「うわっ、さむ〜!」
大学からの講師稼業の帰り、電車から富士見駅に降り立ったとたん、吹きつけてきた風に思わず首をすくめてコートの襟を立てた。
今日は北風が強い。
こんな日はきっと故郷の新潟では雪が降っているだろう。
僕が東京の音楽大学を受験して、なんとか受かって大学に通うようになって、初めて東京の冬に暮らすようになった時に驚いたのは、こちらでは12月になっても雪が積もらないことだった。
僕の育った場所は、新潟の中でも特に積雪が多いところだったから、12月だったらもう一面の銀世界になっているだろう。
確かにテレビの中では東京にはほとんど雪が降らないと教えてくれていたが、実際に見聞きすることとは違うのだと思い知らされた。
ごくあたりまえだと思っていたことが、他の土地では常識が違っているんだ。
こちらではこの時期ほとんど雪は降らなくて、へきえきするような強く乾いた冷たい風が吹く。
毎日のように乾燥注意報が出ているんだ。
慣れない僕は、下宿した最初の年にのどをいためたくらいだった。
今ではなんとか慣れているけど、用心のためにマスクをしたり帰宅した時にはうがいをして予防している。
バイオリンも要注意だ。
木の楽器であるバイオリンは湿気はもちろん、ひどい乾燥も嫌う。
梅雨時期と同じくらいにメンテナンスには気を使うことになる。
新潟だったら雪が多いせいで湿気が多いんだ。だから冬でも乾燥剤が必要なんだけどね。
といった話を、東京育ちで聞き上手な僕の恋人は楽しそうに聞いていてくれるだろう。
さあ、早く帰ろう!
僕は足を速めて僕たちが住む我が家へと急いだ。
ドアを開けると足音が近づき、奥からやさしいバリトンが響いてきた。
「お帰りなさい、悠季」
「ただいま、圭」
僕はにっこり笑って、挨拶のキスをするために彼の肩へと手を差し伸べた。