明日には、悠季に会える。

 ベッドに入ってみるが、今夜は眠れるだろうか?





 悠季に再会するに相応しい晴天の朝。

 僕は、祝いの席に相応しい服を選び抜き、初めて悠季に再会するのだ、それなりの装いをしないでどうするのだ。

 今の東京での仮住まいを訪れて、予想外の愛想のよさで出迎えられる。

 千恵子伯母上は、僕の見かけが伯父である圭にそっくりなのが気に入らないと思っていた。悠季の葬式法事と会うたびに、妊娠が発覚してからはいっそうの秘めた敵意を感じていたというのに、今日のこの愛想は、よからぬことの前兆にしか思えない。

 生理的に落ち着かないまま、にぎやかな声のする奥に案内されて、途中、声の主の説明を受ける。

「せっかく―――が出来たんだから、仲良くしてもらおうと来て貰ったのよ」

 そうなんですか、と答えてみたものの、なにが出来たからなのか、聞き損ってしまった。

 にぎやかとはいえ、聞き逃す距離でもないのに珍しいこともあるが、悠季に会えると思えば、多少なりとも緊張しているのだろうと、流してしまった。

 果たしてなんの用があるのか、千恵子伯母は去り、代わりにと八重子伯母上が待ち構えていた。

「ほら、会いにきたんでしょ?」

 意地悪くというほどでもないが、どこか面白がっているような響きで促されて、不安になる。

 促されて足を踏みれた悠季いる部屋は、心なしか、柔らかい色が存在している。


 悠季がいる。


 それだけで、モノクロの世界が総天然色を帯びて見える錯覚とは違う。

 視線を巡らせて、既に悠季と対面している伯母を探した。

「あら、きづいたのかしら?」

「なぜ、柔らかなピンクが散乱しているのか、と聞いてもいいでしょうか?」

 にこりと称するより、にったりと形容した方が相応しい笑みを浮かべて。

「決まってるわ。ちーちゃんが女の子だからよ?」

「はい?」

 ちーちゃんとは?

 言葉にしたつもりはないが、判っているとばかりに、八重子伯母は悠季と思しい赤ん坊を示した。

「あの、その、女の子と聞こえましたが?」

「そう、わたしの可愛い姪っ子よ」

 女の子、姪っ子。

 せっかく妹が出来たんだから

 聞き損なったと思った言葉は、脳が理解を拒絶しただけだった、のか。

「悠季の生まれ変わりかと思ったけど、違うのかしら?」

 そんな筈はありません。

 確かに、彼女は、悠季です。

 それだけは、間違いありません。

 僕が同性に生まれ変ったからといって、同じように、同性に生まれ変る保証は何もない。しかし、今のいままで、悠季も男性として生まれてくるとと思い込んでいた僕だった。

「だから、千恵子は、あなたを、ただの、甥っ子だと思えるのよ。
 だって、女性は、だめ、なんでしょ?」

 ・・・・揶揄、された。

「有ちゃん、愛を試されるのねぇ」

 だから、か。悠季が女性として生まれたと知っていたから、彼女は、僕のこれからを思って笑っていたのか。

 ご期待に添えずに申し訳ありませんが、相手が、悠季だと思えば、千希が女性でも問題ありませんよ、伯母さん。

 僕は、悠季という人を愛しているのですから、性別など障害にもなりません。

「可愛い甥っ子に、長い保育士生活の経験から教えてあげるわね。
 年をとってからの娘は、お父さんの溺愛率が高いのよ。だから、気をつけるのは、千恵子じゃないの。義明さんよ」

 千希を恋人とする前に立ち上がる障害は、僕を圭の生まれ変りと疑う千恵子伯母上ではなく、最初の恋人たる父親の存在というわけですか。

 ええ、敵に不足はないと宣言しましょう。











 気付けば、僕は、まだベッドの中にいる。

 辺りも、まだ暗い。

 夢・・・・か?

 緊張が生み出した、焦りだったのか。

 夢の中で決意した通り、例え悠季が女性に生まれ変っても、僕らの愛の障害にはならない。

 しかし、本音を言えば、悠季が女性として生まれ変るなど、とんでもない。あの頃のままの悠季に会いたいのだ。



 まだ、時間はある。
 時計を確認して、もう一度、寝なおしをかける。











 悠季に会える。

 その喜びだけを胸に訪れた多田野家は、どうやら、僕が最後の訪問客だったらしい。

 千恵子伯母上は、僕の見かけが、伯父である圭にそっくりなのが気に入らないらしい。かすかにトゲのあるやり取りをもって出迎えられる。なにも知らない甥ならば、伯母に邪険に扱われていると落ち込むところですよ?

