょっとなった悠季があわててルドウィックの土下座を止めさせた。

「そんなことをされても僕は困るだけです!ウィーンには圭と二人きりで過ごす時間を楽しみに来たんです。ですからついて来られても、馬に蹴られるのがオチというものですよ」

「おお、【人ノ恋路ヲ邪魔スル奴ハ】というわけだね。大丈夫、君とケイとのデートの邪魔をするような無粋なマネはしないと誓うよ。馬に蹴られて死にたくないからね。・・・・・と、冗談だ。
一つ提案させてもらうなら、明日ケイがリハーサルしている間は君も一人だろう?その間だけでも・・・・・」

「駄目です!!」

 僕はあわてて叫んだ。狼の群れに何も知らない美味しそうな子羊を追いやるようなものだ。

「悠季の安全は僕達が保障する。ケイ、君だって僕らが一度誓えば、約束を破るようなことはしないと知っているだろう?」

 ええ、知っています。表向きは、ね。しかし、その約束の裏をかこうと画策するであろうことも確信できますよ。

「やめておきます。圭の精神安定上よくないでしょうから。ですが・・・・・
そうですね、コンサート終了後で、僕が日本に帰るまでの間、圭と同席の上でお茶を飲む時間、くらいでしたらご一緒に。それでもかまいませんか?」

 悠季が少し困った顔で言った。

「短い時間ではイヤだと言うのならばどうか諦めてお引取りください。僕もそれ以上の妥協はしません」

 ルドウィックたちはそれでいいと言った。彼らが了承したのは、悠季の決意の固さよりも少し困り顔になって、はにかんだような笑顔を見せたからではないか、と僕は信じている。

 なにやら悠季のファンと化したような彼らを置いて、僕達はようやくアパートを退散することが出来たのだった。

「妙なことになっちゃったなぁ・・・・・」

 アパートからホテルへと戻るタクシーの中で、悠季は外の景色を見ながらぼそぼそとつぶやいていた。いつの間にか彼らと協定を結んでしまうことになったのを、後悔していたのかもしれない。

 そのあたりではもうかなり悠季の腹立ちは収まっているように見えていたが、僕自身がまだ許されていないのを忘れてはいなかった。
 
 そう、まだ僕に対する審判は下っていないのだ。

 悠季が本格的に怒ってみせなかったのは、ウィーンの七人の前で感情的に怒鳴り散らす姿を見せるのが嫌だったからだろう。

二人きりになった時、彼からのどのような罵倒をもらい、制裁を受けるか。たとえどんな罰でも、甘んじて受ける覚悟は出来ているつもりでいた。

 悠季をエスコートして部屋に戻り、扉を閉めると淡々としてセレモニーのキスに応じてくれた。ただし、本当に唇に触る程度のものを。

そのあと低い声で悠季が言い出した言葉は、ある程度想像がつくものだった。

「圭、一発殴らせろよな」

 はい、と答える猶予はなかった。

 バイオリンしか持ったことのない非力な手だといつも自嘲気味に言う悠季のこぶしが僕の腹にきまったのだから。

「・・・・・・・・・ぐっ・・・・・・・・・・・!!」

 顔を避けたのは明日のコンサートを考慮してのことだろうか。だが、僕の腹に受けた衝撃は悠季の怒りの大きさを示しているようで、とてもこたえた。

「シャワーを浴びて先に寝る」

 そう言うとさっさとレストルームに消えていった。

 言葉で責められるよりも何倍も効く。彼はそのまま黙って出てくるとベッドのいつも寝ている端へと入り、そのまま背中を向けた。

 僕も彼にならってシャワーを浴びて、ベッドの空けてあるところへと入っていったが、彼はこちらを振り向こうとはしなかった。

「・・・・・悠季」

「明日は朝からリハーサルなんだろう?早く寝て体調を整えておいた方がいいよ。明日のコンサートは期待しているんだからね」

 ぽつりとそう言うと、そのまま眠ってしまったようだった。――― そう見えるようにしていただけかもしれなかったが。

 彼の冷ややかな態度は腹に受けた衝撃以上につらいものがあった。

 僕は悠季の許しを得るためには明日のコンサートを成功、いや大成功させなければならないのだと改めて自分に言い聞かせた。自分の昔の悪行がなんというツケをまわしてきたことか。



 翌日の最終リハーサルは、後で聞いたところによると楽団員たちから見て僕の様子が鬼気迫るものがあるとひどく恐れられていたらしい。しかしヤーノシュのコンクールの時と違い、僕の気迫は空回りすることなく彼らに受け入れてもらえたようで、その夜の演奏は文字通り最上のものになったと自負している。

 そして、次の日のマチネーでもその集中力は途切れることなく、最後には6回のカーテンコールとアンコール曲2曲で締めくくることになったのだった。

「すごく、よかったよ・・・・・!」

 悠季のため息混じりの感想が、どれほど彼を魅了したのか教えてくれる。とろりと瞳をうるませて、僕を見つめている。

 そう、しっかりと目を合わせて!

