僕が新潟にいた頃、冬がきて雪が降り出す時期になると毎日の雪かきが当然の日課になっていた。

中学の頃には玄関から道路へ出る通路のあたりを、父さんが亡くなってからは屋根の雪下ろしも僕がやるようになっていた。そして今は義兄がやっているはずだ。

そんな僕が東京に出てきてびっくりしたのは、冬になってもどんよりと曇った雪空ではなく、深い青い空が毎日見られるということだった。

でも、そんな乾燥した東京でも、雪は  降る。





学生時代アパートに住んでいるときやペンシルマンションにいるときには雪かきとはほとんど縁のない生活だった。せいぜい部屋の周りを少しお付き合いでやるくらい。

でも、今圭と住んでいる一軒家・・・・・ああ、屋敷というべき場所にはかなり広い庭があり、雪が降れば雪かきが必須な作業なのだった。

多くはないけど東京でも雪が降ることはあるわけで、ほとんどはみぞれやぼた雪で、積もることなく消えることが多い。
とは言っても例外はあるんだ。

ある年、雪が積もった翌日に帰宅した圭は、長靴もスコップもなくて駐車場にも家に入れず、そのままホームセンターに直行して道具を買い揃えて戻り、雪かきをしてやっと家に入ることが出来たなんてことがあったくらいだ。

今日もそんな例外の一日だったみたいだ。

圭と僕は、オーケストラの団員さんたちと共に地方の演奏旅行に出かけていて、帰宅したその日に雪の予報が出ていた。

たいして積もらないだろうという予報とうらはらに早めに雪が降り出してどんどん積もっていく。新潟ではそんな量ではトラブルになることはないけれど、東京都心では2,3センチほどの積雪でも大騒ぎになってしまう。

まして富士見町は都心から離れていて、ニュースでもこのあたりが降る量が多くなるということになっているから大変だ。

打ち上げなどは無しになって、団員さんたちやスタッフの皆さんはそそくさと家路へと急ぐ。僕たちも家には何も用意していないからと急いで途中で簡単に買い物を済ませてから家に戻っていったんだけど、見事にアプローチから玄関へと続く道には雪が積もりだしていた。

「ありゃ、思ってたより積もってきてるね。明日は雪かきかなぁ」

「東京に降る雪は水分が多いですから、明日にはほとんどがとけていると思いますよ」

そう楽観的なことを言っていたけれど、以前雪で懲りたことがある圭は、念のために玄関に長靴やスノースコップを置いて明日に備えておいた。

以前雪が積もったとき、圭は業者に雪かきを頼もうとしたことがある。でも東京ではもともとそんなことを仕事にしているところってほとんどないし、あってもこんなときには公共が優先で個人の依頼は受けてもらえない。強引に頼むことも出来たのかもしれないけど、僕がとめた。男子が二人いるのに雪かき出来ないなんて言えないってね。

