リベンジは密やかに
昨年の悠季の誕生日では、僕の油断が練り上げた計画を全てふいにしてしまった。
レストランでデートをと予約してあったのに、コンサートで満足のいく振りをした後に眠くなってしまうという僕のまずい癖のせいで、目覚めたときには既にレストランの閉店時間。悠季に全てを秘密にしていたのが裏目に出てしまった。
彼は僕を休ませてくれるつもりで、ホテルのベッドで眠らせていてくれていたのだから、全ては僕の自業自得としか言いようが無い。だから僕は今年は昨年の失敗の原因を反省し、決意も新たにして計画を練り直すことにした。
今年こそは、悠季を連れて飛び切りの場所へと出かけ、雰囲気のある店で食事をし、そのまま極上の部屋で極上の夜を過ごし・・・・・。
さて、どこへ出かけよう?
だが今年の僕のスケジュールは、去年と同様に既にM響の定期演奏会が組まれてしまっていた。
今年は3連休で、新しい客層を広げたいオーケストラにとってもここは外せない時期なのは当然だろう。だから常任の僕が最初にスケジュールを拘束されるのは当然といえば当然だったし、更に三月のスケジュールに無理を呑ませていたのだから、強引にこの日を空けるのも無理だと判断せざるを得なかった。
ならばこの日は僕が創作した曲をM響で初演し悠季に贈る、という手も考えたのだが、こちらも却下せざるを得なかった。
最近は僕の権限も増していてある程度振る曲の選択肢も増えているのだが、だからといって僕の作った曲を初めて定期演奏会で発表するという冒険を事務局はまだ踏み切れなかったようだ。
もっとも、僕としてもまだ不満が残る完成度だったから、今回は見送ることもやぶさかではない。だが、いずれ機会を捉えて発表しようと狙っている。
その代わりと言ってはなんだが、今年はひそかに悠季に捧げるつもりで、ロマンティックで悠季にふさわしい曲を選んだ。曲に合わせて花束を選び、本来彼が座るはずの席『一階C10列12番』の席に置いて受け取ってもらうつもりだ。
今年の公演は2月10日が6時。2月11日が3時のマチネー。
M響のAプログラムは、
ブルックナーの四番 「ロマンチック」
シューマンの交響曲第一番「春」
どちらもロマンチックで春らしい軽やかさを持っている。当然このすぐ後のバレンタインデーを意識した曲目を選曲したのだと思われていることだろう。
だが僕としては、あくまでも悠季にふさわしい曲を選んだつもりだ。
渾身の振りで曲を振り終え、エンドマークと共に嵐のような拍手とアンコールの叫び声とが僕とM響の楽団員たちの上に降り注いだ。
何度かのカーテンコールが続き、とうとう6回にも及んだ。まだ物足りない様子だったが、僕はそれ以上のアンコールを断り楽屋へと戻った。楽団員たちが退場し、舞台の照明が落とされるにしたがって観客の興奮も引いて行き、軽い興奮を共有する同士が語らいながら家路につくはずだ。
僕の方はこれから悠季との計画が待っている。楽屋へ戻る途中で宅島と最後の確認をしていた。もう二度と同じ轍は踏まないつもりで、宅島にも協力させていたのだ。
「準備は出来ていますか?」
「全部出来てるぜ。このまま呼んであるタクシーに乗ればそのまま連れてってくれるから」
「ありがとう」
この日のために計画は練り上げていた。
プレゼントと食事はホテルの中に用意した。万が一僕のいつもの癖が出てしまい、睡魔に襲われて予定していた時間になっても起きないような事態になっても、コンシェルジュが万事計らってくれるようになっている。
さて、今年のバースディーこそうまく悠季を喜ばせることが出来るだろうか?