 打ち上げは早々に切り上げて、僕達はホテルへと帰り着いた。

「僕の演奏は幾らかでも君の許しを得るためのジャッジに書き込まれたでしょうか?」

 などと言う言葉を、二人きりになった時に口にするようなヘマはしなかった。今回僕に与えられたのは執行猶予ということを意味しているに違いない。それなのにあえて口にしたら墓穴を掘ることになってしまう。

 だが、言葉にしなくてもどうやら悠季にも僕の戦々恐々として機嫌を伺っているのは分かっていたのだろう。

「ちょっと目をつぶって」

 はたして今度は顔を殴られるのだろうか?

 覚悟して待っていた僕に、悠季はからだを投げかけてキスしてきた。それもとても熱心でその先を期待できるようなキスを!

 悠季から僕に与えられた情熱的なキスによって僕が許されたのを知った。

 その夜、悠季はとても情熱的で、普段なら恥ずかしがってやらない騎乗位を自ら望んだ。僕の腹の上で激しくからだを撓り、僕を熱く締め上げてくる!

「き・・・・・みは、僕のもの・・・・・なんだ!・・・・・僕の・・・・・もの・・・・・なんだからな・・・・・!・・・・・あ、ああっ・・・・・誰にも・・・・・渡さないっ・・・・・!・・・・・たとえ、キスだって・・・・・他の誰とも・・・・・しちゃだめだ!・・・・・圭、分かった・・・・・?・・・・・あ、ああ・・・・・ああんっ・・・・・!!」

 あえぎ声の合間に涙ながらに訴えてくる悠季の切なそうな声。

 悪友たちの前では決してこぼさなかった嘆きや苦しさを今ようやく吐き出してくれた。

「誓います!僕は決して君との誓いを破りません。僕は君だけのものですから!」

 悠季はその夜何度も絶頂を極めて、最後は泣きながら気を失った。

 僕はどれほど彼の気をもませ、苦しませていたのか。

 ええ、改めて誓います。彼らウィーンの悪漢どもに卑怯と言われようと臆病と言われようと、決して今回のような隙をみせないことを!

 君の名の下に取引をするようなことは二度としないと。

 
 朝になって、僕達は昨夜のハードセックスの疲れから前後不覚に熟睡していた。悠季が日本に帰国する飛行機は今夜だし、僕がこの地を離れるのは明日の便になっているから、このホテルをチェックアウトするまでにはたっぷりと時間はある。ホテルにはその旨を告げていたから、昼過ぎまで誰も邪魔をするはずはなかった。

 しかし、待て。

 あの悪友連中の執念深さを忘れていた。おそらく彼らには、僕達の邪魔をするようなことはやめて欲しいという暗黙の願いは届かないのではないか?

 ル、ル、ル、ル、ル、ル、ル、ル・・・・・・・・・・

 無粋な電話が鳴り響きはじめた。

 悠季はまだぐっすりと眠ったままで、無防備な背中には僕がつけたキスマークが赤く色づいている。温かな彼の肌に寄り添って目をつぶり、コールは無視してしまおうかとも考えたが、いっこうに鳴り止まない。

「うーん・・・・・」

しまった、悠季が起きてしまう。

 彼が寝返りを打ったところで僕は渋々受話器を取り上げた。

「・・・・・Hallo」

 相手はコンシェルジェからで、ロビーに友人達が待っているという知らせだった。つまり、あの七人たちがやって来ているということだ。

 ああ、やはり。

 僕は帰って貰うように頼むつもりで、ふと考え直した。ここは彼らにきちんと示しておく必要があるかもしれない。

 そこで僕は彼らに下のティールームで30分ほど待っていてくれるように頼んで電話を切った。

「悠季。例の悪友達が下に来ているそうです。帰ってもらうように言いましょうか?」

「うーん?今何時・・・・・?うわ〜ずいぶん寝坊しちゃったなぁ。えーと・・・・・来てるの?七人とも?
・・・・・しょうがないね。この間の様子じゃ、一度会わないと納得してくれそうもないしね。いいよ、シャワー浴びてくるよ」

 彼は愛らしく目をこすりこすり起き出してきた。

「手伝いましょう」

「いいよ。君に触られると・・・・・その・・・・・。とにかく、僕一人でいいから!」

 なにやら目元を染めてシャワーに行ってしまった。もしかして、ああ、昨夜の余韻が掻き立てられてしまうと?それは何より好都合。

いや、悠季には秘密だが。

 僕はシャワーを浴びている悠季のもとに押しかけて、彼の後始末とからだを洗うのを手伝った。悠季としてはそのまま、またセックスになだれ込んでしまうのを恐れていたようだが、僕としては早く悪友に見せたいものがあるので、悪戯はしないで真面目に悠季の世話に徹した。