 しかし、これでこそと安心している僕がいるのも、事実だった。今朝の夢見が悪すぎた所為だ。

 いわれなき迫害を喜んで受けた僕を待っていたのは、悠季を腕に抱いた千恵子伯母上。

「ほら、会いにきたんでしょ?」

 意地悪くというほどでもないが、どこか面白がっているような響きで促されて、不安になる。

「ねぇ、流石、わたしの甥っ子、可愛いでしょ?」

 悠季の目が、僕を映している。

 悠季、やっと、会えましたよ。

 悠季には、なにも、僕に会えた喜びの形跡は見出せない。

 仕方がない。生まれたばかりの赤ん坊だ。

 しかし、自分の子供のように見せびらかせるままで、腕を伸ばす僕には預けてもらえない。

「赤ん坊の抱き方を知らないわけではありませんよ」

 僕の新しい兄弟で、経験済みだ。

はやく、悠季をこの手で確かめたいのだ。

 僕が桐ノ院圭の生まれ変りだと確信している伯母は、どれだけ、この日を待ち望んでいたのかしっているだろうに、頑なに僕の手に移すことを拒絶する。

「そうじゃなくって、この子は、わたしが抱いてるから、チエから受け取ってやって?」

 だれを、ですか?

 答えは、すぐにでた。

 奥から千恵子伯母上は、もうひとり赤ん坊を抱いてやってきたのだ。

「お待たせ、千希ですよ。抱っこしてあげて」

「お披露目は、弟が先。抱っこは、兄が先。
 公平でしょ?チエ」

 ふたりの伯母に抱かれた赤ん坊、答えは簡単だ。

 ふたご、だったのか。

「そうね、どっちも、お兄ちゃんが先だと、拗ねちゃうわね。

 流石に、現役保育士なのね、姉さんは」

 では、どちらが、悠季なのか?

 母である千恵子伯母から渡された赤ん坊は、僕の腕の中で、目をぱちぱちとさせてからにっこりと笑う。


 やっと、あえたね


 千希が、悠季だ。

 間違いない。



 再会に浸っていると。

「この子たち、一卵性なんですって」

 次は、弟の番と、腕の中のぬくもりを無理矢理に奪われてる。八重子伯母上の手に移った千希は愚図り、ふたごの弟は、僕を見てもなんの反応も示さない。やはり、千希が悠季なのだ。

「あー、だめ。泣き止まないわ。
 有ちゃん、交代」

 現金なもので、悠季は、僕の腕に戻ると泣き止んだ。

「どうやら、千希が悠季らしいわね。
 でも、バイオリストの才能は、弟に受け継がれてたら、どうするの?」

 なにをいわれてるのか、判らない。

 千希が悠季なのだら、当然バイオリニストの才能も受け継いでいるに決まっている。

「だから、いったでしょ?
 一卵性なの、もとは、1人だったのよ。悠季の性格とバイオリニストの才能が、別々に受け継がれてもおかしくないでしょ」

 有り得えない、と、言い切れない。

 愛する人物と愛するバイオリニストが、別人になるとは考えたくもない。

 待ち続けていた恋人との再会に降って湧いた恐怖が、広がる。

 この重みだけが僕の幸福なのだと、腕の中のぬくもりは手放せないと、抱きしめる。




 いつの間にか、腕の中の重みが消えている。失った腕の中のぬくもりを、夢中で探す。

 もう一度、手放してしまえば、もう二度と会えない。



 悠季、どこですか?


「有ちゃん」

 声をかけられ、振り向くと。

「あなたの探してる悠季は、バイオリストの悠季?それとも、ただの守村悠季?」

 ふたりの悠季を両手に抱いている八重子伯母上が、笑っていた。














 びくりと痙攣する自分に驚き、目が覚める。


 ・・・・・・また、夢、なのか。

 そとは、まだ暗い。




 いまは、もうなにも考えたくはない。

 今夜は、もう眠りにつく勇気もない。







2006.9/28 up
 
『彼の見る悪夢』