圭はバイオリニストの手や腕が、なんて言っていたけど、新潟にいたときにさんざんやっていたんだから、今更のことなんだ。

実際二人で雪かきをしたら、先に音を上げたのは圭だった。こういうのは力技じゃなくて、コツだからね。




雪の降る夜は、車も人も道路を通らない。それに雪が音を吸い込んでいるのかとても静かだ。

僕たちはまるでこの世界に誰もいないかのような錯覚さえ覚えるしんしんとした静寂の夜の底で、演奏旅行で疲れたからだを抱きしめあってぐっすりと眠った。



雪の次の日はまず外を見るのが僕の習慣だったから、まずはカーテンをあけて外の様子を確認する。

「うわぁ!すごく積もってるよ」

子供じゃないんだから、と思いつつも思わず声を上げてしまった。

外は新潟のことを思い出すくらいに真っ白で、雪が無いときの風景とはまったく違うものに見えるくらいに積もっていた。場所によっては20センチくらいはありそうだ。

これだけ積もってるなら、玄関とアプローチと外の道路もやらなくちゃならないかな。すぐ外の道路は通学路になっているみたいだから、少しやってあげないといけないよな。

僕は雪かきの算段を考えながら着替えに手を伸ばす。

「悠季、せっかくの休みなのですからもう少しゆっくりしませんか?」

背後から恨みがましい声が聞こえる。

今朝は僕と甘い休日を過ごすつもりだったんだよね。オーケストラのコンとコン・マスや演奏家ではなく、二人きりで恋人同士に戻ってベッドでいちゃいちゃしたり、さ。

残念がるのは分かるけど、圭のことだから流されるがままになっていたら今日は家から・・・・・つまりベッドから出られなくなってしまいそうだ。

雪をこのままにしておくのは気が気じゃない。一度溶けた雪が凍ると除雪するのは大変なのをよく知ってるんだ。

「わかりました。雪国育ちのきみの意見を尊重しますよ」

両手を挙げて降参した圭は、ちょっと遅い朝食を済ませたあと僕といっしょに雪かきに参加してくれた。

厚手の服に帽子、マスク、足には長靴、手には軍手とシャベルの重装備で、いざスタート。

太陽が出ていて日差しは暖かいけれど、空気はキンと冷たい。でもそのせいでまだ雪は重くなくて、扱いやすい。用意してあったスノーシャベルで容易に移動することが出来る。

二人がかりでせっせと働けば、2時間くらいで玄関からアプローチ、家の前の通学路のあたりまでは除雪することが出来た。

「圭、そっちの様子はどう?」

「こちらももうそろそろ終わりですね」

昔やっていたことだから慣れているとは言っても、久しぶりの作業だ。途中暑くなって上着を脱いで、帽子やマスクも外して、それでもすっかり汗びっしょりになってしまった。

「風呂沸かしておくよ」

「ええ、よろしく。道具を片付けたら僕も戻ります」

室内に戻って、風呂を沸かして、それから思いついて台所に立った。

二人で風呂に入って汗を流して、それから用意していたものをマグカップに注いで圭に渡した。

「これは、甘酒ですか?」

「うん、そう。ばあちゃんが生きてた頃は寒いときには温まるからってよく作ってくれたんだ」

ばあちゃんは麹と残ったご飯から作っていたと思うけど、さすがに僕にそんな真似はできない。以前料理で使った余りの酒かすを溶いて砂糖と生姜の搾り汁を入れた、簡単甘酒だ。

「懐かしい味がします」

「誰かに作ってもらってた?」

「ええ、ハツが。祖母が好んでいたようで、僕にも何回か作ってくれました」

お互いに今はいない人をしのぶ味。

「ご馳走さま。おいしかったです」

「お粗末さま」

「ところで悠季」

「ん?」

何?と聞く前に僕はぐいと手を引かれ、くちびるを奪われていた。圭の舌が僕の口腔を蹂躙していって、じんわりとアルコールではない熱が下腹に溜まっていくようだった。

「ご馳走様でした。とてもおいしい甘酒でしたよ」

「も、もう!びっくりするじゃないか」

にっこりと笑う圭は、悪びれた様子も無い。

「ところで、違う甘酒も所望したいのですが」

へっ?

そして、意味ありげな圭の視線。

・・・・・!!

次の瞬間に圭の言葉の意味が分かってしまって僕は真っ赤になった。

「承諾していただけたようですね」

僕はうつむいたまま、圭に手を引かれて二階へと上がっていって、


たっぷりと甘酒を絞られたのだった。




翌日はなんとか広い道路の中央を歩いてなら通れるようになっていた。自転車の人たちは危ないからと時々降りて押していたみたいだけど。

圭は昼過ぎに都心で用事があって車でお出掛け。スタットレスのタイヤだから大丈夫だろう。

僕はといえば、いろいろと足りないものを買出しに出かけた。富士見銀座ではばったり五十嵐・・・・・じゃな
くて春山くんに出会った。どうやらあっちも買出しだったみたいだ。

「息子たちの面倒は嫁さんに任せて、俺が重いものの買出しってわけっす」

「うん。今日は滑って危ないからね。子供連れじゃ道幅が狭くなってるからさらに怖いよね」

「守村さんも買出しっすか?」

「そう。少し家を空けてたから、いろいろと切らしちゃっててね」

って、しゃべりながら歩いてたら、うわ、滑った。雪国育ちなのに不覚をとった!

「大丈夫っすか!?」

「あ、ああ。平気。ちょっと油断して足元が滑った」

「だけじゃなくて、なんだか疲れてるみたいっすけど、大丈夫っすか?」

「い、いや、あの家は庭が広いからさ、雪かきが大変なんだ。それで久しぶりにあちこち筋肉を使ったもんだからさ、ちょっと筋肉痛なのかも。は、ははは」

「大事なバイオリニストさんのからだなんですから、大事にしてくださいよ」

「ああ、うん。ありがとう。気をつけるよ」







なあ、昨日圭にさんざん付き合ったせいじゃないか、なんて考えないでくれよな。

頼むよ、ほんとにさ。

















遅ればせながら、守村悠季さん、お誕生日おめでとうございます!
今シーズンはどこも雪で大変ですね。お見舞い申し上げます。

首都圏近郊在住の私も、思っていた以上に雪が降ってびっくりしました。せっせと雪かきをしながら、あの二人もこんなふうにやってるんだろうなぁと妄想してみました。





2018.2/13 UP