 もっとも悠季としてはそんな僕の行動は肩透かしをくらったように思ったらしく、なにやら怨じる目つきでこちらを見ていたが。

 シャワーを浴びてすっきりとし、きちんと着替えて僕達は下のティールームへと足を運んだ。

 ティールームの奥に男ばかり七人が固まっているというのは、朝の風景としてはかなり目に付くもので、どこにいるのかすぐに分かった。なにやら楽しげに雑談していた彼らが、悠季の姿を見たとたん、ぴたりと話すのをやめてこちらを見つめて驚いたような顔をしていた。

 僕は内心で、快哉を叫んでいた。

 悠季としてはシャワーを浴びて昨夜の色めかしさを洗い流したつもりなのだろう。しかし、一般の人間ならともかく、感性豊かな芸術家ぞろいで、男性を恋愛の対象としている彼らにとって、悠季の纏っている艶めかしい気配を感じられないわけがなかった。

 ストイックな立ち姿の中に、ふわりと漂うけだるげなしぐさ。ふとした視線の中に昨夜の余韻と濃密な時間とを垣間見せる。

「Guten Morgen(お早うございます)」

 悠季が近寄ってきて彼らに挨拶しても返事がない。

「あ、あの・・・・・?」

 小首をかしげて相手の様子をうかがうしぐさは愛らしく、その無意識な媚がさらに色香を増す。

「・・・・・Ich ergebe mich zu Ihnen(君には降参だよ)」

 ニコルがため息混じりにぼやいた。

「あ、あの・・・・・?」

 悠季一人だけ、何を言われているのか分からなかったらしい。ドイツ語ではなくて、その言葉の意味が。

『昨日の毅然とした姿もりりしくてよかったけど、今日のあだっぽい姿もまた格別だ。朝見る姿としてはいささか目の毒にも思えるけどね』

 ユーグリがぶすりと言った。彼の言葉にフランツは何度もうなずいていた。

『ケイ、君の言っていたユウキの本質とはこういうことを意味していたのかな?』

 ヨハンがあせったように尋ねてきた。
 
『まさか。ほんの氷山の一角というものです。何年も暮らしている僕にとっても悠季はいつまで経っても驚きと新鮮な喜びを与えてくれる存在ですから』

 僕は内心たっぷりと感じている優越感をいささかも感じさせないポーカーフェイスで答えた。

『やれやれ・・・・・。当分彼と向き合わなくてはだめということか。君はたいしたミューズを手元に置いているんだね。しかし、大事にしないと我々が彼を手に入れようと争うことになるかもしれないよ。その覚悟でいるんだな』

 ルドウィックが宣言するかのように鋭い声で言った。

『言われるまでもないことです』

 早口のドイツ語で話されたそれらの会話は、悠季のヒアリングでは間に合わなかったらしく、僕に何を話しているのか通訳を頼んできた。

「あとで話します。それより腹が空きました。食事に行きましょう。君たちはどうしますか?」

「もちろん付き合うさ。徹底的にくっついていくからな!」

 いくらかやけ気味の答えが返ってきた。
 
 悠季は飛行機が出発するまでの時間を、二人きりで過ごしたいと思っていたらしい思いを一つため息をついて忘れることにしたようだ。約束した以上仕方ないと腹をくくったのだろう。食通の彼らが連れて行ってくれるというレストランの情報を楽しそうに聞いている。

 これでようやく彼らが僕の貞操の危機を招くようなジョークを仕掛けることはなくなるだろう。




 だが、僕はこの後ひどく後悔することになった。

 僕達の富士見町の住所をどうやって知ることが出来たのか、電話や手紙、数々の四季折々のちょっとした贈り物が届くようになったのだ。

『いったいどういうつもりですか?』

 僕はウィーンにいる彼らに抗議の電話をしたが、ルドウィックからの答えはひどく気に食わないものだった。

『大丈夫さ。俺たちは君たちの仲を裂くようなマネはしないよ。ユウキにそう約束したからね。
だが、君が俺たちにユウキの魅力を見せびらかしてしまったんだからしょうがない。あれは自分の優位と俺たちへの牽制のつもりだったんだろうが、逆効果だったよ。パパラッチのような無粋な真似はしないが、それなりに追っかけをするつもりだよ。
君だってその危険は承知した上で、我々に自慢して見せたのだろう?』



しまった。彼らにリベンジを仕掛けたつもりが、僕は逆に心配の種を蒔いてしまったのだろうか?
それも巨木になりそうなやっかいな種を!









ようやく「紳士は黒髪がお好き」が終了しました。
本当はこれを書き始めたとき、つまり「恋人を悪漢から守る11の方法」を読んで
すぐのときは、もっと過激な終わり方をするはずでした。
そして、そのまま裏の「青頭巾」と同じところに置くつもりだったのですが、
どうやら電柱氏のお気に召さなかったようで(笑)風邪をひくやら腱鞘炎になるやらで
一気にトーンダウンして甘い結末になってしまいました。
うーん、ちょっと不本意?(笑)
本物の悠季なら、圭のキスぐらいでは浮気にカウントしないのかもしれませんが、
私は【浮気】として受け取ることにさせていただきました。
悠季にかわってお仕置きよ♪←オイ






2007.12/28up