「よかったよ。すごく!」
きらきらと目を輝かせ興奮した様子で悠季が楽屋に待っていた。その腕には僕が用意してあった薔薇の花束がいとおしげに抱えられていた。僕は腰を抱き寄せてると彼はそっとキスを与えてくれた。僕が更に深いキスに誘うと、そっと押し返してきた。
「だめだよ。外にはお客さんが待っているんだから。今はこれだけ」
ええ、確かに宅島が訪問者を呼び入れるのもすぐでしょう。ですが、僕は君と過ごせるこの時を浪費したくないだけなのですよ。
だが、悠季の周囲に気を使う性癖は昔も今も変わらず、ちらりと睨んできた愛らしさに今回は僕の我がままを引っ込めた。
「今回はとても甘い雰囲気の曲を並べたんだね。どちらも素敵だったよ」
悠季は先ほどのコンサートのことを思い出しているらしく、僕にお茶をサービスしてくれながら手が先ほどの曲のリズムを刻んでいる。
「ええ、君の誕生日に合わせて、君にふさわしい曲を選びました」
その言葉に悠季は目を見張り、ちょっとくすぐったそうに笑ってくれた。
「君はこの後打ち上げなんだろう?僕は先に帰っているから」
「僕を置いて帰るおつもりですか?」
僕がすねて答えると、悠季は瞬きして苦笑した。
「家で君を待ってるよ」
「それでしたら、このあと僕とデートしてくださってもいいではありませんか?」
「・・・・・もしかして、また何か企んでいるの?」
「せめて計画していると言っていただきたいのですが」
「・・・・・やっぱり何かあるんだね」
悠季は、去年のくやしさを忘れてなかったか、と小さな声でこぼしていた。
ええ、僕は執念深い男なんですよ。
「それで、どんな計画が出来上がっているんだい?」
「それはついてからのお楽しみということにしておきます」
「OK。楽しみにしているよ」
彼は僕が愛してやまない、はにかんだ嬉しそうな微笑を与えてくれた。
そこへ宅島が音楽記者たちや楽屋に挨拶にきてくれた方々を楽屋に招き入れることを告げ、悠季は部屋の隅に下がって待っていてくれた。
客は次々に控え室に呼び込まれ、長居をしないようにと宅島が気を配ってくれたおかげで早々に楽屋から脱出することが出来、僕たちはそのまま呼ばれて待機していたタクシーに乗り込み 、MHKホールから頼んであった場所へと行かれるよう取り計らってくれた。
「いったいどこに行くんだい?T国ホテルじゃなかったのかい?」
「ええ。あのホテルには今回必要なものがなかったのですよ」
「・・・・・必要なもの?」
しきりに首をひねっていたが、それ以上のことを教えてあげるわけにはいかない。勘のいい彼のことだ。少しでも情報を漏らせば僕のたくらみなどすぐにばれてしまうだろう。
タクシーはいつも定宿にしているTホテルのある日比谷ではなく、新宿へと向かった。
このホテルは高層階からの眺望を目玉としていて、さらに僕がプレゼントを渡すつもりで用意したスウィートルームがあるのだ。
気を張っているためか、先ほどまで襲っていた強烈な眠気はなんとか抑えられている。悠季をエスコートして、ベルボーイに部屋へと案内されて中に入ると、悠季のはっというため息がも聞こえた。
部屋を薄暗くしておいてもらったために、窓からの夜景が更に引き立っていた。窓に寄って見とれている悠季をおいて、僕はそれが置いてある場所へと移動した。
パラララララン〜♪
びっくりした顔で悠季がこちらを向いた。いかがです?いい音でしょう。
「ピアノがあるんだ!」
「ええ、ぜひ君に曲を捧げたいと思いまして」
「もしかして、また君が作曲した曲?」
「はい。ですが、残念ながら完成途中なのですよ。オーケストラ曲に仕上げてから改めて君に贈るつもりだったのですが今日には間に合いませんでした。とりあえず今夜は僕一人の演奏会ということで開演したいと思います」
「うん。楽しみだよ」
悠季はいかにも照れた嬉しそうな顔でピアノのそばのソファーに座った。
彼に曲を贈るのは『二月十一日』以来かもしれない。僕の頭の中ではこの曲の他にも、既に何曲も彼のために書き溜めてあるのだが、もっとふさわしい曲があるような気がしてなかなか完成にこぎつけることが出来ない。
だが、今夜はぜひ彼のために聞かせたくて、この曲をピアノ独奏曲として編曲したのだ。
悠季は気に入ってくれるだろうか?
「ブラボー・・・・・!」
悠季は曲が終わるとため息をつき、いかにも感激した顔で拍手を贈ってくれた。じんわりと目に涙がにじんでいるのは僕にとってなにより光栄なことだ。彼の拍手は大歓声の観客の打ち鳴らす拍手に勝るとも劣らないものだ。
そこにちょうどタイミングよく予約してあったルームサービスのディナーが運び込まれてきて、シェフの心づくしの料理が並べられ、二人で楽しく味わった。
食後にはどちらからともなく、服を脱ぎバスルームへ。
僕と悠季は互いのからだを洗いあったが、それは途中で愛撫の意図を持つものになった。
目で愛し、指でなぞり、手のひらでまさぐりあう。
唇で互いの欲情を確かめ合い、更に昂ぶらせて・・・・・!
そしてからだを拭くのももどかしく、二人でベッドへ。
――――― 極上の夜になった・・・・・!! ―――――
僕のリベンジは果たされた。彼との記念日をこうしてすばらしい演出で祝うことが出来たのだから。
さて、次の機会にはどんな計画で悠季と過ごそうか。
だが、今年の嬉しい出来事はこれだけで終わらなかった。
更なる悦びは次の朝 悠季からもたらされた。
いや、これは悠季からのリベンジと言うべきかもしれなかった。
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悠季のお誕生日おめでとうございます!
彼も今年で36歳(!)年男なんですね。
今も圭とイチャイチャと仲良く暮らしていると思います。(*^^*)
アンケートで曲をお願いしましてたくさんいただきましてありがとうございます。
コンサートで、こういう曲の並べ方をするかどうかは分かりません。
交響曲を二つ並べた例がありましたので、今回のリクエストで多かった2曲を並べてみました。
『こんなコンサート曲はない!』と言う抗議は、私がクラシックに疎いということでご容赦くださいませ。
更に、曲についてもなかなか中身を聴くことが出来なかったために、適当な嘘八百を並べてあります。(;^_^A |
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アンケート曲についてはこちら。→
2007,2/11 up